第29話 十大英傑の一角、為す術無し
なにあれ?
俺は上空に現れた古城を見て、絶句していた。
せっかく新計画のために、色々演出頑張って登場したのにさ。
宙に浮いてみたり、前に盗んだカッコいい紺色のマント着てみたり、これまた前にパクった仮面つけて義賊っぽく恰好を整えて見たり。
だというのに、俺の登場は完全に古城の登場で霞んだ。
「やば。あれって……魔族とオークたちじゃない?」
古城から飛んで現れた彼らが纏う紺色の隊服を見て、冷や汗が止まらなくなっていた。
いつかはやってくると思っていた。
金を持ち逃げされて、たぶん怒ってるよね。
わかるよ、その気持ち。
そりゃあ、有り金全部持って逃げられたら血眼になって探すよね。
俺だって小学校のとき、友達にお気に入りのカードをパクられたとき傷ついた。
わかるけどさ――タイミングってものがあるじゃん。
「さっさとずらかろう」
俺は黒剣を取り出し、高速で地面に降り立った。
新計画――王太子誘拐&調教ルートの再開だ。
◆◆◆
『――騎士団総員、抜剣を許可する。ここにいる皆を守れ、命に変えても』
私――ガリアスは秘匿拡声魔術を発動した。
会場に配置していた騎士団員たちに指示を出し、私も同時に抜剣する。
ほぼそれと同時に、宙に浮いていた奇妙な男が地面に降り立った。
「あいつは知り合いか?」
「い、いえ……王兄殿下」
愚甥の知人関係ではない。
ということは、他国からの刺客の可能性が高いだろう。
カイスト=ジューンは愚甥ではあるが、近い未来の王になることを約束された存在だ。
危険視され幼いころからよく命を狙われる可哀そうな子でもある。
なんとしてでも、愚甥を守らなければ。
この国が大いなる損を被ることになる。
もし私が王になれば、武力、政略、人望――すべてを兼ね備えた賢王になっていただろう。
だが、神の加護を持つ愚甥が、それをも超える素質を持っている。
王族の持つ神の加護とは、どの時代においても飛びぬけた王の素質を意味しているのだ。
私の愚甥が、神の加護を持って生まれたと知ったとき、自然と私が持っていた野心は燃え尽きていた。自然と、騎士団長として国にこの身を捧げるようになった。
後ろで小鹿のように震える愚甥を見て、そんな雑念が過ぎっていた。
そんな折、目の前の男が口を開く。
「ガリアス騎士団長、ここは引いてはくれないか?」
「何が目的だ」
「そこの小鹿ちゃんを引き渡してくれれば、それでいい」
「断る。これでも国にとって重要な存在だ」
そう伝え、切っ先を奴に向けた――その瞬間だった。
冷や汗が全身から噴き出していた。
見えない切っ先が、私の喉ぼとけに皮一枚で突き刺されているような……。
「ハッ!?」
一体、いま何が起きたというのだ。
この私が……死を直感しただと?
この私が?
カイスト王国を支える武の象徴であり、十大英傑の一人である私が?
こんな強さも見えず、剣を構える姿勢もままならない小僧に怯えているだと?
