第20話 愚直な努力、出自不明
ルインを一言で表現するならば「無垢な馬鹿」である。
彼の努力や成長には効率というものが著しく欠けている。
たとえば剣を振るべきだと思えば、むやみやたらに振り続けるのだ。
それも数時間程度ではなく三日三晩寝ることなく愚直に続ける。
たとえば、講師が「試験内容は当日に発表」と言えば、それを忠実に守り、どんな試験が来てもいいように魔術を全体的に底上げしようとする。
はっきりいって、超馬鹿だ。
そんなやみくもな努力では、魔術学校で生き残ることは難しい。
それどころか半年後の王太子戦を勝つことすら難しいだろう。
「ルイン、一週間後の試験はどうするんだ? 君、編入試験で最下位だろ?」
「うん。とりあえず今できる攻撃系魔術をできる限り底上げしようと思ってる、威力、発動速度、距離、魔力制御の四原則全部ね」
「それだとダメだよ。俺の友人が一週間後にいなくなるなんて困る」
否定しながら、俺はルインの目の前に一枚の紙を広げた。
内容を確認したルインは目を瞠って驚くが、すぐに目を逸らしていた。
渡された紙を物理的に遠ざけようとするも、内容が気になるのか薄目で見ようとしている。
「こ、これは……次の試験の内容じゃないか!? どうやって手に入れたの?」
「先輩に教えてもらった。聞くと毎年同じ試験らしいよ」
「そ、そんなのズルじゃないか!? ダメだよ、僕は見ない!」
「何を言ってるんだよ、気になって薄目で見ているくせに。それにここは貴族のための学校だよ? 貴族にとって最も大事なのは――人脈作りだ。この試験は実質、人脈を広げるための貴族のための試験なんだよ」
「な、なるほど……」
「納得した?」
「う、うん。オルマくんの言う通り、僕はこのままだと退学候補筆頭なんだ。助けてほしい……だめかな?」
「いいだろう、友人として助けようじゃないか」
「あ、ありがとう!」
無邪気な笑みで、ルインは俺の手を強く握ってきた。
そのときに初めて気がついた。
ルインは想像よりも手が大きい。
彼は将来騎士団長になるとき身長は百九十近くになっている。
つまり、彼のこのちっぽけな図体は数年でみるみる伸びていくことになるのだ。
羨ましい。
俺のこの体は将来大きくなるのかはわからない。
だけど人生一度でいい、背が高いって人種になってみたいものだ。
「じゃあ始めようか。次の試験は単純だ。動かない的に攻撃魔術を当て、多少でも的が壊れればいい。当てるだけじゃダメだ。それを連続で三回できれば合格――つまり、三回当てれば退学はしなくていい。三回当てれば実質百点だからね」
「的当て……なんだね。編入試験と同じだけど、僕の課題は威力の持続かな」
「さっきから見てたけど、ルインの攻撃魔術の距離はギリギリ足りるだろう。発動速度は今回の試験では加点対象にも減点対象にもならない。ということは、問題は威力だ。的を破壊できるだけの威力を遠くの的まで維持できること――今回ルインはここを重点的に克服すればいい」
そうは言ったものの、ルインはどうすればいいのかわからないといった様子だ。
威力の持続は、一朝一夕でできるような技術ではない。
長年の鍛錬と魔力の操作技術を訓練していき、徐々に距離を伸ばしていくのが定石である。
だけど、ここは愚直な馬鹿であるルインにはそう問題にならないだろう。
こういうときはとある燃料を投下すれば、こいつは寝る間も惜しんで頑張るのだから。
「一つ朗報がある」
「朗報?」
「先輩たちに聞きに行ったとき面白い情報を得たんだ。クローベリア嬢に関する情報だ」
「ク、クローベリア様!?」
「なんと彼女が愛飲する紅茶がとあるカフェに入荷したとか、しないとか――」
それを聞いた瞬間、ルインの目がひかり輝いた。
恋とは恐ろしい。
情報収集に罪悪感を感じていた無垢な男を、ここまで変えてしまうのだから。
「しょ、詳細を教えて!」
「残念だが、次の試験で退学しそうなルインには教えられないよ。追跡魔にでもなったらそれこそクローベリア嬢に恨まれそうだ」
