第1話 孤児Aに転生、負けイベ確定っぽい
深夜四時。
五日ぶりに会社を出ると、空が薄い青紫色をしていた。
これが前世での最後の記憶だった。
おそらく過労で倒れたのだろう。
気がつけば俺は路地裏で満天の夜空を見つめていた。
燦然と輝く星々に、新宿の西口と見間違うほどのスケール感がどこかおかしい木造建物。
なにこれ。
デカくね、木造なのに。
声が上手くでないだと?
そもそもここはどこだ?
さっきまで朝だったというのに、なぜ急に夜になった?
疑問は絶えないが、情報を得るために周りを見渡してみる。
自分の体が、何か汚く薄っぺらい物で包まれていることに気がついた。
薄汚い麻布に包まれ、路地裏に放置。
手足を動かそうと上手く動かせず、声もまともに出ない。
(ああ、なるほど…………これダメやつだ)
このとき、自分の状況をようやく理解した。
「おぎゃーーーーーー!!」
驚きの声が、不思議と赤ん坊の鳴き声に変換されていた。
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あれから一時間くらいは経ったと思う。
泣き喚いても、捨てられた赤子を拾ってくれる人物は現れなかった。
困った、どうしたものか。
赤ん坊すぎるし、布にきつく包まれていてまともに身動きが取れない。
それどころか、少し体を動かすと地面に顔面をぶつけそうで怖くて動けたものではない。
「おぎゃ」
本当に困った。
パワハラ上司に無理難題をつきつけられて、徹夜しても朝の八時になってもなお成果物があがらないときくらいには困っている。八方塞がりで、為す術無し。助けてくれる人もいない。
孤児。
その言葉が脳裏を過ぎった。
戦争孤児か、母親に捨てられただけの孤児か……理由はわからない。
ただ間違いなく、俺は孤独で絶望的な孤児Aに転生したということらしい。
これ、人生詰みじゃないか?
途方に暮れていた――そのときだった。
淑女の会話が不意に聞こえてきたので、耳を傾けてみる。
「ねえ! あの噂、聞きました? 第一王子が生まれたって。首都では一か月後に生誕祭が開かれるらしいわよ」
「聞きましたわ。今朝のツゼーメンド新聞にも載っていましてよ。しかも……なんと【魔剣神の加護】を持って生まれたって、王宮で騒がれているらしわ」
「魔剣神の加護ですって!? この国も安泰ですわね、オホホホホッ」
そこへ、明らかに酔っ払ったおっさんが割って入ってくる。
ダル絡みしながら淑女たちの腰に手を回し、浮ついた声で言う。
「おうおう、嬢ちゃんたち。俺りゃあ気分がいいから、秘密の情報を教えてやるよ」
「あら、なんですの?」
「王子様の名前が決まった。カイスト=ジューン、英雄様の名前を授かって、まさに未来の名君だよ! これでこの国も安泰だ!」
「それは素敵ね!」
「んで……嬢ちゃんたちはいくらだ?」
「あらあら……その話はこちらで――」
はて?
ツゼーメンド新聞。
魔剣神の加護。
カイスト=ジューン。
どこかで聞いたことがある名前だな――って、ん!?
