第23話 ネジ飛び小僧たち、緊迫する
――魔獣戦闘試験、当日。
カイスト王国の首都を出て、半日ほど。
首都の城門を出て、少し郊外にある小さな森の中にやってきていた。
ここは王国の騎士団が運営する演習場である。
敷地内を囲む魔術柵があり、その中には数多の魔獣が飼い殺されている。
言わば対魔獣の実践訓練をできる場所なのだ。
王立魔術学校はそこを一時的に借り、今回の試験を実施している。
もちろん俺たちはまだ魔獣と戦ったことのない学生だ。
演習場には多くの騎士団員が配備され、かつ学生に解放されている範囲も浅いエリアだけである。
緊張と高揚が、会場に充満していた。
「みんな行こうか」
観光客のように周りをきょろきょろ見渡していると、王太子がみんなに声をかけた。
今回の魔獣戦闘試験は、目的地にある旗を持って帰ってくることで合格となる。
もちろんその道中には魔獣が出てくる。
皆で協力して戦い、無事に帰ってくることが求められる結果となる。
この試験には様々な思惑がありそうだ。
Aクラスにとっては、いつか戦争や貴族として平民を先導し、統率する能力を求められている。そのため特に優秀なAクラスは、最も秀でていなく平民のいるDクラスを導く訓練も兼ねている。
そして俺たちDクラス。
平民下々の役割は、守られること、指示を忠実にこなすことにある。
(それにしても……まるで遠足だな)
わいわいと騒ぐ彼らの姿を一番後ろから見ながら、俺はそう思っていた。
Aクラスから十名、Dクラスから十名の合計二十名でいまは森を進んでいる。
王太子はそれなりに森での歩き方を心得ているのだろう。
迷うことなく道を進んでいき、目的地を目指していく。
その道中はまるで遠足のようであった。
王太子はヒールアリアと乳繰り合い、その取り巻きは飽きないのかなって聞きたいくらいには王太子とヒールアリアの仲睦まじい様子を褒めちぎっている。
――絵になる二人だ。
――まるで森で出会った勇者と賢者のようですね。
――その甘さ、僕にもわけてよ。
――ふん、羨ましくなんてないからな。
俺ならすぐに褒めるところが尽きて、どうでもいいことを褒めてしまいそうだ。
靴が素敵すぎて、キノコの胞子も嬉しがりそうですね。
とかいったら、たぶん処刑されるんだろうなあ。
でも、王太子の靴が素敵なことくらいしか、奴を褒めるところが思いつかない。
そんなことを最後尾を歩きながら考えていた。
相も変わらず俺はモブAとして過ごせている。
誰も貴族は俺の名前を知らないし、聞こうともしない。
ただの人数合わせとしか認知していない、平凡で無害なモブなのだ。
「足元に気をつけろよ、ヒールアリア」
「なかなか森を歩くというのは大変ですね。殿下が足早に歩かれるので、とても頼もしいです」
「運に恵まれていただけだ。次期国王として、やれることはやらなければならないからな。だが、こうしてヒールアリアに褒められるならば、この運にも感謝しなければな」
「ふふっ、私は運ではなく、殿下を褒めているのですよ?」
ヒールアリアの屈託のない天真爛漫な笑みが炸裂する。
王太子の顔が真っ赤に染まっていく。
後ろを歩いていた攻略対象四人も、胸を打ちぬかれたようだ。赤面している。
そんな甘々な遠足気分も、魔獣がでれば一変した。
「一角ダホーンだ!」
索敵魔術を使っていた生徒が、警告を出した。
王太子の取り巻きかつ隠れてヒールアリアに甘い声を囁き続けているNTR変態こと――グリーン・デベンが声をあげた。
それを聞いて、先頭を歩いていた王太子が歩みを止める。
