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負けイベ要員のモブAに転生した社畜、知らぬ間に賢王となる  作者: 笠鳴小雨


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第22話 甘くない、騎士団長


 王太子の一件で、実践魔術の試験は延期となった。


 後日、俺たちは無事に試験は終えた。

 結果、平民は誰一人として退学することはなかった。

 下位五名はDクラスに所属する貴族たちが名を連ね、彼らは顔に泥を塗られた形で収まる。


 もちろんルインも無事に試験を合格した。

 いや、無事というには冷や冷やさせられた。

 三度のうち、当たったのはたったの一度だったのだ。


 本当に、心臓を酷使するのはこれ以上辞めてほしいものだ。


 それからは波風立てることなく、俺は学校生活を過ごしていた。


 あれから毎日、ルインは訓練を続けている。

 ときにストレッチを勧めたり、軽く剣の相手をしてやったり、魔術の助言をして彼の成長を助けている。稀に「ひぇぇぇぇぇぇええ」と言っているけど、たぶん気合を入れてるんだと思う。


 クローベリアを射止めるため――と言えば、ルインは嬉し泣きしながら続ける。


 なんて恋に健気な主人公くんだろうか。

 一目惚れは生殖欲求であると聞いたことがあるけど、もしそうならばルインの欲求の高さは見習わなければならない。俺にも叶えたい欲望があるのだから。



「今日も今日とて……平穏な校舎だね」



 ルインの訓練を見ると同時に、俺はもう一つの習慣があった。

 校内のあちこちで繰り広げられる、学園青春らしい噂話の収集やメインキャラたちの動向確認である。


 口伝スキル【雲隠】があれば、たとえ輪の中に入っていたとしても彼らは俺に気づかない。


 なので、どうでもいい色恋噂話もわんさか入荷している。


 Aクラスの女子学生が、他国の先輩に告白されて付き合っているとか。

 とある男子生徒が実は女性だとか。

 実践魔術の講師がパンツの窃盗疑惑で捕まったとか。


 こんな腹黒いエピソードもある。


 領地争いで優位に立つために、特定の生徒を蹴落とそうと画策している貴族もいた。

 試験の当日に欠席した生徒に座薬を盛ったと武勇伝を語る生徒もいた。

 気に入った平民をメイドにするために、メイド服を夜な夜な仕立てている男子生徒もいた。


 もはや、これらのエピソードで一儲けできそうだ。

 貴族たちを脅し、ときに情報を売れば、相当稼げる。

 お金に困ったら学校にやってきて、噂で一儲けするのもありかもしれない。


 今度からここはドル箱学園と呼ぶことにしよう。


 まあそんなことは、俺にとって些細な動向に過ぎない。


 最も大事なのは、メインキャラの動向である。

 クローベリアは、しっかりと悪役令嬢としての悪評を立てられている。


 実際に彼女は、何もしていないのだが。


 取り巻き貴族たちが暴走してヒールアリアをイジめ、クローベリアと王太子の婚約を望まない派閥が阻止するためにわざと悪評を流し、ルシルフ家を蹴落とそうとする派閥が悪いことを企み――それら全てがなぜかクローベリアの原因になるのだ。


 これは運命《シナリオ》に悪戯である。

 彼女もまた、俺と同じく運命《シナリオ》に振り回される存在なのだ。



(可哀そうだが、今は耐えるんだクローベリア。君はいつか幸せになれる、ルインとともに)



 日本人の性《さが》だろうか。

 数々の非道を見て見ぬ振りできない正義心が働いしてしまいそうになるが、いずれクローベリアは幸せになると知っているので、今だけはぐっとこらえて心を鬼にしている。


 ときおり、クローベリアの動向も直線監視しているが、彼女は誰もいないところでよく涙を流している。振る舞いは立派なものだが、彼女はまだ十五歳の少女だ。前世の日本ではまだ中学三年生と年齢が変わらない。こんな思春期の少女が、学内からの誹謗中傷を一心に受けているこの状況に耐えているだけで尊敬に値する。


