第16話 モブA、入学準備を終える
十五歳になった。
俺は王立魔術学校の制服を仕立てに来ていた。
学校から正式な認可を与えられた、平民街区にある唯一の仕立て屋である。
手慣れた動作で採寸をするおばさんにてきぱきと体を触られ、くるくるとその場を回され、一時間たっても採寸が終わらない。プロとして信頼できそうな手つきに、俺は見惚れていた。
どんな分野にだって、手練れは存在する。
俺が剣と魔力を極めたように、おばさんは長い時間をかけて布を扱う技術を極めたのだ。
作業するときの目つき、手つき、呼吸を感じれば、おばさんが相当の手練れであることは疑いようのない真実である。
「あんた、魔術学校に通う生徒とは思えない体つきだね」
下着姿にひん剥かれた俺の体をまじまじと見つめるおばさん。
なんだか嬉しくなった俺は、腕に力こぶを作ってアピールしてみた。だが、邪魔だったのかぺしっと腕を叩かれて、すぐに俺は直立の姿勢に直す。
「こんなボロ仕立て屋に来るってことは平民だろ?」
「そうだね」
「気をつけなよ。いくら体を鍛えたところで、貴族様ってのは平民に容赦しない。立場をわきまえて、三年間を穏便に過ごすんだ。長い者には巻かれて、影の薄い存在として振舞うんだ。絶対に歯向かおうとするんじゃないよ」
「怖いね」
この子には何を言っても無駄だと判断したのか、おばさんは近くで店内を物色していたゾヴァエルに視線を向ける。値踏みするようにジッと見つめている。
「あんたのお父さんは冒険者かい?」
「そうだね」
会話が聞こえてきたのか、ぴくりとゾヴァエルのこめかみが動いた。
父さんと呼ばれて歯がゆい気持ちになったのか、なんとも言えない表情でこちらを見ている。
いま俺とゾヴァエルは家族という仮の設定で過ごしている。
もちろん俺が養子の子供で、ゾヴァエルがお父さんだ。
王立魔術学校に入学するのには、身元を保証してくれる地位のある存在が必要だったのだ。
そこで学校に在籍している間は、ゾヴァエルに養子として迎え入れてもらうことにした。まああとで解消できるというので、あくまでこの期間の暫定だ。
ゾヴァエルにもあまり迷惑はかけちゃいけないからね。
いずれゾヴァエルと俺は別々の人生を歩むことになるだろう。
ゾヴァエルにはSS級冒険者としてやるべきことが多すぎる。
対して俺は田舎でのんびりと過ごせればそれでいいのだ。
こんなに刺激的な毎日を送るのも、そう長くは続かないはずだ。
「この辺じゃなかなか見ない顔だね。別の国から来たのかい?」
「うん、五年くらい色々な国を旅していたんだ。それで少し前にカイスト王国へ」
「その若さで旅とは珍しいね。低級の冒険者じゃ国家間を旅するのも難しいだろう。お父さんの冒険者ランクは高いのかい?」
「SS級だね」
それを聞いて、仕立て屋のおばさんは目をひん剥いていた。
S級でさえ都市に一人いれば、その都市は安全だと言われる存在だ。
それが冒険者のS級という称号の持つ意味である。
たとえその街にドラゴンが攻めてきたって、単体で倒せてしまうのがSという称号の重みだ。
そこへさらにSが一つ加わるということ。
それはS級ではおさまらない枠組みにいる人外の存在――そう定義して話している人が多い気がする。実際SS級冒険者なんて、世界見渡してもたったの四人しかいないらしい。
ゾヴァエルって実は凄いらしいけど、俺には犬にしか見えない。
ジュース飲みたいって言ったら夜中でも買ってきてくれるんだよね。
「……な、名前は?」
「ゾヴァエル」
「ゾ……ゾヴァエルって……あの剣王かい?」
「そうだね、たぶん合ってる」
「まさか……そんなまさか…………生きた英雄に会えるなんて」
仕立て屋のおばさんは仕事を放り投げて、店の裏手に駆け出していった。
そうして大量の反物を抱えてくると、ゾヴァエルに駆け寄っていった。
「け……剣王ゾヴァエル様」
様?
