第18話 平民寮、阿鼻叫喚
「これが平民寮か……超ボロボロじゃん」
俺が今から住む予定の、平民のために用意された学生寮。
ボロいのは知っていた。
だが、こうして実際に自分の目で見ると想像よりも老朽化が進んでいるようだ。
(地震が来たら……とか考えるのは日本人の気質なんだろうね。この世界で地震など滅多にないので、ボロいところで関係ないということか)
前世で稀に見た、今にも幽霊が出てきそうな廃墟。
この表現が最も似合いそうだ。
歴代の平民学生たちが突貫で工事したのだろう、適当な木材が釘で打ちつけられて窓代わりになっている。木造なのにひび割れが激しく、柱っぽい部分なんて摘まんだら取れそうなほど腐っている。
それに、この平民寮は広大な学校の敷地の中でも僻地に位置している。
学校側の貴族と平民の差別を顕著にしている校風で、まるで平民を隔離したい意図が伝わってくる――もはや収容所のような場所だ。
もちろん部屋も一人に一つあるわけがない。
一部屋に男性も女性も問わず詰め込まれるので、パーソナルスペースなど無い。
思春期の男女にとって、これはなかなか厳しい環境だろう。
まあ俺にはあまり関係ない。
前世で燻った三十代社畜サラリーマンだったからなのか。
十五やそこらの女性など、青臭い子供にしか見えないので、今のところこの体は発情する予兆が無い。むしろちょっと年上のお姉さんに目が惹かれがちである。
(素晴らしい環境だ!!)
俺はこの環境を見て、年甲斐もなくトキめいていた。
(なんと訓練に適した環境なのだろうか! 困ったものだ、訓練方法がいくらでも思いつくぞ)
貴族と隔離されているので、お偉い方々の目を気にすることなく訓練に打ち込める。
たぶん魔術を夜中にぶっ放しても文句は言われまい。
剣を打ち合っても、寮母さんにどやされる心配もない。なにせ寮母すらここにはいないのだ。
何よりも、すぐそばにある自然環境が素晴らしい。
森……とまでは言わないが、それなりの自然環境があるので、より実践的な訓練ができる。
理想的だ。
まさに理想的なルインのための訓練場だ。
人は綺麗な場所よりも――過酷な状態ほど本領を発揮する。
ルインよ、君にはたったの半年で王太子を倒せるだけの男になってもらうぞ。
「こ、これは凄い寮だね、オルマくん。僕やっていけるか不安――」
「ああ……実に素晴らしい!! これほど訓練に適した環境はないな! な、ルイン!」
「あ、え? なんで嬉しそうなの?」
動揺しているルイン。
なぜこれほど素晴らしい環境に疑問を抱くのだ、軟弱ルインくん。
彼はこの学校について知らないことが多すぎるようだ。少し教えてあげよう。
「知っているか、ルイン。半年後にある総合試験で好成績を残せば、平民でも特別待遇で貴族たちと同じ敷地にある寮に住むことができるんだ」
「そ、そうなんだ。でも、僕なんかが」
「そうしたらクローベリア嬢と一緒に帰り、訓練室で汗を流し、ときには校庭でお昼ご飯……なんてことが起こるかもな」
その言葉を聞いて、ルインははっとしたように目を見開いた。
クローベリア嬢とうっふむふふする妄想でもしているのだろう。
だらしない表情をしながら歩き、目の前の木に額をぶつけて転がっている。
ルインらしいと言えばルインらしい。
彼はひときわネガティブな反面、誰よりも没頭能力が高い。
こうと決めたら、突き進む能力が突出している。というかもはや異常だ。
ゲームでは三日三晩寝ずに剣を振るっていたような異常者だ。
だからこそ、扱いやすい性格でもある。
常に目的と報酬を与え続ければ、彼は勝手に努力をし続けるだろう。
俺はその努力の方向性を少し調整してやればいい。
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入学初日から、平民寮の新入生たちに激震が走った。
「ご飯が出ないってどういうことだよ!?」
「聞いていた話と違うじゃないか!?」
「トイレ……トイレはどこなの!?」
「ママァァァァァァァァァァァァアア!!」
なぜならば、平民寮には本当に何もなかったのだ。
唯一与えられているのは、冷たい水のでるシャワー室に、雨風が凌げる寝床だけである。
俺たち平民には食事も与えられなかったのだ。
先ほど講師に確認しに行った生徒はこう言われたという――平民ごときに与える食事はない。自分たちでどうにかしろ、と。
その結果、平民寮の皆々は阿鼻叫喚である。
もちろん俺はゲームで知っていた。
事前に聞いた説明と違う――なんて社会では良くあることだ。
編入試験のときの説明なんて、多少は金のある親に向けた文章で、実際と乖離があるなんて想像できたはずだ。
前世での会社と同じである。
うちはホワイト企業ですよ、有休が取りやすい環境、風通しのいい会社ですよ――と入社した大手企業、内情は全然違ったブラック企業なんてことよくあることだ。
社会の知らぬ学生たちよ、強く生きるんだ。
「お、タンパク質見っけ」
阿鼻叫喚なボロ寮にはいたくなかったので、辺りを散策していた。
そのとき、整備されていない小さな森の中でぴょこぴょこ刎ねる生き物を発見した.
俺はすぐにそいつを捕獲し、血抜きをして、ボロ寮に持って帰った。
「おーい、筋肉の源見つけたよ~! みんなで食べない?」
ちょっとだけ返り血を浴びた俺が帰ると、ボロ寮がさらに阿鼻叫喚になった。
ふむ、彼らは平民と言えど、お金持ちな両親や財布を抱えているお坊ちゃま、お嬢様だったのを忘れていた。そもそも入学金一億イースを払える平民など、よっぽどの人脈を持つ金持ちしかいない。
ルインのように才能を魅入られ、金持ちがサポートしてくれるタイプもいる。
だけど、ここにいる二十人ほどの平民の半数以上は、生まれた頃からボンボンな平民なのだ。
「凄いね、オルマくん。これ、君が取ったの?」
「サバイバル育ちでね。そうだ、ルイン。今から一緒に狩りにいかない?」
「さばぃばるぅ?」
「あ、そこは気にしないで。で、どう?」
「僕にできるかな? その……あまり体力には自身がないんだ」
「大丈夫さ。狩りは才能じゃない、知識と技術だ」
まずは食料調達という名の、体力作りに勤しんでもらおうか。
ルインには剣や魔術を訓練する前に、訓練する体力が無い。
体力は努力の基礎だ。
「よーし、お前ら狩りの時間だ!! ムッキンカエルンバを捕まえに行くぞ!」
ルインとその他数名を連れて、俺たちは食料調達へと向かった。
それから数時間かけて、俺たちはムッキンカエルンバを十体ほど掴まえたのであった。
一緒に来てくれた生徒は、低い姿勢のまま走る慣れない動作をしたことで、今はハァハァいいながら地面に仰向けで倒れている。ルインも白目向いている。
いい体力づくりになったようだ。
明日は筋肉痛になるだろう。
だがそれでいい。
数日もすればこの程度の運動で筋肉痛になるなんてことなくなるはずだ。
「なぜ倒れているんだ、ルイン!! 休みなど一分もあれば十分だろ!! 立て、立つんだ! 身分違いの恋がそう簡単に実ると思うのか!?」
「そんなわけない! 僕はまだやれるぞ!」
「ほら、あと三体は獲りに行くぞ!」
「うん!」
名付けるとするならばこうか。
ルインサイボーグ化計画――始動。
まずはその貧相な体を一か月で、五キロは増量しようか。




