第2話 どこ出身? 路地裏さ
目下の俺の目標は明確だ。
すぐにでも、手っ取り早く強くなれるスキルを入手すること。
それから様々なスキルや剣術、魔術の収集旅に出て、負けイベントまでに万全の準備を整えることにある。
いま計画しているのは、この街に眠るチート性能を持つとある【口伝スキル】を手に入れるという方法である。
この世界の能力は、三要素に分かれる。
武術、魔術、そして口伝スキルの三つだ。
『武術』――剣術や刀術、槍術、格闘術など、様々な分類がある。トウシン流格闘術やライシン剣術など、流派は無数に枝分かれしており、誰でも門戸を叩けば学ぶことができる。
『魔術』――それは魔力を駆使した現実の事象を書き換える能力全般を指す。これは誰でも学べるものではなく、才能のある者が訓練した先で発揮する性質を持つ。もちろんゲームでプレイヤーはボタン一つで操作できる身近な存在だったが、この世界では一体どうするのか不明だ。
そして特殊なのが『口伝スキル』。
世界で同時に一つしか存在することのできない、一子相伝の能力。これは武術や魔術のような努力で身に着けるものとは異なり、師からたった一人の子へと継承する法則がある。それゆえに、武術や魔術よりも破格の能力を発揮できる傾向がある。
数多の廃人たちによって、口伝スキルの獲得方法は複数解明されている。
このメーツ=ボウツォ辺境街にも、一つ眠っている。
早速、口伝スキルを獲得したいところなのだが――。
その前に餓死しそうだ、助けて。
歩けないし、寝返りできないし、ご飯ないし――なんだこの餓死ルートは。
そもそもモブで赤子スタートとか、ほぼ詰んでるだろこれ。
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モブな孤児に転生してから五日が経った。
「おぎゃ」
俺はなんとか生きているし、一人で大便も出せるようになった。
立派に路地裏で成長しつつある。
出身地は?って聞かれたら、路地裏って答えられるくらいには馴染んでいると思う。
相変わらず、おぎゃおぎゃ泣いても道行く人々は赤子の俺を無視し続ける。
どころか、触らぬ神に祟りなしといった様子だ。
それもそのはずだ。
この街は辺境都市の中でもいわゆる貧困地域に属し、街の三割はスラム街として多くの孤児や死因不明の死体がごろごろと転がっている。こんな場所で生まれて間もない赤子を救えるほど、生活に余裕のある人間などまずいない。余裕のある者もまず近づかない地域だ。
そんな俺を救ってくれる救世主が現れたのは、オギャオギャ鳴いて二日目のことだった。
「おぎゃ」
今日もやってきた俺の救世主は、ぺろぺろと俺の顔を舐めまくる。
たまに牙が額に刺さるので俺を食べるつもりじゃないかと思うときもあるが、とにかく一時間くらい顔をベロべろと舐めると、救世主は満足してエサを与えてくれる。
救世主は満足すると、俺の口目掛けて小瓶に入ったミルクを流し込んでくれる。ドバっと。
毎回七割くらいは零れるのだが、少しでもお腹にいれられるだけありがたい。
「おぎゃぎゃ」
次にお尻をぷりぷりさせて、俺は声を出す。
それを合図に救世主は俺を地面で転がし、衣服の中にたまった便を布でふき取ってくれる。最後に新しい布を巻いてくれて、籠に咥えて戻すと救世主はどこかへ立ち去っていく。
一日二回くらいは来てくれる。
本当に賢い。賢くてびっくりする。
「おぎゃぎゃおぎゃ」
放牧犬っぽい賢さもあるので、なんとなくワンコと勝手に名付けて呼んでいる。
たまに口から炎吐いているときもあるので、本当に犬なのかは怪しい。
まだ俺にはおぎゃとしか発音できないので、もしかしたらワンコは自分の名前をおぎゃと認識している可能性も否定できない。おぎゃおぎゃいうと喜ぶし、尻尾の揺れが止まらなくなるので、たぶん勘違いしている。
こうしてワンコのおかげで、なんとか俺は路地裏で立派に生きている。
逆に言えば、ワンコが来なくなってしまえば、俺の人生は詰む。
だから必死に毎日、あのワンコには媚びを売っている。
次はもっと舐めてもいいぞ、ワンコ。
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路地裏のモブな孤児に転生してたぶん二週間くらい。
今日は天才的な発見をした。
魔力を感じたのだ。
この世界に魔術があることは知っていたが、ゲームではボタンをポチポチするだけで使えていたので、どう扱えばいいのかわからなかった。だが、今日その魔術を扱うための源である魔力を知覚することに成功した。
いつも通り便を排出しようと踏ん張っていたら、なんかひんやりとしたガスのような物体が腸内を駆け巡って、穴から出そうになったのだ。最初は便が出たのか、魔力が出たのかよく分からなかったのだが、ワンコにいつも通りお尻を拭いてもらおうとしたら首をかしげていたので、あれは便ではなく魔力の排出だったのだと知った。
魔力を知覚してからは、体の中でぐるぐる動かして遊んでいる。
