第11話 強襲、硝煙の匂い
昨夜、俺はモモッチの話をたくさん聞いた。
要約すると、ここに住みたいって理由らしい。
元々冒険者だったモモッチが暗黒領域で探索をしていた頃、この理想郷――洞窟を見つけた。
ここは「魔呪を抑える」効果が特筆して高く、魔族にとっては天国のような場所だった。
例外なくモモッチも呪いの子として生まれ、ずっと魔呪の暴走に苦しんできた。なのでこの洞窟を見つけたときに、その特殊な性質に気がついたようだ。
当時も苦しんでいたモモッチは、最初はここに一人で住み始めた。
だがある日のこと。
近くの都市に買い出しへ行ったときに、クズッデス伯爵領で、魔族狩りが推奨されていると耳にした。
魔族を一人殺せば、十万イース。
殺した人へ、報酬を渡すという――懸賞金を懸けられたのだ。
その日からモモッチは魔族の保護活動を始める。
自分と同じく、差別され、魔呪の暴走に苦しむ魔族の子らを、金で買い取り、ときに誘拐し、ときに親を脅してでも隠れ里へと連れ帰ってきた。
その活動には、当時の知り合いだった隠れ魔族の冒険者数名も名乗りをあげてくれた。
そうして何年もかけて、これほど大きな規模になったという。
だが――この理想郷には大きな問題があった。
この辺りは「オオクニツ・オーク族」の縄張りだったのだ。
後から住み着いたのは、モモッチたちの方である。なので彼らと何度か話し合いを持ったが、共存への交渉は早々に決裂、彼らはモモッチたちを縄張りから追い出すという名目で攻撃を始めてきた。
モモッチたち魔族は、呪いを抑えるこの場所に住処を作りたい。
オオクニツ・オーク族は、元々の縄張りであるここを死守したい。
どちらの言い分も理解できる。
近々、オオクニツ・オークたちは大きな戦を仕掛ける準備をしているらしい。
今までは小競り合いで済んでいた争いも、大がかりとなれば話は別だ。
血を血で洗う土地争いに、もうすぐ決着のときがくる――というのがモモッチの考えだ。
とはいえ、オオクニツ・オークたちは相当強いらしい。
元々S級冒険者として成功していたモモッチでさえ、一体を倒すのに苦戦するらしい。
オーク族は普通の個体でさえ、A級冒険者やS級冒険者と対等に戦える実力を有している。
その族長ともなれば、実力は未知数――モモッチも族長とは戦ったことがないという。
だからこそ、モモッチは次の大きな戦が最後であると思っているとか。
その最後の戦に備えて、知り合いの冒険者たちへ護衛依頼を出しに、近くのギルドに人を派遣しているらしい。だが、オークたちのきなくさい報を受けてからを人を都市に派遣したので、戦開始までに応援が間に合うかわからない。
聞くと――ここから一番近くの都市までは片道で三か月はかかるらしい。
往復で六か月、仮に足の速い人選をしたとしても、最短で四か月だという。
そこに現れたのが、下手な冒険者よりも戦力になる俺――というわけだ。
(――とまあ、俺には割とどうでもいい経緯なんだけどさ)
モモッチやオオクニツ・オークたちにどんな思惑があるとか。
そういう背景は、俺にはどうでもいいことと思ってしまう。
昔から人間や動物は縄張りを争うために、命を奪い合う生き方をしている。
そのひとつひとつに介入しようとしてしまうと、異世界であるここではきりがなくなってしまう。ゲームで言うと、すべてのクエストを漏れなく攻略しようとする行為に等しい。
全ては守れない。
これが俺の結論だ。
今の俺にはスローライフを送るという夢がある。
そのために寄り道はできない。
自分の命を守ることすら綱渡りな俺にとって、彼らの因縁とか夢とかは割とどうでもいい。
自分のために生きるだけで手一杯なのだ。
そんな魂胆を抱えながら、俺は翌朝を迎えていた。
「あの……これってなんっすか?」
「ストレッチだよ、ストレッチ」
「すとれっち……っすか?」
「ザコーダくんもこれから毎日続けるといいよ。強くなる秘訣」
「ひ、秘訣!? 絶対に続けるっす! 自分もあなたのように強くなりたいっす!」
