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負けイベ要員のモブAに転生した社畜、知らぬ間に賢王となる ~打算で救った亜人たちが裏で武装国家を建国している件~  作者: 笠鳴小雨


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第6話 負けイベ要員のモブA、暗黒騎士から剣を学ぶ



 ――暗黒領域、東部方面前線地区トウブル。




「久しいな、ゾヴァエル」


 応接室でたばこを加え、横柄な態度で足を組みながら女性が言った。

 その女性は、このギルドの長を務める世界でも権威ある存在だった。


 その瞳には、屈強な男が映っている。

 使い込まれた両刃大剣を下し、魔獣の皮でなめされたソファに座る――旧友であった。


 その男――ゾヴァエルは、顔にかかったたばこの煙を払う。

 大層不服そうに顔を顰めると、言った。



「俺の前で煙草それは控えてくれ。鼻が曲がりそうだ」


「おう、そうだったな。お前は昔から奇妙なほど鼻が良かった」


「覚えてんなら、火を消してくれ」



 やれやれといった様子で、ギルド長は煙草の火を消した。

 ほんの少し火をつけたばかりの煙草を名残惜しそうに見つめるが、すぐに十年ぶりに再会した旧友のゾヴァエルに向かって尋ねる。



「それで今回はどこまで潜ったんだ? 暗黒領域の探求者様はさ」



 その問いに、ゾヴァエルは懐から複数枚の地図を取り出した。

 地図にはびっしりとメモや地形などが記されている。

 これを見たら表にいる冒険者や騎士団員どもは腰を抜かすことだろう。なにせとある地点より先の地図がないと言われている暗黒領域、その深層の詳細がびっしりと描かれていたのだ。地形や魔獣の出現情報、生息している昆虫、採取できる植物などである。



「これまた……随分と奥まで潜ったな」


「今回は十年ほど潜ったからな。だが、ここまでしかたどり着けなかった」



 そう言いながら、ゾヴァエルは地図の最果ての黒い髑髏のマークをさし示した。

 そこは常人であればまずたどり着けない深層の中でも、レベル11と書かれた領域だった。



「ここまでって……そもそもレベル11までたどり着ける人類なんて、両手で数えるほどしか思いつかないぞ。それでこの髑髏マークはなんだ?」


「ここに行けば死ぬって意味だ」


「どういうことだ?」


「俺でさえ、その化け物の全身を拝むことすらできなかった。奴の間合いに入ったと知覚した瞬間に、俺は巨大な覇気に押しつぶされて気絶しそうになった……ところを、なんとか死に体で逃げ出してきた」


「SS級冒険者のゾヴァエルが言うほどの敵か……暗黒領域はやはり恐ろしいな。我々人類にとって未知があまりに多すぎる。その髑髏の奴の情報は他に無しか?」


「強いていえば……黒い籠手と黒い剣先。覇気から感じ取った、奴の一部だ」


「覇気……っていうか、お前のそれは第六感的なやつだろ?」


「まあそうだな。オレの鼻はなかなか色々な情報を得られる一級品でな」


「とにかくわかった。そうそう誰でもたどり着ける場所ではないが……ましてやお前と匹敵する十大英傑でない限りはな。では、上にはこう報告するとしよう。レベル11以降の領域に進行する場合の必須資格は、SSS級冒険者ないしは十大英傑以上とする――と」




 ◆◆◆




 死を感じたのはいつぶりだろうか。


 転生して間もなく、飢え死にすると思った日。

 暗黒領域に入った初日に隠密を見破る魔獣に襲われて、逃げ続けた日。

 生焼けの魔獣の肉にあたって、三日三晩食中毒で倒れ込んでいた日。


 そして四度目。

 存在の格が違う化け物――暗黒騎士のような見た目の奴と出会った今日この日。

 俺の持つ優秀な口伝スキル【解析】がちっとも機能していない。今も解析をしているはずなのに、解析対象を認識中とだけ視界の端に表示されている。



「――」



 暗黒騎士は、俺が立ち上がるまで微動だにしなかった。

 せっかく時間をくれたのだから、立ち上がりつつ暗黒騎士の一挙手一投足を観察してみる。


 身長は二メートル近くはありそうだ。

 首から上は存在せず、肩から鎖骨から下の体だけが奴を動かしているらしい。目が無いということは、おそらく視覚ではない何かで情報を得ている。

 体を覆う漆黒のフルプレートは、変にごついわけではなく、装飾のほとんどないシンプルな逸品のようだ。フルプレートとはいえど関節部分には隙間が見える。その隙間も漆黒に覆われているので、ヒット判定があるかは定かではない。そもそも生身が無いって可能性も十分ある。



