第31話 モブA、断罪する
「なぜ平民である君が、こんなことをしているんだ! それに奴らはなんだ? 答えろ!」
王太子は剣の切っ先を俺に向け、怒鳴り散らかしてきた。
あの行動になんの意味があるのだろうか。
剣を向けただけで、君を誘拐しに来た俺がビビるとでも思ったのだろうか。
俺は思わず、鼻で笑っていた。
「皆、大いなる野望のために動いている。それだけだ」
「こんなことして……ただで済むと思っているのか!? 今ならまだ」
「俺にとって、たかが一国など些末なことだ」
そう告げて、俺は黒剣を構えた。
戦闘意思を見せると、王太子も剣を構える。
「たかが平民の分際で……神の祝福を受けた俺に勝てると思うなよ!」
激昂した王太子が、白銀の剣を構えて駆け出した。
間合いもなにもない、実に合理性にかけた戦い方だ。
「ハァァァァァアアッ!!」
王太子は凝りもせずに声を荒げながら突っ込んでくる。
それを見て俺は呆れていた。
天狗になった彼にとって、誰の指摘も頭に入らないのだろう。
俺はちらりと周囲を見渡す。
オークや魔族たちは騎士団員と戦い、こちらには目を向けていない。
ほとんどオークや魔族たちの圧勝のようだが、まだ時間がかかるようだ。
(二分なら大丈夫か。少し、レクチャーしてあげよう)
俺は黒剣を鞘に仕舞った。
素手で、歩き始める。
「少し君は固定概念がすぎるようだ」
「なんだとォォ!」
「いつから……俺が弱いと錯覚していた?」
振り下ろしてきた剣の腹に対し、俺はそっと手を添える。
【自己操作】によって、衝突の一瞬だけ力を込めた。
バキッ、と。
いとも簡単に国宝級の白銀の剣が半ばから折れていた。
「なッ!?」
「指南その一、力の入れどころは適切に」
わざわざ走っている道中で叫んで、力んで、それに何の意味があると言うのだ。
敵にタイミングを知らせ、あまつさえ力を入れていると教えているようなものだ。
実にナンセンス。
力の入れどころを悟られず、目的を成すのが力というものだ。
そんなんでは四六時中魔獣に命を狙われる暗黒領域で生きていけない。
「くそがッ!」
王太子は、半ばから握りつぶされた剣をむやみやたら横薙ぎに振ってきた。
それを見た瞬間、俺は王太子の手首を掴んでいた。
「指南その二、武器に頼るな」
手首を捻り、剣を落とさせる。
その反動で王太子は地面に膝をつき、苦い表情を浮かべている。
「生物にとっての最大の武器を扱えるようになれ」
勢いよく膝蹴りを、王太子の顎に直撃させた。
「グハッ」
脳天が揺れ、王太子はよろめく。
視界が定まらず、うつろに地面を見つめている。
「指南その三、敵から目を逸らすな。常に敵を把握しろ」
俺は王太子の髪を鷲掴みし、強制的に顔を挙げさせる。
それと同時に右手で【着火】の魔術を発動する。
「髪の毛が長いから見えないんじゃないか? 邪魔なものは排除しろ」
髪の半分を魔術で燃やし、王太子を突き飛ばした。
これなら少しは視界がクリアになるだろう。
坊主にしなかっただけありがたいと思うんだな。
「貴様ァァァァァァァァァアアアッッ!!」
ようやく頭がクリアになったのか、王太子は立ち上がる。
俺の指南を受け入れたのか、拳一つで襲い掛かってきた。
「指南その四、感情を殺せ。頭は常に冷静に」
振りかぶってきた拳を、俺はなんなく回避する。
それから何度も連続で攻撃してくるが、俺は流水のようにいなしてしまう。
王太子をいなし、倒れた先に白銀の剣が落ちていた。
それを拾い、再び王太子は剣を振り降ろしてきた。
隙だらけな王太子の剣を、俺は黒剣で軽く跳ね上げる。
「それは剣技でもなんでもない」
「ふざけるなァァ」
「ただのおままごとに剣技を名乗る資格はない」
俺はそう言って、今の王太子と同じように剣を振る。
振り下ろした剣は軽々と王太子の高価な剣を根元から叩き割っていた。
