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国家の宝物庫と、規格外専用のアーティファクト



翌朝。


西東京市の古びたアパートの前に、黒塗りの超高級リムジンが静かに滑り込んできた。


近所の住人たちが何事かと遠巻きに覗き込む中、湊はいつも通り着古したジャージ姿で玄関のドアを開け、その異様な光景に顔を引きつらせた。


「……おはようございます、天谷さん。よく眠れましたか?」


後部座席の窓がスッと開き、サングラスをかけた雪乃が涼しい顔で声をかけてくる。


「おはようございます、雪乃さん……って、なんですかこの車。俺、こういうのに乗るの初めてなんですけど」


「Sランク探索者に支給される専用の送迎車です。装甲は防弾・防魔仕様で、ちょっとした魔獣の襲撃なら跳ね飛ばせます。さあ、乗ってください」


促されるまま、湊は恐る恐る革張りのふかふかしたシートに腰を下ろした。


車内には高級なアロマの香りが漂っており、昨日まで鶏胸肉の特売チラシを血眼になって探していた底辺の日常との落差に、湊はひどく落ち着かない気分になった。


「はい、朝食です。鶏胸肉と納豆は昨日で卒業だと言ったはずですよ」


雪乃がクーラーボックスから取り出して手渡してきたのは、淡い緑色をした見慣れないボトル飲料だった。


「なんですか、これ」


「深層で採取された薬草と、高純度のマナを含んだ果実をブレンドした特製スムージーです。これ一本で、あの茶色い食事十食分以上の完璧な栄養素と良質なタンパク質が摂取できます」


「じゅ、十食分……!?」


恐る恐る一口飲んでみると、青臭さは全くなく、爽やかな甘みが口いっぱいに広がった。しかも、胃の底からじんわりとマナが満ちていく感覚がある。


(すごい……。これがトップランカーの日常なのか。俺のミリ単位の計量生活は一体……)


湊がスムージーの美味しさに感動している間に、リムジンは西東京市を抜け、都心にあるダンジョン管理庁の『中央本部』へと到着した。


   * * *


日本のダンジョン行政の総本山である中央本部は、まるで巨大な要塞のような威容を誇っていた。


エントランスに足を踏み入れると、周囲を歩いていた上級探索者や管理庁のエリート職員たちが、雪乃の姿に気づいて次々と道を空け、深々と頭を下げる。


しかし、彼らの視線はすぐに、雪乃の隣を歩く「ジャージ姿の冴えない青年」へと向けられ、困惑の色に染まっていった。


「あの【銀閃】の柊様が、男を連れてるぞ……?」

「誰だあいつ。荷物持ちか何かか?」

「いや、でもあの柊様がわざわざ隣を歩かせるなんて……」


ヒソヒソと交わされる囁き声に、湊は居心地が悪そうに肩をすくめた。


「なんか、すごい見られてますね」


「気にする必要はありません。彼らの常識では、あなたの真の価値を測ることなど不可能ですから。さあ、地下の宝物庫へ向かいますよ」


雪乃は周囲の視線を完全に無視し、専用のVIPエレベーターで地下最下層へと湊を案内した。


何重もの厳重な生体認証と魔法ロックを解除し、分厚い金属の扉が開かれる。


そこは、国が過去数十年にわたってダンジョンから回収・管理してきた、最高峰の武具や魔道具アーティファクトが眠る『国家宝物庫』だった。


ショーケースの中に並ぶ品々は、どれもこれも放っているマナの波長が尋常ではない。


「ここはSランク探索者か、特別な許可を得た国家の重鎮しか立ち入ることが許されない場所です。天谷さんは昨日、正式にSランクに認定されたので、ここから好きな装備を無償で引き出す権利があります」


雪乃は歩きながら、ズラリと並ぶ防具の棚を品定めし始めた。


「あなたの最大の武器は、状況に応じてステータスを数万単位で変動させられる『最適解』のビルドです。ですが、筋力や俊敏を急激に引き上げれば、肉体の筋肉量は爆発的に膨張し、大気を蹴る摩擦熱も跳ね上がります。市販の防具では、一瞬で引き裂かれて全裸になってしまうでしょう」


「それは……絶対に避けたいですね」


想像して冷や汗をかく湊に、雪乃は一つの黒いハンガーラックを指し示した。


「そこで、これです。『幻影の黒布ファントム・クロス』と呼ばれる、特殊なスライムの核と深層の蜘蛛の糸を編み込んで作られた戦闘服です」


雪乃が手に取ったのは、漆黒のインナースーツと、機能的な装飾が施されたスタイリッシュな黒のロングコートだった。


「これは防御力こそAランク相当ですが、最大の特性は『着用者の肉体変化とマナの波長に完全に同調し、無限に伸縮する』という点にあります。あなたがどれだけ筋力を上げて巨大化しようと、絶対に破れることはありません」


「おおっ! それはめちゃくちゃ助かります!」


湊はさっそく試着室へ入り、その黒い戦闘服に袖を通した。


驚くほど軽く、肌に吸い付くようにフィットする。着古したジャージとは比べ物にならない動きやすさだった。試しに思考だけで筋力を6,000から20,000へと引き上げてみると、盛り上がった筋肉に合わせて服の繊維が滑らかに伸び、窮屈さを全く感じさせなかった。


「すごいですね、これ。本当に全然破れる気がしません」


試着室から出てきた湊を見て、雪乃の青い瞳がわずかに見開かれた。


漆黒のロングコートを身に纏い、引き締まった体躯を見せる湊の姿は、昨日までの「底辺の荷物持ち」の面影を完全に消し去り、本物のSランク探索者としての静かな威圧感を放っていたからだ。