(にしても、どうしよっか。めっちゃ強そう。普通に勝てなさそうなんだが)



 俺が観察しているとわかっていても、暗黒騎士は銅像のように動かない。


 まるでご自由にどうぞ、と言われているような気分だ。

 強者が弱者に与える隙や余裕のそれと同じである。

 それならお言葉に甘えて観察させていただくのだが、あまりに動かないのでどう攻めたら良いか決めあぐねている。隙という隙に、まったく見当がつかない。


 ゆえに、肝心の間合いもまったく読めない。



「――」



 そうしていると、暗黒騎士がようやく動き出した。

 足元に落ちていた漆黒の剣を取れ、と俺に伝えたいようだ。



「はいはい、取りますよ。いい? 取るよ? 取っちゃうからね?」


「――」


「剣を取る前に一つ聞いていい? 君はなにがしたいの? 俺を殺したいって感じではなさそうだけど」



 もう九年も暗黒領域で過ごしていると、殺意というものがなんなのかを理解している。

 視線がどこに向かっているか、心拍数の変動、体温の上昇、指先の位置、足の構え方、重心の移動、目の焦点がどこに合っているか――など、それらを総合的に判断するものだ。もちろんそれ以外にも「見えない殺意」ってのもある、俺はこれを魔力や空気の波による変動と定義して知覚している。


 まあ……つまり。

 今の俺は殺意を敏感に感じ取ることができる。


 だからこそ不思議なのだ。

 目の前で戦いを望む暗黒騎士から殺意を感じない。

 戦いたいという、獰猛な欲求も感じない。


 ただただ、そこにいるだけ。

 剣を振ることが呼吸であると言われているような気分だ。



「戦いが所望かもしれないけど、俺は剣のド素人だよ。そんなに期待しないでほしいな」



 困った。

 とりあえず殺意がないのがわかったので、暗黒騎士にそこまで怯える必要はない。

 実際に見ることすらできなかった初撃で、奴は俺の急所を狙わずに、足を払っただけだった。最初の行動を考えるだけでもそれは明白だった。


 剣なんて触れたことすらない俺に、どうしろと言うのだろうか。

 ましてや初撃すら見えなかったので、完全に為す術無しって感じだ。



(剣なんて必要ないと思ってたのにな。この世界、口伝スキルさえあれば十分だって)



 そう思いながらとりあえず剣を持ってみるが、構え方もわからない。


 この世界では間合いが全てだ。

 強者の戦いであればつばぜり合いなど起こるはずもなく、自身の一撃を当てるか、当てないかだけで勝敗は決まってしまう。

 剣で伸びる間合いなど、一メートルもないだろう。そんな些細な違いで、命の勝敗が決まるとは到底思えなかったので、俺は剣を学び訓練するよりも魔獣を殺す術を徹底的に学んできた。


 剣の使い方はよくわかんないけど、正々堂々の勝負を望んでいるのならやってみよう。


 昔、親しくしてくれた上司にこう言われたものだ。

 ――君は考えすぎるときがあるけど、まずはやってみるってこともした方がいい。やってみて初めてわかることもある。失敗? 死ななきゃ無傷さ――と。

 その上司は翌日、丸坊主で出勤してきた。たぶん心の赴くまま行動して、奥さんにでもこっぴどく怒られたのだろう。それでも笑っていたのはサイコパスだと、当時新卒の俺は思っていた。



(ひとまず今日は死ななそうだし……俺には奥さんどころか彼女もいなかったし、もちろん今もいない。まあやってみるか)



 初撃を観測すらできなかった暗黒騎士の剣技には、少し興味がある。

 人のものを盗むのは得意だ。口伝スキル【解析】で、ある程度の敵の情報は解析していくことができる。現状、【解析】を使うにも暗黒騎士は強すぎるのか、三日はかかりそうだ。