「頑張って。ほら、次は瞑想だから静かにね。こう、心の中にいるリトルな自分を見つめ直して――」
いつの間にか懐いているザコーダと迎える朝は、少し新鮮だった。
夜には語り合い、ぐっすりと布団で寝て、朝には友達と一緒に温かいご飯を食べ、自然光を浴びながら木陰で運動をする――実に健康的で、俺の求めていたスローライフに近い生活だ。ここに暇をつぶせるような娯楽がないことだけが、実に惜しい。
そんな煩悩にまみれた瞑想をしている――そのときだった。
カランッ、カランッ、カランッ。
無数の竹がぶつかる、緊迫感のある音が周囲に鳴り響いた。
聞いたことがある音、鳴子縄だ。
俺がここに来たとき、ザコーダの隣の魔族Bがまったく同じ音を鳴らしていた。
なるほど、そういうことか。
「襲撃っす! ついに、オオクニツ・オークが……」
胡坐を掻きながら瞑想をしていたザコーダが、勢いよく立ち上がっていた。
足元がすこしふらついているので、たぶん胡坐で足が麻痺しているのだと思う。かっこつけたようで、間抜けな姿がザコーダらしかった。
俺もゆっくりと立ち上がると、傍に立てかけていた黒剣を手にとる。
「行こうか、ザコーダくん」
「どこにっすか?」
「あっちだ」
◆◆◆
鳴子が鳴り響くと、隠れ里の皆々は一斉に戦の準備を始めた。
子供たちを匿い、戦士総勢三十数名はそれぞれ配置に向かった。
前線で戦う剣士や武術家は入り口に、弓兵は洞窟の上に作られた窪みの中の茂みに姿を隠し奇襲を狙う。それ以外にも身軽な戦士は木の葉に隠れ、上からの襲撃を計画している。
入り口には多くの木柵や逆茂木が設置されていて、オオクニツ・オークの襲撃に備えていた。
準備を終え、頭領であるモモッチが周囲を見渡す。
「ゾヴァエル、あの少年はどこだ? 見当たらないが」
「ああ……それがな――」
困った様子で、ゾヴァエルは頭を掻いている。
なんと伝えるべきか悩んでいる様子だったので、モモッチは再度尋ねる。
「どうした? 口籠る理由でもあるのか」
「いや……そのな……オレもほんの一瞬見ただけなんだが。ここに着いたとき、あの方は一目散に南へ駆け出したんだ」
「南へ? 南になにかあるのか?」
「斥候の報告では、南に敵兵の姿は確認できていない。念のため、あの方についていくようザコーダには指示を出したが、今どこにいるか見当もつかん」
困った、そんな表情をモモッチは隠せなかった。
冒険者の応援が見込めないこの状況で、頼りにしていたのはあの少年だけだった。
だけど、あの少年はいまここにはいない。
南になにかがあるとでも言うのだろうか。
わざわざ敵がいない方向に赴く理由が思いつかない。
そう熟考をしていると、木々がざわつきはじめた。
オオクニツ・オークたちが堂々と正面からやってきたのだ。
彼らは暗黒領域に住まう生物とは思えない、重厚で統一された万全の装備で現れた。
紺青で統一された籠手、二メートルを超える体躯の全容を悟らせないようカモフラージュする上質なロングコート――そして、彼らが好む銀色の金属細工がちりばめられている。
元々彼らの一族では優秀な個体に与えられていた紺青装束を、今回の戦のために全員分を作り、万全の状態で攻め込んできたのだ。
明らかに今までの小競り合いとは規模が違う。
見た目は魔獣、だがその知性は人類と遜色のないか、それ以上。
暗黒領域にはときおり、彼らオオクニツ・オークのような集落を築く怪物が潜んでいる。
「人間ヨ、ココカラ立チ去レ。最後ノ警告ダ」
ひときわ大きな体躯を持つオークの戦士が、先頭で底冷えするような声で叫んだ。
その声で木々は震え、空間は揺れ、皆に恐怖を与えた。
それに呼応するように、隠れ里の戦士たちはほぼ全員が臨戦態勢を取る。
彼らの脅迫に対して、魔族たちも動じてはいなかった。
モモッチも言葉を返すように、声を太くして叫ぶ。
「断る。私たちの中には隠れ里でしか生きられない子らもいる」