「ここは俺に任せてくれ」
「さすがです、ジューン王太子。力のない平民に対し、これ以上ない褒美となりましょう」
「背中を見せるのも、次期国王としての務めだ」
いちいち癪に触る言い方をして、王太子は腰から大層立派な剣を取り出した。
鮮やかな白に神々しく輝く、国の秘宝金属を存分に使った、王太子のために造られた一本である。
それを正面で構え、現れた一角ダホーンと相対する。
「ハアァァァァァァッ!!」
精悍な声を出し、剣を振り落ろす。
あっという間に王太子は、一角ダホーンの体を縦に一刀両断していた。
遅れて血飛沫が噴き出てくる。
そばに控えていたグリーン・デベンが風系統魔術で血飛沫が王太子にかからないよう跳ねのける。
洗練された魔剣術を見て、周囲の生徒たちが大きな拍手をしていた。
類にもれず、俺も盛大な拍手をする。
「さすがジューン王太子様!」
「これが光の剣……人生で一度でも見ることができ、感動ですわ!」
「D級魔獣の一角ダホーンをものともしない姿勢……素晴らしいです!」
止まない称賛に、王太子はどこ吹く風の様子だった。
日頃から一つの言動で、二や三の称賛を浴びる人生であったのだろう。
彼にとって称賛は日常で、彼らの声などまるで聞こえていない様子だ。
だが、たった一人だけ違う存在がいた。
「殿下、お小言があります」
「な、なんだ? ヒールアリア、いつもみたいに言ってくれ」
「なぜ攻撃のときに声を出したのですか? それで魔獣は怯んだりするのでしょうか?」
「確かにな、怯んだ様子はなかった」
「では、これからは静かに斬ってみるのはどうでしょう? その方が殿下の強さもより際立つのではないかと思いました」
「そうしよう。ヒールアリアが言うのだから、間違いない」
彼にとって、自分への疑問や否定は新鮮で魅力的に映っているのだろう。
誰よりもヒールアリアの言葉にだけは、王太子は耳を傾けていた。
そして彼女の前のときだけ、屈託のない笑みを浮かべている。
それを独占したい、思春期らしい表情を振りまく。
(とんだ茶番だね。そもそも命のやり取りで声など出すとかナンセンスだ。タイミングも間合いも全部相手に教えて、なんの得があるのか)
内心でそんなツッコミをしながら、俺は自重する。
なぜかって?
これはそもそも「乙女ゲーの世界でモテたいシナリオ」というシナリオだ。
さらに、とある特定のルートを進めば「乙女ゲーによくある悪役令嬢断罪イベントをひっくり返してみよう」というざまあロールプレイシナリオに分岐する。
つまり、ここに出てくるメインキャラたちは、阿呆しかいない。
ネジの二個や三個飛んでいるような連中、ツッコミをしていたらキリがないだろう。
それに俺のような歯にもかからない平民がそんなことすれば、重罪で即処刑だ。
(よし、忘れて剥ぎ取ろ)
それから俺を含めたDクラスの学生たちは、魔獣から魔核を取り出す作業を開始する。
これも平民の立派な役割だ。
花形の魔獣戦闘はAクラスの貴族の仕事である。
対して、我々平民たちは魔獣のお掃除担当を任されている。
ここで手に入る魔獣の魔核や毛皮、肉などは、騎士団にとって重要な資金源になっているので、放置してしまえばその班は減点対象になってしまう。なので汚れ仕事は我々下々の唯一の役割なのだ。いまは血にまみれて、綺麗に魔核を取り出すことに集中しなければならない。
それにしても未来の主人公であるルインくんよ。
君はそんなモブっぽく、何も言葉を発さずにこの場を乗り切るつもりか?
