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託される未来



探索者協会でのギルド設立申請は、拍子抜けするほどあっさりと受理された。


Sランクのライセンスと、皇の財力が裏から手を回した書類の数々。また国の上層部も、今の日本において天谷湊という存在を無下にはできないという判断なのだろう。


手続きを終えた俺たちは、そのままギルドの「活動拠点」へと足を運んだ。


「……嘘でしょ。ここが、私たちの新しい拠点……?」


東京都心の超一等地。


見上げるほど高くそびえ立つ、地上十階・地下三階建ての最新鋭のビル。


入り口の自動ドアを抜け、最上階のラウンジへと足を踏み入れた雪乃が、信じられないというように息を呑んだ。


一面のガラス張りから東京の街並みを一望できる広大なフロアには、最高級の調度品が揃えられ、地下にはあらゆる属性魔法の負荷に耐えうる防魔訓練施設が完備されている。


「えへへ、湊ぉ、お仕事ご苦労様っ」


ふいに、ラウンジの奥にある革張りの巨大なソファから、黒いドレス姿の女が小走りで駆け寄ってきた。


皇咲耶だ。


彼女は俺が止める間もなく正面から飛びついてくると、俺の首に腕を絡ませ、そのまま俺をソファへと押し倒すようにして、俺の膝の上へと陣取った。


「急にとびつくなよ!重いってば」

「重いって何よ!レディに向かって! わたし、ずっとここで湊が帰ってくるの待ってたんだからね? いっぱい撫でて褒めて甘やかしてくれないとヤダ!」


俺の胸にぐりぐりと頭を擦り付け、完全に幼児退行して甘え散らかす咲耶。


その様子に、雪乃やチャオたちは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえていた。


その時だった。


「……失礼する。新ギルドの設立祝いと聞いて駆けつけたんだが……お邪魔だったかな?」


専用エレベーターの扉が開き、ラウンジに現れたのは、見知った三人の顔だった。


九州の激戦で共に死線を潜り抜けた七星の――神代迅、東猛、そして西園寺椿の三人だ。


「神代さん! 東さんに、椿さんも!」


俺が驚いて声を上げると、三人はそれぞれに祝いの品らしき紙袋を下げて微笑んだ。


だが、その直後。

「……っ!?」


西園寺椿の顔から、一瞬にしてスッと血の気が引いた。


彼女の視線は、俺の膝の上にちょこんと座り、俺のシャツのボタンをいじって遊んでいる紫髪の魔女――皇咲耶に釘付けになっていた。


「す、皇の……当主様……!? なぜ、あなたがこのような場所に……っ」


椿が震える声で呟き、無意識のうちに後ずさる。東と神代も、椿の異常な反応と、咲耶から漏れ出る底知れぬ魔力の重圧に、顔色を険しくした。


だが、咲耶は椿の存在に気づくと、先ほどまでの甘ったるい表情を一変させ、絶対零度の冷徹な眼差しを向けた。


「……五月蝿いわね。わざわざ私の愛の巣に足を踏み入れるなんて。西園寺の出来損ないは、空気も読めないのかしら? さっさと祝いの品だけ置いて消えなさい、目障りよ」


路傍のゴミを見るような、徹底的に見下した声。


その言葉に椿が屈辱で顔を歪め、東が怒りで拳を握りしめた、その瞬間だった。


――ゴンッ!!


