飽くなき渇望
西園寺厳冬の変異体討伐から、三日が経過した。
その間、俺たちギルド『黎明』は、取り憑かれたように都内近郊の高ランクダンジョンを荒らし回っていた。
「――『神龍刃』ッ!」
チャオの青龍刀が一閃し、巨大なオークキングの首が宙を舞う。
同時に、雪乃の双剣が取り巻きのハイ・オークたちを美しい氷の彫像へと変え、ハクと橘が残存勢力を物理的に粉砕していく。
「片付いたわね。これで今日、三つ目よ」
青龍刀の血振りをし、チャオが息を吐く。
俺は燃え盛る右手の炎をスッと収め、視界の端に流れるシステムログを確認した。
【獲得経験値:45,000】
【保留ポイント:315,000 → 360,000】
「……チッ。少なすぎるな」
俺は舌打ちをし、ステータスウインドウを閉じた。
A級ダンジョンを三日で十箇所近く制覇したというのに、貯まったポイントはたったの36万。
上野でS級魔獣ベヒモスを一撃で倒した際の『120万』という破格の数値を知ってしまった今、この程度の稼ぎでは完全に物足りなくなっていた。
「焦る気持ちは分かるけれど、効率が悪すぎるわ、湊」
ダンジョンの入り口で周囲の警戒にあたっていた椿が、コツコツとヒールの音を響かせて歩み寄ってきた。
彼女は西園寺家の当主としての多忙な引き継ぎ業務の合間を縫って、こうして俺たちのダンジョン攻略に同行している。
「A級以下のダンジョンは、探索者協会によってマナの濃度が大きくなりすぎないよう定期的にダンジョン内のモンスターを間引いて調整・管理されているから、湧き出すモンスターの数にも限界があるのよ。……あの『紅蓮魔鎧』を再構築したいなら、このまま野良のダンジョンを巡っていても、ひと月はかかるわね」
「分かってる。だが、S級指定のダンジョンは国が厳重に封鎖していて、今の黎明の権限じゃすぐには申請が通らない」
「そう。表向きは、ね」
椿は妖艶な笑みを浮かべ、漆黒のタイトドレスの胸元から、一枚の鈍く光る『黒いカードキー』を取り出した。
「……なんだ、それは」
「旧御三家が、国や協会にも内緒で隠匿してきた『私有迷宮』の鍵よ」
その言葉に、雪乃やチャオの目の色が変わる。
「私有迷宮……? そんなもの、法律で固く禁じられているはずよ!」
雪乃が険しい顔で問い詰めると、椿はふふっと肩を震わせた。
「法なんて、力を持つ者が都合よく書き換えるためのルールに過ぎないわ。……西東京市の地下深く。そこに、我が西園寺家が数十年にわたってマナを溜め込み、意図的にS級へと変異させた未踏破の封鎖迷宮があるの」
「西東京市に……?」
俺は眉をひそめた。都心から少し離れた、閑静な住宅街が広がるあのエリアの地下に、S級ダンジョンが隠されているというのか。
「かつて叔父上(厳冬)は、そこを西園寺の隠密部隊の最終訓練場、あるいは強大な兵器の保管庫として利用しようとしていたわ。……ただ、中には、ベヒモス級のユニークモンスターがうじゃうじゃと野放しにされていて今では西園寺家で手に負えない代物になってる。ポイントを稼ぐには、これ以上の狩り場はないはずよ」
椿の提案は、俺が求めていたものそのものだった。
だが、その話を聞いていた咲耶が、不機嫌そうに腕を組んで二人の間に割って入る。
「ちょっと待ちなさい。そんな違法なダンジョンに湊を連れ込む気? もし協会にバレたら、黎明の活動に制限がかかるかもしれないのよ」
「あら、皇の当主様ともあろうお方が、協会の顔色を窺うの? それとも……湊が私と『西園寺の秘密の場所』に行くのが、妬ましいのかしら?」
「~~~ッ! 誰が妬ましいですって!?」
またしても始まりそうになった言い争いを、俺はパンッと柏手を打って制止した。
「咲耶、椿の提案に乗る。俺には、一刻も早く使徒をぶっ潰すための力が要る」
「……湊がそう言うなら、反対はしないわ。でも! わたしも絶対に行くからね!」
咲耶が俺の腕にギュッと抱き着き、椿を威嚇するように睨みつける。
俺は苦笑しながら、仲間たちを見回した。
「よし、決まりだ。一度拠点に戻って装備を整え、明日の朝一で西東京の地下迷宮へ向かう。……かつてない規模の狩りになるぞ。気を引き締めろ」
「「「了解!!」」」
* * *
翌朝。
西東京市、某所。
表向きは西園寺グループが所有する巨大な物流倉庫。だが、その最深部にある隠しエレベーターを下った先には、強固な魔導合金で封鎖された異様な空間が広がっていた。
「ここが、西園寺の秘匿迷宮……『暴食の樹海』の入り口よ」
椿が黒いカードキーを端末にかざすと、重々しい電子音と共に、数十トンはあるであろう巨大なゲートがゆっくりと開いていく。
隙間から漏れ出した空気に、俺は思わず息を呑んだ。
「……なんだ、このマナの濃度は。上野の変異ダンジョンなんか目じゃないぞ」
ゲートの先に広がっていたのは、見渡す限りの鬱蒼とした『黒い森』だった。
天を衝くほど巨大な樹木はすべて鋼鉄のように黒光りし、大地には赤黒い瘴気が濃密な霧となって立ち込めている。視界の奥からは、常に何十体もの巨大な獣の咆哮が地鳴りのように響いてきていた。
『おおっ! なんだここは! 美味そうな匂いがプンプンするぞ!』
ハクが獣耳をピンと立て、目を輝かせてよだれを拭う。
「油断しないでください。入り口付近からすでに、S級クラスの魔力反応が複数検知されています!」
結衣がタブレットを見つめ、青ざめた顔で警告を発した。
「歓迎されているみたいね。……行くわよ、湊」
椿が鉄扇を引き抜き、優雅に微笑む。
「ああ。ここにあるポイント、根こそぎ刈り取るぞ」
俺が右手に赤黒い炎を練り上げた、その瞬間だった。
ズシンッ! ズシンッ! ズシンッ!
大地を揺るがす足音と共に、黒い森の奥から『三体』の巨獣が姿を現した。
三つ首の魔狼、全身が燃え盛るゴーレム、そして、八本の鎌を持つ巨大な毒蜘蛛。
どれもが、外の世界に出れば単体で特級警戒のサイレンが鳴り響くようなS級クラスのユニークモンスター。
それが、ただの『門番』として立ち塞がっているのだ。
「いきなりお出ましとはな。……ちょうどいい、新しい器の準備運動に付き合ってもらうか」
俺の言葉を合図に、橘が巨大な盾を構えて前線へと飛び出し、雪乃とチャオが左右へと散開する。
西東京の地下深くに広がる未知の絶望。
だが、最強の仲間たちと並び立つ俺の胸にあるのは、恐怖ではなく、暴力的なまでの高揚感だった。
「蹂躙するぞ、お前ら!」
俺たちギルド『黎明』の、限界を突破するための終わらない狂宴が、今、幕を開けた。




