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負けイベ要員のモブAに転生した社畜、知らぬ間に賢王となる  作者: 笠鳴小雨


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第32話 運命の歯車、図らずも



 ――王太子誘拐から数日後。




 カイスト王立魔術学校。


 学校では先日の王太子誘拐の話で持ちきりだった。

 それに加えて、謎の紺青装束の集団による騎士団制圧、十大英傑のガリアス騎士団長の敗北は、王国内を震撼させた。


 確実に「オルト=クロード」という名前は、カイスト王国内に刻まれていた。


 あの日以降、中枢は戦争に備え軍事強化に力を入れ始めた。

 その影響は王立魔術学校にまでやってきていた。



「本日の講義は、騎士団員との戦闘訓練を行う。胸を借りて挑むように」


「「「はい!」」」



 生徒たちは演習場に集まり、熱心に訓練をしている。

 その中でもひときわ激しい訓練を続ける少年の姿があった。


 たかが講義なのに、鬼の形相で何度も何度も騎士団員に挑み続けていた。



「甘い! そんな戦い方では戦場で数秒ともたないぞ、ルイン!」


「はい!」


「いいぞ! 死ぬまで立ち   続けろ!」


「もっとお願いします!」



 ルインはあの日、友人を失った。

 翌日の葬儀は、釜を共にした平民の学生たちが主導で行った。

 そこにはクローベリアもいて、彼女が一通の手紙をくれた。


 そこにはこう書かれていた。



 ――――

 ルインへ


 時間がないので、この手紙をクローベリア様に託した。

 簡潔に書く。

 お前は騎士団に入れ、クローベリア様と結婚して地位を手に入れろ。


 俺はおそらくこの決闘で死ぬことになるだろう。


 そうなるように仕向けられた。

 俺が死ななければ家族、ルイン、クローベリア様、平民生徒の皆の命が危ない。

 だから俺は甘んじて死を受け入れる。


 この国を変えてくれ。

 差別のない、理想的な国を作ってくれ。

 辺境にも食料の行き届く、餓死のない国にしてくれ。


 それが俺からの最後の願いだ。


 君の友人 オルマより

 ―――



 それはオルマからの最後の願いごとだった。


 あの決闘は、オルマを苦しめた。


 そのオルマを殺したのは、僕も同然だ。


 僕がオルマの背中を押したからこそ、オルマは死ぬことになった。

 僕があのとき嘘でも一歩進んでいたら――友人のオルマは陰謀によって死ぬことはなかった。


 苦しかったよね、ごめんオルマ。


 僕は君との約束を必ず守るよ。


 騎士団に入る、そのために魔術も剣術も全部を学び、一流になってみせる。

 騎士団長になって、クローベリア様に告白をする。


 全てを手に入れたら、君の願いを叶えられる。

 君と同じ道を歩む若者がでないように――僕がこの国を変える。



「もう一度お願いします!」


「おい、さすがに少し休め」


「いえ、僕には時間がないんです! お願いします! もう一度!」



 僕は何度も立ち上がる。

 死ぬまで倒れることはない。





 ◆◆◆




 ――ガリアス騎士団長の私室。


 そこにはやつれて頬がこけた騎士団長がいた。

 彼のくすんだ瞳には、一人の紺青装束の魔族が映っていた。


 その魔族の女性が、口を開く。



「話し合いの機会をくれたことに感謝しよう、ガリアス騎士団長」



 その女性は足を組みながら、横柄な態度でガリアスへと言う。


 ガリアスは何も答えない。

 反論することもなかった。


 いや、反論する気力などすでになかった。


 目の前の女性の得体の知れない強さに、むしろ怯えていた。

 数日前に刃を交えたゾヴァエルすらも超える強者だと、出会ってすぐにわかった。



「改めて自己紹介を。オルト帝国宰相、モモッチだ。よろしく」


「ああ……ガリアスだ」



 二人は軽く握手を交わす。



「すでに騎士団長を退いたのであったな。敬称は慣れなくてな、失礼した」



 ガリアスは淡々と答える。



「俺には実力が足りなかった。それだけだ」


「急に辞めて騎士団は困惑していることだろう」


「そうだろうな」



 ほんの数秒、二人の間には静寂が生まれた。



「それでガリアス、君はこれから何をするのだ?」


「行雲流水の旅に出る予定だ。いまいちど自分を見直そうと思っている」


「なぜそう思った?」


「隠す必要もない。私は十大英傑の一角であると自信があった。だが、どうやら思い上がりであったと知らされたよ。オルト=クロード、ゾヴァエル、そして君のような化け物がこの世界にまだいたと知って、私は自分を見失ったんだ」