「指南その五、剣技とはこういうものだ」
俺は自然に黒剣を構える。
力まず、読ませず、自然と調和を成すように。
玄流剣神術、奥義――「【流水八相剣】」
八本に見える剣が舞う。
洗練された動作。
そう、これが美しい剣技というものである。
強さというものは何も力を込めればいいってものではない。
隠しながら、それでも敵に脅威を知らせることも強さの形の一つだ。
(いや、これは人に向けるものではないか)
そう言って剣に纏った力を、空に向かって解き放った。
空に立ち込めていた雨雲が八つに切れた。
それと同時に風が吹き荒れ、天気が一変――雨雲が晴れ、燦燦と晴れる太陽が見えた。
さて少しは彼の為になっただろうか。
俺はそう思い、彼を見てみる。
ん? なんだか、王太子の様子がおかしい。
「あ……あなたは…………」
なぜか目の前には膝をつき、震えて感動している王太子の姿があった。
「センニンパンダマン様ではないですか?」
ほへ?
王太子ともあろう人が戦闘中に意味不明なボケを――。
「あっ」
思い出した。
昔、そんな名前を使って何度か人を助けたことがあった。
暗黒剣神と別れ、玄流剣神術を試すために訓練していた頃だったか。
何度か暗黒領域で、武者修行をしに来る者や、商家のぼんぼん、山賊まがいな連中など見かけたことがあった。別に関わる予定もなかったので無視することの方が多かったのだが、何度か本当に死にそうな連中を救ったことがある。
当時の俺は名前がなかったので、適当な名前を言っていた。
戦隊モノから引用して、暴走機関車レッドとか。
超人になりたくて、怪人三号とか。
ハードボイルドに、アウトロー・レイモンドとか。
その中で何度か「仙人パンダマン」と名乗ったことがある。
ちょうどパンダっぽい魔獣の毛皮で服を作ったときで、気に入ってた名前だ。
(なんで王太子がその名前を知って……そういえば)
一度、如何にもお金持ちそうなボンボンを助けたっけか。
あの横柄なおぼちゃまはお前だったのか、王太子。
さすがに子供のころの王太子の姿は知らないので、気がつかなかった。
「セ、センニンパンダマン様に会う日を心待ちにしておりました!」
先ほどまでの傲慢な態度はどこにいったのか。
王太子は剣を放り投げると、王子にあるまじき土下座をしてきた。
「俺……いえ、私はセンニンパンダマン様の剣に憧れたんです。少しでも近づきたかった」
「そ、そうか……」
「いつかお会いしたら弟子に志願しようと思っていました。ただ――」
力強く、王太子はこちらを見つめる。
「センニンパンダマン様が私を殺したいのであれば受け入れます。私はあなたに認められなかった、それだけのことです」
先ほどまでの威勢はどこに行ったのか聞きたい。
ふむ、だが一つ納得したことがある。
魔獣戦闘試験で王太子が剣に執着していた理由がわかった。
どうやら原因は――過去の俺らしい。
「俺の剣技がそんなに好きか?」
「はい、もちろんです! 美しさのあまり、人生で初めて涙を流した瞬間でした」
「それほどか」
こいつ、いい目をしてやがる。
王太子に出会ってから半年、ずっと彼を見てきたつもりだ。
その期間通しても、いまが一番いい目をしている。
これは――いい機会かもしれない。
計画変更だ。
「その瞳、熱量……気に入った」
「ありがとうございます!」
「このオルト=クロードの弟子になるか?」
「いいのですか!?」
「ただし条件がある。今の地位を捨て、すべてを俺に捧げると誓え。さすればお前をさらなる高みに登らせてやろう」
少し、王太子は考えていた。
今まで培ってきた努力、地位、友人関係、そして気になる女性。
全てを投げうって、剣の道に進むべきなのかと。
悩むのも無理はない。
だが、想定よりも王太子はすぐに決断した。
「ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いいたします」
「いいだろう、覚悟はできているな?」
「はい!」
「目を瞑れ、俺に身を委ねろ」
「な、なにをするのですか?」
「少し痛むぞ」
「な、なんでもどうぞ!」
俺はそう告げると、全力で王太子の背後に接近した。
両手を合わせ、人差し指を立て、王太子の尻目掛けて一直線に突き刺した。
「はよひぅぃあっ!?!?」
王太子は奇妙な声を上げて、気絶したのであった。
なるほど。
どうやらこの世界でもお尻は急所判定になるらしい。
南無阿弥陀仏。
安心しろ、誰にも見られない速度で急所を突いた。
君の尊厳は俺が必ず守ってやる。
「キャーッ!? 殿下が!?」
誰か、学生の叫び声が会場内に響き渡る。
俺は誰にもばれないように、いま出せる俺の最速の速度で王太子を抱えて、会場を飛び去っていくのであった。オークや魔族でさえ、気づかないはずだ。
不意にわきに抱える王太子を見ると――。
「え、死なないよね?」
泡を吹いて、息をしていないようだったのだ。
まさか急所がここまで効くとは思わなかった。
頼む、死なないでくれよ王太子。
君はこれから地獄の訓練が待っているんだ。
こんなことで死んで貰っては困る。
君はいずれ、この世界を救う組織のリーダーになるのだから。負けイベントを生存ルートに変える貴重な存在なんだ。
◆◆◆
「オルト様……いつの間に」
ガリアスに意識を向けながらも、オルト様のいきさつを監視していた。
と思えば、気がつくと王太子ともどもオルト様の姿は消えていた。
オレは感動していた。
オルト様が本気を出せば、今のオレでも目で追うことができない。
一体、どれほどの実力をあの体に内包されているのか。
計り知れない強大な力に、オレは感動していたのだ。
「行かせない……私の甥だ。返せ」
地面に伏せ、目の焦点も定まっていないガリアス騎士団長。
彼はそれでも正義と目的のために、右手を伸ばしていた。
その天晴な精神力に、オレは拍手を送りたくなった。
さすがこの国を守る騎士団長だ。
「残念だが、アレはすでにオルト様の所有物だ。諦めろ」
「諦めないッッッ!! 私は……私はこの国を――」
「話には聞いていたが、随分と丸くなってるなガリアス騎士団長ってのは。お前、王太子が生まれるまでは、内乱を起こす気だったくせによく言うわ」
「何を言っている」
「まあそりゃあシラを切るわな。だが、安心しろ。オレたちはお前の味方だ。お前をこのカイスト王国の国王にするため、ここに来たんだからな」
「さきほどから何を意味のわからないことをッッッ」
頭に血が登っていそうなガリアス騎士団長に、いま何を話しても無意味だとオレは悟った。
とにかく今は大人しくしてもらおうか。
「後日、我がオルト帝国の大使がお前の元を訪ねる。また話そうか――カイスト=ガリアス」
オレはそう伝え、すでに瀕死だったガリアスの顎に膝蹴りを一発お見舞いする。
さすがに魔力の込めた一撃には成すすべなく、ガリアスは意識を手放したのであった。
周囲を見渡す。
すでに騎士団員とオルト帝国の戦闘は終えているようだった。
結果はオレたちの完勝。
カイスト王国の騎士団と言えども、オルト帝国の兵力には敵わなかったようだ。
まあ仕方のないことだ。
騎士団員はよくてA級冒険者程度の実力しかない。
平均で見ればC級程度の者たちの集まりだ。
対して、オルト帝国の精鋭たちは皆S級以上の実力を有している。
オレは拡声魔法を使用し、逃げ惑う観衆たちに告げた。
『目的は果たした。いつの日かまた会おうカイスト王国の諸君』
そう言い放ち、オレたちはその場を後にする。
古城の能力により光のごとく転移し、オルト帝国皆々はカイスト王国を離脱した。




