第15話 モブA、十三歳になる
「ようこそ、カイスト王国キロイイ冒険者ギルドへ!」
活気のある若い女性の声が、ギルドの中に良く響く。
あれは……ギルド長の趣味なのだろうか。
実に良い趣味をしていらっしゃる。
受付嬢は少し胸元が開いた茶色と白色のカジュアルメイドのような衣装で仕事をしている。
彼女らにとってその制服は憧れだと言わんばかりに胸をはり、堂々と仕事をしている。
俺はその様子を壁際でオレンジジュース片手に眺めていた。
実にいいものだ。
金を稼ぐという目的のため、矢面に他人を立たせるというものは。おかげで、こうして俺はご当地名物であるつぶつぶなしぼりたてオレンジジュース片手に、エンタメを楽しめている。
「依頼を探しに来た。金が入り用でな、稼げる仕事を頼む」
そう言って、屈強な男は首元から紺青色の金属章を取り出した。
そこには龍の紋章が二つと、ゾヴァエルという名前が刻まれていた。
生きていてほとんど見ることのない金属章を見て、受付嬢はかわいらしく首を傾げる。
「あの、こちらは…………なんでしょうか?」
「何って――」
「どちらで購入された玩具かは存じ上げませんが、本物の冒険者ギルドの金属章はお持ちではないですか?」
「これが、本物なんだが」
真剣なおじさんの言葉に、受付嬢は困っている様子だった。
領地を移動するごとに繰り返されるやり取りなので、ゾヴァエルも「またか」という諦めムードを隠さずにいた。それもそのはずだ、ゾヴァエルは常に暗黒領域にいた、もはや会うことのできない生きる伝説と化している人物であったのだ。
それにSS級冒険者というのは、この世界に四人しかいないらしい。
新米受付嬢が実物を見たことがないのも、それは仕方のない反応なのだ。
「おいおいおい、おっさんさあ」
痺れを切らした冒険者の一人が、声を上げる。
列に並び、先ほどから震度6くらいの貧乏ゆすりをしている男だった。
「俺か?」
「お前だよ、お前! ここにおっさんなんてお前しかいねぇだろ!! 冒険者でもねぇ雑魚が、俺たちの時間をとらせるんじゃねぇ」
「それはすまんな。だがすぐ終わる、少し待っててくれ」
「あ゛? さっさとおうちに帰んな、おっさん! それとも俺がおてて繋いでおうちまで送ってやろうか!」
半笑いで冒険者は、SS級冒険者を煽る。
それを聞いていた偏屈な冒険者たちも、声は出さずともニヤニヤとしている。
ゾヴァエルの反応を、酒のあてにしようとしている連中すらいた。
「あ、あの……ゾヴァエルさん……でお名前は合っているでしょうか?」
可愛らしい受付嬢は、金属章に刻まれた名前を早口で確認する。
早くこの場を納めなければと慌てている様子だった。
ゾヴァエル。
その名を聞いた途端、一人の女性の眉が反応する。
後ろで書類の整理をしていた眼鏡をかけた理知的な女性が、急ぎ足で受付へやってくる。
受付嬢が持つ金属章を覗き込む。
「ゾヴァっ!?」
ベテラン受付嬢は目を瞠って驚いていた。
次第に顔から血の気が引いていき、それでもすぐに自分を落ち着かせた。
静かに、それでいて洗練された謝罪をしてきた。
「こ……これは失礼いたしました。彼女に代わって、お詫び申し上げます」
「気にするな。その反応には慣れている」
「寛大なご対応に、ギルド一同心から感謝を申し上げます」
「いい、続けろ」
突然、ベテランの受付嬢が頭を下げたことにほとんどの冒険者が驚いていた。
一体、何事だ――と。
「おいおいおい。なんでベズリエッタちゃんが、このおっさんに謝るんだ。それよりベズリエッタちゃん、そろそろ俺との夜デートに――」」
「このクソ馬鹿が無礼を働き、大変申し訳ございませんゾヴァエル様」
馬鹿、を強調してベテラン受付嬢は冒険者を睨みつけた。
もう一度、深くゾヴァエルに対して謝罪をする。
