第24話 愛の分岐、確信する尻モブ
ようやく分岐イベントの悪役がやってきた。
今までルインはずっとモブのままだった。
だけど今日この日、彼は人生を変える。
なにせこの分岐イベントは君のために用意された舞台なのだ。
絶対にルインの手で、クローベリアを助けるんだ。
「なぜ……ドリルルルンがここにいるんだ」
崖の真上に現れたA級魔獣を見て、王太子は動揺している。
この班の長である彼が動揺を見せれば、他の生徒にも動揺は伝播する。
リーダーとしての立ち回りとしては失格だ。
そんな中で、一人の女子生徒が声を上げた。
「私の声を聞け!」
彼女は自分に注目を集めるために、得意とする火の不死鳥の魔術を発動していた。
同時に拡声魔術を駆使して、動揺する生徒たちに半強制的に声をかける。
(さすが実戦経験者、優秀な立ち回りだ)
彼女――クローベリアの勇敢な姿勢をみて、俺は感動していた。
彼女の勇敢な魔術のおかげで、心を乱していた生徒たちが落ち着きを取り戻していく。
次第に、クローベリアへと視線が集まる。
「ノブレスオブリージュ。私たちは弱きを助ける魔術師だ、強き者としての使命を果たそう。さあ、私と一緒に戦う準備を」
その檄に、皆が心を震わせた。
士気を高めた生徒たちは、クローベリアを中心に隊列を組む。
二十人の隊列ともなれば、壮観なものだ。
俺はそこの端っこで小鹿のように小刻みに震えている。
「グリャリャッ」
A級魔獣ドリルルルンは、俺たちを弄ぼうとしているのだろう。
準備が終えるのを鼻くそほじりながら待っていてる。
俺たちが隊列を組むと、ようやく崖を駆け下りてきた。
「ここは俺の出番だ!」
王太子の取り巻き、武人ウボが最前線に躍り出た。
両足を前後に大きく広げて、重心を下げ、奇妙な武の態勢をとる。
ドリルルルンとの衝突に合わせて、拳を振るった。
「っしゃおらァァァァァァアアッ!」
繰り出した拳は、A級魔獣の勢いを完全に殺していた。
あれは、マルズ子爵家の土系統固有魔術の応用だ。
魔獣の足元を泥濘に変え、移動を阻害する魔術である。
武によって子爵まで上り詰めたマルズ家らしい、実践向けの魔術と武術の混合技術である。
「はぁぁあああッ!」
すかさず、王太子が飛びあがると剣を振りおろす。
「グリャァ」
衝撃によって、大きくドリルルンは後方へと飛ばされていく。
だが、その魔剣は皮膚にかすり傷ひとつつけることはできていなかった。
そこへ、追い打ちをかけるようクローベリアの声が轟く。
「一斉、射撃!!」
怒涛の魔術が繰り出されていく。
背後で控えていた魔術師の卵たちが、一斉に待機させていた魔術を繰り出したのだ。
その数、十八。圧巻の弾幕攻撃であった。
ウボの機転により目に泥を入れられ足止めにあっていた魔獣は、もろにそれを食らった。
「グリャァアアア……」
だが、神に祝福された王太子の一撃が通用しない魔獣。
たかが学生風情の魔術では、大したダメージにはなっていない様子だった。
煙たそうにA級魔獣ドリルルルンは、魔術を振り払っている。
これほどの連携、威力を以てしても倒すことのできない魔獣に、皆が恐怖を覚えている。
その瞬間だった。
魔獣の反撃が始まった。
「キャアァァァアッ!?」
「な、なんだ!?」
「や、やめ……」
学生たちの下の地面が隆起して、巨大な触手が現れる。
気づけば生徒たちは足元を奪われ、宙に拘束されていた。
俺はこれをよく知っている。
ドリルルルンは、土系魔術を使用するA級魔獣である。
A級と名のつく通り、冒険者であればA級相当の実力者が相手にする危険な存在だ。
