第26話 懲りないコマ、滞りない
パフェ永久食べ放題権利と引き換えに、クローベリアは毎朝平民寮に来るようになった。
別に対した訓練などしていないというのに、毎日誰よりも早く来る。
ストレッチに瞑想、体幹運動など、基礎中の基礎しかしていない。
これでこの街のパフェ食べ放題とは、ちょろいな貴族。
あれから毎日、俺はパフェを食べている。
この街ではパフェブームが巻き起こっているので、どれだけ食べても新しいパフェが次々に出てくる。なので味に飽きることはない。
太りそうとか昔なら考えていただろうが、毎日毎日学校中を駆けまわってシナリオの進捗を確認しているからか、むしろエネルギー不足だったので大変助かっている。
無料飯、万歳。
「おはよう、オルマ」
「おはようございます。毎日早いですね、クローベリア様」
「このすとれっちとタイカン……というのは実に性にあっているようでな。自然と一日の活動量が増え、疲れにくくなっている気がするよ」
「たぶんそれ、気のせいですよ」
「それでもいいんだ。一歩にも満たない歩みでも、ゾヴァエル様に近づけるのならばそれでいい」
前に、クローベリアが英雄に憧れていることをさりげなく聞いたことがある。
ゾヴァエルもその一人らしい。確かになんとなくゾヴァエルって凄いんだろうなあとは思っていたが、公爵令嬢に尊敬されるとは、俺のパパはなかなか凄いぞ。
とはいえ、貴族がただの冒険者に「様」とつけるのはいかがなものか。
そうは思っているが、まあ言わないことにした。
人の尊敬や憧れに、茶々をいれるのはよくない。
俺だってスローライフを笑われたら、さすがに気持ちは良くない。
「それよりも、いつになったら私と剣の打ち合いをしてくれるのだ?」
「もう少し先です。まずは怪我をしない体を作ることが優先です。クローベリア様を怪我させたとなれば、さすがに俺の首が飛びます」
「そんなことはさせない」
「平民ってのはそういう生き物なんです。今日は諦めてください」
そう言って煙に巻き、彼女との剣の打ち合いを回避している。
別に負ければいいだけなのだが、彼女の目は欺けないような気がしている。
これは俺の直感、確証はない。
理由を問われるとわからないが、彼女を常に警戒している俺がいる。
ときおり雲隠で隠れて学校を彷徨っているときに、彼女とときおり目が合うような感覚になることがある。別に目の焦点があっているわけではないので、見えていないとは思う。
だが、あの直観力には警戒している。
もはや直感の神から加護を与えられていてもおかしくないとすら考えている。
「おはようございます、クローベリア様」
「おはよう、みんな」
それから続々と平民学生の仲間たちがやってきた。
いまだに不可解なのだが、この朝活動が平民学生の日課になっている。
俺が毎日早く起きて外で訓練をしていると、徐々に輪が広がっていき、今やほぼ全員が毎朝参加するようになった。
もちろん、先日ようやく退院したばかりのルインもいる。
「おはようございます、クローベリア様」
「おはよう、ルイン。怪我の具合はどうだ?」
「ガリアス騎士団長のおかげで、前から不調だった箇所も治って元気です!」
「それは良かった。君には迷惑をかけたな。いまお父様に褒賞の打診をしている、それまで何かすることができないことを申し訳なく思う」
「そ、それでしたら――」
その日、ルインは人としても成長していた。
誰かの入れ知恵だろうか。
褒賞には、クローベリア様とのご飯を――と申し出たのだ。
もうそれは実質デートである。
もし学校内で口走っていたら、王太子の婚約者を口説こうとしたふと届き者として処罰されてもおかしくない。だが、ここにはルインの味方である平民学生たちしかいない。
皆、微笑ましそうにルインの勇姿を見届けている。
不釣り合いな恋は、たぶん実らない。