「いったぁぁぁいっ!?」


俺は容赦なく、膝の上に座る咲耶の頭頂部にゲンコツを振り下ろした。


「こら。俺の客に向かって何て口の利き方だ。この前俺の仲間を大切にするって約束したばかりだろ」


「うぅぅ……っ、だ、だってぇ、せっかく湊と二人きりになれると思ったのにぃ……」


咲耶は涙目で頭を押さえ、不満げに口を尖らせてジタバタと暴れ始めた。


「文句を言わない。椿さんたちにちゃんと挨拶しろ」


「……うぅ……いらっしゃいませ(小声)」


「よし」


俺の膝の上で小さく丸まり、不貞腐れながらも素直に言うことを聞く日本の絶対的な権力者の1人。


そのあまりにもシュールで、常軌を逸した光景に、椿はぽかんと口を開け、神代と東は目を点にして完全に硬直していた。


「あ、あ、あの……天谷殿? その女性は、一体……」


「ああ、パトロン兼、うちのギルドのお手伝いさんです。気にしないでください」


「お手伝い……」


椿が眩暈を起こしたように額を押さえる中、俺は咲耶を膝から下ろし、三人にソファを勧めた。


   * * *


和やかなお祝いの空気が一段落した頃。


神代が、ふと真剣な面持ちになり、自身の右腕をそっと撫でた。


「……湊くん。今日ここに来たのは、お祝いだけじゃないんだ。君に、伝えておかなければならないことがあってね」


「なんでしょう?」


神代は静かに首を振り、苦しそうな笑みを浮かべた。


「僕は、七星を引退する。……いや、現役の探索者そのものを引退することになる」


「なっ……!?」


俺だけでなく、雪乃たちも驚きに息を呑んだ。

神代は日本のトップ探索者の1人であり、実績知名度ともに兼ね備えた人類の希望だ。その彼が引退など、今のパニック状態の日本にとって致命傷になりかねない。


「九州で悪魔から受けた傷が体を蝕んでしまってね。日常生活には支障はないが、もう二度と、前線で剣を振るうための力を練ることはできなくなってしまった」


「そんな……」

結衣が悲痛な声を漏らす。


神代は立ち上がり、ゆっくりと俺の前まで歩み寄ると、その両手を俺の肩に置いた。


「獅子神が死に、僕も前線を退く。……日本は今、かつてない危機に瀕している。だが、君なら……君たちが立ち上げたこの新しいギルドなら、必ず人類の希望になれると確信している」


神代の瞳には、一切の淀みも、嫉妬もなかった。


あるのは、次代を担う若き英雄への、絶対的な信頼を託す思いだけだった。


「これからの日本を、頼む。……天谷湊」

「……はい。必ず、俺たちが守り抜いてみせます」


俺が力強く頷くと、神代は安堵したように微笑み、東や椿と共に、静かにラウンジを後にした。


   * * *


三人が帰った後、俺たちはラウンジの円卓を囲み、これからの活動についてのミーティングを始めた。


「まずは、ギルド名の発表だ」


俺が切り出すと、雪乃、結衣、橘、チャオ、そして何故か俺の隣の椅子にぴったりとくっついて座る咲耶が、真剣な顔で俺を見た。


「俺たちのギルド名は――『黎明れいめい』だ。七星が半壊し、絶望に沈む今の日本に、もう一度夜明けを告げる。……そういう意味を込めた」


「『黎明』……いい名前ですね」


橘が目を輝かせ、結衣も嬉しそうに頷いた。


「さて、次は当面の活動方針と、フォーメーションの打ち合わせよ」


雪乃がホログラムのモニターを円卓に投影する。


「私たちのメンバーは現在6人。前衛でヘイトを集め防御担当のタンクが橘くん。後衛で回復をと湊専門のバフを担うのが結衣、同じく後衛から魔法でサポートやモンスターの殲滅を行う皇はん、そしてアタッカーが私、チャオ、湊の三人ね。まずは連携を深めるために、ダンジョンの深層でレベリングとフォーメーションの確認を行いたいと思うのだけれど――」


「ねえねえ、湊!」


雪乃の真面目な説明を遮り、咲耶が俺の腕にギュッと抱き着いてきた。


「そんな面倒なフォーメーションなんていらないわ! 湊はわたしの隣で好きに動いてればいいの! 寄ってくる敵は、わたしが指先一つで全部殲滅してあげるから! だから、他の足手まといたちはビルでお留守番してれば――」


――ゴンッ!!


「いたぁぁぁいっ!!」

俺は今日二度目のゲンコツを、魔女の頭に容赦なく叩き込んだ。


「こら。チームワークって言葉を知らないのか。あんたはギルドのパトロンだ、勝手に現場の戦闘に口を出すな。それに、仲間を足手纏いって呼ぶのは禁止」


「うぅぅ……だってぇ! わたし、湊にいいところ見せたいんだもん! 湊の役に立ちたいんだもん……っ!」


涙目で頭をさすりながら、本気で悔しそうにゴネる咲耶。


その姿に、さっきまで彼女の発言に殺気を放ちかけていたチャオや雪乃も、「……なんか、もう怒る気も失せるわね」と深い溜息を吐いていた。


「あんたは十分役に立ってる。だから、余計なワガママを言うな。……分かったか?」


俺が諭すように頭を撫でてやると、咲耶は頬を真っ赤に染め、「……うんっ」と嬉しそうにコクリと頷いた。


最強のメンバーと、最高(で最凶)の拠点。

そして、託された人類の未来。


いまだかつてない規格外のギルド『黎明』は、こうしてパニックに陥る日本へ向けて、静かに、そして確かな反撃の狼煙を上げるのであった。


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