(三日か……まあなんとか耐えてみるか)



 口伝スキル【雲隠】発動。

 存在感を限りなく消すと、暗黒騎士の切っ先がほんの少しだけブレた。

 動揺が伝わってきた。



(いざ尋常に……ってね。正々堂々なんて俺には知ったことか)


「――ありゃ?」



 背後を取ろうと一歩踏み出した、その瞬間だった。

 視界に映っていた暗黒騎士の姿がブレて、消えたのだ。と思えば、気がつくと俺は夜空を仰ぎ見ていた。背中が濡れているのを知って、ああ倒れたんだと事後に悟った。


 訳が分からない。

 倒れたならば、倒れる間の記憶があるはずだ。

 だというのに、倒れている間の記憶もない。


 俺が覚えているのは暗黒騎士のブレた姿が最後、次は夜空だった。

 まるで倒れているときの記憶すら奪われているような感覚だ。



(一体何が起こったんだ。雲隠で見えないはずなのに)



 そんなことを呟いていると、視界に黒い手がにゅっと出てきた。

 暗黒騎士の手だった。

 どうやら俺を立たせようとしてくれているみたいなので、手を取って起こしてもらった。


 立ち上がると、もう一度剣を取れと言われた。



(今はなにもわからない。だけど、それでいい。この世界に来たときも俺は何も知らない状態から――身体強化魔術を習得したのだ。なんだってやればできるさ)



 次はもっと集中しよう。

 魔力の回路を適切に敷き、周囲の空間にも延長して巡らせよう。


 敵の攻撃を感知できないと意味がない。


 全集中だ。

 魔力を五感にだけ、集約する。



「次は見逃さない」



 対面で迎え撃つ。

 暗黒騎士が剣を正中線で構え、礼儀作法のような動作をする。


 間合いは十メートルほど。

 さっきはこの距離でも倒されたので、暗黒騎士の間合いはもっと長い。


 だから、もう間合いは気にしない。


 間合いという概念にとらわれるのは一旦やめよう。


 集中だ。


 次の瞬間、またブレた。



「よっしゃあ!!」



 金属同士がぶつかる甲高い音が、塩湖に木霊した。


 見えた。

 間違いなく見えた。


 暗黒騎士の動きはそう難しくなかった。

 ただ一直線に、たったの一歩で俺の手前まで辿りつき、俺を傷つけないように剣の腹で足を払おうとしたのだ。


 攻撃手段を察した瞬間に、剣に剣をぶつけ、その攻撃を遮断したのだった。

 そのまま剣を土台にしてくるりと回転し、横っ腹に蹴りこむ。



「一本とったなり――ぶへしッ」



 と思ったら、足首を掴まれていた。

 そのまま剣を流水をなぞるかのように滑らかに操作し、剣の柄で鳩尾を殴られる。


 きりもみして、五十メートルくらいは吹っ飛ばされた。

 全身が塩水でびしょぬれになった。しょっぱい。


 気づけば、また俺は空を仰ぎ見ている。



「あはははははははッッッ」



 気がつくと、俺は笑っていた。

 ひょっこりと上体を起こし、塩湖で胡坐を掻きながら暗黒騎士を見つめる。


 見つけた。

 ついに、見つけた。


 九年間探していた、ほしかったものを見つけた。


 万が一のときのために、フラグを物理的に折れるような最終手段を。

 負けイベントという名の死神を物理で殴れるかもしれない、超常の強さを。



(これだ……これを【解析】して、絶対に習得しよう)



 この剣技を学んだ先には、新たな道が切り開ける気がする。


 あくまで直感、確証はない。

 それで十分だった。

 最初のフラグを折る日まで、俺にはまだ五年もの時間がある。


 それだけあれば、必ず習得できるはずだ。


 口伝スキル【解析】は、敵の能力が強ければ強いほど解析に時間がかかる。

 じっくりと奴の全てを解析して、学んでいこうではないか。


 俺は立ち上がると、暗黒騎士を真剣に見つめる。

 重心の位置、手の位置、足の位置、呼吸のタイミング――全てを盗んでやろう。



「念願の異世界スローライフを漫喫するために。いざ盗人タイムだ」


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