第19話 悪役令嬢、虫クッタ
「ど、どうなっているんだ……これは。聞いていた話と違う」
クローベリアは驚いていた。
彼女は侍女を連れて、平民の住まう噂のボロ寮へとやってきていたのだ。
重たそうな大鍋を抱えて、彼らに振舞おうとしたのだろう。
クローベリアは学校で先輩と談笑をしていたときに、知ったのだ。
平民たちの寮は住めるような場所ではなく、食事もないと。
入学初日から自給自足の生活を余儀なくされる、可哀そうな生き物であると。
しかも、両親の援助を受けてはならないという校則もあり、自分たちで毎日食事を調達しているとか。
二年生にもなれば、分担して街で金を稼ぐなどして、日々安定してご飯を食べるようになるらしい。だが、一年生の頃は食事もままならない時期もあり、私たちの学年の平民たちはそれはもう毎日汚らしい顔を見せてくれましたわ、とその学生は嘲笑していたのだ。
それを聞いて居ても立ってもいられなくなったクローベリアは自らシェフと一緒に厨房にたち、初日で苦労しているであろう彼らのために食事を用意したのだ。
だというのに――なんだこの光景は。
聞いていた話と全く違うではないか。
彼女の目には、お祭り騒ぎで火を囲む平民たちの姿があったのだ。
鋭利なもので斬られた丸太の上に皆は座っており、その手には串に刺された美味しそうな肉がある。
皆はすでに打ち解け、楽しく談笑している様子だった。
「お嬢様、いかがいたしましょうか?」
「そうだな……廃棄するのはもったいない。それにせっかく彼らと仲を深めようときたのだ。それに肉だけでは、栄養が偏ってしまう。これもいい機会だ、私も一緒に彼らと食事を共にするとしよう」
「そ、それは……」
「案ずるな。彼らは――優秀な魔術師、そうだろ?」
綺麗な笑顔でそう言うと、クローベリアは平民たちの元へと近づいていった。
彼女が近づいてくることに気がついた平民学生は、幽霊でも見たような緊張感を抱き、悟られないようにほんの少し警戒をしていた。
それに気がついたクローベリアは、あえて満面の笑みを浮かべた。
「割って入ってすまないな」
「い、いえ……いかがいたしましたか、クローベリア=ルシルフ様」
「堅苦しくするな」
クローベリアはそう言うと、急にスカートをまくり上げた。
令嬢らしからぬ態度で、みんなと同じように空いていた丸太の上にどんと座る。
目の前に、自ら作ってきたスープや煮込み料理を豪快に置いた。
「ここには他の貴族の目は無い。気軽に接してくれ」
「いえ、そんな無礼なことは――」
「気にするなという方が難しいか。ならばこうしよう……一緒にご飯を食べよう」
そう言うと彼女は侍女から酒瓶を受け取ると、瓶のままぐいっと飲んだ。
あまりに令嬢らしくない堂々とした姿に、ほんの少し皆の表情が和らいだ。
「皆で酒を飲もう。私は強いぞ、誰か挑まないか?」
その言葉に感化されたのか、一人の平民学生が立ち上がった。
学生は新しく焼きあがった兎肉を手に取り、クローベリアに渡す。
「一串で100イース。食べるか?」
その生徒は魔術学生にしては、珍しく均整の取れた肉体をしていた。
返り血で制服が汚れているのが少し気になるが、この肉は彼も捕った獲物なのだろう。
彼の行動を見て、クローベリアはくすっと笑う。
「ああ、買おう。こっちの酒は――あ~あ、落としてしまった。落し物は誰のものでもないな……そうだろ?」
「いい根性している令嬢様だな」
彼は笑いながら、酒瓶をぐいっと飲んだ。
それから串を私に渡そうと、手を伸ばした――その時だった。
「お、ドラゴンの血見っけ」
彼はそう言うと、不意に地面を這っていた黒い虫を串刺しにした。
あまりの寄行に私も、周りの学生も驚いていた。
その彼は、虫が先端に刺さった肉串を再び私へ渡そうとする。
「勇敢な貴族様に相応しい、特別な串だよ。150イースに値上げで、どう?」
