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艶やかなる修復




「……美味い! 美味すぎるぞ、あるじどの!!」


 富士の樹海、最深部。


 完全に餌付けされ、皿を舐め回す勢いで『極上猪肉とさつまいもの甘辛炒め』を平らげた白虎は、満足げに腹を上にしてゴロゴロと喉を鳴らしていた。


『決めたぞ、主どの! 我は今日からお前についていく! お前の行くところ、この白虎がどこへでもお供しようではないか!』


「……は?」


 予想外すぎる宣言に、俺は思わずフライパンを落としそうになった。


「いや、ついていくって……お前、全長8メートルもある超特級モンスターだぞ? 東京のギルド拠点になんて入るわけがないし、歩いてるだけで自衛隊が総出動する騒ぎになる」


『む、確かに。この巨体では、主のその極上の飯を食うにも不便だな……』


 白虎は顎に前脚を当てて、いっちょ前に思案するような素振りを見せた。そして、ハッと何かを閃いたように顔を上げる。


『ならば、主どの! せめて我に「名前」を与えてくれ!』


「名前?」


『そうだ!主殿がまたここへ来た時に名を呼んでくれればすぐに気がつけるだろう?さあ!主どののセンスで、我に相応しい素晴らしい名を!』


 目をキラキラ(第三の目も含めて三つとも)させて迫ってくる巨大な虎。


 断れる雰囲気ではない。俺はしばらく考え、一番単純な名を口にした。


「……白虎だから、『ハク』。これでどうだ?」


『ハク……! おお、ハク! 素晴らしい響きだ! む…………?なんだか我の魂の奥底に、主どのの魔力が刻み込まれていくのを感じるぞ……!?』


 その瞬間、白虎の巨体が眩いほどの純白の光に包み込まれた。


 光の奔流が渦を巻き、8メートルあった巨体がみるみるうちに収縮していく。やがて光が弾け飛ぶと、そこには――。


「……?」


「なっ……!?」


 水晶の床に立っていたのは、白虎の面影を残す白銀の長髪をなびかせた、絶世の美女だった。


 透き通るような白い肌。豊満な胸元とすらりとした長い脚を惜しげもなく晒し、頭にはピンと立った二つの獣耳が生え、腰からは長い尻尾がパタパタと揺れている。


「ど、どどど、どういうことですか!? なんであんなバケモノが、こんなナイスバディのお姉さんに!?」


 結衣が顔を真っ赤にしてパニックを起こす。


「チッ、ただでさえお姫様や雪乃がいるっていうのに、また面倒なメスが増えた……」


 チャオが青龍刀を片手で回しながら、忌々しげに舌打ちをした。


「ふふん! なんだかわからないが………、これなら、主どのの寝所にも難なく入り込めるというもの。さあ、帰って次の飯を作るのだ!」


 人型になっても尊大な態度は変わらないハクが、俺の腕に豊満な胸を押し当ててすり寄ってくる。


 俺は大きなため息を吐きながら、ギルド『黎明』の未来がますますカオスな方向へ進んでいることを確信せざるを得なかった。


   * * *


 その日の夜。東京、ギルド『黎明』拠点。


 地下の専用ポートにSUVを停め、俺たちが車から降りた瞬間だった。


「湊ぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」


 弾かれたように飛び込んできた黒い旋風――皇咲耶が、俺の胸へと凄まじい勢いで飛び込み、首に両腕を回して力いっぱい抱き着いてきた。


「おかえりなさい! おかえり、湊っ……! どこも怪我してない!? 痛いところはない!?」


「わっ、と……ただいま、咲耶。怪我はない。みんな無事だ」


 俺が彼女の背中をポンポンと叩いてやると、咲耶は俺の胸に顔を埋め、安堵の涙をポロポロとこぼした。


「遅い……遅いよぉ……。連絡も繋がらないし、近衛のジジイがまた何か仕掛けたんじゃないかって、気が気じゃなかったんだから……っ」


「わりぃ、富士の樹海は磁気異常で通信が死んでたんだ。お前のおかげで、東京の拠点は無事だったみたいだな。助かったよ」


 俺の言葉に、咲耶は涙目で嬉しそうに微笑んだ。


 ――だが、その視線が、俺の背後に回った瞬間。


 ピタリ、と。

 咲耶の身体が硬直した。


「む? なんだこの小娘は。主どのの妻か何かか?」


 俺の背後で、人間の姿になったハクが、不思議そうに獣耳をピクピクと動かして首を傾げている。


「…………湊」

 空気が、凍りついた。


 咲耶の紫色の瞳から、スゥッとハイライトが消え失せた。先ほどまでの愛らしい少女の顔は完全に鳴りを潜め、周囲の気温が物理的に数度低下する。


「……その、雌は誰? わたしを置いていったあと、どこで拾ってきたの?」


「ま、待て咲耶! 誤解だ! こいつは白虎で――!」


「ふぅん……白虎。モンスターが人型にね……。でも、関係ないわ」


 咲耶の背後に、天を衝くような巨大な魔法陣が三つ、音もなく展開された。


「湊にすり寄るメスは、神だろうがモンスターだろうが、ミンチにして豚の餌にしてあげる。……死ね」


「ぎゃあっ!? 主どの、この雌、本気で殺気を放っておるぞ!!」


 慌ててハクを庇い、橘と結衣が必死に弁明に入り、雪乃が冷や汗を流しながら咲耶を宥めるまでに、たっぷり一時間の時間を要することとなった。


   * * *


 数時間後。地下の特別訓練室。


 すったもんだの末、なんとか咲耶の殺意(物理)を収めさせた俺は、上半身裸になり、部屋の中央に描かれた練成陣の上に座っていた。


 チャオが中国ルートで手配した『月光花の雫』と、ハクから譲り受けた『白虎の魔核』。それを混ぜ合わせて精製された黄金色の霊薬が、小さな杯の中でトクトクと脈打っている。


