第17話 入学式、集う詐欺師たち
カイスト王立魔術学校、入学式。
カイスト王国のブァッカ王都にある最も権威のある学び舎、それが俺の入学する学校である。
魔術を学ぶ者であれば一度は憧れる、世界でも有数の魔術学校の一つ。なによりも貴族の住む特権街区の中でも、王宮が見えるほどの位置に立地していることで、多くの最新技術を学ぶことができる。
ゆえに貴族はもちろん、平民の憧れの学校でもある。
その門を、俺はようやく潜った。
(苦節十五年……ついにこの日が来た)
これほど緊張したのはいつぶりだろうか。
前世で、不倫坊主パワハラ上司の前で企画プレゼンをしたときと同じ。あるいはそれ以上には緊張している。
手を胸に当てれば、自分の鼓動をはっきりと感じるほどだ。
ただ、この緊張は「憧れ」ではない。
この門を潜る生徒たちと同じ期待の表れなどではない。不安と期待を行き来するような、グレーな感覚が最も近いだろう。
それも仕方のないことだ。
学校に通う=命を懸けている、奴など俺一人くらいだろう。
だが、焦る必要はない。
俺にはやるべきことが明確に決まっている。
それを一つ一つこなしていくだけだ。
「ふむ……不安をかき消すいい香りだ」
内心でモヤモヤ考えていると、悩みが吹っ飛ぶようないい香りがした。
匂いの方向を見てみると、そこには屋台通りが広がっていた。
在校生たちが新入生を歓迎するために食べ物を作り、売りさばいていたのだ。
思い出した。
確かゲームでもあったな、これ。
序盤のイベントとも呼べない、ただの背景として置かれていたオブジェクトだ。
(ちょうどいい、これは使えそうだ)
確かこの屋台通りには、こんな設定があったはずである。
新入生の緊張を和らげるために、毎年在校生が開催する入学イベントの一つ。
このイベントで最も売上をあげた学生には、ある特典が渡されるという。
だからこそ、在校生は必死に売り上げを生み出そうと、声を張り上げている。
「王都ブァッカの名物、ドラゴ焼きはいかがですか~。もしかしたらあなたもドラゴンブレスを使える日がくるかも??」
「ミカミカン領地で採れた新鮮なミカンを絞ったジュースだよ! 今朝、屠畜したばかりのミカンは新鮮だよ!」
「戦闘演習で倒したモウモウタウロスを削ぎ落し! 脂質はパワーの源である!」
商売根性たくましい在校生たちである。
だが、そのたくましい根性の裏に焦りがあることを俺は知っている。
ここで商売をしている生徒たちは、いわゆる落第候補生だ。
普通の生徒であれば、順調に進級できる。
ただ、劣等生はこうして勉学や実習とは異なる場面で学校に貢献して単位を稼ぎ、卒業を勝ち取るしか道が無いのだ。
そう、この新入生歓迎イベントで売上一位を獲得した生徒への報酬は――卒業に必要な単位の取得、そして次回の実習イベントで上位の生徒とチームを組める特権だ。彼らにとってはなんとしても得たい報酬なのである。
彼らの笑顔の裏に隠されたドス黒い陰謀には、称賛を送りたい。
どんな手段を使ってでも目的を叶えるその姿勢、俺は尊敬しているよ先輩たち。
「あ、ドラゴ焼き一つください」
「はいよ、100イースね」
「ありがとうございます」
「君、いい顔しているね。勇者になりそうな勇敢な目だ。そんな君には特別に……プラス100イースで、ドラゴンの血から作られた特製ソースをプレゼントしてあげるよ!」
「あ、結構です」
ただ、詐欺紛いの方法で平民から搾取するのはいただけないな。
俺は匂いにつられて、小袋にぱんぱんの甘いお菓子も注文した。
食べてみると意外に美味しい。ドラゴン要素は焼き印があるくらいで、ドラゴン味はまったくないが、まあこれもお祭りの風情だろう。このぼったくり感すら味わえるのが、お祭りの醍醐味なのである。
ちなみに実際のドラゴンは、結構筋肉質で硬い。