「……ええ。よく似合っていますよ。サイズも問題ないようですね」


雪乃は小さく咳払いをして、すぐに元のクールな表情に戻った。


「防具はこれで解決です。次は『武器』ですね。先日の戦いを見る限り、あなたは徒手空拳のインファイト(接近戦)を得意としているようですが」


「得意というか、素人なんで武器の使い方がよく分からないんです。それと……昨日、Aランクの特注の魔剣を軽く握っただけで、ビスケットみたいに砕いちゃったんですよ。俺の極振りの筋力に耐えられる武器なんて、あるんですかね?」


湊の悩みに、雪乃はふっと口角を上げた。


「ええ。その点に関しては、あなたに『うってつけ』の不良在庫ゴミが一つ眠っています。こちらへ」


雪乃が案内したのは、宝物庫の最奥。他の美しい武具とは隔離されるように、厳重なガラスケースの中にポツンと安置されている「黒い鉄の塊」だった。


それは、肘から指先までを覆うような、無骨で巨大な一対の『籠手ガントレット』だった。


装飾は一切なく、ただひたすらに鈍い光を放つ漆黒の金属。見ているだけで周囲の空間が歪むような、異常な質量を感じさせる。


「これは『崩星ほうせいの籠手』。数十年前、未踏破領域で発見された、未知の超高密度鉱石で作られたアーティファクトです。どんな魔法も物理的衝撃も吸収して無効化する、絶対破壊不可能な硬度を誇ります」


「絶対破壊不可能……! それなら、俺がいくら筋力を上げても壊れませんね! なんでこんなすごい武器が、不良在庫扱いなんですか?」


「理由は単純です。――『重すぎる』からです」


雪乃は呆れたようにため息をついた。


「この籠手、片腕だけでなんと『数トン』もの重量があります。ただ持ち上げて構えるだけで、ステータスの【筋力】が最低でも『20,000』は必要になると算出されています」


「筋力二万……」


「そうです。ステータス自体は上位の探査作者であれば条件を満たしますが、上位の実力者になるほどインファイトは好みません。リーチのない武器は多様なモンスター相手に不利ですからね。また常にその重さの装備を持ち歩くのも現実的ではない。だからこそ、誰も装備しない『最強のガラクタ』として、ずっとここに埃を被っていたんです」


雪乃は湊を見上げ、挑戦的な笑みを浮かべた。


「ですが、自由にステータスを操れるあなたなら……これを『羽根のように』扱えるのではないですか?」


「……なるほど。俺の極振り専用の武器ってわけですね」


湊はニヤリと笑い、ガラスケースのロックを解除して『崩星の籠手』の前に立った。


まずは今の【汎用バランス型】のまま、筋力6,000で持ち上げようとしてみる。


「……ぐっ! 重っ……! まるで小型トラックを持ち上げてるみたいだ」


ギリギリと歯を食いしばりながら、なんとか両腕に装着することには成功したが、腕が下に引っ張られてまともに構えることすらできない。


「ステータス、再構築」


湊はウインドウを展開し、保留ポイントから筋力へ大量のポイントを注ぎ込んだ。


【筋力】6,000 → 30,000 (+24,000)

【保留ポイント】213,035 → 189,035


「……ふぅっ」

筋力が三万を突破した瞬間。


先ほどまで両腕をへし折りそうだった数十トンの鈍痛が嘘のように消え去った。


湊は籠手を装着したまま、シャドーボクシングのように軽くジャブを放つ。


ブンッ! ブンッ!!


空気を切り裂くという次元ではない。籠手が動いた軌跡上の空気が「圧縮されて爆発」し、宝物庫の中に竜巻のような突風が巻き起こった。


「おおっ! すげぇ! 筋力三万の出力で振り回しても、一切軋まない! 完全に俺の力に耐えきってますよ!」


湊が歓喜の声を上げると、雪乃は飛んできた突風を前髪と共に手で押さえながら、満足そうに頷いた。


「どうやら、ようやく持ち主を見つけたようですね。その防具と籠手があれば、あなたの規格外のステータスを100%引き出しても問題ありません」


湊は軽く拳を打ち合わせた。


ガギィンッ! という硬質な金属音が鳴り響き、凄まじい衝撃波が広がる。


どんな強敵の装甲も粉砕し、どんな強烈な一撃も受け止める、絶対に壊れない『最適解』の武器である。


「最高ですね。雪乃さん、案内してくれてありがとうございます」


湊は純粋な感謝を込めて、雪乃に向かって微笑んだ。


雪乃は少しだけ目を伏せ、長い銀髪をかき上げる。


「……礼には及びません。あなたの生存確率を上げることが、私の深層踏破という目的を達成するための最短ルートですから」


相変わらずのクールな言い回しだったが、その声のトーンはどこか柔らかかった。


装備を整え、ステータスを戦闘用に最適化した湊は、漆黒のコートを翻して宝物庫の出口へと向かう。


「さて、準備は万端ですね。……行きますか、未踏破領域へ」


「ええ。私たちの当面の目標は、『黒淵の顎』第十八階層です。誰も見たことのない奈落の底を、私たち二人で暴きに行きましょう」


ステータスを自在に操る規格外の青年と、冷徹なるSランクの天才魔法剣士。


国宝級の装備を手に入れ、真の力を解放した最強のパーティーが今、人類未踏の深淵へと足を踏み入れる。


【ステータス】

【名前】天谷 湊

【年齢】20

【HP】6,000 / 6,000

【MP】6,000 / 6,000

【筋力】30,000

【俊敏】6,000

【体力】6,000

【知力】6,000

【魔力】6,000

【保留ポイント】189,035

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