第10話 美しき、女性頭領
「――うちの頭領に会ってほしい」
ゾヴァエルはそう言って、洞窟へと頭領を呼びに戻った。
その間、俺はザコーダくんと雑談をしていた。
ザコーダは、呪いの子と呼ばれる魔族の差別について色々と教えてくれた。
魔族によって魔呪の程度や発症する呪いには違いがあるという。
ザコーダの場合は、魔呪が比較的弱い方で、成人になるに連れて制御ができるようになっていったらしい。もちろん成人になっても制御できない人もたくさんいるらしい。この洞窟は魔呪を押さえる効果もあるらしく、彼らは洞窟の中で静かに暮らしているとか。
ちなみにザコーダの魔呪は「毛針」というものらしい。
生えてきた体毛がすべて針のように鋭くなってしまい、ときどき感情の高ぶりと共に発射してしまうという魔呪のようだ。まあ被害出しちゃうハリネズミみたいなものだろう。そのため普段から体毛を生やさないよう魔力で発毛を押さえていたらしい。
ザコーダの生まれた国は、比較的差別意識の低い文化だったという。だが、その魔呪に嫌悪感を抱いた父親は、ザコーダを小さい頃から家の納屋にある地下に放り込み、真っ暗闇で何年間一人で過ごさせた。そんなある日、ここの頭領に買い取られ、ここへとやってきた。
そんなザコーダはいま、自分のふさふさな髪にキスをしている。
まあわかるよ。ずっと欲しかったものが手に入る気持ちは。
ほしいゲーム機の抽選で一年間も当たらず手に入れられなかった俺には、欲しかったものを手に入れたときの気持ちが理解できる。でもちょっと日々の行動は考えた方がいいよ、ザコーダくん。そのファッションも前衛的だけど、普通に山賊と間違えちゃうからさ。
そんなこんなで退屈せずに待機していると、ゾヴァエルに続いて一人の女性が現れた。
「待たせってしまってすまない。隠し里の頭領をしているモモッチだ、よろしく」
妖艶な笑みを浮かべやってきたのは、上背のある引き締まった肉体を惜しげもなく露わにする女性だった。その鍛え上げられた肉体を見れば、一目で彼女が実力者であることがわかる。
洞窟に住む頭領というので、別の想像をしていた。
スキンヘッド、体中で疼く古傷、傍に女性を侍らせながら歩く屈強な戦士……とか思い浮かべていたが、実際に現れたのは美しい女性だったのだ。
ちょっと面を食らった。
その女性――モモッチは、羽でもつけているかのように軽い足取りだった。
それでも足はしっかりと地面を捉え、一歩一歩に長年の鍛錬による重みを感じる。
初対面の俺を警戒するようにむやみやたらに前に進むのではなく、俺の一挙手一投足を観察しながら慎重に足運んでいる。
なによりも、腰に携えている豪華絢爛な業物の曲刀が印象的だった。
「紹介できるような名前は持ち合わせていないんだ。とりあえずよろしく」
彼女に握手を求めると、気軽に俺の手を取ってくれた。
触れた瞬間、お互いに驚いていた。
俺は彼女の鍛錬によって培われた皮の厚く凹凸のある手に。
彼女は、俺の手が思ったよりも柔らかく、実力と見合わないことに。
こういうノンバーバルな会話は心地いい。
魔獣と戦っても、このような意志を疎通することはできなかった。
本能のまま動き、襲うか、襲われるか――という簡略化された命のやりとりでしか会話ができなかった。でも、彼女のような強い戦士とは、たった一度触れあうだけでもう何時間も会話を重ねたような安心感がある。
彼女の手は、努力を怠らなかった素晴らしい戦士の手だった。
「ゾヴァエルは、隠れ里では五本の指に入る実力者なんだ」
「そうだと思ったよ」
「負けたと聞いたときは驚いた……が、納得がいったよ。私は多くの強者と出会ってきたが、こいつに負けると思ったのは人生で一度だけだ。いま私はあのときと同じ感覚を抱いている。恐れ入った、幼い見た目とは裏腹に君はどうやら桁違いの強さを持っているらしい」
「嬉しいね」
「それと同時に頼もしく感じている。あらためて感謝する、私たちの味方となってくれたこと、この日を私は誇りに思う。この出会いは一生忘れることはないだろう」
「俺も今日は忘れないと思うけど、ちょっと大袈裟じゃない?」
「そうでもないさ、私は本当に嬉しいんだ。最近、私たちが敵対しているオオクニツ・オーク族がきなくさい動きをしていてね。戦力を求めていたんだ」
「面白い名前のオークだね、初耳だ」
「立ち話ではいささか話すことが多い。大した物は出せないが、ぜひ隠れ里で束の間の休憩をしていってくれ。些細なものだが、温かい食事も用意してある」
モモッチが優雅に踵を返したので、俺はそのあとをついていくことにした。
それにしても――モモッチって名前ぴったりだね。