「君の心を折ってすまないな。だが、私やゾヴァエルなどオルト様の足元にも及ばない。オルト様の真の姿を見たとき、君はまた自信を失うだろう」


「それほどのお方なのか、オルト=クロードという男は」



 そう問うと、モモッチは大層嬉しそうに笑っていた。

 その話をしたかったと言わんばかりに、前のめりになる。



「幸運に思うがいい。ガリアス、君を我がオルト帝国に招待しよう。さすれば、君もオルト様の叡智の一端を知ることになるだろう」


「そこに行くとして、私にどんな利益がある」


「オルト様の叡智の一端を授けよう。お前ほどの才があれば、一年もあればゾヴァエルと張り合う強さを身に着けられるはずだ」


「魅力的な提案だな。やみくもに行雲流水の旅をするより価値がありそうだ。だが、なぜ他国の私をそこまで買ってくれるのだ? 間者かもしれないだろ」


「ぜひ、君に成してほしい大業がある。そのために我らは協力を惜しまない。それに君が間者ではないことはすでに調査済みだ」



 ガリアスは唾を呑み込んだ。



「その大業とはなんだ?」


「君をこのカイスト王国の王に据える」


「ゾヴァエルもそう言っていたな。だが、なぜだ? なぜ私なのだ?」


「オルト様の叡智によれば、君がこの国を統治するのが最も都合がいい。実際の調査で、それが真実であることを突き止めた」


「なぜ、貴様らがそれを望む? 属国にでもするつもりか? 貴様らの武力であれば、いつだってこの国を手中に収めることができるはずだ」


「まさか、そんな平和と程遠いことなんてしないさ。君たちと違ってね」


「では、何が目的だ」



 その女性は、両手を大袈裟に広げた。



「全種族平定さ」


「――ッッッ」



 そのときガリアスに衝撃が奔った。


 それは幼き頃のガリアスが夢見て諦めて、理想の世界だったからだ。


 誰もが死を身近に感じない世界。

 食料に溢れて、好きな物を好きなだけ食べられる世界。

 戦もなく、各国が寄り添いあう世界。


 だが、そんな理想は叶うはずもなかった。

 叶えられるのは本のなかでしかないと、私は賢くなるたびに知った。


 それを彼らは、本気で成そうとしている。



「階級による差別のない世界、誰でも学び舎に通える制度、誰もが暇を弄べる国、そして――飢えがなく、全ての種族が酒を日常的に交わせる争いのない世界。オルト様が目指すのは、そういう世界だ」


「そんな馬鹿な夢は無理だ。歴史上、成し遂げたものはいない」


「歴史は、歴史だ。いつだって歴史を築いた者がいる」


「だが、本当にそんなことできると思っているのか?」


「できるさ、オルト様がいれば。神すら、オルト様には手を出せない」


「神が……?」


「理解できないって顔だな」



 にやりと、女性は笑う。



「疑うのであれば、一度私たちの国に来るといい。理想を体現している国だ」


「オルト帝国……と言ったか? そんな国など聞いたことが無いし、諜報員に調べさせたが情報の一つすら出てこなかったぞ?」


「そうだろうな、なにせ普通の人間では見つけることすらできない。過去の大英雄である勇者の遺跡に都市を構えている。それに……暗黒領域のレベル6に存在する、幻のような国なのだから――常人では絶対にたどり着けない、ましてや他国が攻め入ることもできないだろう」



