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最高機密の黒き証と、復讐の狼煙



「……支部長! 支部長を至急呼んできてください! 一大事です!」


気絶から目を覚ました白衣の鑑定官が、這うようにして特別鑑定室のインターホンにしがみつき、悲鳴のような声で叫んだ。


それからわずか数分後。


ダンジョン管理庁・西東京支部のトップである恰幅の良い支部長が、ネクタイを振り乱し、血相を変えて部屋へと転がり込んできた。


「何事だ! Sランクの柊くんが持ち込んだ特別鑑定で、異常な数値が出たというのは本当か!?」

「し、支部長……あちらのモニターをご覧ください……」


鑑定官に震える指で示され、支部長は壁面の大型モニターを見上げた。


そこには、先ほどスキャンされた湊の最新ステータスが、無機質なデジタルの数字として冷酷に映し出されていた。


【HP】6,000 【MP】6,000 【筋力】6,000 【俊敏】6,000

【体力】6,000 【知力】6,000 【魔力】6,000

【保留ポイント】313,035


「……なんだ、これは」

支部長の口から、間抜けな声が漏れた。


彼は目をこすり、眼鏡を外し、自らのシャツの袖でレンズを拭いてから再度掛け直す。しかし、モニターに映る異常な文字列は消えなかった。


「全ステータスが、一桁の狂いもなくピッタリ6,000……? しかも、システムに割り当てられずにストックされている『保留ポイント』が31万以上だと……!? ば、馬鹿な! こんなものはこれまでの記録上、絶対にあり得ない!」


「ええ。ですが、紛れもない事実です」


モニターの前に立つ雪乃が、腕を組みながら氷のような声で肯定した。


「彼は先ほど、未踏破領域の深層で『オリハルコン・ゴーレム』の装甲を徒手空拳で粉砕しました。彼のこの異常なステータスと、未知のスキルによるポイントのストック……。これが何を意味するか、支部長ならお分かりですね?」


雪乃の言葉に、支部長は滝のような汗をハンカチで拭い、ガクリと膝から崩れ落ちそうになった。


才能という名の「運」によって強さが決まるこの世界で、ステータスを均等に揃え、さらにはポイントを自由にストックできる存在。


もしこんな規格外の機能を持っている人間がいると外部に漏れれば、どうなるか。


「自分たちもステータスを自在に操れるはずだ」

という民衆の暴動が起きるかもしれない。あるいは、国内のパワーバランスを崩そうと目論む諸外国の工作員や、過激な闇ギルドが血眼になって湊の身柄を狙ってくるだろう。


「……この部屋にいる全員に厳命する!!」


支部長は血走った目で、鑑定官と雪乃、そして居心地悪そうにしている湊を睨みつけた。


「天谷湊くんのステータスおよびスキルに関する情報は、本日ただいまをもって、ダンジョン管理庁の『最上位国家機密トップシークレット』として指定する! 万が一、一言でも外部に口外した者は、国家反逆罪に問うと思え!」

「ひっ! は、はいっ!」


鑑定官が直立不動で敬礼する。


当の湊はといえば、(うわぁ、なんか大事になっちゃったよ……)と、蚊帳の外のような顔で後頭部を掻いていた。


支部長は荒い息を整えながら、ふらつく足で湊の正面に立ち、深く一礼した。


「天谷様。貴方のその常識外れのスキルについては、庁を挙げて徹底的に秘匿いたします。……ですが、貴方のポイント総量が35万を超えているという事実は、システムの記録上、無かったことにはできません」


「はあ……」

「現在、日本国内において総ポイントが30万を超える探索者は、柊雪乃様を含めてわずか24名のみ。貴方は今日、この瞬間をもって――日本で25人目の『Sランク探索者』として認定されます」


支部長は恭しく両手で、一枚の漆黒のカードを湊へと差し出した。


それは、最下級の銅色カードとは比べ物にならない、純金の装飾が施された特注のライセンスカードだった。そこにはっきりと『Rank:S』の文字が刻まれている。


「S、ランク……俺が……?」


漆黒のカードを受け取り、湊はポカンと口を開けた。


つい今朝まで、日給数千円の底辺荷物持ちとしてコキ使われていたのだ。鶏胸肉の値段に一喜一憂し、米のグラム数をミリ単位で計量していた自分が、日本のトップ25に名を連ねるバケモノと同列の扱いを受けている。


