第21話 分岐点、黒く笑うモブ
一週間後――。
実践魔術の試験が始まった。
この日は、メインキャラたちにとって忘れられない日になるだろう。
シナリオ上でのターニングポイント、というやつだ。
(さすがAクラス……レベルが高いな)
試験はAクラスの生徒から順番に進んでいた。
彼らの優れた固有魔術を見て、俺は感心していた。
当たり前だが、彼らAクラスの生徒は初歩的な試験で赤点を取るよう雰囲気はなかった。
全員が三回中三回は確実に当てていて、それぞれの破壊度合いが違う。欠けるだけの生徒もいれば、半分に割る生徒もいて様々な結果だ。とはいえ、ほぼ全員満点と言って良いだろう。
披露されていく高い技術力の魔術に、平民のみんなは重圧を感じている様子だった。
皆がAクラスを褒めたたえる雰囲気だ。
その中で、メインキャラの一人が舞台に立つ。
「次、クローベリア=ルシルフ様」
「はい!」
そもそもレベルの高い貴族の中でも、ひときわ美しさの際立つ女性。
このシナリオの悪役令嬢クローベリア=ルシルフが壇上に立った。
地面に円環上の線が引かれた輪に入り、遠くの的を見つめる。
距離にして、およそ三十メートル。
的はそれほど頑丈なものではなく、五ミリあるかないかの薄い木板だ。
初歩の魔術で十分欠けさせることはできるが、三十メートル先まで威力を保持するという点がなかなか難しい試験である。いかにして威力の減衰をなく、的を破壊するのか――そこを評価される試験というわけだ。
そんなことを考えていると、クローベリアが動き出した。
ポケットから白い手袋を取り出して、両手にそれを嵌める。手袋の甲側にはそれぞれ半分に割れた魔法陣が描かれており、クローベリアはそれを胸元でぴったりとくっつけた。
「先生、行きますわ」
彼女はそう言うと、魔法陣を合わせて頭上へと掲げた。
その魔法陣から猛々しい火の鳥が現れた。
不死鳥を模した攻撃魔術――炎系最上級固有魔術「終の不死鳥」だった。
それだけじゃない。
彼女はたった一度の発動で、同時に三体の不死鳥を出現させていた。
自然と、歓声が沸き上がる。
――さすがルシルフ家の令嬢だな。これほどの実力とは。
――まるで火炎の英雄のようなお姿ですわ、クローベリア様!
――天は彼女の二物を与えたようだな、感服する。
――来年の屋台は不死鳥焼きで決まりなんだな。
等しく彼女を褒めるような言葉が多かった。
だが――たった一人だけ彼女に憎しみの瞳を向けていた。
次に順番を控えていた、カイスト・ジューン王太子である。
彼は苦虫をつぶしたように、歯ぎしりをして、彼女の後ろ姿を鋭く睨みつけていた。
そんな恨みの視線など知らず、クローベリアは試験を進める。
妖艶に手を振り下ろす。
三体の不死鳥は、全ての的を跡形もなく燃やし尽くした。
「クローベリア=ルシルフ様、満点! 加点あり! 最上級魔術の使用、および一度の魔術のみで成功したことにより特別加点を与える!」
採点をしていた講師が、大きな声で言った。
試験会場内はどよめいていた。
すでにAクラスの試験は終盤に差し掛かっていたのに、加点など初めて聞いたからだ。
試験が100点満点だと思ってたら、実は120点満点だったと言われた気分なのだろう。
それでも彼女の天才ぶりには、自然と周りも感嘆の声を漏らすことしかできなかった。
たったの五歳で基礎魔術をすべて習得。
八歳にして最上級魔術や固有魔術を使用することができた。
戦にも参加した経験があり、武の実績すら有する――正真正銘、魔術の天才。
それがクローベリア=ルシルフ公爵令嬢という才女である。
幼いころに開花した魔術と武の才能に、しばし貴族たちの間ではこう言われていた。
まるで――勇者と双璧を成した「賢者」の再来だと。
クローベリアは華麗な動作で、周囲へ挨拶をする。
試験を採点してくれた講師へ、歓声を出してくれた生徒たちへ、皆へ丁寧に何度も「ありがとう」と会釈をしていくのだ。人柄すら立派だ。
美しく、強く、才能もあり、皆に優しい。
非の打ち所がない女性である。
そうしてクローベリアは舞台から降りていく。
