第13話 賢王、盗人になる
我レラハ、新タナ神ヲ見ツケタ。
長ク仕エタ土地神――大国津神様。
カノオ方ニヨル道ニ不信感ヲ抱イタノハ幼キ頃ダッタ。
友ガ皆、洗脳サレテイルコトヲ知ッタ。
ダガ、何モデキナカッタ。デキナイト思ッテイタ。
我ラノ、新タナ神ガオ救イクダサッタ。
抗エズ、仕エ続ケタ神トノ運命ヲ断チ切ッタ。
コレカラハ、新タナ神ノ為ニ忠誠ヲ尽クソウ。
尽クス必要ナドナイ、ト言ワレタが、我ラノ心ハスデニ決マッテイル。
我ラオーク族ノ皆ハ、新タナ神ニ救ワレタノダ。
必ズ恩ヲ返サネバナラナイ。
自由ナ信仰ハ、心地良イモノダ。
◆◆◆
私は、今日という日を生涯忘れないことだろう。
元は人間だった私たちは、呪いの発現とともに魔族と蔑まれて生きてきた。
その忌々しい呪いを解放してくださった、あの神々しい少年の姿を。
森が揺れた。
天が揺れた。
空間が揺れた。
私たちの魂が揺れていた。
それほどの膨大な魔力を放ち、あのお方は魔族とオーク族の運命を同時に断ち切った。
魔族の呪いは、神殿の最高司教でさえ解呪できなかった。
解呪の専門家だと名乗る高尚な魔術師に依頼をしても、この体質は変わらなかった。
だが、あの方はたったのひと振りで呪いを終わらせてくれたのだ。
それだけではない。
あのお方の未来を見通す知略には度肝を抜かされた。
終戦後、ただちに私たち魔族とオークにこう言った。
――とりあえずみんなで酒を飲もう。
――人生一度でいいから種族の隔てなく酒を飲み交わしてみたかったんだよね。
最初は渋々だった私たちとオーク族であったが、すぐに彼の言葉の意図に気がついた。
彼は魔族とオーク族の和解を望んでいたのだ。
宴会のときに語ってくださったこの世界の真理を、私たちは必死に書き留めた。
現在の各国の世情。
未来で起きる戦争の行方と世界情勢。
裏で暗躍する組織や各国の思惑。
それらは複合的な運命で絡まり合い、世界で第二次魔王大戦が幕を開ける。多くの国が滅亡し、数多の土地が枯れ、人類は長く苦しいときを過ごすことになる。
その不幸な運命を覆すには、革命を起こす強国が必要だと。
各国が手を取り合い、対等な同盟を結び、大きな帝国を作り上げる必要があると。
革命を起こすために必要な建国の材料が眠るのは、ここにある勇者の遺跡。
さらに呪いは勇者の末裔である証、魔王による呪いではない。
いずれ祝福を受ける魔族こと、勇者の一族は平和に必要不可欠な存在である。
私たちは、あの方から多くのことを学んだ。
あの方が何者なのかはわからない。
だが一つだけ明言できることがある。
あの方の言葉は、この土地に国を作ることを望んでいる内容だった。
その重大な役割を、亜人である私たちに託してくれたのだ。
魔族と蔑まれた私たち、そしてオーク族の二部族に。
彼は人には役割が大事だと言っていた。
あの方には、私たちでは遠く及ばない深い思慮のなかで、より先の望む未来を掴むためにやらなければならないことがあるとおっしゃっていた。
だったら、私たちは私たちの役割である――強国をこの地につくろう。
建国の方法はすべて教えてもらった。
あとは彼の計画通りに、ことを進めるだけである。
そうだ。
一つだけ彼にお願いをされたのを忘れてはならない。
この先、およそ五年後。
彼には大きな苦難が待ち受けていると、教えてくださった。
そのときには、私たちの手を借りたいとおっしゃってくださった。
私たちをこれだけ評価し、信頼してくださったことを嬉しく思う。
助けを求めるときは、そのときが来ればわかる――と。
約束しよう。
人生を懸けて、ここに平和な国を作ると約束しよう。
どこまでも彼のために良い国をつくると誓おう。
そういえば、あの方には名前がないという話題があがった。
私たちは何時間にもわたって、歴史に名を刻むあの方の名前を考えた。
その中であの方は「オルト」と「クロード」という名前を気に入った。
こうして、未来で我が国の頂点に立つ方の名前が決まった。
彼の名は、オルト=クロード。
近い未来に、賢王として名前が世界に轟くことになるだろう。彼のその名を汚さないためにも、最高で、最強な国をこの土地に建国しよう。
◆◆◆
困った。
本当に困った。
記憶が無いのだ。
宴で酒を飲みすぎたのが原因か、まったくと言っていいほど記憶がない。
ついでに変な夢も見て、気分も最悪だ。
昨日出会った勇者風なイケメン神が、夢の中で俺を見てケラケラと腹を抱えて笑っているのだ。人の顔を指さしたり、床に転がったり、完全に人を馬鹿にしている様子だった。なんども仕返ししようとしたけど、あいつ回避能力めっちゃ高くてずっとおちょくられていた。
まあ夢なんだけど。
そんな悪夢など霞むくらい、昨日の俺は完全にやってしまった。
前世でも、酒でのやらかしエピソードはいくつかあった。