「ありえない。そんなバカな……」
止まらない冷や汗を無視して、私はもう一度対峙している男を観察する。
高貴なものが身に着ける上等な紺の装束に、黒い剣。
身長はさほど高くなく、まだ子供ような体躯だ。
まるで隙だらけ、間合いも強さも発展途上の学生のような立ち振る舞いだ。
(だが、なんだこれは? 私の生存本能がこれほど警笛を鳴らしたことなど無い)
強さなど微塵も感じない目の前の若造に、私はいま恐怖を感じている。
目の前の若造は、何かがおかしい。
「何者だ……実力を隠しているのか?」
「ハハハッ……素晴らしいね、君」
奴は、ここが敵地のど真ん中であることを忘れたかのように高らかに笑っていた。
ここには私、騎士団員百名以上、王立魔術学校の講師百名以上がいる。私の指先一つで、全員が一斉に奴に飛び掛かることだってできるのだ。
だというのに、あの余裕の態度はなんなのだ。
「王兄殿下! あんな雑魚、俺が倒してみせます」
不意に、背後で震えていたはずの愚甥が前に出た。
勇敢と勇気をはき違えた行動に、私は思わず肩に手をかけ制止していた。
「黙ってそこにいろ。あいつは何かがおかしい」
「で、ですが――」
思わず、私は凄んでいた。
それと同時に、奴らからできるだけ遠ざけようと後方へ突き飛ばした。
あまりに無能するぎる愚甥に、国を任せて本当に良いのだろうか。この考えに対し、私も迷う時がある。
それでも愚甥は守ることが、カイスト王国のためになると信じている。
「お前を守るのが、私の役割だ」
私はそう告げて、白銀の大剣を構える。
「愚甥を殺したければ、私は容赦しない」
「容赦? 容赦などする必要はないよ」
その男は一歩、前に歩み出た。
「大人が子供に容赦を要求すると思うか?」
一歩、また一歩近づいてくるたびに悪寒が止まらなくなっていた。
あんなに無防備で、間合いなど無いに等しい足運びだというのに。
なぜか一向に隙が見当たらない。
いや、違う。
これは錯覚だ。
何かの能力で、私が誤認させられているのだ。
この私が――敗北するわけにはいかない。絶対に。
「――口伝奥義『守護超人』!」
私は大剣を天に掲げて祈り、切り札を発動した。
この国を守り、繁栄させてきた――代々騎士団長に受け継がれる最終兵器。
三メートルを超える翼の生えた天使が、現世に降り立つ。
「これで私はもう負けることは絶対にない」
「いいね。一度……天使を斬ってみたかったんだ」
男はそう言うと、初めて剣を鞘から引き抜いた。
それを上段で構え、虫が止まりそうな速度で動き出す。
玄流剣神術、奥義――「【神滅】」
力もなく振り下ろされた剣だった。
勢いもなく、鋭くもなく、凡人の剣だとも捉えられる剣。
だが、凡人ではなかった。
野菜でも斬るかのように、守護超人が真っ二つに割れた。
「馬鹿な……」
「案外つまらないもんだね、天使も」
「ありえない。守護超人は絶対防御の天使だぞ、勇者の剣すら受け止めた……」
我が国の最終兵器に、そんなことあってはならない。
カイスト王国の歴史上――守護超人が負けたことなど一度もない。
三百年以上もこの王国を守護してきた存在。
事実、過去に勇者の一振りすら防いだ超常の防御を有する。
ドラゴンのブレスすら、余裕で防ぐ召喚魔術だ。
「お……お前は一体なに者だ!」
「オルト=クロード、そう言っただろ?」
「それほどの強者であれば、名が轟かないはずがない!」
「誰もが名声を求めるとは思わない方がいい。さて、お遊びはここまでだ。俺にもあまり時間がないのでね」
彼がそう告げると、ちらりと上空をみていた。
それが合図だったのか、空を飛ぶ連中の一人が勢いよく地面に着地する。
「オルト様、ここは任せてください」
「ゾヴァエルもそういえば魔族だったね。仕込みとかいいの?」
「はい、万事順調です」
「そっか、じゃあこっちは任せるね。俺は馬鹿王子に専念するよ」
二人はそう短く会話をする。
男は私に目もくれず愚甥に一直線に歩き始めた。
「そうはさせな――うッ!?」
彼を止めようと剣を向けるも、途端に体が重く感じて動けなくなる。
なにか、大いなる力に上から押さえつけられているような感覚だった。
「ここからはオルト様の配下が一人、ゾヴァエルが相手をしよう」
「貴様……知っているぞ。SS級冒険者だな」
「今日をもってその肩書は必要なくなるだろう」
ゾヴァエルという男はそう告げると、体躯よりも大きな大剣を構える。
「今日をもって、十大英傑の名をいただくとしよう――ガリアス騎士団長様を倒してな」
そう宣言しながら、ゾヴァエルという男は愚甥と私の間に割って入ってきた。
まるであの男の邪魔をするなと、阻止するかのように。




