暴虐の焔
「結衣、現場のライブ映像をラウンジのメインモニターに回してくれ!」
「は、はいっ!」
結衣が震える指先で端末を操作すると、ラウンジの中央に巨大なホログラムウインドウが展開された。
画面に映し出されたのは、地獄絵図そのものだった。
中腹から無残にへし折れ、黒煙を上げる西園寺の本社ビル。その瓦礫の山を踏み荒らし、咆哮を上げているのは、全長二十メートルを超える異形の巨獣だった。
全身を硬質な漆黒の鱗で覆い、背中からは数対の不気味な肉触手が蠢いている。だが、その右腕の装甲だけは、西園寺厳冬が愛用していた独自の魔導武具と同じ、冷徹な白銀の輝きを放っていた。
「間違いないわ……。当主様のもの………本当にバケモノにされてしまったの……?」
椿が鉄扇を握りしめ、唇から血が滲むほどに強く噛み締めた。実の叔父であり、超えるべき壁だった男の成れの果て。その瞳には、深い絶望と、それを塗りつぶすような激しい怒りが混ざり合っていた。
「おい、お前ら。飯は一旦お預けだ。全員、戦闘準備をして3分で出るぞ」
俺がそう告げると、ラウンジの空気は一瞬で極限の戦闘体制へと切り替わった。
「待ちなさい、湊。かわいそうに、せっかくの食事が冷めてしまうわね」
ソファから立ち上がった咲耶が、いつもの冷酷な魔女の笑みを浮かべた。その周囲には、すでに漆黒の魔力が渦巻いている。
「わたしの湊の食事を邪魔する不届き者は、わたしが直々に消し炭にしてあげるわ。」
「……助かる。橘、チャオ、雪乃、結衣、ハク、行くぞ!」
『うむ! 我の極上ステーキの恨み、そのバケモノの肉体で精算させてやるわ!!』
ハクがまだ口の周りにソースをつけたまま、猛烈な殺気を放って拳を打ち鳴らした。
* * *
【新宿・西園寺ビル周辺】
夜の帳が下りた新宿の街は、赤黒い炎と絶叫に包まれていた。
自衛隊や探索者協会の防衛線はすでに完全に瓦礫と化しており、近づく者すべてを、怪物と化した厳冬の触手が容赦なく叩き潰している。
「グガァァァァァァァァァァッッ!!!」
理性を失った怪物の咆哮一波で、周囲のビルの窓ガラスが全損し、強烈な衝撃波が街路を駆け抜けた。
キキィィィッ!!!
激しいタイヤの摩擦音を響かせ、俺たちのSUVが破壊された大通りへと滑り込む。
ドアが開き、俺たちは一斉に戦場へと降り立った。
「橘、前衛を維持しろ! 結衣は橘のバックアップ! チャオ、雪乃、ハクは左右から揺さぶれ!」
「了解ですっ!!」
橘が巨大な紫色の盾を構え、地を蹴る。
ベヒモスをも超える巨獣と化した厳冬が、橘の存在を感知し、巨大な尾を激振させた。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
「ぐ、おおおおっ……!!」
橘の盾がその一撃を受け止めるが、その質量の凄まじさに、橘の足元のアスファルトが数十メートルにわたって陥没した。
『この、残飯風情がぁぁぁぁぁ!!』
人間の姿のままハクが超高速で急降下した。
その細い脚から放たれたのは、大気を爆発させるほどの純粋な物理の衝撃波。厳冬の漆黒の頭部へと真っ直ぐに叩き込まれる。
ズガァァァァァァンッ!!!
硬質な鱗が激しく飛び散り、怪物の巨体が大きくよろめいた。
すかさず、雪乃の『氷絶・華乱』がその足元を完全に凍りつかせ、チャオの『神龍刃』が背中の触手を数本まとめて両断する。
「当主様……いえ、西園寺厳冬! 私があなたを終わらせてあげるわ!」
椿が鉄扇をバサリと開き、高密度の暴風を周囲に展開した。
彼女が鉄扇を激しく振り抜くと、無数の風の刃が嵐となって厳冬の巨体を切り刻む。
「――『翠嵐・乱華』!!」
キィィィィンッ!!! と鋭い金属音が響き渡り、怪物の強固な装甲に無数の深い傷が刻まれていく。
黎明のメンバーと、椿の猛攻。本来ならS級モンスターであっても瞬殺できるだけの火力が集中していた。
だが、怪物の心臓に埋め込まれた『使徒の黒い結晶』が、禍々しい漆黒の光を放った。
「グオォォォォォォォォッ!!!」
傷口からドロドロとした黒いヘドロのようなマナが溢れ出し、一瞬にして肉体を再生させていく。それどころか、怪物の周囲の空間そのものが歪み始め、すべての物理・魔法攻撃の軌道がぐにゃりとねじ曲げられ始めた。
「フン、空間の歪みなんて、わたしの魔力で圧し潰せば関係ないわ」
俺の隣に立っていた咲耶が、冷酷に右手を天へと掲げた。
彼女の背後に展開されたのは、街一つを容易く包み込むほどの超巨大な赤黒い魔法陣。
「――『終焉の紅蓮』」
ドガァァァァァァァァァァンッ!!!!!