それどころか魔獣の解体に没頭していて、ぶつぶつと気づきを呟いている。
君はこのイベントで活躍するというのに、当事者意識を低くしてほしくないものだ。
Dクラスの指示役に「コラッ! そこの肉を無駄にするな、毛皮に傷をつけるなよ? 傷モノにしたら尻ぺんぺんの刑だからな」などと脅してきた。
俺たちが尻ぺんぺんされている間、Aクラスの貴族たちは悠々と休憩時間である。
その様子を見ているだけでも、彼らがどんな人物なのかわかる。
ヒールアリアは王太子とその取り巻き攻略対象四人と雑談をしている。
その中心には王太子がおり、彼らに剣技を披露していた。
「ウボ、今の俺の立ち筋はどうだった?」
「何も言うことはないさ、完璧だ」
「友人としてのウボではなく、マルズ伯爵家の武家人に聞きたい……俺の剣には何が足りないんだ? どれだけ剣を振っても、あの剣士のように上手く触れない」
いつもとは異なる真剣な表情に、武闘派貴族として知られるマルズ=ウボは答える。
「そうだな……オレは剣の道を歩んでいるわけではない。あくまで殿下と対峙したときのことを考えよう。一度、オレの前で構えてくれ」
「隠さずに言ってくれ」
「いい姿勢だ。重心、歩幅に隙は感じない……だが、その構えでは間合いが読めてしまうな。だいたいこのあたりだろ?」
そういってウボは足で雑に地面へ線を引くと、王太子は隠さずに肯定した。
「そこだ、俺の間合いはそこまでなんだ。だが……あの剣士の間合いはもっと広かった」
「その剣士様が誰なのかオレは知らないが、そりゃ剣士に聞くべきだ。オレには殿下と戦う想定でしか話すことができない」
「それでいい、今後も気になったことがあれば言ってくれ」
「ああ、武人としてならいつでも」
ウボとはそれなりに親しいのだろう。
王太子が全幅の信頼をおくウボは、それからも王太子と話し込んでいた。
そこに攻略対象のデベン、マンニャ、ウサーイも加わって熱い議論を交わしていた。
(アオハルってやつだね。昼ドラ的な五角関係でなければ、応援できたのに)
魔獣の血を浴び皮を剝ぎながら、俺は遠目でツッコんでいた。
同時に不思議なことがあるものだ、と思っていた。
俺が知る限り、王太子は確かに努力家ではあった。
だが、ヒールアリアと出会ってからは剣への熱が冷め、恋に夢中な思春期男子というイメージだった。だが、彼らと議論を交わしているときの王太子は剣に夢を見た少年のような目をしていた。
少なくとも、俺はこんな立派な王太子をゲームで一度も見たことがない。
不安だな。
なにか、歯車が狂い出していないといいけど――。
ふとクローベリアを見る。
彼女は静かに取り巻きの女子生徒たちとお話をしながらも、ちらちらと王太子とヒールアリアの様子を伺っていた。
それから魔獣の解体を終えると、荷車に素材を詰め込んで、俺たちは再度出発した。
もちろん荷車を引くのも俺たち平民の役割だ。
それほど頻度は多くないものの魔獣は何度か出現した。
だがすぐにAクラスの貴族学生たちが危なげなく倒していく。
そうして一時間後、目的地に到着した。
「なるほど、回収する旗とはこのことか」
王太子が率先して岩肌を登り、旗を手に取ると生徒たちは歓喜した。
これで魔獣戦闘試験の合格は確実だ、と。
皆が油断していた――その時だった。
「キャーッ!!」
一人の女子生徒の叫び声が、演習場に木霊した。
彼女は尻もちをつきながら、とある一点を指さして震えていた。
王太子は慌てて、指さす方向を見る。
べったりと血のついた大きな岩があった。
その影には騎士の死体が、虚しく転がっていた。
「皆、俺の後ろに隠れるんだ!」
殺気を感じ取ったのか、王太子が一番に声を出していた。
みんなが慌てているなかで一人冷静に判断できたのは優秀だが、その判断は間違いだ。
動揺している実践未経験の学生が、咄嗟の判断などできるわけがないだろう。
俺が想像していたとおり、学生たちは慌てふためていた。
「おい、言うことを聞け!」
ほとんどの学生が指示を聞かないことに、王太子も動揺を見せる。
こんな経験など初めてだ、と焦りを珍しく顔に出していた。
そこに、元凶が現れた。
「グリャアァァァァァァッッッ」
崖の上からけたたましい魔獣の雄たけびが聞こえてきた。
ようやく始まった。
この魔術戦闘試験のメインイベントが。
A級魔獣、ドリルルルン。
奴が、この試験をかき乱す存在だ。
「ルイン、死んでもクローベリア様は守れよ」
「もちろんだ。僕の命に代えても」
このイベントの難易度は相当高い。
一歩間違えれば、クローベリアは死んでしまうのだから。
絶対に彼女を死なせず、目的通りのルートを選択する必要がある。
(久しぶりに……気を引き締めていこうか)
俺は気合いを入れ直して、戦場全体を見渡す。




