第27話 決闘手袋、負けイベの死神
半年に一度の総合試験が始まった。
攻撃魔術や防御魔術、属性魔術、使用に関する規律など、様々な教科の筆記。
実習では的当て試験や魔術発動速度の計測、魔力量の測定など、様々な項目で試験を合格していく必要がある。
進級するには全ての試験で基準以上の単位を稼ぐ必要がある。
総合試験のウェイトは大きいのは言わずもがな、日々の試験や演習実績なども加味されて個人に単位は付与されていく。二年次からは単位数によってクラス分けが再度行われるため、みんな上のクラスに行くために必死に試験を受けている。
とはいえ、平民学生にとっては縁のない話ではある。
彼らはDクラスから上がることなど、ほとんどありえないのだから。
「はぁ~、終わった」
そんな総合試験を終え、俺は校舎の外のベンチで羽を伸ばしていた。
前世でサラリーマンとして十年以上務めた俺にとって、試験など苦痛でしかなかった。
もうこんな試験のために勉強する日々なんてこりごりだ。
王国内での魔法規律なんて、この国に居続けるつもりのない俺にとっては、高校のときに古典を学んでいたときくらい頭に入ってこなかった。
「オルマは試験どうだった?」
「ぼちぼちかな。少なくとも半期の進級はできそうだ。ルインは?」
「ばっちり! これもオルマのおかげだね、ありがとう」
ルインはこの半年で見違えるほど成長した。
入学当時は平民の中でも最下位だったルインだが、今では平民学生の中でも間違いなくトップの単位を取得している。実践も優秀で、体を鍛え始めてからは頭でっかちな魔術師から動ける魔術師にレベルアップしている。
俺はルインが奢ってくれたオレンジジュースを飲みながら、遠くを見つめる。
「オルマ、君は今夜のパーティーには参加する?」
「もちろん。タダ飯ほど美味しいご飯はこの世にないからね」
こうして俺は苦痛の試験を終え、ボロ平民寮へと帰っていった。
少し休憩して、部屋を出ようとするとき違和感を覚えた。
「ん? なんの箱だ?」
俺の学習机の上に、見たことない箱が置かれていたことに気がつく。
中身を開けると、差出人はゾヴァエルだった。
箱の中には立派なシルクのネクタイに、高級そうなネクタイピンが入っていた。ネクタイピンは最近流行っているアイテムで、なかなか手に入らないと貴族たちも噂をしていた代物だ。
確か前にゾヴァエルに言ったっけ。
俺は気合をいれるときに、高級なネクタイとピンを使うって。
前世で赤パンツで気合を入れる人がいたように、俺はネクタイによくこだわっていた。
「ふむ、素晴らしいネクタイピンだ」
しかも、ゾヴァエルがくれたこれは――それはそれは立派なものだった。
職人の手作りだろうか。
手打ち感のある肌触りがなんとも良い。
今日は俺にとって、人生を変える重要なターニングポイントになる。
縁起担ぎも兼ねて、俺はもらったネクタイとピンをつけることにした。
そうしてパーティー会場へと向かった。
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パーティーが始まると、俺は真っ先にご飯にありついた。
このあとのドロドロ乱痴気展開を考えると、食事を取る時間は今しかない。
そうして腹ごしらえも終え、俺は平民らしく会場の端っこで息を潜めていると――。
「クローベリア、お前との婚約を破棄する!」
会場内に、覇気の籠ったジューン王太子の声が響き渡る。
ようやく始まった、悪役令嬢の断罪イベントが。
俺は静かにことの展開を見届けていく。
――殿下……カイスト・ジューン王太子殿下。どうかご一考ください。
――考える余地など一切ない。学校生活が始まって半年、俺の婚約者として相応しくない数々の行いを断じて許すことなどできない。
――私はそのような言動は一度も……。
――これは王太子としての決定だ。貴様は俺の婚約者に相応しくない。異論は認めない。
――それは殿下の本心ですか? 私は王太子殿下のことをお慕い――それは殿下の本心ですか? 私は王太子殿下のことをお慕い……。
――黙れ! 彼女のドレスに細工をしたのも貴様だな?
