宴の終わり
新宿の夜空を焦がした天谷湊の放った『紅蓮魔鎧:過積載』による圧倒的なまでの破壊力は、バケモノと化した西園寺厳冬を、文字通り原子の塵へと還した。
すり鉢状に綺麗に抉り取られた巨大なクレーターの底。ガラス化して赤熱する大地の上に立ち、俺は小さく息を吐き出した。
「……終わったな」
夜風が吹き抜け、熱波に揺らめいていた視界が徐々にクリアになっていく。
空を見上げれば、探索者協会と防衛省のヘリコプターが何機も旋回し、けたたましいサーチライトの光をクレーターへと投げかけていた。
新宿のど真ん中で発生した未曾有の怪物騒動。隠蔽などできるはずもない大事件だ。
「マスター!」
クレーターの縁から、橘が駆け下りてくる。
その背後には、結衣、雪乃、チャオ、ハク、そして椿と咲耶の姿があった。
「お見事です、マスター! あの途轍もないプレッシャーを放っていた怪物を、たった一撃で……!」
興奮冷めやらぬ様子で橘が叫ぶ。
「それにしても、あんな出力を叩き出せるなんて、本当に規格外ね」
そこへ、優雅な足取りで皇咲耶が進み出てきた。
彼女は俺の無傷の身体をジッと見つめ、その紫色の瞳に安堵と、底知れぬ情念を滲ませた。
「……よくやったわ、湊。これで西園寺の老いぼれも消え去り、わたしたちを邪魔する者は一匹減った。……ただ、この後の『お掃除』は少し骨が折れそうね」
咲耶が視線を向けた先には、現場へ急行してくる自衛隊の装甲車や、探索者協会の重鎮たちの姿があった。彼らからすれば、新宿の街区を一つ完全に吹き飛ばした俺たちもまた、危険極まりない存在として映っているはずだ。
「わたしが直接交渉してあげるわ。西園寺厳冬が違法な人体実験の末に自らモンスターと化し、それを我が皇家が支援するギルド『黎明』が討伐した。……事実は事実として、街の被害はすべて西園寺の資産から賠償させる。文句は言わせないわ」
咲耶が不敵な笑みを浮かべ、圧倒的な権力者としての顔を覗かせる。
「ええ。その交渉、私も手伝わせてもらいますわ」
椿が鉄扇をしまい、咲耶の隣へと並び立った。
「当主を失い、隠密部隊も全滅した今の西園寺家は、文字通り首の皮一枚で繋がっている状態。……私が今夜中に本邸へ戻り、残存する保守派の連中を力で黙らせる。西園寺の全資産と権力を私が掌握し、今回の事件の責任の所在を明確にして協会に差し出すわ。そうすれば、黎明には一切の火の粉は降りかからない」
椿の言葉に、咲耶はわずかに目を細め、値踏みするように彼女を見つめた。
「……ふん。口だけじゃなく、ちゃんと役に立つところを見せてよね」
「ふふっ、期待していて頂戴。天谷湊という男の隣に立つに相応しい女であることを、証明してみせるから」
バチバチと火花を散らす二人をよそに、俺は後頭部をガシガシと掻いた。
「ま、政治的な駆け引きはお前たち二人に任せる。俺はギルドマスターとして、こいつらを無事に家に帰すのが仕事だ」
『その通りだ主どの!! 政治などどうでもいい! 我はもう、限界なのだ!!』
ハクが俺の背中に飛び乗り、首をガクガクと揺さぶってきた。
『極上ステーキ! 極上ステーキ! さあ、拠点へ帰るぞ!』
「分かった分かった、暴れるな。……よし、全員撤収だ。帰って飯にするぞ」
俺の号令に、黎明のメンバーたちが一斉に笑顔で頷いた。
* * *
深夜のギルド拠点に、暴力的なまでに食欲を刺激する肉の焼ける匂いが充満していた。
特注の極厚鉄板の上で、霜降りのサーロインステーキがジュージューと音を立てて熱されている。ガーリックの香ばしい匂いと、俺のオリジナル配合である特製醤油ソースの焦げる匂いが、ダイニング全体を支配していた。
「ほら、待たせたな。ハク用の特大ステーキだ。一キロあるから心して食えよ」
ドォンッ! と、巨大な皿がダイニングテーブルに置かれた。
付け合わせのポテトが見えなくなるほどの、圧倒的な肉の暴力。
『うおおおおおおおおっ!! これだ! 我はこれを求めていたのだ!!』
ハクはナイフとフォークを握りしめ、目をキラキラと輝かせながらステーキへと齧り付いた。
