第5話 老練なモブA、十歳になりました
果たして、この世界での強さの基準とはなんだろうか。
最近そんなことを考えるようになった。
一歳の頃から暗黒領域を彷徨い続けて、およそ九年。
変わったことと言えば、すでに十五個の口伝スキルを入手したこと。
そして立派な少年と呼べる背丈に成長していたこと。
この二つくらいだろう。
まだまだ強さを追及しなければいけないと、その自覚はある。
魔力を駆使して身体強化魔術を利用すれば、人体構造を無視した超越した動きが簡単にできる。
軽く屈んで飛べば、五十メートル近くある神木のてっぺんまで簡単に届く。
魔力を応用すれば自分の体重すら意のままにコントロールできるので、葉っぱ一枚の上にだって立つことができるし、逆に重くして岩を軽々と割ることだってできる。
視覚で情報を拾うより、魔力を周囲に蜘蛛の巣状に展開して感知した方が、いっぱい情報を拾えることも知った。第六感的なあれだ。
魔力には無限の可能性が秘められているので、毎日色んな試みをしている。
だけど――なんど試みても成功しない、悩みもある。
この世界には魔術があるはずなのに、俺は一向に身体強化魔術以外の魔術を使うことができない。
ゲームでは指先一つ動かせば使えていた魔術。
だけど、この世界ではそう上手くはいかないらしい。
定番の詠唱だったり、杖を作ってみたり、色々試してみたけどまだ成功した試しはない。
九年も進捗が芳しくないというのは、なかなか骨が折れる。
とはいえ身体強化魔術だけで、魔獣と戦うのに過不足は一切感じていない。
一時期、調子に乗って周囲の魔獣を狩りまくっていたことがある。
気がつけば、俺はこの一帯のヌシのような存在になっていた。
最近はなかなか魔獣の数も少なくなったけど、まあ気にしないことにした。
「キョウノ、ゴハン……」
最近試しにやってみてる瞑想なんかをしていたら、拙く図太い声が聞こえてきた。
ゆっくりと目を開けると、一つ目の巨人族の青年が立っていた。
彼はとある巨人族でいじめにあっていて逃げ出してここまで来たけど、魔獣に殺されそうになっていたので、なんとなく助けたはぐれ巨人族だ。
彼の手には、翼が八つも生えている大きな鶏の亡骸が、雑に握りしめられていた。
彼はこうして毎日食料をもってきてくれる。
そんなときだった、突風が一帯に吹き荒れた。
(なんだ?)
瞑想を中断し、俺は空を見上げた。
そこには大きな鶏のツガイと思わしき、個体が怒りに任せて飛び掛かってくる。
その数秒前というところだった。
「魔獣を殺すときは、必ずその家族も殺さないと復讐にし来る、っていつも言ってるじゃないか」
「ウゥ……」
「でも、ありがとう。成長期の俺に、タンパク質はいくらあってもいいからね」
ツガイは、一直線に降りてきた。
口伝スキル――【雲隠】発動。
即座に俺は存在感を希薄にして、魔獣の視界から消える。
一直線に降りてきた魔獣は突然消えた俺に驚き、着地の直前で翻す。
周りを見ても見つからないのか、怒りの雄たけびをあげている。
(本当に……この世界の鶏は血気盛んだなあ)
そんなことを考えながら、俺は魔獣の背後にゆっくりと回り込んでいく。
対魔獣の戦闘は、思っているよりもずっと退屈だ。
彼らは知能がとても低く、理性よりも本能で動くことが多い。
だからこそ、単純なのだ。本能ってのは、理性よりも予測がしやすい。
殺気を纏った眼光を向ければ、逃げるか、襲ってくる。
特に今回のようなツガイが殺された魔獣は、まず間違いなく復讐で怒り狂った状態で襲い掛かってくるので、より単調な攻撃を仕掛けてくる。
しかも間合いが種族によって様々だというのに、彼らは自分の間合いに入らなければ襲われないと思っているのだ。そうなれば実に単純な戦闘になるだろう。
この世界での戦闘で最も重要なのは、間合いだ。
間合いを相手よりも早く理解すること、これが最重要と言っていい。
槍を持っているならば槍の間合い。
剣を持っているならば剣の間合い。
魔力を練った場合は、魔術の間合いを考えればいい。
魔獣の爪の長さは?
尻尾の長さは?
牙の長さは?
一歩で詰められる物理的な距離は?