「あらためてSS級冒険者のゾヴァエル様とお見受けいたします」
あえて、彼女は「SS級冒険者」という言葉を強調した。
もうこんな馬鹿が現れないように、周囲の冒険者に情報を伝達したのだろう。
さきほどまで嘲笑していたた馬鹿な冒険者たちは、一斉に黙り込んだ。
ほぼ全員が一気に顔色を青ざめさせ、ときにはそっぽを向いて誤魔化そうとする連中すらいた。
そして煽った張本人は――
「SS……SS……SS級……そんな……」
信用のあるベズリエッタさんが、彼の心にトドメを刺していた。
今にも口から泡でも吹き出しそうな、阿保みたいな面を晒している。
脚はガクガクと震え、股間はじわっと濡れ始めた。
「い、い、い……命だけはお許しください! ひぃ、どうかぁぁぁぁぁぁ」
気づけば、その冒険者は土下座をしていた。
誠意を伝えたかったのか、なぜか衣服を一瞬で脱ぎ捨てていた。
あまりにアホらしい光景に、ギルド内がどっと笑いの渦に包まれた。
やれやれ、とゾヴァエルは頭を抱えて困っている。
「お前ランクは?」
「は、はいぃぃぃ! B級でござござございます!」
「それなりの冒険者じゃねぇか。あまり冒険者の格を落としてくれるなよ」
「は、はい!!」
そのやり取りで少し満足したのだろう。
ゾヴァエルはその後つつがなく高給依頼を受け取って、ほくほく顔で俺のところに戻ってきた。さぞかしいい依頼でもあったのだろう、俺に褒めてほしいワンコみたいな顔をしている。
そんなゾヴァエルを無視しつつ、俺はオレンジジュースを一気飲みした。
空き瓶を受付に戻して、ギルドをあとにしたのであった。
その道中――
「ゾヴァエルくん、この三年で『魔力の偽証』上手くなってきたね。B級の彼、まったくゾヴァエルくんの強さに気がついていなかったよ」
「オルト様のおかげです」
「その『オルト様』っての、いいかげんどうにかなんないかな」
「オルト様が気に入ったんじゃないですか、この名前を」
「いや、記憶ないし。気づけば名前決められた気持ちなんだけど」
「気に入っていないのですか?」
「いや、かっこいいと思うよ。だからこそ気に食わないんだ」
前世では「重蔵」なんて重くて、古臭い名前だったからね。
それとは比べられないほどかっこいいんだけどさ。
でもさ、酒に酔って記憶ないときに名前決められたのが解せないだけなんだよね。
俺が気に入ったらしいから、まあ俺の責任なんだけど。
「ついにB級冒険者も気づかないほどの偽証の領域に到達だ。おめでとう、ゾヴァエルくん」
「これもすべてオルト様のおかげです。ですが、まだオレごときではオルト様の『魔力の偽証』の一端すら拝めておりませんので、これからも日々精進いたします」
「急に褒めても何もでないよ?」
「すでに恩返しできないほど、多くのものをいただいております」
「飴ちゃんいる?」
「それではお言葉に甘えて、記念にいただこうかと」
「さっきギルドで素敵なお姉さんにもらったんだ」
「家宝にいたします」
「大袈裟だなあ。それで依頼はどうだったの?」
「とある公爵貴族の剣術講義になります。S級以上での募集条件があり、ギルドも難儀していたようです。報酬は、一か月で1000万イースの大金が手に入るとか」
「1000万!! いいね、これを終えれば――あとは200万イースで目標達成だ」
ゾヴァエルとSS級寄生金策旅を始めて三年。
入学金の一億イースまで、残り200万イースとなった。
本来一億イースなど、平民が稼げるような金額ではない。
それこそ人生三度やり直したって、手の届かない金額の規模だろう。
だが、ゾヴァエルのSS級冒険者という地位を使えば、金策はそう難しいものではなかった。
王立魔術学校の編入試験まで、残り一年半ほど。
より一層気を引き締めて、慎重に準備を進めていこうと思う。