『美味ぁぁぁぁぁぁいッ! 溢れ出る肉汁! 完璧な焼き加減! 主どの、やはりお前は最高の専属シェフだ!』
尻尾をブンブンと振り回し、顔中をソースまみれにしながら肉を貪るハク。S級モンスターの威厳など微塵もない、ただの食いしん坊の少女の姿に、チャオや橘が苦笑いしながら自分たちの食事を進めている。
「湊さんのステーキ、本当に絶品ですね……! 疲れた身体に沁み渡ります!」
結衣も目を細め、美味しそうに肉を咀嚼している。
その光景を満足げに眺めながら、俺は自身の夕食の計量を終え、席についた。
キッチンスケールに乗せられた、きっちり200グラムの白米。そして、オーブンでじっくりと甘みを引き出した450グラムのさつまいも、さらに脂質を削ぎ落とした鶏胸肉のグリル。
「マスター、みんながステーキを食べているのに、やっぱりそのストイックなメニューなんですね……」
雪乃が、自分の皿のステーキを切り分けながらジト目でこちらを見てくる。
「『紅蓮魔鎧:過積載』の展開で、筋繊維と魔力回路に相当な負荷がかかったからな。枯渇したグリコーゲンを最速で回復させ、肉体のパフォーマンスを維持するには、この炭水化物の黄金比が一番身体に馴染むんだ。俺はこれで十分美味いから気にするな」
俺は湯気を立てるさつまいもを頬張り、その自然な甘みにホッと息をついた。
ふと、視界の端にシステムウインドウを呼び出す。
【名前】天谷 湊
【HP】300,000 / 300,000
【MP】500,000 / 500,000
【筋力】350,000
【俊敏】380,000
【知力】250,000
【魔力】400,000
【保留ポイント】0
【特殊加護】炎神の加護 / 闘神の加護
上野のベヒモス討伐で得た120万もの保留ポイントは、仮想武具の強化に全額譲渡したため、綺麗に『0』になっている。
(……だが、器自体の拡張は完了している。回路のショートを心配する必要はもうない)
白虎のコアと月光花によって修復された俺の肉体は、以前とは比べ物にならないほどの魔力許容量を誇っている。ポイントさえ再び貯めれば、いつでも新たな仮想武具を構築できるはずだ。
「湊、あーんして」
考え事をしていると、隣に座っていた咲耶が、小さく切り分けたステーキをフォークに刺して俺の口元へと運んできた。
「ほら、栄養もちゃんと摂らないとダメよ。わたしが直々に食べさせてあげるんだから、遠慮せずに口を開けなさい」
「いや、俺は自分の飯が……」
「あー・んっ♪」
有無を言わさぬ笑顔と、背後にうっすらと浮かび上がる圧力に負け、俺は渋々口を開けてステーキを受け入れた。
「……美味い」
「ふふっ、でしょう? もっと甘やかしてあげるから、いっぱい食べなさいね」
咲耶が嬉しそうに俺の腕に絡みついてくる。
西園寺の事後処理で協会と連絡を取り合いながらも、彼女の俺に対する執着はますますエスカレートしている気がする。
「本当に、騒がしいギルドですこと」
雪乃が呆れたように紅茶をすする。
平和で、賑やかな宴の風景。だが、俺たちの胸の奥には、新宿で相対したあの白スーツの『使徒』の不気味な笑みが、黒い染みのようにこびりついていた。
* * *
【隔離空間】
光の届かない、無限に続く漆黒の空間。
重力さえも曖昧なその深淵の底で、純白のスーツに身を包んだ『使徒』は、空中に展開された無数のホログラムパネルを見上げていた。
『――西園寺厳冬の変異体、討伐確認。個体データのフィードバックを完了しました』
使徒の背後から、機械的で感情のない声が響く。
闇の中から現れたのは、使徒と全く同じ顔、同じスーツを着た、別個体の『使徒』だった。彼らは群れであり、単一の意思を共有する高次元のユニークモンスター。
『天谷湊。……我々の予測値を、またしても大きく上回りました。あの出力、あの熱量。彼が放った一撃は、空間そのものを一時的に破断させました』
パネルを操作していた使徒が、薄気味悪い笑みを深める。
『素晴らしい「イレギュラー」です。これほどまでに理不尽な個体が存在するとは。……彼の肉体構造と、あの魔力の発生源。我々の『大いなる目的』において、彼は最高のピースとなるかもしれない』
