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偽りの英雄と、最適解の断罪



「み、湊……!? お、お前……なんで生きて……!?」


西東京支部ビルに併設された上位ランカー専用の高級ラウンジ。


砕け散った重厚な防音扉の残骸を踏み越えて現れた湊の姿に、Aランクパーティ『紅蓮の牙』のリーダー・恭平の声が情けなく裏返った。


先ほどまで最高級のシャンパンを煽りながら高笑いしていた高慢な態度は見る影もない。その顔には、絶対に現れるはずのない幽霊でも見たかのような純粋な恐怖が張り付いている。他のメンバーたちも同様に、信じられないものを見る目で湊を凝視していた。


「なんで生きてるか、だと?」


湊は一歩、また一歩と、恭平たちに向かってゆっくりと歩を進める。


大理石の床を踏みしめるたびに、静かな足音が異様に大きくラウンジ内に響き渡った。


「お前らが蹴り落としてくれた未踏破領域のクレバスの底は、確かに地獄だったよ。……でもな、おかげで俺は自分のスキルの本当の能力を見つけることができたんだ」


湊は足を止め、獲物をいたぶるような獰猛な笑みを浮かべた。


「お前らが世間に垂れ流した嘘――『不慮の事故による尊い犠牲』ってやつ。あれを今すぐ撤回して、俺を囮にして見捨てたって真実を、お前らの口から公表してもらおうか」


「ふ、ふざけるな!」


恐怖から立ち直ったのか、あるいは追い詰められた鼠の反撃か。


恭平が怒鳴り声を上げながら、腰に提げていた大剣を抜き放った。


「誰がそんなことするか! 今さらお前がしゃしゃり出てきて、俺たちの名声を台無しにされてたまるか! ええい、お前らもやれ! 荷物持ちの分際でAランクの俺たちに勝てるわけがない! ここで殺して、モンスターの仕業に偽装するんだよ!」


リーダーの狂気じみた命令に、他の3人のメンバーも一斉に武器を構え、殺意を剥き出しにして湊へと襲いかかってきた。


Aランクパーティ『紅蓮の牙』。


その連携は、確かに一流の探索者と呼ぶに相応しいものだった。


後衛の魔法使いが詠唱を完了させ、灼熱の火球を放って湊の退路を塞ぐ。同時に、全身を重装甲で固めた重戦士がシールドバッシュの構えで正面から突進し、その死角を縫うように、パーティ最速の盗賊が短剣を握りしめて湊の首筋へと肉薄する。


完璧な必殺の布陣。


だが、湊は知力6,000の演算能力をフルに稼働させ、彼らの動きから「おおよそのステータス」を瞬時に割り出していた。


(……なるほどな。総ポイント10万を超えるAランクとはいえ、やっぱり自動割り振りの『運任せ』じゃあ、どこかに致命的な穴ができる)


湊の目には、彼らのいびつなステータス構造が手に取るように分かっていた。


盗賊の俊敏はおよそ4万。だが、筋力はせいぜい3,000程度。


重戦士の体力は5万近いが、俊敏は一般人レベルの初期値。


そしてリーダーの恭平は、筋力こそ5万を超えているだろうが、俊敏や知力は1万にも満たない鈍重なアタッカーだ。


「……基礎ステータスが平均6,000のままじゃ、確かにAランクの尖ったステータスには押し負けるかもしれないな。だったら」


湊は空中にウインドウを展開することもなく、思考のみでステータスを操作した。


手元にある31万超えの保留ポイントから、惜しげもなく合計10万ポイントを引き出し、自身の肉体へと流し込む。


迎撃に特化した、最速かつ最重量の圧倒的暴力ビルドへの瞬時の書き換え。


【筋力】6,000 → 56,000 (+50,000)

【俊敏】6,000 → 56,000 (+50,000)

【保留ポイント】313,035 → 213,035


直後、湊の全身から爆発的なマナの奔流が噴き出した。


それは、Aランク探索者たちが今まで感じたことのない、次元の違う絶対者のオーラだった。

「なっ!? 消えっ――!?」


最も速く肉薄してきていた盗賊が、驚愕に目を見開いた。


俊敏4万を誇る彼自身の動体視力をもってしても、湊の姿が一瞬にして視界から掻き消えたからだ。


「どこ見てんだよ。俊敏4万ぽっちで、俺の俊敏5万6千に追いつけるわけないだろ」

「がはっ!?」


背後から響いた冷酷な声。

盗賊が振り返るよりも早く、その腹部に湊の拳が深々とめり込んだ。


ただの軽いジャブ。だが、筋力5万6千の絶撃が乗ったそれは、Aランクの防具を紙切れのように貫通し、盗賊の体をくの字にへし折った。悲鳴を上げる間もなく、盗賊は砲弾のように吹き飛び、壁に激突して気を失う。


「次」


湊はそのままの勢いで大理石の床を蹴った。


向かってきていた重戦士の突進を正面から待ち受け、巨大なタワーシールドごと、無造作に右足で蹴り飛ばす。


――ドォォォォォンッ!