「そ、それは……できれば肉だけのヤツをくれないか?」
「なんだ、栄養満点なのにコイツ」
なんだか見下されたような気分になって、少し癪に触った。
蝶だ花だともてはやされるのも嫌だが、根性が無いと嘲笑われるのはもっと嫌だ。
プライドが傷つき、クローベリアはその虫肉串を掴んでいた。
「レーリャ、こいつに150イースを渡してくれ」
「お、お嬢様!?」
侍女が止める前に、クローベリアは虫を頬張った。
「ほう……想像よりも淡白だ」
クローベリアは無邪気に笑っていた。
人生で虫を食べるよう勧められたことなど初めてのことだ、と。
「お前、名前はなんだ?」
「オルマ、ただのオルマだよ」
「他の貴族の目が無いときは私のことを気軽にベリアと呼べ。いいな?」
「ときと場合によるかな。処刑はごめんだし」
彼はそう言うと私が地面に置いた鍋を持ち上げ、皆の真ん中に置いた。
「これを拾ったのは俺だ!! 食べたい奴は、名前と特技を一言ずつ言ってね!」
彼がそう言うと、平民の皆が徐々に鍋を取りに向かった。
受け取ると、私に向かって一人一人自己紹介してくれたので、全員の顔と名前を覚えることができた。
オルマは、とある一人の学生のときだけ場を盛り上げていたのが可笑しかった。
その男子学生にだけ熱の入りようが凄かったので、嫌でもその学生のことは覚えてしまった。
だが何よりも、オルマという学生の印象がとても強かった。
その夜、彼らは夢や希望を語り合い、そして一人の令嬢と仲良くなった。
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――翌日、彼らは絶望した。
彼らが与えられたのは、Dクラスという場所だ。
上からA、B、Cときて、Dクラスには落ちこぼれの貴族学生と平民学生が混在した構成で、講義を受けることができる。
学校の意図が見え透いていた。
「一週間後にクラスの隔てなく学年での実技試験を行う。内容は当日に発表する」
講義にやってきた実践魔術の講師が、開口一番にそう告げた。
どよめく教室を一蹴すると、講師はまた言葉を続ける。
「平民学生諸君は、下位五名に入った場合落第とし、学校を即日退学してもらう。貴族学生は一人でも多くの平民を退学させることを課題とする――以上」
講師の言っていることは、嘘でもなんでもない。
そもそも王立魔術学校は、特別な固有魔術を使える貴族のための教育機関だ。
基礎魔術しか使えない平民風情のために運営している訳ではなく、彼ら貴族の固有魔術という個性を伸ばすためのカリキュラムを大事にしている。
では、なぜ平民を受け入れるようなことをしているのか。
それは単純だ。
常に競争社会にさらされる貴族という人種の精神を育てるため、彼ら平民学生は貴族の踏み台になるために編入を許されている。
奴隷と主のような関係なのだ。
平民と比較をして、貴族がどれだけ優れた人種であるかを感じてもらう。
競争社会にさらし、平民を蹴落とすことを何も感じないように教育する。
これもそれも全部ノブレスオブリ-ジュ、弱きものを助けるために強気を育てるという教育方針を掲げている、かなり論理の飛躍した学校なのだ。
(さて、第一の障壁だな)
平民学生たちがどよめく中で、俺は考えていた。
このまま何もしなければ重要人物であるルインは、最短でこの講義で退学するルートが存在する。
もちろんそんなこと、俺がさせない。
一週間以内に、彼を退学させないために一手打つ必要がある。
発動――口伝スキル【雲隠】。
「本格的に動く時間だ」
俺は姿を隠し、校内を隅々まで調査し始めた。
そんな俺もまた絶望していた。
昨夜の記憶がない。
本当にこの体は……酒が弱いらしい。
クローベリアが来たところまでは覚えている。
そこから先の記憶はこれっぽっちもない。
ま、大丈夫か。




