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負けイベ要員のモブAに転生した社畜、知らぬ間に賢王となる  作者: 笠鳴小雨


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第33話 エピローグ、遠い初恋



 久しぶりに、何も考えず一人で街道を歩いていた。


 道行く御者や冒険者たち。

 ふと横を見れば、ときおり田畑を手入れする農民たちが見える。

 稲穂が黄金色に輝く村もあれば、果物の成る木を丁寧に育てている村もあった。


 だが、不思議だ。


 彼らは一次生産者で食には困らないはずなのに、皆が平等に貧相な体をしている。

 十中八九、重税によって苦しんでいるのだろう。

 スローライフを送ると言っても、なかなか難しいんだろうな――と考えていた。


 俺は果物を採っているおばあちゃんに話しかける。



「おばあちゃん、元気?」


「ああ、元気だよ。若いね、新米冒険者かい?」


「まあそんなところかな。それよりもこのアメェリンゴ一ついくらで売れるの?」


「そうさね……5イースってところかね」


「じゃあ……これ状態良さそうだし、これで買うよ」



 そう言いながら、俺は手持ちのお金全部を地面に置いた。

 残った貯金、おそらく三百万イースくらいはあるだろうか。これから行く彗星都市では、こんな金貨などただのゴミと変わりないので正直邪魔だったのだ。



「何を馬鹿なこと言ってるんじゃ。そんな馬鹿みたいな金額で売れないよ」


「違うよ。俺はしがない足長おじさんさ」


「あ、あしながじゃ?」


「まあ、ばあちゃんが経営している孤児院にもおすそ分けってことで」


「なんだ知って話しかけきたのか」


「俺も元々孤児なんだ。こんな施し、ただの付け焼刃だってことは知ってるんだけど、まあ受け取ってよ。どうせ捨てるお金だったし」



 そう言って無理やりおばあちゃんにお金を握らせて、俺はさっさとその場をあとにした。



 その道中で、俺は考えていた。


 今回のシナリオ選択は、果たして上手くいくのだろうか。


 そもそも俺の唯一の生存ルートである「ハーティー生存ルート」では、第一分岐点をこう定義している。

 王立魔術学校での断罪イベントで、ルインと王太子を衝突させて、ルインに決闘で勝ってもらう――と。これを成し遂げれることができれば、あとはプレイヤーが何をしなくとも自動的に以下のシナリオが進行していく。


 ルインは、クローベリアと婚約するために騎士団に入り、戦果を次々とあげていき騎士団長に成長する。これで歴代最強のカイスト騎士団長が誕生するってわけだ。

 この戦力を作り上げることが非常に重要なのである。


 対してカイスト=ジューン王太子は、決闘に負けたことで国を追放され、流れ着くのが彗星都市と呼ばれるゴミのような人間たちが集まっている連結都市である。

 そこで傭兵団に所属し、瞬く間に成果をあげていき、数年後には彗星都市をまとめあげる君主に君臨することになる。彼もまた流れ着いた先で更生し、実力をつけるわけだ。


 お互いがそれぞれ違う土壌で強くなっていくため、この第一分岐点が存在する。


 それから少しして、カイスト王国は隣国の戦争に巻き込まれることになる。

 この最中にメーツ=ボウツォ街は滅亡の第一段階を迎える。

 ここで救済に駆けつけるのが、騎士団長となったルイン、そして傭兵団長として絶大な指示を集めたカイスト=ジューンというわけだ。


 つまり、ルインはカイスト騎士団長に、ジューンは彗星都市で都市イチの傭兵団長になりさえすれば――このハーティー生存ルートに再び戻るのではないか?と俺は仮説を立てた。


 ただ、正直達成できるかは全くの不明である。


 ゲームでは、第一分岐点をミスすれば、絶対にルインは団長になれないし、王太子は彗星都市に追放されることもなかったのだ。俺は今回それを無理やりに捻じ曲げたってわけで、これが吉とでるかはわからない。


