第25話 パフェ令嬢、昂る
魔獣戦闘試験は中止になった。
いま、騎士団は魔術学校の講師とともに徹底的に演習場を調査している。本来いるはずのないA級魔獣がどうやって強固な魔術柵を潜り抜けて入ってきたのか。
誰かの手による、王太子の暗殺未遂なのか――と。
一国の王太子が死にそうになったのだ。
国が動いても、なにもおかしくはない。
そんなこんなで俺は、調査として根ほり葉ほり聞かれた後、再び平穏な学校生活に戻っていた。
そう思っていた。
なんだこれ。
「なるほど、君はパフェが好きなのか」
「好き……というか、故郷の味というか……なんというか」
「故郷、か。カイスト王国ではここ数年で流行り出したものと認識していたが、他国ではもっと前からあったのだな。これは新しい発見だ」
「それよりも……クローベリア様は口調を意図的に変えられているんですか?」
「よく気付いたな。貴族の社交場では公爵令嬢として、戦場や君たちのような民の前ではより馴染みやすい口調を使い分けている。この方が印象がいいんだ。嫌だったか?」
「い、いえ……いいと思います」
「君こそどうした、オルマ。入学初日の夜はもっと熱い男だと感じていたぞ?」
「あ、いえ…………すみません。あの……なにか変なこと言いましたか? あまり記憶が無くて」
「ははははッ、なんだお前、酒に弱いのか! あんなこと豪語していたと言うのに!」
なぜだろう。
どこで、どんな分岐を踏んだらこうなるんだ?
少なくとも俺はこの分岐を知らない。
俺はいまクローベリアと一緒に、カフェで甘味を食べている。
彼女はこう言って誘ってきた。
――君はルインと親しいと聞いた。彼の好物を教えてほしい。
お見舞いの品でも調べていたのだろう。
俺はさきほどルインの好物である……雑食なので適当に最近流行っているタピオカマッチャなる飲み物をお勧めしておいた。
ただ、シナリオのモブである俺がクローベリアと交友を持つ分岐は知らない。
会話したのだってたった一度きり。
入学初日の夜に平民寮の前で話しただけなのだ。
だが――昔の俺は、クローベリアに一体どんなことを言ったんだ?
――入学初日の夜はもっと熱い男だと感じていたぞ?
――あんなこと豪語していたと言うのに!
全く身に覚えがない。
冷や汗が止まらない。
(どうやらこの体は、大層お酒に弱い。酒には本当に気をつけなければ……)
暗黒領域の隠れ里で酒を飲んだときもそうだった。
入学初日にお酒を飲んだときもだ。
まったく記憶が残っていない。
強いて言えば、あの勇者風イケメンに大層笑われた記憶だけがこびりついて離れない。
思い出すとあの顔ムカつくな。
前世で酒豪だった俺にとって、このギャップはなんとも慣れない。
さて、ということで俺は彼女の魂胆を探ろうと思う。
ルインの友人は俺以外にもいる。
なのに、なぜ俺を選んだのかがわからないのだ。
ただのモブで、友人Aで、冴えない見た目の男に何を求めているのか。
「オルマ、君は暗黒領域にいたことがあるな?」
などと考えていたら、早速クローベリアの方から本題に入ってくれた。
なるほど、そういうことか。
俺の身辺調査でもしたのだろう。
その過程でゾヴァエルの名前を知って、暗黒領域と結び付けた。
残念だが、そんなの想定済みである。
「居ましたが、三日ほどです。大層なことはしていませんよ」
「そうか、三日か」
想定している答えと違ったのだろう。
クローベリアはうーんと唸るように少し考えている。
その間に俺は令嬢様が奢ってくれたパフェを頬張っていると、クローベリアは再度質問をしてきた。
「君、実は強いだろ?」
クローベリアの視線は本気だった。
その結論に至った過程はわからないが、彼女のその直感は正しい。
常時、俺は魔力を押さえて生きているので、それを見破られたとは到底思えない。
SS級冒険者のゾヴァエルやカイスト=ガリウス騎士団長でさえ、俺の実力を推し量ることができなかった。青二才のクローベリアにわかるはずもないのだ。
だから、真面目に答える必要のない問いである。
「俺を高く評価してくださっていたのは意外ですね。こんな冴えない平民なのに」
「私の直感はなかなか当たるんだ」
「クローベリア様を否定したくはないのですが、私は普通の平民です。確かに平民の中では珍しく魔術を使える部類だとは思いますが、貴族の方々と比べると――隠せるような実力は持ち合わせておりません」
「だが、私の直感がそう言っている」
なかなか食い下がってくれないな、このお嬢様。
さてこういうときのシミュレーションは、十分している。
モブとして生きると決めた、俺の計画を侮るなかれ。
「父さんの日頃の訓練を真似ている……とかはありそうですね。自慢ではないですが父さんはそれなりに強く、いつも真似をしていたので、所作が少しだけ似ているのかもしれません」
「SS級冒険者ゾヴァエルだな?」
「ええ、知っていたのですね」