そんな魔獣が使ったのは、土系統魔術【岩鞭】。
地面の土を岩のように硬くし、それを鞭のように振るう技である。
これは食らったところで即死するものではないが、何よりも中距離魔術なのに手数や柔軟性の高さが魅力的な魔術である。加えて、拘束された対象は魔術発動を阻害される副次的な効果もあり、プレイヤーはよく多用していた実用性の高い魔術である。
この魔術はプレイヤーの間ではとても有名だった。
なにせプレイヤーのお尻の穴に急所判定があることを証明した魔術なのだから。
だから俺はモブらしく拘束されるときにお尻を防御していたのだが――杞憂だったようだ。
宙に拘束された生徒たち。
俺たちの目の前には、鋭く螺旋回転する円錐型の魔術が浮かんでいる。
ドリルルルンの名前の由来ともなった、鋼鉄すら防御魔術すらも容易に穿つ攻撃魔術だ。
「や、本当に辞め……」
「やだ死にたくない! 死にたくない!」
「うわぁぁぁぁあ、助けてくれ!!」
「マンマァァァァァァァアア!!」
命を刈り取る魔術を目の前に、生徒たちは死を直感していた。
魔術学生なのに、魔術の発動できない状況に命を懇願することしかできなかった。
だが、その中でも冷静に――ドリルルルンの魔術に対応する猛者が現れる。
「魔術にだけ頼るな! 学んできたことを実践するんだ!」
ドリルルルンの魔術阻害捕縛を真っ先に脱出したのは、王太子、そしてクローベリアだった。
王太子は剣で岩を断ち切り、クローベリアは持っていた水で岩を脆くして腕力で拘束を破っていた。
彼らを筆頭に、グリーン・デベン、マルズ・ウボ、ミーズ・マンニャ、クンザ・ウサーイ、そして――ヒールアリア、ルインが上手く抜け出すことに成功する。
彼らは着地と同時に、それぞれ得意な魔術で空に浮かぶ百近い螺旋魔術を次々破壊していく。
その中でも狙撃魔術を得意とするクローベリアとヒールアリアが八割以上を撃墜していた。
本シナリオのヒロインと悪役令嬢。
彼女らがなぜ抜擢されたのか、嫌でもわかるほどの能力差を感じた。
「グリャアァァァァァァ!!」
そんな彼女らを危険分子として判断したのだろう。
A級魔獣ドリルルルンは、全員を殺すのではなく、圧倒的強者のクローベリアとヒールアリアにだけ焦点を合わせた。
さきほどとは打って変わって、二人だけに集中し土系統攻撃魔術を撃ってきた。
咄嗟に王太子を中心に、全員で防御魔術を複層で展開していた。
魔術が飛んでくるたびに一枚、また一枚と割れていく。
弾幕とも呼べる攻撃の圧力に、彼らは防御魔術を展開してただただ耐えるしかなかった。
声を掛け合い、防御魔術が割れた者から新しい防御魔術を張っていく。
防御魔術をしきりに発動していた最中だった。
地面から植物の蔦が生え、ヒールアリアとクローベリアの足首を掴もうと襲い掛かってきた。
彼女らはすぐに火系魔術で砕こうとするが、蔦は火で攻撃してもびくともしない。
それもそのはずだ。
A級魔獣以上の知能の高い個体がよく使う、魔術の偽造である。
見た目だけを別系統の魔術に偽造し、敵の判断を誤らせる高等技術だ。
つまり、その植物にみえた緑色の蔦は、ドリルルルンが得意とする土系統魔術によって造られた攻撃――火は相性が良くない。
それに気づかなければ、魔術を破壊することはできない。
二人の女性は蔦によって引っ張り出され、防御魔術の範囲外に放り出された。
「嘘!?」
「や、やだ」
防御魔術の外には、螺旋魔術の弾幕が待機していた。
クローベリアとヒールアリアは、共に死を直感していた。