 もしこの選択でもハーティー生存ルートに戻ると仮定しよう。


 運がいいことに、元王太子は彗星都市に連れて行くことができた。

 俺の剣に憧れ、弟子入りを志願してくれたので、ある程度コントロールが効く。


 一番の問題なのは、ルインだ。


 彼には俺の復讐を果たしてもらう――という名分で、騎士団長になってもらうことにした。


 恋心だけではもう不可能だと思ったので、目的を挿げ替えたというわけだ。

 ルインは性格上、目的を与えればとことん突き進む質なので可能ではあると思う。


 だが、復習目的だけでは、ルインがちゃんと騎士団長になれるか怪しい。


 だから――最後のサイコロを振るために、俺は王立魔術学校に戻っていた。



 ◆◆◆



「お嬢様、お客人がいらっしゃいました」



 扉の奥から侍女の声が聞こえてきた。

 だが、私には応える気力がなかった。


 広すぎるシーツに包まり、小さく体を縮める。



「無用なことを聞いてしまい申し訳ございません。お客人にはお引き取りいただきますね」



 私のそば付き侍女はよく気が利く。

 私がどんな状態なのかを知って、自分で判断ができる優秀な人だ。

 だから、今は少し彼女に甘えよう。


 布団に包まり、私は考える。


 いつから彼のことが気になっていたのか、正直わからない。


 たぶん、最初は恋心ではなかったと思う。

 ただ、彼がどんな人物なのか気になった。

 調べたり、話したりすればするほど、不可解なことが多くなった。


 気づけば、彼のことを考える時間が増えていたのだと思う。


 同時に王太子のことも考えていたが、いつからかオルマのことを考える時間の方が大きくなった。


 この恋心に気がついたのは、つい最近だ。


 あの日、私が決闘を申し込まれたとき。


 どうしたら良いのかわからず、髪も濡れ上を向け無くなっていたとき――彼の顔が脳裏を過ぎった。反射的に会場にいる彼を探していて、助けを求める瞳を向けてしまった。



(私が恋などしなければ……オルマは死ぬことなどなかった)