発動している魔術の種類は?
特に、魔獣は自分が使う魔法に絶対の信頼をおいている。
だが、俺は思うのだ。
魔術というのは思っているよりも、脆い。
魔力感知を応用すれば、魔力を練っている段階で、発動する魔術の種類を特定できる。練り始めて放出するとき、その威力は予測できてしまう。
よって、魔術の間合いというのは在ってないようなものだ。
実際に発動してから、敵に着弾するまでの時間も意外と鈍いので、別に魔術の予測をしなくとも見て避けることも難しいことではない。
だからこそ、俺はいつも暗黒領域で過ごしていて思う。
対魔獣の戦いは、実につまらない。退屈だ。
俺の間合いは、ほとんどの魔獣の何十倍もある。
たぶん五十メートル以上はあると思う。
相手が槍で攻撃しようとしても、俺はスナイパーライフルで敵の脳天を貫ける――くらいには間合いが違うのだ。
と長々と間合いについて考えてはいるが、口伝スキルがあれば間合いとかどうでも良くなる。
【雲隠】で後ろから近づいて、首を折れば――それでおしまいだ。
「今日はチキンステーキにしよう。この辺り脂乗っていて美味しいんだよね」
◆◆◆
十年近く、負けイベントについて考えている。
だからこそ、一つのモヤモヤが頭から拭えない。
生き残るために求めた強さの「質」は、本当にこれでいいのだろうか――という不安だ。
確かに暗黒領域の魔獣は強い。
戦いの「た」の字も知らなかった俺に、この世界で生き抜く術をたくさん教えてくれた。
今なら下手なチンピラに襲われたって、デコピン一つで倒せる自信がある。
戦争に参加してもあんまり死ぬイメージは湧かない。
魔海もひとりで航海して、渡り切ることもできるだろう。
だが、ちょっと強い暗黒領域産の魔獣をワンパンできたとしても、ダメなのだ。
負けイベントによる死亡フラグは、物理では破壊できないのだから。
つまり、俺には喉から手が出るほどほしい強さがある。
運命を捻じ曲げる特別な強さ、それだ。
もしも負けイベントを生存ルートに変えるかの有名な「ハーティー生存ルート」に異物が混入したときに、なんとか運命を捻じ曲げてルートを正常に戻す――そんな強さだ。
強くなることの準備を怠るよりも、しっかりと準備をしたい派である。
そう考えるようになったは、ここ最近のこと。
だが、そんな神にも近しいような強さなどあるのだろうか――と考えている。
暗黒領域でよく見る死体みたいに、そこら辺に転がっていないかな。
そう思って、俺は再び暗黒領域を奥へと進み始めていた。
・
・
・
俺はようやく出会った。
長年の不安を払しょくできるような、運命の出会いを果たした。
「ふむ、これはチャンスっぽいね」
たどり着いた先にいたのは、足首にも満たない浅い塩湖で佇む一体の暗黒騎士であった。
ゲームでは聞いたことも見たこともない魔獣だった。
そもそも獣ではないので、絶対に別の生命体である。
たぶん、あれ神だ。
神とか亜神とか、そういう存在だと思う。
あきらかにめっちゃ強い魔獣とかではない。
並みの人間であれば、近づいただけで気絶できるくらいの覇気を発している。
俺すら、気を抜いてしまえば気絶してもおかしくないレベルである。
暗黒騎士は、その手に持っていた黒い剣を俺に向かって放り投げてきた。
攻撃意志のないそれは、俺の足元でちょうど止まり、静寂が訪れる。
拾え――そう言っているのがわかった。
騎士道というやつだろうか。
だが殺意を感じないことは明白だったので、俺はゆっくりとしゃがむ。
剣に手を欠けた瞬間――俺は空を見上げていた。
「――は?」
なんということだろうか。
目の前にいる神様の強さは、ちょっと異次元かもしれない。
間合いを誤って観測していた。
いや、正確には間合いを意図的に誤認させられていたのだ。
俺はこのときほど感動を覚えたことはない。
この世界に来てからおよそ八年、初めて敗北をした。
フェイントとかそういう次元の話ではない。
事実や運命を捻じ曲げられたような、そんな感覚を抱いた瞬間だった。
「まだまだ強くなれそうじゃん」
このときの俺は笑っていたかもしれない。
ようやく見つけたのだ。
負けイベントという運命を物理で殴れそうな、そんな強さを。




