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負けイベ要員のモブAに転生した社畜、知らぬ間に賢王となる ~打算で救った亜人たちが裏で武装国家を建国している件~  作者: 笠鳴小雨


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第0話 プロローグ



 転生したらどんな人生を送りたい?

 この問いに対し、社畜の俺は迷わずこう答える。


 次の人生こそ、スローライフを送りたい――と。

 釣った鮎を塩焼きにしながらのんびりとお酒を嗜み、エルフやドワーフなどと種族の隔てなく酒を飲んだ後に昼寝をできるような、そんなスローライフを送りたい!


 実質ブラックな企業勤め、はたらきがい搾取をされている冒険者なんてまっぴらごめんだ。

 資本や地位のために日々奔走している商家や貴族なんて、もっとごめんだ。働いても働いても税金という名目で搾取され、物価が上がり、牛肉すら買い渋る資本主義に染まるなんてもっとごめんだ。


 せっかくの異世界。

 資本主義に飲まれず、自由な田舎スローライフを送りたい!


 これが俺の切実な願望である。


 もう働くのなんてこりごりだ。



 ◆◆◆



 そう思っていた時期もありました。

 はい、そう思っていました。

 でもなんでだろう、人生って……いつだってハードモードだ。



「クローベリア、お前との婚約を破棄する!!」



 覇気の籠った声が、優美な大広間に響き渡る。

 どよめく会場、美男美女に集まる視線、冷笑しながら小声で話す貴族学生諸君。

 名指しされた女性は、冷笑する視線を浴びてもなお、毅然とした態度を崩さない。



(凄いな、ゲームで見た通りだ。寸分の狂いもない……これが運命シナリオの強制力か)



 俺は壁際でひっそりと感嘆していた。


 影が薄く、貴族の目にも止まらない、平凡な見た目の少年A。

 有象無象の学生に溶け込んで、息を潜めているのが俺だ。


 貴族学生たちの歯にもかからない平凡な平民A――それが俺の転生後の姿である。

 これでも大分マシになったほうだ。

 なにせ最初は路地裏に放置された孤児として、異世界人生をスタートさせたのだから。



「殿下……カイスト・ジューン王太子殿下。どうかご一考ください」



 赤く華やかなドレスを纏う端麗な女性が、静かに頭を下げる。

 彼女の向かいには、シャンパン片手に華奢な女性を抱き寄せる王太子の姿があった。


 ふんっ、と皇太子が鼻で笑う。



「考える余地など一切ない。学校生活が始まって半年、俺の婚約者として相応しくない数々の行いを断じて許すことなどできない」


「私はそのような言動は一度も……」


「これは王太子としての決定だ。貴様は俺の婚約者に相応しくない。異論は認めない」


「それは殿下の本心ですか? 私は王太子殿下のことをお慕い――」


「黙れ! 彼女のドレスに細工をしたのも貴様だな?」



 王太子は鋭い視線でクローベリアを睨みつける。

 隣にいる華奢な女性をより一層強く抱き寄せ、ほつれた背中のドレスを握りしめる。


 それを見たクローベリアの瞳が、ゆっくりと絶望の薄灰色に染まっていく。



「私ではありません。どうか私の言葉を信じてください、王太子殿下」


「信じることはできない。俺が見繕った彼女の薄紅色のドレスが気に食わなかったのだろう? 細工をして、大衆の面前で彼女を辱めようとしたこと……もう黙認できない」



 棒読みな王太子の発言を聞いて、クローベリアは俯いた。

 肩から力が抜けていき、人生諦めたような哀愁を漂わせる。



「王太子殿下……平民の私なんかのためにありがとうございます」


「些細なことだ。気にするな」



 涙ぐみながらお礼を言う華奢な女性の涙を、ジューン王太子は拭う。

 その瞳は愛情に満ち溢れていた。


 対して、ひとたび視線を下方へ向けると、その瞳はひどく燻った色に変わった。

 クローベリアとジューン王太子との間に愛がないことは明白だった。



「クローベリア。この場で謝罪をするんだ、これは慈悲である」


「申し訳ございません、殿下。身に覚えのないことに、ルシルフ公爵家の人間として謝罪する訳にはいきません。どうかご容赦を」


「そうか。実に残念だ」



 王太子はほんの一瞬だけ目を細める。

 手に持っていたシャンパンを翻し、跪くクローベリアに向けて中身を放り投げた。


 クローベリアの髪がべったりと濡れる。

 水滴がカーペットを滴り、彼女の靴を汚していく。



「決闘だ。クローベリア、お前に決闘を申し込む」



 王太子が、白い手袋をクローベリアに向かって放り投げた。




 その言葉を聞いた瞬間、俺は心の中で盛大なガッツポーズをしていた。

 場にそぐわない感情だと罵られようと、俺には待ち望んだ瞬間だったのだ。


 この世界に転生して十五年。

 

 このときをずっと待っていた。


 俺は喜びの感情を悟られないように、隣で茫然と立ち尽くす少年を見る。

 正義感の強い彼の拳は、今にも血が滴りそうなほど強く握りしめられていた。眉間には怒りのしわが寄っている。怒りの感情を殺そうとしていても、殺気が漏れている。

 彼にそれを制御する術はまだないことを、誰よりも俺が知っている。


 さて、俺の役割を果たそうか。

 モブAとしてこの世界に生を受けたときから常に付きまとう、負けイベントキャラの称号。

 この負けイベントによる死亡フラグをへし折り、豊かなスローライフを送るために。



「ルイン……身分など関係ない。俺は君の恋を全力で応援する」


「オルマ……ありがとう。でも、僕なんかが――」


「平民が貴族に恋をしてなにが悪い。君はずっと彼女のために寝る間も惜しんで努力し続けてきたのを、俺は知っている。その努力は本物だ。だから――」



 俺は小さなルインの背中をそっと押し出した。



「助けてこい、クローベリア譲を!」



 このシナリオの主人公格――ルイン。

 彼の友人として、俺は最大の応援を送る。


 頼んだぞ、俺の懐刀。

 しっかりとクローベリアを助けてこい。





 俺には大きな野望がある。

 せっかく手に入れたこの異世界での生活、絶対にスローライフを送りたい。

 前世では仕事に追われる廃れた人生だった。

 だから今世ではゆっくりとした時間を過ごし、幸せな人生を送りたい。


 だが――そう簡単に、この願いは叶いそうになかった。


 カイスト王国のメーツ=ボウツォ辺境街のモブな孤児Aとして転生した俺には、死神が憑いている。負けイベントによる死亡フラグという名の【死神】が付きまとっているのだ。せっかく異世界に来たというのに、どんな時でも常に首に鎌を添えられた状態で、スローライフなど送れるはずもない。


 メーツ=ボウツォ辺境街は、別名「負けイベント街」とも呼ばれている。

 特定のシナリオルートを攻略しなければ、この辺境街の住人や出身者は必ず殺される。

 ときに大火に見舞われ、ときに魔獣の群れに襲われ、ときに戦争に巻き込まれる。肥溜めに顔から突っ込み死んだなんていう悲惨なキャラもいるらしい。


 これは不変の運命シナリオというやつだ。


 念願のスローライフを叶えるには、負けイベントを回避し、街に住まう死神を倒す他ない。


 だからこそ、その第一歩としてあのクソ王太子には沈んでもらおう。

 頑張れ、俺のルイン。

 モブな友人Aとして壁際から応援しているぞ。


 俺の脱社畜生活は、君の一歩にかかっているんだ。


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