これを駆使すれば魔術とか打てるのかなとか思ってたけど、うんともすんとも言わなかった。なんでかわからないが、魔力は体の外に上手く出せない。とりあえず魔力Aくんと魔力Bくんと名付けて二つに分けつつ、体内で一人追いかけっこして遊んでいる。
最近は夜空にも飽きてきたので、こうして新たな遊びを見つけてちょっぴり幸せだ。
魔力鬼ごっこと名付けた。
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魔力鬼ごっこ遊びを覚えて一か月ほどが経った。
俺は魔力について、新しい発見をした。
微小ではあるが、体内から放出できなかった魔力が指先から水滴一つ分くらいちょろっと出せるようになったのだ。なんとか絞り出した瞬間に全身が脱力感に見舞われたが、それでも新たな魔力の使い道には驚いたものだ。
ちなみにその水滴ほどの魔力は、地面に吸い込まれてどこかへ消えていった。
とはいえ、大いなる可能性と前進に俺は喜んでいた。
赤子は一人で歩くまでに一年から一年半ほどかかると、先に結婚した部下が言っていた記憶がある。だから俺は路地裏から早々に出ることを諦めていたのだが、魔力を扱えるようになったのならば話は別だ。
身体強化魔術が使えるようになるかもしれない。
上手く行けば一歳になるより前に、路地裏から脱出できるだろう。
この日から、俺は魔力の研究に勤しみ続けた。
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魔力を体から出せるようになって、三か月が経った。
おかしい。羽衣ほどの薄さではあるが、全身を覆えるほどの魔力を体外に放出できるようになった。全身をシャボン玉に包まれているような感じだ。だというのに、一向に身体が強化された感覚がないのだ。
なんとなく魔力で体を覆えば、それは身体強化魔術だと思ったが、どうやら違うようだ。
何が違うのだろうか。ゲームだとボタン一つで身体強化ができたからこそ、ゲームが現実となったときに身体強化発動の原理が理解できない。今の俺にはボタンなど見えない。
どうすればできるのだろうか?
そもそも全身に魔力を纏うという方法が間違っているのか?
それとも魔術を使うために詠唱だったり、魔法陣だったり、特定の媒体を経由する必要があるのか?
残念ながらここには公式も教科書もないので、考察と実験あるのみだ。
ゲームとは違う側面があるのならば、トライアンドエラーで乗り越えていくしかない。
問題に対する課題を見つけることなんてサラリーマン時代に死ぬほどやってきた。自信はある。
さて、何から実験しようか。
詠唱が必要だと仮定しよう。
今はまだおぎゃおぎゃしか話せない。
だったら、声を媒体とするのではなく、文字を媒体とするのはどうだ??
この世界日本語でも行けるのか?
言語を聞くことはできるが、書き文字はいまだ見てもさっぱりわからない。
ならとりあえず、日本語で挑戦してみよう。
さあ、どう書こうか?
この日から目まぐるしい実験の日々が始まった。
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モブな孤児に転生してから八か月が経過していた。
結構時間はかかったが、ついに念願の身体強化魔術を習得することに成功した。
身体強化魔術の習得はクッソ難しかった。
なにこれ、普通にこの世界の身体能力魔術って鬼畜仕様すぎないかな。
ゲームでぽちぽちして阿保面して使っていた昔の自分に言ってやりたい、それ超高等技術だよって。もっとありがたく使え、って。
この法則を見つけるのに苦労をした結果、魔力について博士級の知識がついた自信がある。
語れば一日以上語れる気がする。だけど、まあ要約するとこんな感じだ。
筋肉の繊維一つ一つに、回路のような緻密で繊細な線を魔力で引く。
魔力の細さは、髪の毛より少しだけ太いくらいだ。
動きたい方向、強化したい部位、態勢ごと……に、固定の回路が存在する。出力ごとに回路を引き直して、適切な回路を構築する必要がある。もし間違った箇所に回路を引いてしまえば、一瞬で筋肉が千切れ、肉離れを起こし、場合によっては失神する。
この法則を発見すること自体はそこまで難しくなかったが、実際に使うとなると苦戦した。
十桁のフラッシュ暗算をしながら、腹の探り合い団地主婦コミュニケーションを取りながら、赤子をあやしながら、じゅげむを唱えて、上司の叱責を聞く――くらいには過剰なマルチタスクが発生する。
これは慣れて反射で使用する領域だと思い、俺はとりあえず反復練習しまくった。
右に一メートル動くにはこの回路、倒れたときに起き上がるにはこの回路を引く……など、とりあえず意識的ではなく反射的に回路を自在に調整できるまで繰り返した。
気づけば、一歳にして忍者のように壁を走ることのできる赤子の誕生だ。
「ばびぶ」
さて、ここまでの身体能力があれば、つつがなく計画を実行に移すことができる。
ようやくこの街に眠るチート能力【口伝スキル】を習得する日がきた。
明日、ワンコにお礼を言ってからこの路地裏を旅立つとしよう。




