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暗躍する者




 京都・嵐山。外界の喧騒から完全に隔絶された広大な和風邸宅。


 その最奥に位置する、美しく整えられた枯山水の庭園を望む座敷にて、日本の裏社会を統べる『旧御三家』の定例会合は、息が詰まるほどの重苦しい静寂の中で行われていた。


 上座に腰を下ろしているのは、豪奢な黒い和装に身を包んだ皇咲耶。


 その表情に、天谷湊に見せていたような、幼い少女の面影は微塵もない。そこにあるのは、冷酷に他者を虫けらのように見下す『支配者』の顔だ。彼女は退屈そうに細い煙管をふかし、紫色の煙を宙に吐き出している。


 対面の席には、和装に身を包んだ近衛家の当主・近衛宗厳が、薄気味悪い笑みを浮かべて座っていた。その隣には、氷のように冷たく鋭い眼差しを持つ壮年の男――西園寺家の当主である西園寺厳冬げんとうが、背筋を伸ばして静座している。


「……で? くだらない世間話と、利権の分配の話はこれで終わりかしら」


 咲耶が煙管を灰皿にカン、と叩きつけ、冷たく言い放つ。


「だったら帰るわ。東京で待たせている大切な子がいるの」


 立ち上がろうとした咲耶に対し、西園寺厳冬が低く、地を這うような声で口を開いた。


「お待ち頂こう、皇の当主殿。……一つ、伺いたいことがある」


「何よ、西園寺」


「先日、七星に名を連ねたばかりで早速と九州で大暴れしたと噂に聞く探索者……天谷湊、彼が立ち上げた新興ギルド『黎明』に対し、皇家が莫大な資金と拠点を提供し、後盾になっているとある筋のものから聞いたが……これは、いかなる意図があってのことか」


 厳冬の言葉に、座敷の空気が一段と冷え込んだ。


 旧御三家同士、お互いの力関係を維持する意味において、一つの家が規格外の戦力を独占することは、致命的な不均衡を生む。ましてや、七星が半壊し、国内が混乱の極みにある今の日本において、天谷湊という存在はあまりにも大きすぎた。


「意図? そんなもの、決まっているでしょう」


 咲耶は嘲笑うように唇を歪め、扇子で口元を隠した。


「湊はわたしのもの。わたしの愛する旦那様になる男。……それ以外の理由が、何か必要かしら?」


「正気か?探索者などと荒くれ者のどこの血筋かも知れぬ若造に、皇家の全権を渡すといっているようなもの……、御三家の掟をなんと心得る」


厳冬が眉間を険しくし、殺気すら帯びた魔力を滲ませる。だが、咲耶は鼻で笑い飛ばした。


「掟? 馬鹿馬鹿しい。誰に指図をしているかわかっているの?……それとも、あなたたちも湊の『力』が欲しかったかしら? でも残念ね、あの人はもうぜーんぶわたしのものなの。手出しをしたら、誰だろうと知の果てまで追ってでも息の根を止めにいくわ」


 傲然と言い放つ咲耶。


 その時、沈黙を守っていた近衛宗厳が、白髪交じりの顎髭を撫でながら、ひときわ深く、粘着質な笑みを浮かべた。


「おやおや、随分とご執心でおいでだ。新しい『玩具』を見つけられたご様子で、結構なことですな」


「……何が言いたい、近衛のジジイ」


 咲耶の紫色の瞳が、極限まで細められる。


 室内の気温が一瞬にして急降下し、庭園の鹿威し(ししおどし)がコーン、と虚ろな音を立てた。


「いえいえ。ただ、玩具というものは……どれほど高価で頑丈に見えようとも、持ち主が『目を離した隙』に、呆気なく壊れてしまうものだと思いましてな。……特に、本日のような小春日和の午後などは」


 近衛の濁った瞳の奥に、底知れぬ昏い光が宿っていた。


その瞬間。


 ピキリ、と。


――湊の心臓に刻み込んだ『契約の紋章』が、自身の心音を伝って警鐘を鳴らすように、焼けるような痛みを伴って脈打った。


「…………ッ!!」


 咲耶の表情から、一切の余裕が消え失せた。


「ジジイ……。もし、湊にちょっかいだすなら相応の覚悟を持ってのことでしょうね…」


咲耶の体から殺気混じりのとてつもない魔力が吹き出し周囲の空気が張り詰める。


「はて。老いぼれの戯言ですよ。何の話でしょうな?」


 茶を啜り、とぼける近衛。


 その首を刎ね飛ばしてやろうとも考えたが、咲耶は急いで空間を乱暴に引き裂いた。


「湊ッッ!!!」


魔女の姿が座敷から掻き消える。


残された近衛宗厳は、庭園の白い砂利を見つめながら、歪な笑い声を漏らした。


「……手遅れですぞ。いかに皇の魔女とて、万能ではない。今頃は、あの不愉快な若造も冷たくなっていよう……」


何かを企みながら微笑む近衛に何を言うでもなくそっとその場を後にする西園寺厳冬


湊の周囲で悪意の歯車が回り始めていた。

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