「残念ダ。我ラモオオクニツ神ノ為、ココヲ譲ル訳ニイカナイ」
先頭に立つオオクニツ・オークは、心の底から残念そうな表情をしていた。
「実ニ残念ダ。神の祝福ガアランコトヲ願ウ」
「何が神だ」
「コレモ我ラノ神ノ示ス道ダ」
そう言って、オオクニツ・オークの族長が片手を上げた。
その瞬間に、彼らの戦士たちの空気がピリついた。
「――神ノ激怒ヲ放テ」
その合図で、彼のそばにいた小柄なオークが指先から小さな光球魔術を空に向かって放った。
何事だ、と皆が動揺するなか――ゾヴァエルが叫んだ。
「オレの後ろへ、防御態勢ッッッ!!」
その声に反応して、魔族たちは防御の陣形を築く。
ゾヴァエルの盾を先頭に、すぐ隣にはモモッチが曲刀を構え、その後ろに前線戦士たちが控えゾヴァエルの背中を支えている。
まもなくのこと。
空から極大の光線が、降ってきた。
太陽の光に隠れながら放物線を描いて、洞窟目掛けて襲ってきたのだ。
それを見て、モモッチは曲刀を上段に構える。
降り注ぐ光線に対し、モモッチは曲刀を振り下ろした。
拮抗するエネルギーのぶつかり合う。
モモッチが小声で「反射」と呟く。
極大の光線は空に向かって反射し、雲を突き抜け、遥か上空で霧散したのであった。
「な、なんだ今の攻撃は!?」
隠れ里の戦士の誰かが叫んだ。
それに対し、ゾヴァエルが冷静に答える。
「純粋な魔力の砲撃……こんな馬鹿げた兵器、存在していいのかよ」
驚愕と同時に畏怖を感じる言葉だった。
モモッチがいなければ、この一帯が焼け野原になっていてもおかしくない威力だった。
皆が動揺するなか、モモッチは相手の違和感に気がついていた。
「異常事態か? オークども」
「黙レ。ドウシタ? ナゼ一砲シカ撃タナイ?」
百を超えるオオクニツ・オークの戦士たちが、ざわざわと動揺し始める。
何か予定と違ったのだろうか。
そのとき、ふとあの少年の行動が脳裏をよぎった。
今の攻撃は太陽の眩しさを利用して、直前まで気づかれないように南側から放たれていた。
ゾヴァエルが言うには、あの方は南側にまっさきに走り出した。
そして――動揺するオオクニツ・オークの連中。
そう思考を巡らせること数秒、モモッチは曲刀を天に掲げた。
「行くぞ、お前ら! 今が勝機!! これもあの少年の計画だ!!」
「「「おお!?」」」
「魔族と蔑まれ、罵られ、搾取されてきた人生に今日で終止符を討つ! オークどもを征服し、この地で理想郷を築く!! いいな?」
戦士たちは頭領の檄に士気を上げ、全力で駆け出した。
◆◆◆
はて、困った。
どうしたものか…………。
「ここでもないか」
なんとなくかっこつけて、鳴子縄がなったときに駆け出してみたはいいものの。
全っっっ然、オークの影が見当たらないのだが。
道中で見たこともない珍獣はいたので、倒しておいたが――それ以外何も見つからない。
「……っす…………っす」
「どうした? ザコーダくん」
「……っす……っす…………どこに行くんっすか!? オークたちの集落は西側にあるので、あっちっすよ! なんで、こっちには――」
なんと、オークはこっちにいないのか。
どうりで影も形も、足跡すらも見当たらないわけだ。
とはいえ、ここで失態を晒したとなれば最高報酬の4000万イースの行方が怪しくなるな。
あ、いいこと思いついた。
「戦場全体を見渡すんだ、ザコーダくん。そうすれば君はもう一段、強くなる (はず)」
「…………ッッッ!?!?」
ザコーダは何かに気がついたのか、瞳をきらきら輝かせている。
なんかわからんけど、納得はしてくれたようだ。
「思い出したぞ。香ばしい戦場の香りだ、西に行こうか」
そっか、思い出した。
大学のときのアメリカ旅行で嗅いだことある匂いだなぁと思ったら、これ硝煙の匂いだ。
風向きから推測すると――オークたちは、集落から銃を撃って攻撃しているに違いない。
まずは厄介な遠距離部隊を倒せば、戦果になってくれるだろう。
オークたち、待っていろよ。