なので俺がいま食べているこの柔らかいドラゴ焼きは、絶対に偽物である。
その後、全ての屋台に寄って、俺は持てないほどの屋台飯を買った。
食べ物を頬張りながら入学式の会場である大講堂へと向かっていると――。
「ようやく見つけた」
目の前をおどおどした様子で歩く、平凡な生徒を見つけた。
彼は道にでも迷っているのだろう。
何度もキョロキョロしていて、今にも転びそうだ。
さすが編入試験の最下位である。
初っ端から劣等生感満載で、誰でも平民とわかる立ち振る舞いだ。
「やあ、君も新入生だろ?」
「あ、うん」
「買いすぎちゃってさ、一緒に食べない?」
手に持っていたモウモウタウロスの焼き削ぎ落しを渡してみる。
その生徒――ルインは、最初かなり動揺した様子だった。
だが、俺の間抜けな顔を見て大丈夫だと判断したのか、ゆっくりと小袋に手をかけた。
よし、ひっかかったな。
緊張しているときに話しかけてきた同級生はだいたい友達になりやすい――の法則だ。
彼の好物がわからなかったので手あたり次第買ってみて、正解だった。
「あ、ありがとう」
おどおどした様子で、ルインは答えた。
食べていいのか分からず、もらったはいいものの口に運ぶそぶりを見せない。
「で、でもごめんなさい。僕は平民で、貴族の方から物をいただくわけには――」
「俺も平民だから、そんなの気にしなくていいよ」
「そ、そうなの?」
「ほら。この制服についている銅細工、君もつけているだろ?」
俺は制服の襟にある、学校の紋章が刻まれている部分を指さした。
それを見て、「あ」とルインは声をあげる。
「これは平民の学生がつけなくてはいけない銅細工さ。ほら、この学校は貴族のための学校じゃん? 本来、俺たちのような得体の知れない平民は入れないから、こうして胴細工を常に身に着けていないと…………明日には処刑台行きだよ」
「そ、そうなんだ。知らなかった……教えてくれてありがとう」
「いいよ、いいよ。魔術の先生に教わらなかった?」
「き、聞いたような……聞いていないような」
「そんなんじゃ心配だな。君、名前は?」
「ル……ルイン。ただのルインだよ」
「ルインね、よろしく。俺はオルマ、ただのオルマだよ」
「オルマくん……よ、よろしく!」
「よろしく。さあそろそろ行こうか、もう少しで入学式が始まりそうだ」
こうして、俺はこのシナリオの主役であるルインとの接触に成功した。
第一印象は上々。
彼にはモウモウタウロス焼きという賄賂を渡した。
彼は美味しそうに肉を頬張っているし、いい印象は与えられたかもしれない。
あ、そうだ。
俺はここではオルト=クロードではなく、ただの「オルマ」として名乗ることにした。
別にオルト=クロードという名前自体そもそも有名でもないし、各所で広まっているわけでもないので、隠したところで在学中に支障がでることはない。
とはいえ、俺にはスローライフという目標がある。
スローライフにおいて最も重要なのは、お偉い方々に目をつけられないことだ。
有権者に目をつけられでもしたら、重用されるか、不当にこき使われるか、殺されるか――と、嫌な未来しか想像できなかった。なので、貴族の多い王立魔術学校では偽名を使うことにした。
これは保険である。
たとえ貴族と仲が良くなったとしても、学校を出たあとに「オルマは死んだ」とでもしておけば、誰も俺のことを探すことはしないだろう。人と仲良くなることを嫌っているわけではないが、お貴族様だけは別である。下手に認知される前に、関係を断ち切る準備をしておくことも大事なスローライフへの第一歩である。
「ルイン、一つ勝負しないか?」
「しょ、勝負? どんな?」
「このままでは大講堂に着くまで……この食べ物たちを消費できない。つまり助けて」
「というと僕は何をすればいいのかな?」