「うおぉぉっ!?」


体力5万を誇る重装甲の壁も、それを上回る圧倒的な筋力の前ではただの障害物に過ぎない。

トラックに撥ねられたような衝撃を受け、重戦士は自慢の盾を粉々に砕かれながら、ラウンジの窓ガラスを突き破ってテラスへと吹き飛ばされた。


「ひぃっ!? 炎よ、焼き尽くせぇっ!」


残された魔法使いが半狂乱になり、至近距離からAランク相当の大魔術『紅蓮球』を湊の顔面へと放つ。


だが、湊はその灼熱の炎を避けることすらしなかった。


ただ右手を軽く振り払い、筋力と俊敏の暴力によって生み出された『突風』だけで、炎の魔法をあっさりと掻き消してしまったのだ。


「あ……あわわ……」


魔法使いはあまりの光景に完全に腰を抜かし、手から杖を取り落として床にへたり込んだ。


「ば、化け物が……ッ!」


ただ一人残されたリーダーの恭平が、血走った目で大剣を振り下ろしてくる。


彼の自慢である筋力5万のフルスイング。


湊をクレバスへと蹴り落としたあの時の、高慢で歪んだ嘲笑はどこにもない。そこにあるのは、自分を脅かす理不尽な暴力への恐怖だけだ。


「化け物はお前らだろ。仲間の命を何とも思ってない、人間のクズが」


湊は一歩も退かず、飛来する大剣の刃を、左手の素手でガシッと掴んで止めた。


「な、なんだと……!? 俺の渾身の一撃を、片手で……!?」


「確かに重い一撃だ。筋力だけなら立派なAランクだよ。でもな、お前は動きが遅すぎるし、戦い方が単調すぎる。使い手がゴミじゃあ宝の持ち腐れだ」


メキッ、と。


湊が指先に力を込めた瞬間、決して折れないはずの特注の魔剣が、まるでビスケットのように砕け散った。


「あ……あ……」


恭平の口から、絶望のうめき声が漏れる。


自分の最強の攻撃が全く通用しなかったという現実。自分たちが足元にも及ばない圧倒的な実力差。


湊は容赦なく、へたり込む恭平の胸ぐらを掴み、片手で軽々と宙に持ち上げた。


「さあ、どうする? このままここで俺に潰されるか。それとも、大人しく罪を認めて、お前らの薄汚い面を世間に晒すか」


「ひっ……! い、言う! 嘘でした、全部嘘でした! 俺が囮にして見捨てました! だから、殺さないでくれぇっ!」


完全に心が折れた恭平は、涙と鼻水を流しながら無様な命乞いを始めた。


「……見苦しいですね」


そこへ、ずっと入り口で事の成り行きを静観していた雪乃が、氷のような声で歩み寄ってきた。


抜身の双剣を携えたSランクの威圧感に、恭平はさらに体を縮こまらせる。


「Aランクパーティ『紅蓮の牙』による、故意の仲間殺し未遂および事実の隠蔽。……この一部始終と今の自白は、私のライセンスに内蔵された記録用の魔道具で録画させていただきました。

Sランク探索者・柊雪乃の名において、この映像は後ほどダンジョン管理庁の審問会へ提出します」


雪乃の宣告は、彼らの探索者生命が完全に絶たれたことを意味していた。


国を挙げての重罪人としての処罰。メディアによる徹底的なバッシング。今まで他人を踏み台にして築き上げてきた富も名声も、すべてが砂のように崩れ去っていく。


「さて、湊。これくらいで十分でしょう。これ以上やって彼らを殺してしまえば、今度はあなたが罪に問われます」


雪乃は湊の肩にそっと手を置き、静かに諭した。


湊は小さく舌打ちをすると、掴んでいた恭平をゴミでも捨てるように床へと放り投げた。


「……命拾いしたな。二度と俺の前にその面見せるなよ」


   * * *


数日後。


ダンジョン管理庁による公式会見が、全国のニュース番組で一斉に生中継された。


『紅蓮の牙』のリーダー・恭平たちは、無数のフラッシュを浴びながら、生気のない顔で手錠をかけられ、深々と頭を下げていた。


彼らが世間に垂れ流していた「悲劇の英雄」というシナリオは、Sランク探索者・柊雪乃が提出した証拠映像によって完全に覆されたのだ。


仲間を見捨てた卑劣な裏切り行為と、保身のための隠蔽。その真実が暴かれたことで、彼らの信用は地に落ち、世間やネット上では激しい怒りの声が巻き起こった。


国からの処罰は重く、彼らは探索者ライセンスの永久剥奪と、長期間のダンジョン内強制労働という実質的な懲役刑を科されることになった。


一方、湊はその喧騒から離れ、西東京市の安いアパートの自室で、テレビのニュースを眺めながらコンビニ弁当の鶏胸肉をつついていた。


「これで、一区切りか……」


彼らへの復讐は果たした。


もう、荷物持ちとして誰かに頭を下げ、理不尽に耐えながら日銭を稼ぐ必要もない。ステータスは完全に俺の支配下にある。


だが、凑の心にはまだ、燻るような熱が残っていた。


あの未踏破ダンジョンの深層で味わった、ヒリつくような死闘。


絶望的な状況を、自在なステータス操作というこれまでの探索者の常識を覆すとんでもないスキル。


ルールをハッキングして敵を蹂躙する悪魔の力は、退屈な日常に戻ることを湊の魂に許してはくれなかった。


「……まだまだ、未踏破の階層は残ってるんだよな」


湊は空中にステータスボードを展開し、自身の最新の数値を眺めながら、獰猛な笑みを浮かべた。


ダンジョンの底には、まだ誰も到達していない未知の領域が広がっている。


そして俺は、その世界の法則を完全に破壊できる唯一の存在なのだ。


彼の本当の「蹂躙」劇が、いよいよ幕を開ける。


【ステータス】

【名前】天谷 湊

【年齢】20

【HP】6,000 / 6,000

【MP】6,000 / 6,000

【筋力】56,000

【俊敏】56,000

【体力】6,000

【知力】6,000

【魔力】6,000

【保留ポイント】213,035

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