 信じられない、そんな表情を見せるガリアス。


 その反応を待っていたと言わんばかりに、女性は笑い、指を鳴らした。

 その瞬間、目の前の空間が歪んだ。


 その先には、緑豊かな都市が広がっていた。



「ここを潜ればオルト帝国だ。気になるなら潜れ、私たちは来る者を拒まない」



 ガリアスはぐっと拳を握りしめる。



「俺がカイスト王国で国王になれば……お前らの理想が叶うんだな?」


「必ずな。まずはそれを確かめにオルト帝国へ来い」



 それを聞いて決心がついたようだ。

 ガリアスは立ち上がると、オルト帝国へと旅立ったのであった。



 ◆◆◆



 俺はいまキャラバンの荷台で揺られていた。


 ぼーっと外を眺めていると、過ぎ去っていく何気ない黄金の稲穂景色。

 体を撫でるように吹き抜けるからっとした爽やかな風には、どこかで料理でもしているのだろう美味しそうな匂いが乘っていた。


 心地いい。


 こんな幸せなスローライフをいつか送りたいものだ。


 ただ――アイツが視界にいなければもっと良かったのに。



「もうバテたの? まだ十キロも走ってないよ?」


「ず……ず……ズミマゼン」



 キャラバンの後ろを走っていたのは、元王太子カイスト=ジューンだ。


 彼には目的地につくまで、御者の後ろをずっと走ってもらうことにした。

 何よりもまず、あの腐った根性を叩き直さなければ。

 優しく教えることも大事だが、案外根性論で叩きのめした方が早いときもある。



「馬でももっと走れるのに……君は馬以下なんだね」


「お……俺は馬を超えます!」


「あ、そう」



 最近、こいつと過ごしていて思うことがある。


 想像の五倍はバカなのだ。

 王太子という皮を被っていたせいで、それなりの所作を感じさせているのであって、こいつから王太子という皮を剥いでしまえば、早死にするような冒険者となんら変わらないらしい。


 とはいえ、愛する馬鹿でもある。


 この馬王太子を育てれば、俺には何倍ものバックが返ってくるのだ。


 などと考えていると、もの凄い速度でキャラバンに近づいてくる人影が見えた。

 なんとなく走り方で誰かわかった。



「オルト様ァァァァァァァァァアア」



 大声で俺を追いかけてきて、王太子を素通りしたのはゾヴァエルだった。

 ゾヴァエルは一瞬だけ元王太子に目線をやるが、対抗意識を燃やしたのか追い越した。



「お、お前は誰だ!? オルト様のことを知っているようだが――」


「元王太子(なんとか)君、その人SS級冒険者だよ。ゾヴァエルくんって言ってね、君の兄弟子だからよろしくするんだよ」


「うがッ!?」


「てか、ほんと元王太子(なんとか)君の記憶力は犬以下だね。決闘場にいたじゃん、ゾヴァエルくんも」


「うぐッ!?」



 SS級と聞いて動揺したのだろう。

 顎が割けるんじゃないかというほど、元なんとか君は口をあんぐりと開けている。それと同時にめっちゃ凹んでいる。


 ほんと感情豊かだよね、君。



「ゾヴァエルくん、ラーメン屋は辞めたの?」


「らーめん……ですか?」


「うん」


「美味しいですよね」


「うん」



 ゾヴァエルはなぜか少し動揺している。


 もしかしてあれだろうか。

 開店前に問題が発覚して、開店できなくて夜逃げでもしてきた感じだろう。


 なるほど、あれだけ必死に追いかけてきた理由がわかったよ。


 大丈夫、計画ってのは往々にして上手くいかないものさ。

 その都度自分のアイデアを信じて突っ走れば、いずれ正解になる日が来るよ。



「それよりも置いて行くなんて悲しいですよ。どこに行かれるんですか?」


「次の目的地――彗星都市に行こうかと。この馬に対抗心燃やしている元馬太子(なんとか)君をプロデュースするんだ」


「ぷ……ぷろでゅーす、ですか?」


「そう、プロデュース。ちょうどいいや、一個お願いしてもいい?」


「もちろんです!」


「ちょっとやり残したことあるから、この元馬太子(なんとか)君をしごいててよ。兄弟子としてみっちりね」


「もちろんです! オレに任せてください」


「それじゃよろしく」



 そう伝え、俺はひょいっと荷台を下りるのであった。



「センニンパンダ……いえ、オルト様! どこに行かれるのですか!? 私はオルト様に剣を学びたく――」


「ちょっとやり残したことがあってね」



 さて最後の仕事だ。


 王立魔術学校に戻ろうか。


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