――私ではありません。どうか私の言葉を信じてください、王太子殿下。
――信じることはできない。俺が見繕った彼女の薄紅色のドレスが気に食わなかったのだろう? 細工をして、大衆の面前で彼女を辱めようとしたこと……もう黙認できない。
――クローベリア。この場で謝罪をするんだ、これは慈悲である。・
――申し訳ございません、殿下。身に覚えのないことに、ルシルフ公爵家の人間として謝罪する訳にはいきません。どうかご容赦を。
――そうか。実に残念だ。
「決闘だ。クローベリア、お前に決闘を申し込む」
その言葉と同時にワインの中身が翻えされ、クローベリアの髪が濡れる。
同時に手に着けていた白い手袋を投げ捨て、それを拾えと王太子は告げる。
順調に進んでいくシナリオ。
そこに俺は最初で最後の介入をする。
ルイン――君がこのシナリオの主人公になるときだ。
さて、俺の役割を果たそうか。
死亡フラグをへし折り、豊かなスローライフを送るために。
「ルイン……身分など関係ない。俺は君の恋を全力で応援する」
「オルマ……ありがとう。でも、僕なんかが――」
「平民が貴族に恋をしてなにが悪い。君はずっと彼女のために寝る間も惜しんで努力し続けてきたのを、俺は知っている。その努力は本物だ。だから――」
俺は小さなルインの背中をそっと押し出した。
「助けてこい、クローベリア嬢を!」
これでいい。
これでルインが主役になって、近い未来に騎士団長に――。
おい。
なぜそこで止まるんだ、主人公ルイン。
いま、君の大きな一歩をあと押ししたじゃないか。
だからあとはその一歩を踏み出すだけだ。
クローベリアを救い、騎士団長になる夢を叶えるんだ。
「クローベリア様を助けるのは僕じゃない」
「は?」
突然、ルインは振り返ってそう告げた。
俺に対し、強い意志を見せてきた。
「君だよ、オルマ。君がクローベリア様を助けるんだ」
「なにを言って――」
「君の本当の実力を見せてくれ」
急にルインは俺の手を取り、無理やり引っ張って渦中に放り投げた。
……なんだこれ?
何がどうなっているんだ?
ハーティー生存ルート歩むには、ルインがここでジューン王太子を力で断罪し、クローベリア様を助ける必要がある。これが大いなるきっかけになるのだ。
その後、彼女と正式に結婚するために騎士団に入団し、数年後にはガリアス騎士団長すらをも超える歴代最強の騎士団長になる。そのはずだ、それだけが望みなんだ。
なぜ、こんなところで夢を諦めるんだ?
頭には溢れんばかりの疑問符が浮かんでいた。
動揺のなかで、俺は少し顔を上げてみた。
気がつけば渦中のど真ん中にいた。
クローベリアと王太子の間に割って入ったような形で立ち尽くす自分の状況を知る。
彼女を見れば、俺に「助けてくれ」と懇願するような瞳を向けてきている。
その瞳には覚えがあった。
ルインがクローベリアを見ているときと同じ目だ。
なぜだ?
どこから間違った?
俺はクローベリアと話したことなど、数回しかない。
最初の出会いの記憶が無いのが怖いが、本当にたったの数回だけだ。
間違っても、ルインの友人Aである俺に恋心が向かないよう、慎重に立ち回っていたはずだ。
待て。
これ、実質俺の人生は詰みか?
今の俺は王太子の婚約破棄に意義を唱えたも同然である。
平民がそんなことをすれば間違いなく死刑。
温情が与えられたとしても四肢を斬られることは間違いない。
少しでも対抗すれば、明日には俺の首が街の広場に飾られていることだろう。
これが死神による運命だというのか?
確かに俺はいつだって負けイベントの死神に、鎌を突き付けられて生きてきた。
いつ負けイベントが発生するかもわからない不安を抱えていた。
だが、それが今だと言うのか?
俺には、これを受け入れるしかないとでも言うのか?
負けイベントに屈する日が来たとでも言うのか?
ふざけるな。
俺は運命に負けたくない。
何もせずに負けイベを享受するつもりはない。
この日の為に、必死に努力してきたのだ。
強くなって、神すらも斬る力を手に入れてきたのである。
ならばこの場を脱出する方法は、たった一つしかない。
手袋を拾い、決闘に勝つこと。
いまこれをやらなければ明日には俺の命はないだろう。
運命の強制力は絶対だ、たとえそれが最強であろうと運命には抗えない。
たった一日、されど一日だ。
その一日で、もう一度生存ルートに戻る方法を模索しよう。
「クローベリア様の代理人は、俺が務める」
「オルマ……」
白い手袋を拾った俺は、王太子の決闘を受理した。
俺は絶対に負けイベントに屈しない。
僅かでも可能性のあるルートを模索してやる。
新しいハーティー生存ルートを必ず見つけてやる。