 あのとき――、


 私が毅然とした態度で王太子に反論していれば。

 心に従って彼を探さなければ。

 彼に助けを求めるような瞳を向けなければ。



 そう考えると、胸が苦しくなる。


 私のせいで、オルマは死んだ。

 王太子に胸を貫かれて、私のために死を選んだのだ。



「オルマ……会いたい」



 ぼそっと呟いた、そのときだった。

 再び扉が叩かれ、侍女の気配を感じた。



「度々申し訳ございません。お客人がこれだけはお嬢様にお伝えしてほしいと――」



 心の底から申し訳なさそうに、侍女は尻すぼみに言葉を紡いでいく。

 私は侍女に責任を感じさせないよう、久しぶりに声を発した。



「何かしら」


「木刀を持ってきたよ――と伝えてほしいと」



 その言葉を聞いた瞬間、私の胸は高鳴った。


 私がその約束をした人など、人生でたった一人しかいない。

 だけど、その人物は数日前に死んで――。



「レーリャ、その方はどこに!?」



 私は勢いよく扉を開けていた。

 目の前には驚く侍女頭のリーリャの姿があったが、私は止まらなかった。



「お、お嬢様もうよろしいのですか?」


「ええ、その方とお話をしなければ。どこにいらっしゃるの?」


「小高い丘のカフェで待っている、と」


「そう、すぐに行くわよ!」


「で、ですがお嬢様! その恰好では……」



 レーリャに止められ、私は不意に鏡を見る。

 ボサボサな髪に、緩んだ寝間着姿――確かにこれで会いに行くのは失礼だ。



「いますぐに支度をしてちょうだい」


「はい、お嬢様」



 私は急ぎ準備して、小高い丘にあるカフェへと向かった。


 ・

 ・

 ・


 カフェは貸し切りにされていた。


 そこにはたった一人の男性が、火を吹くパフェを食べながら座っていた。

 男性は私を見つけると、口角をあげて、手招きをしてきた。


 不思議に思いながら、私は彼に近づいていく。



「あなたが私を呼んだのですか?」


「もちろん。来てくれて嬉しいよ、君と話がしたかったんだ」



 そう言った男性は、妙に馴れ馴れしかった。


 彼の顔を見ても、私の記憶には近しい人はいなかった。


 もしかしたら――オルマが生きているのでは。

 と、ありえない早とちりをしてしまったようだ。

 だけれども「木刀で稽古を」と言ったのは、最近ではオルマだけである。


 彼は、オルマと関わりのある人なのだろうか。


 座ってと言われたので、私は席に座ることにした。



「初めまして。わたくし、クローベリア=ルシルフと申します」


「あ……ああ……そっか、これじゃわからないか」



 その男性はそう告げると、自分の顔に手をかざした。

 ベールを被せるように透明な空気で顔を覆うと、そこには――。



「オルマ!?」



 私は化かされているのだろうか。


 人の顔が急に変わるなど、そんなことありえない。

 だが、目の前にいるのは紛れもなくオルマだ。


 体形、身長、指の長さ、屈託のない笑顔が――オルマそのものだ。



「オルマは仮の姿なんだ。これはスキルで顔を変えているだけ。本当の俺の顔はこっち」



 そう言って、オルマは再びベールを剥いだ。

 そこにはさっきの、はじめて見る男性の顔があった。



「オルマはもう死んでいるから、本来の僕の顔で話すね」


「あ、ああ……」



 驚くのも束の間だった。


 私の鼓動は今までになく激しく脈を打っている。

 死んだと思っていた初恋相手が、こうして目の前にいるのだ。


 顔は赤くなっていないだろうか。


 私の顔はいまどんな表情をしているのだろうか。



「なんで俺が生きているのか……とか、色々と聞きたいことはあるだろうけど」


「その通りだ、なぜ君は生きている? あのとき確かに心臓を貫かれて……」


「それもスキルさ。口伝スキル【虚像】――嘘の事象を、現実っぽく見せることのできる使い勝手のいい能力だよ」



 楽しそうにオルマは言いいながら、手のひらで色々な動く絵を見せてくれた。

 海面を飛びあがる奇妙な海洋生物の姿や、空を飛ぶドラゴン、はたまた楽しそうにお城ほどの大きさのパフェを頬張るオルマの姿など、全てが楽しそうな動く絵であった。


 それらはまるで、本当にそこにあると錯覚するほどの奇妙な現象だった。



「口伝スキル……聞いたことはある。突出した戦士はそれを扱うことができると。だが、身長や体重までは操作できないだろ? あくまで五感に語りかけるだけの能力じゃないのか?」


「そうだね、正解。口伝スキル【避役《カメレオン》】って言ってね、自由に自分の顔や体形を変えることのできる便利な能力も併用している。二つ使えば、国一つ分くらいの人は騙せるかな」


「凄いな……君はその能力をいくつも持っているのか?」


「うーん、たぶん三十個くらい? あ、三十三個かも」



 私は言葉を失くしていた。


 オルマ、彼は一体なぜそれほどの能力を有しているのか。

 そして――何が目的でそこまで強くなろうとしたのか。



「それで、死んだはずの君が私を呼んだのには訳があるんだろ?」


「やっぱり賢いね、クローベリアは」


「なッ!?」



 再び、私の名前を呼び捨てにされて、思わず顔が熱くなった。


 ああ、これが恋か。


 みんなも好きな人のことを話すとき、こんな気持ちだったのだろう。

 小さい頃から王太子との婚約が決まっていて、人を好きになることを知らなかった私にとって、これほど色鮮やかな気持ちなど人生で初めての感覚だった。



「クローベリアにだけは、俺の野望を話しに来たんだ。君にしかできないことがあって、俺を助けてほしい」


「野望……か。ひとまず聞こうか」


「ルインを騎士団長にするため、君はルインに協力してほしいんだ」


「ルイン、か。君は昔からルインに異様なこだわりを見せるな、なぜだ?」


「ルインがこの国の騎士団長にならなければ、カイスト王国は五年後に消滅する。俺にとってこの国が消滅するのはとても困る、だからルインを騎士団長にしなければならない」



 まるで未来を知っているような言い方だ。

 普通であれば一蹴するべきところ、私は真剣なオルマの言葉を否定できなかった。



「五年後に消滅か。君には未来でも見えるのか?」


「まあそんなところかな。とはいっても信じられないと思うから、少し先の未来を教えるよ。天災と呼ばれる古龍が八日後に、カイスト王国の南端部にある戦線基地を消滅させるだろう。地図からそこが消える。古龍の動きは誰かが操作できるものではない、天災だからこそ信憑性が増すと思ってね」