上司が大酒け飲みで飲まされた挙句、翌日には見知らぬ地方の駅で目覚めた――なんてこともあった。こういうときは楽しすぎて飲みすぎてしまうんだよな……。
それにしても、この体めっちゃ酒に弱いな。
最初の一杯の酒を最後に、記憶が無い。
今度からは酒に気をつけなければ。
「頭痛った……お水、お水」
酷い頭痛だったので、こめかみを抑えながら起き上がる。床がじゃらじゃらしてうるさい。
そんなことを考えていると、俺は目の前の光景に目を疑った。
「いつの間に仲良くなったんだか」
酒の席では犬猿の仲でも、泥酔すれば仲良くなるとはよく言ったものだ。
昨日まで死闘を繰り広げていたオークと魔族。
彼らが一緒の床で、肩を組みながら寝ているのだ。
もう和解したのならいいけど、皆コミュ力高いね。びっくりだよ。
さらに驚いたことがある。
昨日死んでいたはずの人たちも、今はすやすやと寝息を立てて寝ているのだ。
どうやって生き返ったのか聞きたいけど、一度死んだ人に「どうやって生き返ったの?」なんて聞くのは結構失礼かもしれないのでやめておこう。
ふと、何で地面がじゃらじゃら鳴るんだろうと思った。
下を見ると、金貨の絨毯が広がっていた。
そこに堂々と俺は寝ていたようだ。
「んー…………」
これ、結構チャンスなんじゃね?
みんなお酒を飲んで地面で寝転んでいる。
それにまだ夜が明けるか明けないかという時間、誰も起きる気配はない。
ざっと、ここにあるのは5000万イースだろう。
この前ザコーダに金の計算の仕方を教えてもらったので、たぶん合ってる。
もちろん元々約束していたことなので、ありがたくいただいていくとしよう。
俺は音を鳴らして周りを起こさないように、全神経を集中させて金貨を袋にかき集めて、洞窟を出ていくことにした。彼らの全財産を奪って、笑顔で出ていくなんてできなさそうだし。あとでお金を渋られても困るので、こういうときはさくっと貰って、さくっと消えるに限る。
洞窟を出て、西に向かって歩き始めた――そのときだった。
「もう行かれるのか?」
その声には聞き覚えがあった。
この山賊風洞窟を見つけて、三番目に会った武人――ゾヴァエルの逞しい声だ。
俺は立ち止まるも、振り返らずに答える。
「俺には時間がないんだ。あ、お金はもらっていくよ、約束だからね」
「あの! ……オレを連れてっいてくれやしませんか?」
「足手まといは連れていけないよ」
「それは……ぐうの音も出ません。オレにはSS級冒険者という価値しかありません。あなたから見れば虫以下の存在――」
「今、なんて言った?」
「あなたから見れば虫以下の存在だ、と……」
「そこじゃない! もう一つ前だよ」
「えっと、オレにはSS級冒険者という価値しか――」
「君、SS級冒険者なの?」
「そ、そうです」
思わぬ幸運に、俺は思わず振り返っていた。
なんと幸運だろうか。
これで残りの金策は解決したも同然かもしれない。
SS級冒険者ともなれば、指名依頼が山ほどくる立場の人気者だ。
ともなれば、彼の名を借りて依頼をこなせば、あっという間に残りの5000万イースは溜まることだろう。SS級なんて一朝一夕でなれるクラスではないので、彼にはそれだけ社会的価値のある存在だ。俺が一人でちまちま稼ぐより、よっぽどクリーンで手っ取り早い金策方法だ。
名付けて、SS級寄生金策だ。
「ちょうど雑用をしてくれる弟子がほしいと思ってたんだ」
「本当ですか!? それでは……」
「ゾヴァエルくん、早く旅立つ準備をしてくるといい。俺は少し用事を終わらせてくるから。お互いに用事が終わったら、あそこで落ち合おうか」
「ありがとうございます! すぐに準備を――」
ゾヴァエルくんは、急いで洞窟に戻っていった。
俺はそれを見送る前に、駆け出していた。
向かった先は西方向にあるオークの集落だ。
昨日、ザコーダくんに集落の場所を聞いて、真っ先に向かって事前に物色しておいた。
彼らの宝物庫には金目のものになりそうな類はなかったが、とても貴重なものが眠っていたので、それをこっそりいただく算段でいたのだ。いつかは役に立ちそうなアイテムで、加えてなんかカッコよく上等な紺青色の隊服もあったので頂きたいとずっと思っていたのだ。
これくらい見返りでもらってもいいよね。
君たちの信仰という名の運命を解放してあげたのだから。
口伝スキル【雲隠】を使用して宝物庫に侵入すると、俺は先客の隣に座った。
「君もいたのか」
「わんっ!」
俺たちは必死だった。
洗練された盗人のように宝物庫で欲しい物を袋に詰めこんでいく。
「ワンコ、なかなかいい目利きじゃないか。それは希少価値高いよ」
「わんっ!」
こうして俺はオークの集落をあとにしたのであった。
ワンコはほくほく顔でどこかへ走っていった。