おばさんの瞳が、無垢な子供のようになっていた。
ちょっと廃れたプロ味の強い瞳だったのが、おばさんのいいところだったのに。
「様付けは不要だ。倅の制服は頼んだぞ、婦人」
「も、も、もちろんよ!! ワタシの最高傑作をお渡しします!」
「助かる。倅の晴れ舞台だ、金額は問わない。最高品質のものを頼む」
「はい! 全力で!! それで――」
おばさんは、裏にあった反物全部にゾヴァエルのサインをもらっていた。
この世界にもサイン文化があるんだ……と思いつつ、パンツ一枚で俺はその光景を見ていた。
そんなこんなで制服の発注を終えたのであった。
その後、おばさんにおすすめされた小高い場所にある見晴らしの良いカフェにやってきた。
夕陽が絶景と聞いていたが、確かにこれは黄昏たくなる設計だ。
ゾヴァエルは風情など気にせず、カフェのどんぶり飯を頬張っている。
俺は人気商品だと言う搾りたてのシュワシュワオレンジジュースを飲んでいた。
黄昏ながら、俺は考える。
この世界に生を受けて十五年。
ようやく王立魔術学校の入学まで漕ぎつけた。
入学までは残り半年もない。
少し前に行われた編入試験では、無事に平民枠で合格した。
成績はまだ発表されていないが、まず間違いなく一位はあの女性で間違いない。
俺はそこそこでいいと思っていたので、平均的な結果を望んでいる。
だが、それでいい。
俺がこの王立魔術学校でやることはすでに決まっている。
入学して半年後に始まる乱痴気騒ぎで、ハーティー生存ルートを勝ち取ること。
そのための細かなシナリオはこうである。
入学してから半年後に行われる、試験後のパーティーが舞台。
そこでカイスト=ジューン王太子が、婚約者であるクローベリア=ルシルフという公爵家の女性との婚約を破棄する。それどころか、数々の非道を大衆の面前で責任追及し、あまつさえ王太子がか弱い女性に決闘を申し込む。
ここまではよくある断罪イベントだ。
通常ルートでは、悪役令嬢は決闘でコテンパンにされて学校を追放、さらにはルシルフ公爵家をも追放され、外国の僻地で山賊に侮辱されて呆気なく死ぬ――という悲惨なルートになる。
通常ルートに進む確率は十回に九回、つまり九十パーセントだ。
逆に言えば、十回に一回は悪役令嬢が生存するルートのシナリオに乗ることができる。
だが俺はオッズ十倍の馬券を買うようなギャンブルに、自分の人生を賭けたくはない。
やるなら十回やって十回成功するような方法に、命を賭けたいと思っている。
そこでハーティー生存ルートだ。
「可愛すぎるNPCとして有名なハーティーちゃんを救い隊」というクランによって、その因果を捻じ曲げる方法が判明した。十パーセントの確立を百パーセントにできる方法である。
その方法とは――特定の生徒を決闘に乱入させること。
誰でもいいわけではない。
とある特定の生徒――それは今回の編入試験の平民枠で最下位という悲惨な成績を残す、見た目も成績もぱっとしない平凡な「ルイン」である。
彼の乱入、そして勝利によって悪役令嬢は必ずは生存ルートを歩むことができる。
加えて、学校卒業後にはルインと結婚する運命にも乗ることになる。
ただ厄介なのが、ルインは基本無害で奥手な生徒であるということだ。
誰かがルインの背中を押さなければ、ルインは何もしない。
卒業まで無害で、平凡で、ぱっとしない生徒のまま終わってしまう。
そこでハーティー生存ルートでは、彼を成長させることが主軸になる。
俺は彼の友人として積極的に成長を助け、奥手な精神を刺激し、密かに抱いている悪役令嬢への恋心を増大させ、それを恋だと認知させる必要がある。
というわけで、だ。
下手に俺が編入試験で好成績を残すと、この運命に支障が出てしまう。
適度な成績で編入し、無害で平凡な友人Aを装ってルインとの友人関係を築いていく。
そのために俺はルインの友人Aとして、王立魔術学校に通うのだ。
これも大いなる目標のためである。
負けイベントのフラグをへし折り、田舎でスローライフを送るための偉大な一歩である。
ちゅーっと残りのオレンジジュースを飲み干していく。
「入学まで残り二か月。俺は夢を掴み取るよ」