「いい、湊? 魔核のエネルギーは強大すぎるわ。一気に体内に取り込めば何が起こるかわからない」


 チャオが、真剣な眼差しで俺を見下ろした。


 彼女もまた、魔力制御の邪魔にならないよう、身体のラインがくっきりと出る薄着のキャミソールとショートパンツという、ひどく扇情的な格好になっていた。


「私が背中から直接、あんたの回路に氣を流し込んで、循環のリズムをコントロールする。……絶対に、私の氣に逆らわないでね」


「ああ、頼む」


 俺が霊薬を一気に飲み干した瞬間。


 腹の底から、超高温のマグマを飲んだかのような爆発的な熱量が、全身の血管と魔力回路を駆け巡った。


「が、ぁあああああっ……!!」

「力、抜いて……!」


 背後から、チャオの柔らかく熱い身体が、俺の広い背中へとぴったりと密着した。


 豊かな胸の感触が押し付けられ、彼女の滑らかな両腕が俺の胸元から腹筋へと這い、強く抱きしめられる。


 背中合わせの肌と肌を通じて、チャオの洗練された『氣』が、俺の暴走する魔力回路へと直接流れ込んできた。


「ハァ……ッ、いい子ね、湊。私のリズムに合わせて……深く、息を吸って……」


 耳元で囁かれる、甘く艶っぽい声。熱い吐息が首筋に直接かかり、ゾクッとした快感が背筋を突き抜ける。


 体内を荒れ狂う白虎のエネルギーによる激痛と、背中から注ぎ込まれるチャオの氣の極上の心地よさが混ざり合い、脳の髄が蕩けそうなほどの官能的な錯覚に陥る。


「くっ……チャオ、これ……」

「我慢して……。もっと深く、私を受け入れて……っ」


 チャオの吐息も荒くなっていた。強大なマナの奔流を二人の身体で共有する疑似的な交合のような感覚に、彼女の白い肌も汗ばみ、色っぽく紅潮している。


 彼女の氣が、俺の傷ついた回路の隙間を埋め、月光花の力と共に『より太く、強靭な器』へと強制的に書き換えていく。


「ああっ……! 湊、イクわよ……ッ!」


 チャオの甲高い声と共に、体内で暴れ狂っていた熱量が、嘘のようにスゥッと静まり返り、身体の奥底へと力強く定着した。


「……ふぅっ」

 俺が目を開けると、右腕のショートの痛みは完全に消え去り、これまでとは比較にならないほど澄み切った強大なマナが全身を巡っていた。


「はぁ、はぁ……」


 背中に張り付いたままのチャオが、汗だくで俺の肩に顎を乗せ、艶然と微笑んだ。


「ふふっ……お疲れ様。最高の器になったじゃない、湊……」


   * * *


 翌朝。

 完全に修復され、拡張された魔力回路の調子を確かめるため、俺は自室でウインドウを開いていた。


【名前】天谷 湊

【HP】300,000 / 300,000

【MP】500,000 / 500,000

【筋力】350,000

【俊敏】380,000

【知力】250,000

【魔力】400,000 (魔法:火属性Lv.3)

【保留ポイント】65,000

【特殊加護】炎神の加護 /闘神の加護


 完璧だ。すっかり身体の調子も良くなった気がする。


 そう確信してウインドウを閉じようとした時。


 ガチャリ、と。


 鍵をかけていたはずの自室の扉が開き、皇咲耶が入ってきた。


 彼女は、淡いピンク色の可憐なワンピースに身を包んでいたが、その瞳の奥には、底知れぬ昏い炎が揺らめいていた。


「湊……おはよう。昨日は、チャオと随分『気持ちよさそう』だったわね……?」


 咲耶の口元には甘い笑みが浮かんでいるが、その声のトーンは絶対零度よりも冷たい。


「さ、咲耶。誤解だ、あれは純粋な魔力治療で……」


「わかってる。わかってるけど……」


 咲耶は音もなく俺にすり寄り、俺の腕をきつく、絶対に逃がさないように抱きしめた。


 彼女の指が、俺の腕に食い込む。


「わたし以外の女に、湊の『中』を触らせるなんて。……本当は、心臓が焼け焦げそうなくらい嫉妬で狂いそうだったのよ」


「咲耶……」

「今日はデートの約束、忘れてないわよね?」


 咲耶は俺を見上げ、甘さと狂気が入り混じった、ゾッとするほど美しい微笑みを浮かべた。


「今日の湊の視界には、わたしだけ。……もし、一瞬でも他の女を見たら。その目玉、綺麗にくり抜いてホルマリン漬けにして、ずっとわたしが見つめてあげるからね?」


 冗談には聞こえない、ぞくりと背筋が凍るような愛の囁き。


「……さあ、行きましょう? わたしの、愛しい湊」

 完璧な魔力回路を手に入れた直後。


 俺は、ある意味でダンジョンの深層よりも恐ろしい、日本の絶対権力者との『命懸けのデート』へと連れ出されるのだった。


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