あまりの落差に現実感が湧かず、湊はただカードの表面を指でなぞることしかできなかった。


   * * *


「さてと。ライセンスの更新も終わったし、とりあえず外に出るか」


管理庁の厳重なセキュリティゲートを抜け、西東京の夕暮れの街並みに出た湊は、大きく背伸びをした。


隣には、相変わらず凛とした佇まいの雪乃が並んで歩いている。彼女の圧倒的な美貌と、最高位の探索者だけが纏う洗練されたオーラに、道行く人々が次々と振り返っていた。


「……それで、天谷さんはこれからどうされるおつもりですか?」


「湊でいいよ。うーん、そうだな……」


湊は夕焼け空を見上げながら、瞳の奥に冷たい光を宿した。


「俺を囮にして、未踏破領域の底なし穴に蹴り落としたクソ野郎どもに、ちょっと『挨拶』してこようと思ってな」


湊の口から出た言葉に、雪乃の足がピタリと止まる。


『紅蓮の牙』。


湊を雇っていたAランクパーティの名前だ。雪乃も、今日の昼のニュースで彼らの会見を見た記憶があった。


『不慮の事故により、優秀な荷物持ちを失ってしまった。我々は彼の尊い犠牲を無駄にせず、生還した』――テレビの前で涙ながらに語る彼らの姿が、世間では悲劇の英雄として美談で報道されていた。


あれがすべて、自己保身のための嘘だったというのか。


「……個人的な復讐は、探索者法に抵触する恐れがあります」


雪乃は静かな声で警告した。


「止めるのか?」

「いいえ」


湊が挑発的に振り返ると、雪乃は氷のような瞳に、明確な怒りの炎を燃やして首を横に振った。


「殺人未遂という重罪を隠蔽し、英雄を気取って世間を欺いている連中を放置するのは、Sランクの誇りにかけて見過ごせません。それに……」


雪乃はツカツカと歩み寄り、湊を真っ直ぐに見据えた。


「あなたは、この世界の絶対的な法則を壊して歩く、危険なシステムバグです。怒りに任せて、どんな規格外の凶行に出るか分からない人間を、一人で野放しにするわけにはいきません。私が同行し、徹底的に『監視』させてもらいます」


建前としては厳格な監視。しかしその実、命を救ってくれた恩人のために、法的なトラブルから湊を守ろうとする彼女なりの不器用な気遣いだった。


湊はそれに気づき、少しだけ口角を上げた。

「……そっか。まあ、お目付け役がいるなら心強いよ、柊さん」

「雪乃で結構です」


ステータスを自在に操る規格外の青年と、冷徹なるSランクの天才魔法剣士。


決して交わるはずのなかった二人は、並んで夕闇の街へと足を踏み出した。


   * * *


同刻。西東京支部に併設された、上位ランカー専用の高級ラウンジ。


シャンデリアが輝く豪奢な空間で、Aランクパーティ『紅蓮の牙』のリーダー・恭平は、最高級のシャンパングラスを片手に高笑いを上げていた。


「いやー! しかし湊の奴には感謝しなきゃな! あいつの安い命のおかげで、俺たちは未踏破領域からの生還者として、一気にメディアの注目の的だ!」


「本当ですよ、リーダー! あんな無能な荷物持ちでも、最後に少しは俺たちの役に立ったってわけですね! ぎゃははは!」


取り巻きのメンバーたちも、恭平の言葉に同調して醜悪な笑い声を上げる。


彼らは自分たちが湊を蹴り落としたことなど微塵も悪びれず、ただ手に入れた名声と莫大なスポンサー料のことで頭がいっぱいだった。


「これからは俺たちの時代だ! Sランク昇格だって夢じゃねぇぞ!」


恭平が立ち上がり、グラスを高らかに掲げたその瞬間。


――ズガァァァァァァァァンッ!!


ラウンジの重厚な防音扉が、爆発したかのような轟音と共に吹き飛び、高級な大理石の床を削りながら奥の壁へと激突した。


「な、なんだ!?」

「敵襲か!?」


恭平たちが慌てて武器に手を伸ばし、粉塵の舞う入り口へと視線を向ける。


土埃の中からゆっくりと姿を現したのは、薄汚れた安物の装備に身を包んだ一人の青年。


その後ろには、抜身の双剣を携え、絶対零度の殺気を放つSランク探索者・柊雪乃が控えていた。


「あれ……? ごめん、ちょっと力加減間違えちゃった。筋力6,000の扉の開け方、まだ慣れてなくてさ」


頭を掻きながら、全く悪びれる様子のない声。

その顔を見た瞬間、恭平の顔から一瞬にして血の気が引いた。


「み、湊……!? お、お前……なんで生きて……!?」


「よぉ、恭平。随分と楽しそうに俺の葬式をやってくれてるじゃないか」


湊はゆっくりと、顔の筋肉を引き攣らせている恭平へと歩み寄る。


そして、荷物持ち時代には決して見せたことのない、獲物を前にした肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべた。


「お前らが絶対不可能だと見捨てた地獄の底から、這い上がってきたんだよ。……さあ、俺がダンジョンで受けた仕打ちのケジメをつけてもらおうか」


復讐の狼煙が、高級ラウンジの静寂を切り裂いて上がった。


【ステータス】

【名前】天谷 湊

【年齢】20

【HP】6,000 / 6,000

【MP】6,000 / 6,000

【筋力】6,000

【俊敏】6,000

【体力】6,000

【知力】6,000

【魔力】6,000

【保留ポイント】313,035

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