◆◆◆
私は、一度死んでいる。
あの日のことは忘れることはないだろう。
冒険者として破竹の勢いでランクをA級まで昇給させ、天狗になっていた齢十五の初夏。
いつもどおり依頼を探しにギルドに赴いたとき――彼と出会った。
どこにでもいるような平凡な二十歳前後の青年。
私よりも少し年上の幸が薄そうな青年だった。
当時の私は剣を交える前に、強者の匂いというものを感じ取れるだけの実力をもっていた。
だからギルドにいる馬鹿たちのように誰彼構わわず眼を飛ばさないし、目上の相手には礼儀を持って接していた。とはいえ、当時の私でも勝てないと思った相手はほとんどいなかった。
幸の薄そうな青年はおどおどした様子で、ギルドを彷徨っていると、近くにあった机にぶつかってしまい、そこで宴会をしていた冒険者の酒をひっくり返してしまったのだ。
あー、あいつ死んだわ。
これから当分はあいつらに絞り取られるんだろうな、そう思った。
彼はぶつかったことに謝罪して金銭を渡そうとしたが、断られたので小さくため息をつくと、やれやれといった様子でその場を去っていった。
その後、なぜか冒険者は泡を吹いて床に突っ伏していた。
あーあ、酔っ払いが飲みすぎなんだよ――と、当時の私にはそう思っていた。
だが実際には違った。
彼は目で負えない速度で冒険者の鳩尾を殴り、気絶させていたのだ。
のちに知った。
彼はこの世界で十人しかいない、十大英傑に数えられる【龍仙人】と呼ばれていることを。
その日から常識を超えた怪物が世界にいることを知った。
彼らは一般的な強者に当てはまらない存在だと。
強者には強者特有の所作や雰囲気があるのだが、本物の強者は「強さを偽る」強ささえ持っている。並みの実力者では、その一端を知ることさえできない。
そして今日――私は人生で二度目、幼い怪物と出会った。
見た目はまだ子供でしかない。
隠れ里にもたくさんいるような、社会の常識さえまだ知らない十歳ほどの子供。
だけど、その体の中には怪物が潜んでいた。
私にはすぐわかった。
SS級冒険者としての顔も持つ、隠れ里の五大戦力の一人であるゾヴァエルが、まるで子供をあやすかのように負けたという。
最初は耳を疑ったさ。
だが、実際に当事者にあってみると、私の疑問は一瞬でどこかへ消えていった。
彼からは強者特有の雰囲気を一切感じなかった。
街の郊外でボール遊びをしているような、平凡でどこにでもいる子供にしか見えなかった。
つまり――彼は内に化け物を宿している。
強さを偽るだけの、十大英傑と同等の強さを持っているのだ。
見た目だけが幼くて、年の取らない魔呪持ちかとも思った。
気になったので年齢を尋ねてみると、なんと本当にまだ十歳だと言うではないか。
赤子同然の十歳ですでに、十大英傑レベルとは末恐ろしい。
愛らしい、純粋無垢な表情で、いま彼は私の後ろを歩いている。
なんにでも興味を示すような年相応の反応を見せ、その辺に落ちている石ころを宝石と勘違いしているような瞳をして、あたりを興味深そうに観察している。私の自慢の尻に興味を示しているのも少年らしい反応だ。
そのギャップが何よりも恐ろしかった。
精神と強さがかみ合ってないこの少年は、殺そうと思えばいつでも私の首を斬ることができるのだろう。ゾヴァエルとほとんど強さの変わらない私は、彼にとって虫とそう変わらない矮小な存在かもしれない。
彼の機嫌を損ねては絶対にならない。
できるだけこの純粋さを利用するそぶりを見せずに、それでも私たちがこれからも搾取されないように、彼には協力してもらわなければ。そう思うと、自然と私は冷や汗を掻いていた。
後ろにいる怪物が、私たちに牙を向かないか――と不安が募っていく。
(腹を括るしかない。夢のためにも)
私は半笑いで、恐怖を誤魔化すことにした。
せっかくの機会だ。
彼には、私たちが直面している問題の解決を手伝って貰おう。
報酬は払うのだ、それ相応の結果を出してもらおう。
あわよくば、どうか――私たちの念願を叶えてほしい。
「私たちの願いは一つだけ」
「詳細を」
「因縁のオオクニツ・オーク族との縄張り争いに決着をつけ、平穏な暮らしができる魔呪持ち魔族のための隠れ里をここに作りたい。あなたには私たちの守護者として、一緒に戦ってほしい」
これは私の夢だ。そして賛同した同志たちの悲願でもある。
魔呪を押さえる特殊なこの土地を絶対に死守するのだ。
魔族が差別されることなく静かに暮らせる、平和な土地を築きたい。
そんな理想郷で皆と幸せに語らあいながら暮らすのが、生涯を賭して叶えたい私の大きな夢である。
絶対にこの土地は、私たち魔族のものにするのだ。