『ええ。西園寺の老いぼれなど、比にもならない極上の苗床です』
彼らにとって、新宿の崩壊も、厳冬の死も、ただの些細なデータ収集に過ぎなかった。
『次なる舞台を用意しましょう。彼が、さらにその力を研ぎ澄ませるための、絶望と狂気の試練を。……新たなる世界の秩序のために』
闇の中で、幾重にも重なる使徒たちの笑い声が、冷たく響き渡った。
* * *
翌朝。
澄み切った青空が広がる東京。昨夜の新宿の惨劇が嘘のように、世界は日常の顔を取り戻していた。
むろん、ニュースでは西園寺本社ビルの倒壊と未確認モンスターの出現がデカデカと報じられているが、咲耶の裏工作と椿の内部制圧によって、情報は見事にコントロールされていた。
「おはよう、湊。……そして、ギルド『黎明』の皆さん」
朝のラウンジに、ヒールの音を響かせて西園寺椿が現れた。
彼女は、いつもの漆黒のタイトドレスの上に、西園寺家当主の証である豪奢な白銀のコートを羽織っていた。一晩にして反対派を力と知略でねじ伏せ、完全に西園寺のトップへと君臨した、圧倒的な覇者の顔だった。
「随分と早かったな、椿。手こずるかと思ったが」
俺がコーヒーを片手に声をかけると、椿は妖艶な笑みを浮かべて髪をかき上げた。
「私の実力を甘く見ないでちょうだい。叔父上の息がかかった保守派の連中は、全員まとめて東京湾の底に沈めてきたわ。……今日から、西園寺家は完全に私のもの。そして、西園寺の全資産と情報網は、ギルド『黎明』のバックアップとして機能するわ」
「ちょっと、大きな顔しないでよね」
ソファから咲耶が立ち上がり、不機嫌そうに椿を睨みつける。
「西園寺の資産なんて、皇家のそれに比べたら米粒みたいなものよ。湊のパトロンはわたし一人で十分。あなたはただの下働きとして、せいぜいこき使ってあげるわ」
「あら、随分と余裕がないのね、お姫様。皇家の力だけでは補いきれない裏社会の汚れ仕事は、西園寺の得意分野よ。それに……湊の『大人の身の回りのお世話』も、私のほうが得意かもしれないわよ?」
「~~~ッ! ! 今度こそ消し炭にしてやるわッ!!」
「やれるものなら、やってみなさいな」
朝からバチバチと極大魔法と暴風をぶつけ合おうとする魔女と美姫。
「やれやれ……。湊さん、胃薬淹れますか?」
結衣が苦笑しながら、俺の横でハーブティーの準備を始める。
「いや、大丈夫だ。これくらい騒がしいほうが、うちのギルドらしい」
俺はコーヒーを飲み干し、ラウンジの中央へと歩み出た。
パンッ! と一つ柏手を打つと、騒いでいたメンバー全員の視線が俺へと集まる。
「いいか、お前ら。西園寺のゴタゴタは片付いた。だが、昨日の夜に相対したあの『使徒』とかいう連中……奴らは間違いなく、俺たちを、いや、世界そのものを標的にして裏で動き続けている」
俺は拳を強く握りしめた。
「保留ポイントも底を尽きた。このまま奴らの次の手を待っているだけじゃ、後手になる」
「なら、どうする気?」
椿が真剣な眼差しで問いかけてくる。
「決まってる。高ランクダンジョンを荒らし回って、ポイントを根こそぎ稼ぐ。……使徒がどれだけ理不尽なバケモノをけしかけてこようが、それを正面から粉砕できるだけの『最強の器』と『新たな武具』を、俺がもう一度創り上げる」
俺の宣言に、ラウンジの空気がピリッと引き締まった。
橘が盾をドンッと床に叩きつけ、雪乃とチャオが武器の柄に手をかける。結衣が力強く頷き、ハクが牙を剥き出しにして笑う。
「ええ、どこまでも付き合うわ、わたしの湊」
咲耶が、俺の隣に寄り添って冷酷で美しい笑みを浮かべる。
「ええ、私もよ、マスター。西園寺の力、存分に利用しなさい」
椿もまた、反対側の隣に立ち、誇り高く言い放った。
見えざる深淵の『使徒』との死闘へ向けて。
最強のパトロンたちと、最高の仲間を率いた俺たちギルド【黎明】の、新たなる覇道が今、力強く幕を開けた。
本業が忙しくなってきた関係で執筆ペースが落ちておりすみません、、
未完で終わらせることは絶対にしませんので今後も気長にお待ちいただけると幸いです。