「そ、そんなことするわけないだろ!? で、でもそうだね。僕がこの試験に合格すればいいだけだ。それで…………試験内容をもっと詳しく教えて!」
ようやく前のめりになってくれたルインに、俺は腹黒く笑っていた。
先輩から情報を得たというのは嘘だ。
俺はそもそも試験内容やルインの障壁となるイベントを知っているだけに過ぎない。
ルインを王太子と対等に戦えるだけの男にするには、必要な綱渡りだ。
この日からルインは寝る間も惜しんで、平民寮の前で魔術の訓練を始めた。
日に日に弱っていくし、食べることも忘れて訓練をするので、俺は日に三回だけ口の中に食べ物を放ってあげた。そうしたらもぐもぐ食べながら、再び訓練をするのだ。
あらためて思う。
ルインの底なしの魔力は、やはりネームドキャラらしい。
現時点での魔力量だけでいえば、もしかしたら俺は負けているかもしれない。
だがそれでいい。
君はいずれ、俺がスローライフを送る国の騎士団長として、国を守ってもらわなければならないのだから。それぐらいの下駄は履いてもらわなければ困るってものだ。
◆◆◆
――クローベリアの私室にて。
「お嬢様、ただいま戻りました」
「どうでしたか? 平民寮の皆さまは」
「熱心に訓練をされておりましたよ。次の試験の情報も無事手に入れたようです」
「そう……やはり今年の平民の皆さまは優秀そうですね、私が心配するまでもないとは。毎年この試験で誰かは退学をするとお聞きしますが、今年は誰一人欠けないことを祈るばかりですね」
「はい。それともう一つ報告があります」
「なんですの?」
「今年の平民の方々の身辺調査が終わりました」
そう言って黒装束を纏う侍女は、書類の束をクローベリアへと渡した。
内容を速読していき、クローベリアは何枚かの書類に目を止めた。
「この方はどこかの貴族の血筋を有しているのでしょうか?」
「いいえ。調査した情報では、十年ぶりの固有魔術を持つ平民だそうです」
「素晴らしいわね。それと……これは? どういうことかしら?」
クローベリアは一枚の書類を侍女へと見せた。
そこにはほとんど空白である、一人の男性学生の名前が書かれていた。
オルマ、と。
「情報がほとんどございませんでした。唯一、制服を仕立てた裁縫師による情報と、いくつかの街で目撃情報があるのみです。魔術の師もわかりません」
オルマの調査書には、こう書かれていた。
保証人、SS級冒険者ゾヴァエル。
採寸時の数字。
各国を旅していた形跡あり、追加調査を実施中――と。
たったのこれだけだ。
ここまで情報が出てこないのも、なかなか稀なことである。
平民でも近くに住む住人同士で面識があり、それなりの情報が出てくることの方がほとんどだ。それもないということは――彼はどこかに定住していたわけではなく、常に移動して生きていたのだろう。定住せずに、幼い頃からずっと。
これで納得した。
彼の堂々とした態度、そして過酷な環境でも生き残れる生命力。
全て説明がつく。
あの均整のとれた身体能力も――保証人の欄を見れば明白だった。
この国で「ゾヴァエル」という英雄の名を知らぬ者などいないだろう。
暗黒領域を開拓し続け、多くの領地を救った英雄だ。
彼の知識によって救われ、武力によって助けられた街や人は数えきれないほど存在する。
「オルマ、ただのオルマ……ですか」
クローベリアは調査書を机に置くと、窓の外を見て黄昏る。
「彼が暗黒領域経験者なら納得ですね。あの夜……私を罵った度胸には」
クローベリアは腹黒く笑っていた。
人生で初めての経験だった。
真正面から罵られるなんてこと――。
だからこそ気になって仕方がない。
彼がどんな人物なのか、どんな人生を歩んできたのか。
もっと話をしてみたい。
私には願望がある。
令嬢などというくだらない鎖から解放されて、自由気ままに生きてみたいという願望が。
たったの一度でいい。
川で鮎を釣って、そのまま直火で頬張ってみたいものだ。