王太子の横を会釈しながら通り過ぎていく――そのときだった。
周囲には聞こえない小声で、王太子はこう言った。
「あまり調子に乗るなよ。婚約者なら分をわきまえろ」
「申し訳ございません、殿下」
意表をつかれたのだろう。
クローベリアは驚いた様子で王太子へと振り返っていた。
王太子はまったくクローベリアに目を合わせず、壇上へと上がっていく。
「次、カイスト=ジューン殿下」
「はい」
精悍とした声で返事をすると、王太子は魔術の準備を始める。
彼は腰に携えていた白銀の剣を構え、遠くの的に集中する。
俺はその光景を見て、少し感動していた。
思えば俺がこの世界の孤児Aに生を受けたときに、この世界がツーリェ フロンティアのゲームの世界だと気がついたのは、彼が生まれてきてくれたことによるものだった。
そのときの婦人も言っていた通り、彼には神の祝福である加護が与えられている。
まさにメインキャラに相応しい【魔剣神の加護】と呼ばれる能力だ。
これはつまり、魔術と魔剣どちらも極めることのできる才能。
神より授かった――時代を動かせる才能である。
順当に成長していけば、この時代を動かす偉大な王として名を馳せたことだろう。
多くの貴族も、彼の次期王としての活躍に期待を寄せている。
ゆえに、現在の王政内に派閥はほぼなく、王太子一択だと言われている。
だからこそ、俺は感動していた。
あの剣技を見られることに。
俺の口伝神術:玄流剣神術とどう違うのか。
それをずっと確かめたかったのだ。
「先生、行きます」
落ち着いた声音で、王太子は剣に魔力を込める。
剣に刻まれた魔術陣が反応した。
剣身に可視化されるほどの神々しい光の束が収束していく。
誰もが感嘆の声を漏らすが、魔術はまだ終わっていなかった。
みるみる威力は増していく。
気づけばドラゴンすら一刀両断できそうな、大剣が顕現していた。
「くっ!?」
その途端、王太子は苦悶の表情を浮かべる。
同時に、魔術が暴発を始めた。
それにいち早く気がついた複数の講師は、咄嗟に周囲の生徒を守るよう広範囲防御魔術を展開した。
それから一秒も待たずに魔術は暴発した。
大きな爆発音が、試験会場に響きわたった。
「ジューン王太子ッッッッ!」
暴発の余波で吹き飛ばされた王太子は、顔や腕に大きな火傷を負った状態で地面に転がっていた。
咄嗟に講師たちが駆けつけるなか、一人の女性がまっさきに王太子の傍に駆け寄ていた。
すぐに自身の持つ固有魔術を発動する。
「お願い、死なないで――固有魔術【救済】」
その女生徒の固有魔術によって、王太子の皮膚は即座に完治していた。
同時に、荒れていた呼吸も落ち着きを取り戻していく。
講師が駆けつける間に、王太子は一命を取り留めたのであった。
それから間もなく、王太子は講師によって医務室へと運ばれていく。
ようやくシナリオが動き出した。
王太子を救った女生徒は、王太子が医務室へ運ばれている間も神に祈りを捧げていた。
どうか後遺症無く、彼の容体が治りますように――と。
その女子生徒を、俺は遠くからじっと見つめていた。
彼女の名前はヒールアリア。
平民でありながら固有魔術を開花させた百年に一度の天才。
そして――このシナリオでヒロインとして活躍する、傾国のぶりっこである。
これでいい。
王太子が死にかけ、ヒールアリアが助けるのは運命の拘束力だ。
順調にシナリオが進行している。
それだけ確認できれば、俺は充分だった。
このあと王太子は、ヒールアリアとの恋に溺れていく。
それに比例して、クローベリアへの憎悪が増し、彼女を排除しようと考えるようになる。
婚約という枷が邪魔になるのだ。
これでいい。
もう一つのシナリオも順調に動き出した。
その光景を見て、俺は顔に出さないように腹黒く笑っていた。
王太子の魔術暴走の余波に巻き込まれたクローベリア。
彼女を救うべく、ルインが駆け出し、無事に受け止めることができたようだ。
それにしても――魔剣神の祝福だって?
あれじゃあ、神を斬ることなんてできるはずない。
暗黒剣神、君は凄いよ。
次代の王の器である彼の祝福より、君の剣技の方がずっと上だ。