打倒、負けイベント。
打倒、死神。
唯一の生存ルートを掴み取り――俺は田舎でスローライフを送るのだ。
「じゃあその依頼は頼むよ。俺は先生のところに行ってくるから」
今日の講義はなんだろうか。
この前は火を起こす【着火】の魔術を覚えたばかりだ。
「オルト様、魔術の講義は楽しいですか?」
「もちろん。昨日なんか【着火】を一分間も維持できたから大きな進歩だよ」
「オルト様でも苦手なことがあるのは意外です」
「なに言ってるんだ。完璧な人間なんて、人生つまらないじゃないか」
そう伝えて、俺は魔術の本を小脇に抱えて大通りを早歩きで進んでいった。
魔術を習い始めておよそ三年。
編入試験に合格できる最低限の魔術は、身に着けることができた。
だけど、魔術というのはこの世界で平等ではないことを知った。
魔力を扱えても、魔術を扱えないのには理由があったのだ。
それは「魔術は貴族の血筋しか扱えない」という原則が存在したのだ。
血筋に左右されるというのは、メーツ=ボウツォ街の孤児Aである俺にとっては痛い問題である。
貴族を貴族たらしめるのは、魔術というわけだ。
とりわけ位の高い貴族や戦果で地位を高めてきた武闘派貴族は、基礎魔術とは一線を画す、より強力な【固有魔術】を有していると先生から教わった。
では、なんで孤児の俺が使えるのか。
それは過去の偉人たちが何百年、何代にもわたり研究を重ね、才能さえあれば血筋に関係なく使える最低限の魔術【基礎魔術】の陣を作り上げてくれたからだ。美しく、緻密で、芸術的な幾何学の組み合わせによって、孤児である俺にも魔術が使えるようになったわけだ。
そりゃあ、一朝一夕で魔術が習得できないのも納得だ。
俺は、それを知ってから魔術の師に色々と教わっている。
なんとゾヴァエルの知り合いらしい、とてもありがたいことだ。
(ツーリェ フロンティアでも、操作するキャラは『悪徳貴族の策略によって男爵位を剥奪された、没落貴族の次男』というチュートリアルがそういえばあったな)
ふとゲームの内容を思い出す。
プレイヤーが魔術を使うために、操作キャラを貴族の血筋にされていたことを思い出す。
血筋による魔術の独占――それは貴族による情報操作ではないかと疑っている。
だって、魔術には最初に生み出した先駆者がいるはずだ。
鶏が先か、卵が先か、この問題に直面するはずなのだ。
だからこそ絶対に固有魔術が習得できない、なんてことはありえないはずだ。
それに俺は――自力で身体強化魔術を編み出し、使えるようになった。
実際、ゾヴァエルくんに見てもらったときこう言われた。
――なんでオルト様は指先一つで岩が割れるんですか?
――普通の身体強化魔術だけど?
――たぶん違いますよそれ。新しい【固有魔術】です。
そうしてゾヴァエルが使うという一般的な基礎魔術である身体強化魔術を見せてもらったのだが、それはもうおざなりな魔術だった。力の方向や威力も大雑把で、しかも細かなコントロールが難しいという。
簡単にいえば、ゾウが繊細なフレンチ料理を作っている感じだ。
対して俺のは星付きミシュランが、丁寧にフレンチを作っている状態に近い。
だから俺は自分のこの魔術にこう名付けた。
【自己操作】
王立魔術学校の入学まで、残り二年。
悔いのない時間を過ごそうと思う。
絶対に俺はこの異世界で、悠々自適なスローライフを送るのだ。
そのために魔術の訓練も、講義も、積極的に受けていこうと思う。
「ガスマル先生! どうですか、俺の新技【着火】は!」
「な、な、な……なんでただの着火が蒼いんですか!?」
一つ言い忘れていた。
俺の魔力操作は異常なほど緻密らしい。
結果として、普通の魔術も相当強化されて出力されてしまう。
あと普通に中学や高校レベルの化学や物理、めっちゃ役に立つわこれ。