魔術阻害によって、魔力を練ることができない彼女らは、目をつむって死を待つしかできなかった。魔術の着弾までに、蔦の拘束を破壊することは不可能。
ほんの数秒。
それで命は終わりを迎える。
ここで――運命の歯車が動き出す。
「ヒールアリア!」
「クローベリア様!」
勇敢な二人が、防御魔術を飛び出して二人を助けに向かった。
防御魔術を出て外にある螺旋魔術の数に、二人は目を瞠っていた。
「――神技、光ノ太刀」
ヒールアリアを庇いながら王太子は、奥義を発動する。
一日一度しか使えない奥義。
使用時間が終われば三日は寝込んでしまう、諸刃の剣である。
ただし魔剣神の加護によって与えられた、王太子にしか扱えない本物のチート能力。
剣を中心に、全てを焼き尽くす神々しい光を放たれた。
ヒールアリアに向けられた全ての螺旋魔術を一度に焼き溶かしてしまう。
対して――、
「お、お前!? 何を馬鹿な!?」
ルインは、クローベリアを助けに動いていた。
力づくでクローベリアの足に巻き付いていた蔦を引き千切ると、地面に落ちていく。
着地と同時にクローベリアに覆いかぶさり、自身の背中に防御魔術を張った。
それから間を置かずに、全ての魔術の攻撃を一心に背中で受け続けた。
何の策もなく、ただ守りたい一心で飛びついていたのだ。
何重にも張られた防御魔術。
それは次第に破壊されていく。
死を悟ったルインは笑っていた。
「クローベリア様は、僕の憧れなんです」
そう言ったのが最後だった。
防御魔術の途切れたルインは、螺旋魔術によって体を貫かれたのであった。
たったの一度ではなく、何度も何度も体に風穴を開けられた。
苦しかっただろう。
それでも必死にクローベリアにだけは攻撃が当たらないよう、命を懸けて彼女を守る。
血反吐吐いても、死ぬほど痛くとも、ルインは彼女を守り切ったのであった。
「――口伝魔術『守護超人』」
その瞬間だった。
生徒たちと魔獣の間に、巨大な光の戦士が突如として現れた。
その光の戦士は、繰り出される全ての攻撃を光の粒子に変えていく。
絶対防御の光の魔術で、俺たちを守ってくれたのだ。
それから間もなくのこと。
音速を超える勢いで一人の騎士が現れた。
「すまない、遅れた」
それはカイスト騎士団で団長を務める、世界最強の一角――カイスト=ガリアスだった。
彼は瞬く間にA級魔獣の攻撃を消し去ると同時に、俺たち生徒の負傷を祝福の光で治癒していく。瞬きよりも速く状況を理解し、全てに対処していたのだ。
さすが十大英傑の一人である。
危機が一転、この国で最も安心できる存在が救出に来てくれた。
そのことに安堵して、生徒たちは一斉にその場で尻もちをつき腰を抜かしていくのであった。
遅れて次々と騎士団の団員がやってきて、生徒たちを救出していく。
「大丈夫か?」
「ええ、なんとか」
俺も一人の騎士団員に保護される。
怪我はしていないけど騎士の肩を借りて、ゆっくりと立ち上がる。
視線を向けて悟られないよう、魔力による感知だけでカイスト=ガリアスをじっくりと観察する。
ゲームでみたとおりの姿だ。
巨人と見間違うほどの大きな体躯に、全身を覆う白銀のフルプレート。
立ち振る舞いから強者であることがわかる。
なによりも眉一つ動かさない表情管理は素晴らしいものである。
彼のことを、俺は誰よりも知っている。
何を思い、何を感じ、王の兄でありながら国に仕える最強戦力として生きているのか。
それに――彼が来ることも知っていた。
だから俺は何もしなかった。
たとえルインが傷つこうとも手を出さなかった。
ただのモブとして、ずっと静観していた。
「ガリアス騎士団長だ!」
