第4話 ネームド冒険者、怪しむ
――暗黒領域、東部方面前線地区トウブル。
人類の生存圏を守護するため、築かれた魔獣と人類の境界線に位置する前線基地。
この東部方面前線地区トウブルには、カイスト王国に雇われた騎士団や、実力を証明するためにやってきた屈強な傭兵や名だたる冒険者など、様々なバックグラウンドの強者が集う。
彼らは自らの経験を生かして、日々暗黒領域に挑み続けている。同時に生存圏を脅かそうと暗黒領域から攻め入ってくる魔獣と対立し、人類を守護している小さな英雄たちでもある。
彼らがいなくなれば、人類の生存圏はとっくのとうになくなっていたことだろう。
かの勇者は、そう言った。
「おいおい、どんな異常事態だぁ……こりゃあ」
等身大の両刃剣を背中に携えた屈強な男性が、冒険者ギルド内で呆れた声を出していた。
オールバックに整えられた髪の毛をがしがしと掻き、入り口で茫然と立ち尽くしている。
彼の目には、怪我人で溢れているギルドの大広間が映っていたのだ。
困惑した様子で入り口で立ち尽くしていると、背後から敵意をもって肩をぶつけられる。敵を隠そうともしない頭を丸めた厳つい冒険者は、立ち尽くす男を睨みつけていた。
「おい、木偶の坊。入り口で突っ立ってっと殺すぞ、ゴラァ。リゴン様の前に立つな、これだからおのぼりさんは嫌なんだよ。帰れ、ここは新米が来るような場所じゃねえ」
「おう、すまんな」
肩をぶつけた丸刈りの冒険者は、にやりとイヤらしい笑みを浮かべた。
立ち尽くしていた男の肩に両手を置くと、脅すように眼を飛ばす。
「お前新入りだろ? オレ様の舎弟にしてやってもいいぞ? 名前は? ランクは? なにせオレ様はレベル2だ」
「レベル2?」
「ほんと何も知らないんだな、新米よお。暗黒領域にはレベルごとにより奥へと行くことができるんだ。レベル2ってのは、ここでほんの一握りの強者しかいけない領域のことだ」
「ほう……また新しい制度が生まれたようだな。そりゃ十年も顔を出さなきゃ、制度も変わるもんか。それよりも……俺にまだ喧嘩を売るやつがいるとは、最近の若者は血の気が多くていいな、久しぶりに滾ったよ」
男は脅されているにも関わらず堂々として、あやすように丸刈りの冒険者の肩を何度も叩いていた。
「貴様、生意気な……」
丸刈りの男は、怒りの限界点に達した。
何度も肩を叩く男の手首を掴み、腰に携えていたショートソードの柄に手を添える。
「そういえば……冒険者はプレートを常に携帯し、周囲から見える箇所に身に着けておくように――だったか。忘れてた、忘れてた、すまんな」
屈強な男はそう告げると、「どこにやったかなあ」と独り言を呟きながら、ゆったりとした動作で服についたあらゆる衣嚢を探り出す。背中に背負っていた小盾の隠し衣嚢の中からチェーン状のアクセサリーを見つけ、そこに付属する金属章に刻まれた内容を公開する。
それを見て、冒険者の顔から血の気が一気に引いていった。
「自己紹介はこれでいいか? で、どこで戦う?」
男の金属章の色は、紺青色をしていた。
そこには二つの龍の紋章が刻まれており、名前の欄には「ゾヴァエル」と書かれていた。
「ゾヴァ……ゾヴァ、ゾヴァエル…………様!?!?」
見せられた紺青色の金属章を見て、冒険者は目を瞠っていた。
思わずその場に尻もちをついていて、その手は小刻みに震えている。
気がつけば男は股間から雫を滴らせていた。
「おいおい、ギルドを汚すなよ」
「も、も、申し訳ございません!! うちの馬鹿が!!」
それを楽しそうに傍観していたはずの後ろのパーティーメンバーがすかさず割って入ってくると、綺麗な土下座を繰り出してきた。勢いよく坊主頭の冒険者の頭を地面に打ちつけ、無理やり頭を下げさせていた。
「なんだ、もう戦意喪失か?」
「この馬鹿が大変失礼いたしました!! まさかゾヴァエル様とはつゆ知らず……」
「つまんねぇなあ。久しぶりに魔獣以外の人間と殺れると思ったのになあ」
その男――SS級冒険者のゾヴァエルは、大層つまらなそうな顔をしていた。
やれやれと頭をむしり搔きながらしゃがむと、お漏らしした冒険者の額をでこぴんする。
「お前、さっさと故郷に帰れ。目の前の敵の実力さえ推し量れないなら、この暗黒領域では数か月と持たずに死ぬぞ」
「は、は、はい!! すぐに帰ります!!」
途端にへこへこし出したお漏らし坊主男に興味を無くしたゾヴァエルは、背を向けた。
そのままギルドの受付に向かい、受付の列に並ぶ。ようやく出番がやってくると、忙しそうにしている受付嬢に声を掛ける。
「おう、久しいなリズマルエ。お前、何歳になった?」
「わ! ゾヴァエルさんじゃないですか! 何年ぶりですか? 暗黒領域から戻ってきたのは」
「ちょうど十年ぶりくらいか? ギルドも変わったなあ、顔ぶれもまるで変わって」
「そうですね……五年前の事件で……」
「また大きな戦いでも起こったのか。んで、これはどんな事態だ? 実力者の集う最前線地区に怪我人だらけとは情けない」
「実は――」
受付嬢は、ゾバエルに経緯を話し始めた。
それらを聞いたゾバエルは考え込み、事実を要約する。
「つまりなんだ。暗黒領域中層のレベル2以降で出てくるはずの魔獣が、一年前からレベル1の表層に頻繁に現れ始めたってことか? それでB級以下の冒険者で怪我人が続出していると……さらに原因もいまだ不明ときたか、厄介だな」
「そうなりますね。何か心当たりございませんか? 十年も暗黒領域にいたたゾヴァエルさんであれば、原因に心当たりがあるかと……」
「暗黒領域と一言で言ったって、俺ら人間が住む領域よりもずっと広いんだ。お前らがこの街しか知らないように、俺も暗黒領域の全てを認知しているわけじゃねえからな……。原因はいくつかあるだろうが、一つ一つ調べていかないことにはわからんな」
「いえ、ゾヴァエルさんが帰ってきただけで、トウブル冒険者ギルドには朗報です! 早速ギルド長に報告してきますね! 少しこちらでお待ちください」
受付嬢はそう告げると、急いで裏へと走っていった。
それを見届けたゾヴァエルは考える。
原因はいくつか存在するが……。
可能性が高いのは二つだ。
一つは表層に魔獣をおびき寄せる何かが意図的に置かれている、ないしはそういう魔獣がいる。または――中層から魔獣が逃げてきている、という可能性も高い。
もし後者が影響で、中層の魔獣が逃げるほどの奴がいるというならば――。
「どんな化け物かわからねえが、気になるな」
それが魔獣だろうと人間だろうと関係ない。
強い奴がいるならば、今すぐにでも会いに行きたい。
とはいえ、まずは情報収集だ。
もとはと言えば物資調達のために帰ってきたのだが。
早速、原因を追及しようじゃないか。
俺の求める何かが、そこにあれば嬉しいな。