「古龍、か。確かにそれが起これば信じるには十分な情報だ。念のためルシルフ家の私兵を派遣しておこう」


「辞めておくといい。あの前線基地が消滅するのは運命だ、誰が行ったとしても……もう変えることのできない運命なんだ。受け入れるしかない」


「まだ私には君が言っていることを理解はできない。だが、信じることはできる。約束しよう、私がルインの騎士団入団と昇進を支援すると」


「ありがとう、クローベリア」



 オルマはそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。

 そうして隣の椅子に立てかけてあった木刀を二本取り、一本を渡しに渡してきた。



「一つ、約束が守れていなかったと思ってね」


「懐かしい約束だ。反故にされると思っていたぞ」


「まさか、俺は約束を破るようなことは……たまにするかも。でも、今回は守るために、君に会いに来たんだ」



 笑っていいながら、彼は木刀を構える。


 驚くほどに自然だった。

 自然がすぎるがゆえに、木刀を持っていることすら忘れる美しさだった。



「なんだ。君は剣の実力すらも隠していたのか? 昔言っていたじゃない、もうすでに君は本気を出していると」


「そこを刺されるとぐうの音もでないかな。でも安心して、今から振るう剣は――俺の本気だ」




 その言葉を信じて、私も木刀を構えた。


 剣は小さい頃から訓練を欠かしたことがなかった。

 ときおり家の権力を使って、凄腕の剣士に指導を依頼したこともある。


 そういえば――オルマの剣の構え方は似ているな。

 つい最近、私の小遣いで指導をつけてもらった優秀な冒険者――ゾヴァエル様によく似ている。



「確か、君の父はSS級冒険者のゾヴァエル様だったな。剣はお父様に習ったのか?」


「惜しい、逆だよ」


「逆?」


「ゾヴァエルが弟子で、俺が師匠なんだ」



 なるほど。

 ようやく納得した。


 こうして対峙すると感じる、ゾヴァエル様との違いがあった。


 オルマの剣の構えの方が、圧倒的に自然で美しい。



「さて、始めようか」



 それからの記憶は鮮明に覚えている。


 オルマが剣を振るった動作は、まるで目で追えなかった。

 動いたそぶりも、重心を移動した所作も見えなかった。


 私は、気づけば天井を見上げていたのだ。


 そして最後にコツンッと、木刀で額を叩かれた。



「そうだ、俺の本当の名前を伝えるの忘れてたよ」


「餞別に聞かせてくれ」


「オルト=クロード」


「ははっ、やはりそうか。剣を見たときに直感したよ。やはり君は強かったし、私の直感は間違っていなかった。十大英傑のガリアス騎士団長を倒すとは、君も隅に置けないな」



 私は笑っていた。

 満たされた気がした。



「オルト、また君に会うことはできるか?」



 最後に聞きたかった。

 どうしても聞きたかった。



「たぶんね」



 そう言って、オルトは私の元を去っていった。


 彼の姿が見えなくなると、全身の力がどっと抜けた。

 椅子に背を預け、木刀を傍に置く。


 そうして今の至福の時間を思い返していると、カフェの店員がやってきた。



「あなたが羨ましいです」


「やはり君もオルトの知り合いだったのか。一度支払いを拒否されたときに、なにか関係があるとは思っていたよ」


「オルト様がご自身の気持ちを語られたのは、あなたが初めてです。オルト様の初めてを奪いたかったのは私なのに……」


「それで君は私になんの用だ?」


「最後に忠告を」


「聞こうか」


「オルト様は、我がオルト帝国の帝王でございます。もし彼と結ばれることを望むのであれば……相応の価値を生み出すことです。そうすれば、あるいは……オルト様があなたに振り向く可能性はほんの少しならあるかもしれませんね」



 店員は空いたグラスを片付けて、下がっていった。


 それを見届けた私は、自然と拳を握りしめていた。


 私の初恋は終わったと思っていた。


 だが、まだ終わっていない。


 オルトは大きな夢を叶えようと行動している。

 国すらも凌駕する大いなる目標のために、全身全霊で生きている。


 であれば、私もこの叶わぬ初恋を追いかけよう。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

これにて第一章が終わりです。


1~2週間ほど日程を開けて、第二章を投稿予定です。

第二章も引き続き毎日投稿になると思います。

それまで少しお待ちいただけると嬉しいです。

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