「これで安心だ!」
「ガリアス様が……来てくださった!!」
思わず零れる生徒たちの反応に、騎士団長は軽く手をあげて応える。
彼にとってみれば、A級魔獣など虫を踏みつぶすのに等しい作業だ。
指先一つで、どうにかしてしまうだろう。
実際にそうなった。
ガリアス騎士団長は指先を軽く振り下ろすと、召喚されていた守護超人がA級魔獣ドリルルルンをあっさりと押しつぶしてしまったのだ。あっけない幕引きであった。
そんな無敵に等しいガリアス騎士団長は、悲惨な現場を見て僅かに悲しそうな表情を見せた。
「負傷者は?」
「一名重症です、息がありません!! ガリアス騎士団長どうか!」
到着と同時に治癒されたはずの生徒だが、最初の祝福では治癒していない生徒がいた。
それを知って、ガリアス騎士団長はとある生徒を見つける。
彼はたった一人の女性を守るために、身を呈して守ったのだろう。
全身を螺旋魔術で貫かれているにも関わらず、絶対にその女性から離れようとしなかった。
すでに心臓は止まっているというのに、頑なにその態勢を変えようとしない。
死してなお、守りたい者がいる。
その勇敢な行為に、ガリアス騎士団長は最大の祝福を与えた。
「勇敢な少年に、神光の祝福を」
ガリアス騎士団長は、ルインに手を添えた。
瞬く間に、肉体の穴が光の粒子で補填され塞がっていく。
それどころか止まったはずの心臓が再び動き出した。
神の御業――そう言われても納得できる祝福であった。
間もなく、ルインは息を取り戻したのであった。
死してなお、女性から少年は離れようとしなかった。
その勇気に、ガリアスは感嘆していた。
周囲を見渡し、王太子に目を止める。
「ジューン、彼の名前は?」
「王兄殿下……その……」
答えがないと知ったのか、ガリアス騎士団長は別の生徒に尋ねる。
「彼の名前は?」
「ルインです……ですが、平民で――」
「ルインか、その名前覚えておこう」
最後にそう告げると、演習試験のイベントが幕を下した。
俺は騎士団員に連れられながら、周囲を見渡す。
(無事に覚醒したようだな)
今は眠っているルインの姿を見て、俺は安堵する。
このイベントでは、ルインを覚醒させることのできる唯一のイベントなのだ。
彼は死を通して、とある魔術に覚醒する。
この覚醒がなければ、どう足掻いても断罪イベントで彼は王太子に勝つことはできない。
なによりもガリアス騎士団長が、ルインを認知したことが大きい。
これからルインは騎士団にて鍛えてもらうことができるのだ。
彼らにはもっと頑張ってもらおう。
そんなことを考えながら、次に俺はカイスト=ガリアスを注視する。
十大英傑――この世界の最強の十人に与えられる称号。
たった一人いるだけで一騎当千、ないしは国をも転覆できる力を持つという存在。
だが――。
どうやら杞憂であったようだ。
彼はいま、俺の魔力の偽証にまったく気づいていない。
俺の黒剣はいつだって、君の首を斬れるというのに。
これで――証明された。
俺はいつだって、十大英傑程度の首を取ることができると。
この確証がずっと欲しかった。
だから君に会いたかったんだ、悲運の騎士団長カイスト=ガリアス。
さて、今日は祝勝会だね。
ルートさえ間違わなければ、俺は負けイベントを必ず回避できることがわかった。
核心を得られただけで、俺にとっては最高の祝福である。
(ふむ…………)
カイスト=ガリアスの後ろ姿を見て、気になったことがある。
この世界でもお尻の穴は急所判定になるのだろうか。
いつか岩鞭を使えるようになったら、誰かで試してみようかな。