そんなことできるのはクローベリアが学生である今だけだ。
身分違いの恋は、平民にとって憧れの恋らしい。
なぜしがらみの多い貴族になりたいのか、俺には全く理解できないけど。
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――翌日、ルインはデートに行った。
平民学生の全員で完璧なデートコースは考えた結果、無事にクローベリアとのデートは上手く行った。離れ際にはお互いに満面の笑みを浮かべていた。
それから二人の関係はより親密になっていった。
毎朝二人で楽しそうに話している姿を頻繁に見るようになった。
ここまで来れば、ルインとクローベリアの関係性に関与する必要はないだろう。
無事にゴールインすること間違いない。
あとは来たる断罪イベントのその日に備えるだけだ。
ルインを強くする最終段階に入ろうか。
「クローベリア様との恋を成就させるには、ルインはどうすればいいと自分で思う?」
「僕が強くなって、爵位を得る」
「そうだ。だが、ただの爵位ではダメだ。騎士団長クラスにでも上り詰めなければ、公爵家との婚約など夢のまた夢の話だ。つまり――超えろ、ガリアス騎士団長を」
「うん、必ず!」
「違う、返事は『打倒、ガリアス!』だ。いいな?」
「そ、それは不敬じゃない?」
「それぐらいの気概を持つんだ、平凡なルイン!」
「だ……打倒、ガリアス!」
「よし、いい返事だ。それでは今日はルインの長所を伸ばそう」
「長所?」
「そうだ。死にかけたあの日、覚えた口伝スキルがあると教えてくれただろ?」
「あ、うん。【限界突破】だよね?」
「それを使いこなせるようになるのが、目下の目標だ!」
「だ、打倒、ガリアス!!」
それからの毎日は充実していた。
寝る間も惜しんで、俺はルインの稽古をつけた。
それ以外にも週に二度ほど、ルインは騎士団を尋ねるように仕向けた。
あのイベントを通してガリアス騎士団長の覚えが明るくなったルインは、平民ながら訓練に参加させてもらえるようになったのだ。これがあのイベントを攻略した醍醐味の一つである。
こうして日に日に、ルインは強くなっていく。
◆◆◆
ある日の夜――ボロ平民寮に訪問者がやってきた。
気配に気がついた俺はその訪問者に会うため、近くの森へと入っていく。
足音からただ者ではないと気がついていたが、どうやら俺への訪問者らしい。
「大事な時期に失礼いたします」
暗闇から現れたのは、全身黒装束の――誰ですか?
なんか知り合いっぽ感じで話しかけてきたけど、はじめて見る人だ。
そもそもこんなパツパツ黒装束を着たくノ一みたいな女性は知らない。
俺を誰かと間違えていないだろうか?
でも大事な時期と言っているし、俺がここで頑張っていることを知っている口ぶりだ。
ゾヴァエルの友達か何かだろうか。
SS級ともなればこんな友人もいるんだね。
「どうしたの? 眠いから手短にお願いしたいな」
「はっ。ゾヴァエルさまからの伝言になります」
ああ、やっぱり俺のゾヴァエルパパらしい。
最後に別れたときはラーメン屋を始めたいって感じだったけど、順調に開店準備を進めているのだろうか。最近音沙汰がないので、こうして友人に伝言でも頼んだんだろう。
「首尾はどう?」
「順調に」
「いいね。美味しく料理したいよね、やっぱり」
「おおせのままに」
「あ、啜る準備はできたよってゾヴァエルに伝えておいて。楽しみにしているともね」
「確かに、伝言受領いたしました」
パツパツくノ一はそう言うと、闇に紛れてどこかへと消えていった。
ゾヴァエルパパは凄い。
こんな凄腕スパイっぽいくノ一を友達にしているなんて、さすがの人脈である。
結構意識しないと、彼女の存在には気がつかなかったと思う。
暗殺者とか向いてそうだし、この時代なら需要もありそう。