 大丈夫だ。


 俺は絶対に、君が夜な夜な勇者のヒロインごっこをして遊んでいることを誰にも言わない。

 令嬢が勇者一行に憧れたっていいじゃないか。


・

・

・


 ある日の講義。


 その日は何の変哲もない、大きなイベントもない日。

 クラス合同で有名な魔術師の講義を聞くというちょっとしたイベントが開催される予定である。


 俺たち平民のDクラスは、ぞろぞろと大講堂へと入っていく。


 その輪の中にヒールアリアの姿はなかった。

 彼女は王太子を救った数日後には平民のボロ寮を離れ、今は王太子のすぐ傍にある豪華絢爛な寮で日々楽しく過ごしている。それと同時に王太子の権力だろうか、Aクラスで日々授業を受けるという――貴族と比較しても相当優遇されたひとときを過ごしている。


 そんな今日もまた、傾国のぶりっこが本領を発揮する。



「ヒールアリア、今日もまた一段と可愛いな」


「そ、そんな……」


「本当に綺麗だ」


「それは昨日、素敵な髪飾りをくださった殿下のおかげかもしれませんね」


「君に似合うと思って、どうしても渡したくなったんだ」



 二人の間には甘い空気が漂っている。


 そんな王太子の周りには、攻略対象の四人衆もいる。

 彼らの視線もヒールアリアに釘付けだった。


 だけど王太子から横取りするわけにはいかないと、王太子のいない場所で密かに彼女に気持ちを伝え続けているのだ。おさかんなお猿さんのように、人目を盗んでキスをする者もいれば、俺のことをどう思ってるんだと壁ドンする者もいれば、あ~んしてほしいと駄々を捏ねる馬鹿もいる。


 彼らは痴情のもつれを気にせず、感情に任せて動く――大馬鹿者たちである。

 そのような不届きな行いによって、近い未来に家が取り潰しされるとも知らない阿呆たち。



「おはようございます、殿下」



 それから少し遅れてクローベリアがやってきた。


 しかし王太子は反応を見せなかった。

 クローベリアの挨拶を無視して、ヒールアリアと会話を楽しそうに続けている。


 クローベリアは無視されようとも、めげなかった。

 にっこりと笑って王太子の後ろの席に座る。


 色々と思うところはあるが、歩をわきまえているといった様子だ。

 そもそも二人の婚約は両親同士で決められたものなので、彼らの間に恋心などはまるでないのだろう。冷戦を超えて、もはや敵対している婚約関係とは怖いものである。


 この関係に違和感を覚えている貴族生徒たちも多いはずだ。


 だが、誰も王太子に歯向かわない。

 意見を言うこと、それは自分の首と家の尊厳を懸けると言っても過言ではないのだ。



「オルマ。今日もクローベリア様は綺麗だね」


「君には尊敬するよ」


「え、ありがとう。でも、なんで?」


「どこまで行っても、君は主人公だなって」


「それは褒めてる?」


「ああ、もちろんだ。ルイン、君はきっと強くなる」



 ルインの無垢な鈍感さは、本当に漫画の主人公のような才能だ。

 あれだけクローベリアが王太子に無視されているのに、ルインにはクローベリアが美しいということしか視界に入ってこないのだ。


 これは彼の弱点でもあり、長所でもある。


 だが、次の合同試験でルインは気づくだろう。

 クローベリアと恋仲になるために自分に何が欠けているのか、そして現在のこの乱痴気騒ぎの状況を知るだろう。


 さすがの鈍感男でも気づかざるを得ないイベントがやってくる。


・

・

・


 その日もつつがなく講義を終え、帰路につく。


 ふと、掲示板に張り紙が出されていることに気がついた。

 内容を確認すると、一週間後にクラス合同の魔獣戦闘試験を行う――と書いてある。


 AクラスはDクラスと。

 BクラスはCクラスと。

 それぞれ一緒に試験を行う人材を選出しろ、というお達しが書かれていた。


 もちろん俺たちDクラスに選択肢はない。

 選ぶのはAクラスであって、俺たちDクラスはただ選ばれるのを待つだけである。


 だが、大丈夫だろう。


 俺は異分子なのでともかく、ルインはクローベリアや王太子と同じ班に選ばれるはずだ。


 それが運命《シナリオ》なのだから。



「まあ!? 次の試験には、カイスト=ガリアス騎士団長がいらっしゃるんですのね!」



 その名前を聞いて、俺の興味は騎士団長に向いた。


 カイスト=ガリアス騎士団長。

 現国王の弟にして、カイスト王国最強の武人。


 十大英傑の一人に数えられる、人類の至高に到達した人物である。


 彼と出会うことも俺の目標の一つだった。

 彼に負けない強さを持っていれば、どんな負けイベントだって覆せる気がするのだ。


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