その決意を聞いて、さきほどまで阿保面だったゾヴァエルが姿勢を正した。
目の前でまんぷくになって血糖値スパイク起こして眠たそうに椅子にもたれ掛っていたゾヴァエルだったが、慌てて紙を取り出すと内容を真剣に書き留めていた。
よくゾヴァエルくんは書留をしている。
弟子だからまあ学びたいことがあるのだろう。
だが、今の発言に学びがあるとは到底思えないんだよなあ。
「このゾヴァエル、全力で支援させていただきます」
「いや、君は学校に入れないよ? ちなみに俺は寮生活になるけど、その間ゾヴァエルくんは何しているの? どこかに行くの?」
「この街に滞在し、大いなる目的のために動くつもりです」
大いなる目的…………ああ、あれかな。
前にラーメンっぽい……ぼそぼそとした素麵を油とお湯を混ぜただけの不思議な食べ物を食べているときに、ゾヴァエルはこう言ったんだ。
――こんなお店があってもいいかもしれませんね。
ラーメンが気に入ったのだろう。
ゾヴァエルはラーメン屋をやるのが夢なんだと思う。
ときおり夜にラーメンを食べに行くと、真剣に書留をとっているので間違いない。
あまりに熱心なので、俺は教えてあげたのだ。
前世、仕事帰りの電車でよく見ていたラーメンの作り方動画の内容を。
ゾヴァエルはとても興味を持ってくれたので、たぶん本気なんだと思う。
たまに一人でラーメンを食べに行っているのも、おそらく研究しているのだろう。
「いい夢だ、やっぱり夢は偉大だよね。こう……ずずずーっ、とたまには美味しいラーメン啜りたいな。楽しみにしているよ」
「はい! 仰せのままに!」
ゾヴァエルは大きな声で返事をすると、席を立って厠の方に走っていった。
ずっと我慢していたのだろうか、別に気にせず行って良かったのに。
「すみません。このムラサキパフェ、一つください」
長くなりそうだなと思って、俺はパフェを楽しむことにした。
それにしても、カイスト王国の都心は凄いね。
この世界にも「カフェ」や「炭酸」、「パフェ」の概念があるんだなと感心していた。
ゲームのときに見たことはなかった。
これこそまさに、異世界にきた醍醐味だなあと思っている。
いつか、田舎で小さなカフェをやるスローライフなんてのも悪くないかもしれない。
◆◆◆
――カフェの厨房。
その奥には執務室がある。
そこに屈強な男性が入ってきた。
「ゾヴァエルだ、入るぞ」
「お久しぶりですね、ゾヴァエルさん!」
「久しいな、カイリフ。五年ぶりか?」
「ええ、そうですね。隠れ里で会った以来なので、五年ぶりかと」
二人は軽く握手を交わすと、打って変わって真剣な表情に変わる。
ゾヴァエルはぐるっと周りを一瞬警戒する。
「安心してください。ここには防音魔術が施されています」
「さすがだ。オルト様を待たせるわけにいかないので端的に話すぞ」
「お願いします」
「合図がわかった。これだ」
ゾヴァエルは真剣に、ずずずっと麺を啜る仕草を見せた。
だが、カイリフは理解できていない様子だった。
「なんですかそれ?」
「ら~めんだ。詳細は別途文にでも書こう。今はこの合図だけでも覚えておけ」
もう一度、ゾヴァエルはラーメンを啜る仕草を見せた。
それを真似るようにカイリフは動作を反復して、動作を覚える。
「じゃあな。あとは頼んだぞ」
「はい。あ、お代は結構ですよ。このカフェはオルト様の叡智によって生み出された、オルト帝国の資産ですから。オルト様からお代を受け取るわけにはいきません」
「助かるよ。ああ見えて……オルト様は意外とお金に厳しくてな」
冗談を言うように笑うと、ゾヴァエルはカフェの執務室をあとにしたのであった。
それからすぐにカイリフは、厨房に向かうとシェフにこう言った。
「そのムラサキパフェには、厳選した芋を乗せてくれ。今日できる一番のパフェを頼む」
「へい! 珍しいですね、カイリフさんが厨房に来るなんて。それほど大事なお客さんなんですか? 彼」
「ああ……お前はまだウチに来て二年だったか。そりゃ仕方ないか」
「というと?」
「あの方が我らオルト帝国の賢王である、オルト=クロード様本人だ」
「なんと!?」
「ようやく……我らが日の目を見る日がやってくるぞ。革命の日は近い」