天から降り注いだのは、すべてを消滅させる暗黒の劫火。
空間の歪みごと、厳冬の巨体を真っ向から押し潰し、街区ごと大爆発が巻き起こった。凄まじい熱波が吹き荒れ、周囲の瓦礫がまたたく間にガラス状に融解していく。
だが、その炎のカーテンを切り裂き、黒い結晶の輝きを放ちながら、無傷の怪物が咆哮を上げて突進してきた。
「うそ、わたしの極大魔法を、無傷で耐え切るというの……!?」
咲耶の紫色の瞳に、戦慄が走る。
使徒の力によって変異した厳冬は、これまでのバケモノとは根本的に次元が違っていた。
「全員、下がってろ」
俺は一歩、前に出た。
右腕を静かに伸ばし、自身のウインドウを視覚化する。
【保留ポイント】1,200,000
上野のベヒモス戦で獲得した、莫大な経験値。
俺はこれを、自身の肉体ステータスではなく、仮想武具そのものへと一気に譲渡させた。
【システム通知】
譲渡ポイント:1,200,000。
仮想武具との相性値は『20』。
莫大なポイントが武具へと注ぎ込まれ、乗算されたステータス数値がシステム上に弾き出される。
「起動しろ――『紅蓮魔鎧:過積載』」
轟ッ!!!!!
限界突破の超強化。
天を衝くような赤黒い激炎が俺の全身を包み込んだ。
炎は瞬時に凝縮され、俺の身体に禍々しくも美しい、しかし今にも自壊しそうなほどに明滅する深紅の魔鎧となって定着する。
【仮想武具(紅蓮魔鎧)】
【筋力】25,650,000
【俊敏】25,680,000
【知力】25,550,000
【魔力】25,700,000
【相性値】20
跳ね上がった数値は、もはや世界そのものを破壊しかねない暴力の権化。
俺がただ一歩を踏み出しただけで、新宿の地面が半径百メートルにわたって陥没し、ドロドロの溶岩へと変わった。
『ギ、ガァァァァァァッッ!?』
突進してきていた厳冬の怪物が、その圧倒的な威圧感に、初めて動きを止めて後ずさった。
「終わりだ、西園寺厳冬」
ドンッ!!!!!
音速すら遥かに置き去りにした踏み込み。
世界が静止したかのような錯覚の中、俺は一瞬で怪物の懐へと潜り込んでいた。空間の歪み? そんなもの、俺の纏う鎧の質量と熱量そのものが力業でねじ切っていた。
俺は右拳を深く引き、2500万を超える【筋力】のすべてをその一撃に集中させた。
「消えろォォォッ!!!」
ズドガァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!
新宿の夜空が、一瞬で昼間のように赤黒く染まった。
拳が厳冬の胸元へと直撃した瞬間、空間そのものがガラスのようにパキンと音を立てて割れ、衝撃波が音を置き去りにして突き抜けた。
使徒の黒い結晶も、強固な鱗も、無限の再生能力も、その絶対的な暴力の前には何の役にも立たない。
内側から大爆発を起こした巨獣は、断末魔の悲鳴を上げる暇すら与えられず、細胞の一つ一つまでが完全に蒸発し、光の塵となって消滅した。
パリィィィィンッ……!
直後、俺の全身を覆っていた『紅蓮魔鎧』が、限界を迎えてガラス細工のように砕け散った。
後に残ったのは、綺麗に円形に削り取られた広大なクレーターと、静寂。
俺はふぅ、と息を吐き、熱を持った右腕を軽く振った。鎧は壊れたが、俺自身の魔力回路や肉体にダメージはない。
「……うそ。一撃、本当に一撃なの……?」
咲耶が、呆然とした様子でクレーターの底に立つ俺を見つめていた。その瞳には、恐怖ではなく、さらに深く激しい、狂おしいほどの愛着が燃え上がっていた。
「……これが、今の湊の力」
椿は鉄扇を静かに収め、消滅した叔父の残滓を見つめながら、そっと涙を拭った。そして、確固たる決意を胸に、俺の元へと歩み寄ってくる。
「ありがとう、湊。これで……西園寺家の因縁は終わったわ。明日から、私は西園寺家を掌握するための行動をする。……ギルド『黎明』の、最高の戦力となるためにもね」
「ああ、頼りにしてるぞ」
俺は拳を握り直し、夜空を見上げた。
仮想武具は失ったが、またポイントを貯めて構築すればいい。
西園寺の脅威は去った。だが、あの白スーツの『使徒』と名乗った男の存在が、世界の裏側で蠢く巨大な悪意を明確に示していた。
東京の夜風に吹かれながら、ギルド【黎明】の戦いは、ここから本当の幕を開けようとしていた。