それにしても、ラーメンの開店準備くらい手紙でも教えてくれてもいいのに。
わざわざ友人をよこしてくれて律儀だね、ゾヴァエルパパは。
「豚骨かな? 家系かな?」
今度開店したらお花でももっていかないとね。
◆
そうして春が過ぎ、夏が過ぎようとしていた頃――。
人知れず事件が起こった。
校内の端で、パチンッと乾いた音が響き渡る。
「あなたいい加減にしなさいよ! クローベリア様の気持ちも知らずに、ジューン王太子と朝からべったりとして……身分をわきまえなさい!」
「わ、私はただ殿下のためを思って――」
「平民が、カイスト王国の次期国王様を気遣うですって? どんな冗談かしら?」
人気の少ない学校の階段のそば。
そこでヒールアリアをイジメるという、毎日のように見る光景が繰り広げられていた。
五人の貴族令嬢が、平民の女性を囲い――平手を放つといういじめだ。
もちろん他の生徒には見られないようにしているが、雲隠している俺にとっては一日に三回は似たようなシーンに出くわす定番イベントになっている。
いじめに耐えているヒールアリアも凄いが、めげずに王太子と毎日イチャついている鋼のメンタルも大変素晴らしい。さすが傾国のぶりっこだ。どんな状況になろうとも男をたぶらかすその手を緩めることはない。
ただ今回いつもと少し違った。
運悪く、王太子が通り過ぎた――というイベントが起きた。
いつもは誰にも見つからないよう密かにイジメていた貴族令嬢たちだが、今日は詰めが甘かったらしい。まあこれも運命の強制力なので、回避のしようはない。
この遭遇イベントは、断罪イベントへつながる重要なシーンなのだ。
「何をしている!?」
「ジ……ジューン王太子!?」
「どうしたヒールアリア、頬が赤く腫れているじゃないか! 君たちがヒールアリアにこんな仕打ちをしたのか?」
王太子は、ヒールアリアを抱き寄せ囲んでいた女子生徒たちを睨みつける。
動揺する彼女らは、何も答えずに俯く。
埒があかないと理解した王太子は、ヒールアリアに尋ねる。
「今回がはじめてか?」
その問いに、静かに首を横に振るヒールアリア。
その手は小動物のように小刻みに震え、今にも涙が出そうな表情をしている。
平民とわきまえて今までは耐えてきたヒールアリアであった。
だが、心を許す王太子に守られて緊張の糸が切れたのだろう。
助けを求める小動物のように、上目遣いで王太子を見つめる。
「君たちは確か、クローベリアとよく共にいる生徒たちだったな。ヒールアリアは優しいから、自分がこのような仕打ちにあっても、誰にも知られないよう傷を自分で治して、元気に振舞っていたのだろう。その優しさにつけて、なんと非情なことを…………」
怒り心頭とはまさにこのこと。
怒りをあらわにしながら、王太子はヒールアリアと共にその場を離れていくのであった。
残った貴族令嬢たちは、苦虫をつぶしたような表情をしている。
「ザマーアス様、どういたしましょう……」
動揺した生徒が、彼女らを従える生徒に尋ねる。
その生徒は皆の方へと振り返り、力強く言う。
「私はクローベリア様に命を救われましたわ。そんなクローベリア様が毎日悲しむ姿をもう見てらいられませんの」
「それでは……」
「ええ、これだけはやりたくありませんでしたが……ヒールアリアを退学させましょう。これもクローベリア様のためよ」
そう言って、彼女らは踵を返していく。
かくして断罪イベントの準備は整った。
全てのコマが想定通りに動いてくれた。
俺の求める「ハーティー生存ルート」が無事に進行している。
あとは――。
二週間後に行われる半期に一度の総合試験。
その後に行われるパーティー会場で、王国歴史上最も愚かと呼ばれる乱痴気騒ぎが幕をあける季節がやってきた。
ようやく一世一代の分岐ルート「悪役令嬢断罪イベント」がやってくる。