「ああ、貴族としてそれなりに調査はしている。だが、そうか……少し納得したよ。普段から君は、父と同じ訓練をしているのだな?」
「はい。少しキツイですが、いつかは実ると思って続けています」
「ならば、その訓練に私も参加させてほしい」
「構いませんが、剣士の訓練ですよ? 魔術ではないので、お役に立つかどうか……」
「構わない。私が参加したいのだ」
「それでは毎朝六時に平民寮の前で行っていますので、いつでもいらしてください。あそこは自然が多く、訓練には打ってつけなので」
「わかった。参加させてもらおう」
そんなこんなで実に居心地の悪い、貴族とのカフェタイムは終わった。
お金払ってくれるらしいので、俺は外で少し暇を潰すことにした。
外の看板を見ると、三日後から季節限定のドラゴパフェが始まるらしい。
この国での「ドラゴなんとか」系の食べ物は大体偽物である。
だけど、ドラゴン並みに大きいらしいので、さすがに気になる。尻尾部分はどんな甘味で再現をしているのだろうか。
「絵だと火ぃ吹いてるんだよなあ。気になりすぎる」
パフェって火を吹けるんだろうか。
俺は真剣にドラゴン味のパフェを想像していた。
◆◆◆
私の勘違いだったのだろうか。
オルマは私が質問したときも、眉一つ動かすことはなかった。
公爵家の人間として生きてきて十五年、それなりに人の嘘や感情の動きを察知するのは得意な自負がある。その私の感覚からすると、彼は嘘をついていない。
だが、私の直感「実は彼は強い」といっている。
人生で私の直感が外れたことはない。
父が詐欺に合いそうなとき、戦場で死を直感して回避したとき、王太子に疑念を抱いたとき。
生まれて十五年、直感がはずれたことなど一度もなかった。
だから少し不満である。
直感はあくまで直感だ。
いつかは外れる日が来るとは思っていた。
だが、こうして実際にその日がくると少し悲しいものだ。
私はそう思いつつ、侍女に支払いを命じた。
その間彼には外で待機してもらっていたが――。
「お嬢様。お支払いは必要ないとのことで、金銭を受け取ってもらえませんでした」
「どういうことだ?」
「彼からお代はいただけないと……店長はおっしゃっております」
「彼?」
私はこのとき、自分の直感はまだ正しいのではないかと思った。
私に対しての配慮ではなく、彼――オルマに対しての配慮だった。
不思議に思いつつ店をあとにする。
外には店の看板を食い入るようにじっと見つめるオルマの姿があった。座り込んで観察するほどパフェが好きなようだ。
やはり彼はどうしようもないくらいパフェが好きらしい。
好きかどうか聞いたときも、彼は言葉を濁した。
むしろ故郷の味だからと言っていたが、そのときも嘘の予兆はなかった。
つまり――彼は嘘をつくことに慣れている。
(素晴らしい。私を欺くなんて)
久しぶりに、私は他人に関心を抱いている。
これほど昂ったのはいつぶりだろうか。
「オルマ。君、実は強いだろ?」
もう一度、同じ質問を彼にしてみた。
「ドラゴパフェの火当たったら死にますね、間違いなく」
やはりオルマの眉や口、表情筋に嘘の兆候はない。
以前あった詐欺師でさえ、もっとわかりやすかった。
人生で偽られたのは、これが初めてだ。
「一度だけ私と本気で試合をしてくれないか? 木刀で構わない」
「すでに本気なんですが?」
「貴族と打ち合いとできないというのは理解できる」
「その通りです。平民の首は軽いんです」
「だが、私もここは引けない。そうだな、君がこの街で食べるパフェは無期限ですべてルシルフ公爵家に請求するといい。これでどうだ?」
彼は少し不満げな表情を見せつつも、ゆっくりと考えてくれた。
顎に手をあて、真剣に思考を巡らせているようだ。
「俺が、パフェごときで靡くとでも?」
「ええ、見えるわ」
私は貴族らしく高圧的に、口調をわざと令嬢のように変えた。
それを聞いて、オルマは笑っていた。
「その通りだ。請求はすべてつけさせてもらおう」
彼は頬を緩めて喜んでいるようだった。
少し彼のことを理解できたかもしれない。
貴族に気を使っているように見えて、彼には芯がある。
誰にも譲れない芯が存在する。たとえ相手が貴族であっても変えられない何かが。
それに従って彼は動いているのだろう。
(楽しみだな。ゾヴァエル様の子息と打ち合いをできるとは)
久しく感じていなかった高揚感に、気分が高鳴っていた。
私は憧れている。
ゾヴァエル様や勇者様のような――剣一本で世界を救う英雄に。
血筋で才能の決まる魔術ではなく、剣は誰でも剣を取れば学び、成長し、研鑽ができる。
剣術という門戸の広い戦闘技術には、平等な夢が詰まっている。
それを極めた者に与えられる称号や英雄譚に、私は憧れているのだ。
自由に――この世界を歩いてみたいものだ。
明日にでも早速、平民寮を尋ねてみよう。
私は帰りに武器屋で木刀を買い、帰路に着いたのであった。