「おぎゃっっっ!?!?」
そんな馬鹿なことがあるけがない。
いや、馬鹿なことなどもうすでに起きている、か。
見知らぬ赤子に転生している時点で、全てを否定するのはナンセンスだ。
問題がわからないときは、その課題を探すんだ。
一旦、落ち着こう。
「おぎゃ」
この世界を俺は知っている。
大人気MMORPGゲーム『ツーリェ ・フロンティア』の世界だ。
俺がその忌々しいカイスト=ジューンという馬鹿王太子の名前と、阿保みたいなツゼーメンド新聞社の名前を聞き間違えるはずもない。
十五年…………十五年だ。
俺がこのゲームに費やした時間と、のめり込んだ期間。
これほどの長い期間一つのゲームをやり込んだ理由は、要素の豊富さだった。
冒険者としてマップを旅するもよし。
聖職者として地域に根付いた善人ロールプレイをするもよし。
貴族社会で成り上がろうと、陰謀渦巻く社会で豪遊し女を侍らせるもよし。
学園に通って失った青春を取り戻すもよし。
そんな最高で社会的にグレーなやり込み要素豊富なMMORPGゲームだからこそ、世界中で熱狂するファンが多く、皆に愛された最高な一本だ。MMORPGといえば『ツーリェ ・フロンティア』と言っても過言ではなかった。
だが、その名前だけは聞きたくなかった。
ツゼーメンド新聞。
これを刊行している国と街はたった一つしかない。
カイスト王国に属するメーツ=ボウツォ辺境街。
負けイベント街として、ゲーマーの間では有名な辺境都市だった。
このMMORPGゲームでは、どんなロールプレイを楽しむにせよ、必ずシナリオの分岐点というものが付きまとう。つまり、選択一つによって世界に小さな変化をもたらす。この「メーツ=ボウツォ辺境街」は、全てのサーバーで街人が全滅した――負けイベントが発生する街なのだ。
負けイベント。
それはシナリオの進行上、絶対にキャラが死ぬイベントのことを指す。
しかも、今回のメーツ=ボウツォ辺境街は住人と街の出身者全員が必ず死ぬ、ゲーム史上最大の大虐殺負けイベントなのだ。
もちろん数多のプレイヤーが辺境街の住人を救おうと、新規サーバーを立ち上げてこの負けイベントに立ち向かった。だが、シナリオという運命の因果には抗えずに、どれだけ足掻いても住人は全滅してしまう末路を毎回辿った。
それは――たとえこの街に住むS級冒険者であっても、ドラゴンと戦う直前に湿った岩場で足を滑らせ横転すると気絶し、戦場から飛んできた魔剣に串刺しされて死亡……なんて理不尽なこともあった。
さらに――屈強な五百人のプレイヤーで一人の少女を救おうと大型レイドを組んで負けイベントを阻止しようとしたこともあった。だが、なぜか空から降ってきた魔法阻害、物理防御無効の神話級コインが少女の脳天をピンポイントで落下してきて即死……なんてこともあった。
これらの死に方はあまりに理不尽だろう。
だが、それだけシナリオの強制力は強かった。
プレイヤーたちは、この負けイベントは絶対に覆せないのではないか――とさえ思った。
だが、タイトルが発売されて四年後のことだった。
ゲーマーたちの執念はようやく運命を覆すことに成功した。
有志のゲーマーたちが検証を続けた結果、このメーツ=ボウツォ辺境街の住人全員を救う奇跡のシナリオルートが開拓された。
「ハーティー生存シナリオ」――街の滅亡を回避する唯一のシナリオが発見されたのだ。
当時は不可能を可能にしたことで話題になったものだ。複雑に絡み合う複数のシナリオで、特定の選択をすることで、この街の住人は全員生き残ることができる。滅亡シナリオからの脱却が可能になったのだ。
要するに。
今の俺はかの救世主たちに、心から感謝をしなければならないだろう。
たとえ彼らが「可愛すぎるNPCとして有名なハーティーちゃんを救い隊」なる奇妙なクラン名で活動していようとも気にしない。彼ら救世主たちは、俺にこの世界で生き抜く答えを与えてくれた。たとえ彼らがロリコンであったとしても関係ない。
もちろん俺もそのルートを成功させたことは何度もある。
成功経験者で、自分を廃人ゲーマーと自負している。
「おぎゃっ」
必ず、この世界でスローライフを送る夢を叶えよう。
そのためには、望むシナリオ選択をできるだけの力が必要だ。
貴族に歯向かっても理不尽に殺されない力。
戦争に駆り出されても無傷で生き残るだけの力。
荒ぶる魔海を渡り切るだけの力。
それらが絶対に必要だ。
最初に折るべき負けイベントのフラグは、もうわかっている。
王立魔術学校に入学し、カイスト=ジューン王太子の断罪イベントを攻略することだ。
学校への入学は齢にして十五の歳に実施される編入試験に合格する必要がある。
そこでは奴隷でも平民でも傭兵でも、誰でも受け入れる体制があるのが、孤児である俺への唯一の救済措置だろう。
きたるその日に向けて、俺はできる限りの知識を駆使して強くなろう。
チート級の口伝スキル、口伝剣術、口伝魔術――全てを手に入れたやる。
負けイベントには屈しない。
俺は必ずこの異世界でスローライフを送るのだ。
◆◆◆
オルト帝国歴28年。
賢王、オルト=クロードは言った。
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革命は個人がしようと思ってするのではない。
誰かが行動を起こし、それに賛同し、革命は鐘を鳴らす。
そう、俺は本当に何もしていない。
なので田舎に行こうと思うが、誰も止めてくれるなよ。いや、本当に。