「早食いだ。より多く食べた方が、明日の昼飯を奢るってのはどうだ?」
「いいね! 大食いには自信があるんだ!」
俺はルインと一緒に大食い競争を始めた。
そのときに初めて知った。
ルインは大漢食であることを。
華奢な体に見合わない速度で、掃除機のように吸い込んでいくので驚いた。
なるほど。
これがハーティー生存ルートの果てに、騎士団長になる男のパワーの源なのか。
とはいえ、今のルインは体力も無ければ、メンタルもすこぶる弱い。
走ればすぐに息を切らし、メンタルが弱いので踏ん張るって習慣が無い。
典型的な体を使うことを知らない、手先だけで魔術を覚えた優等生って感じだ。
そもそも王立魔術学校に入学できている時点で、世間から見ると実に優秀な人間だ。
だけど、それだけではこの学校でやっていくことは難しいだろう。
最初のルインの課題は明白だ。
その弱弱しいメンタルと体力を根底から叩き直さなければ。
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入学式はつつがなく進んでいく。
この大講堂には、シナリオのメインキャラたちがそろい踏みだ。
平民専用の端っこの席から見渡すと、壮観な光景である。
大講堂の最前列の中でも、ひと際豪華な椅子に座っているのが――このシナリオ「乙女ゲーの世界でモテたいシナリオ」のメイン攻略キャラたちだ。
本当、運営のふざけた命名には呆れたものだ。
王太子、カイスト・ジューン。
風系統の強力な固有魔術を有する公爵家、グリーン・デベン。
武闘術と土系統魔術を融合させた武闘派子爵家、マルズ・ウボ。
男爵家でありながら天才的な水系統魔術で一目置かれる、ミーズ・マンニャ。
伯爵家としての権威を持ち、精神系統の闇魔術を操る、クンザ・ウサーイ。
堂々とした立ち振る舞い。
眩しいほどのイケメン具合が、なんだか癪に触る。
その後ろに控えているのが、クローベリア=ルシルフ公爵令嬢。
このシナリオの悪役令嬢――という名の、俺が本物のヒロインに押し上げる人物だ。
周りを凍てつかせるような鋭い視線とは裏腹に、儚い美しさは多くの男性の目を引き寄せていた。
そして我ら平民ゾーンに座っている、際立った女性が一人。
このシナリオのヒロイン――という名の無自覚男タラシこと、ヒールアリアだ。
無自覚なぶりっこキャラで、王太子とその取り巻き四人をたぶらかし、クローベリア=ルシルフ公爵令嬢を遠隔でイジメる――傾国のぶりっこである。
実際にゲームでも、傾国のぶりっこ、と皆から呼ばれていた。
これだけシナリオのメインキャラが揃うと、改めて緊張してくるというものだ。
さて、もう一人の隠れメインキャラであるルインはどうしているか。
そう思って隣を見てみると、彼の目線はとある一点に釘付けになっていた。
この大講堂の中でも、誰よりも目立っている儚くも皆の視線を釘付けにする女性。
「ねえ、オルマくん。彼女の名前わかる?」
「誰のこと?」
「ほら、あの前から二番目に座っている金髪の――」
「ああ、あの方ね。王太子の後ろに座っているから、クローベリア公爵令嬢じゃないかな?」
「クローベリア様、か。ありがとう」
ルインは上の空といった様子だった。
なるほど、ルインは入学式の時点でクローベリアに一目惚れしていたのか。
これはゲームでは発見することのできない、新しい要素だった。
さて、これにて一つの手間を削減できた。
ルインがクローベリア嬢に恋をする、という段階である。
ということは、俺のやることは単純。
この恋心を利用して……ルインを強くする計画を明日からすぐにスタートしよう。
恋心は、誰よりも人を変えるものだ。
その弱っちいメンタルを鍛え直してあげよう。
暗黒剣神流鬼畜修行を存分に味わってほしい。




