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常識外れの獲得率と、暴かれたステータス



「……命の恩人に対して失礼を承知で申し上げますが、冗談のつもりですか? 到底、笑える状況ではないのですが」


未踏破ダンジョンの第十七階層。


砕け散ったオリハルコン・ゴーレムの残骸が散乱する広場の中央で、Sランク探索者の柊雪乃ひいらぎ ゆきのは、氷点下まで冷え切った青い瞳で湊を射抜いていた。


「えっ、いや、その……」


湊は思わず間抜けな声を漏らし、額にジワリと冷や汗を浮かべた。


(うわっ、めちゃくちゃ怒ってる!? せっかく命懸けで助けて、人生で一番カッコいいセリフを決めたつもりだったのに、なんでこんなにガン飛ばされてるんだ俺……!)


彼女からすれば当然だろう。


自分たちのSランクパーティでも全滅を覚悟するような災厄級ディザスターのフロアボスを、徒手空拳で粉砕する謎の男。それが「ただの荷物持ちです」などと名乗れば、新手の煽りか悪質な冗談だと受け取られても無理はない。


居心地の悪さに耐えきれず、湊は誤魔化すように後頭部を掻きながら話題を変えることにした。


「ま、まあ身分の話は置いといてさ! とにかく俺たち、生き残れたんだから喜ぼうぜ! いやー、それにしても災厄級のボスってすげぇな。討伐ポイントが一気に『三十万』も入るなんて、とんでもない大盤振る舞いじゃんか!」


湊が無邪気に笑いながらそう言った瞬間。

雪乃の細い眉が、ピクリと不自然に跳ね上がった。


「……三十万? 今、三十万と言いましたか?」


「え? おう。システムのアナウンスでそう聞こえたけど。俺がトドメのきっかけになる一撃を入れた判定になったのか、俺の方にポイントが偏ったのか? 悪いな、独り占めするつもりはなかったんだけど……」


湊が申し訳なさそうに言うと、雪乃はまるで異星人を見るような目で湊を凝視した。


「……独り占め、という問題ではありません。あなたのダンジョンに関する知識はどうなっているのですか?」


「へ?」


「魔物を討伐した際、その魔物が保有している生命力ポイントは、ダンジョンのシステムを介して人間に還元されます。ですが、その変換の過程で膨大なエネルギーロスが発生するため、一般の探索者が獲得できるポイントは、魔物が本来保有している数値の『せいぜい10分の1程度』が限界です」


雪乃は淡々と、しかし確かな疑念を込めて説明を続けた。


「オリハルコン・ゴーレムの保有ポイントが三十万。それはギルドのデータベースにも記載されている事実です。ですが、討伐者が実際に獲得できるのは、最大でもその10分の1である『三万ポイント』。どんなトップランカーであろうと、システムによる変換ロスを逃れるなんてこと聞いたこともありません。それなのに、あなたが三十万ポイントをそのまま獲得した……?」


「あっ」


湊の口から、間抜けな声が漏れた。

(マジかよ……! 他の連中って、10分の1しかポイントもらえてなかったのか!?)


湊は慌てて空中に展開したステータスボードを横目で確認する。


【未割り当てポイントに300,000が追加されました】という先ほどのログが、はっきりと残っている。


つまり、湊の【ポイント保留】というスキルは、「自動割り振りをストップする」だけではなく、システムによる「変換ロスを完全に無効化し、100%のポイントをそのままプールする」という、常識外れの隠し機能を持っていたのだ。


荷物持ちとして5年間、他人の討伐の余波だけで数万ポイントを貯め込めたのも、この「獲得率100%」というチート仕様のおかげだったのだろう。


「あー……いや! その、見間違い! 見間違いだわ! ゼロ一個多く見えちゃったみたいで、ははは……!」


「嘘ですね。あなたのその反応、明らかに今の今まで『10分の1』の法則を知らなかった人間の顔です」


雪乃は一切の妥協を許さない鋭いステップで湊との距離を詰め、その美しい顔を湊の鼻先まで近づけてきた。石鹸と微かな血の匂いが混ざった香りが鼻をくすぐるが、湊にドキドキしている余裕はない。


「常識外れの物理火力。さらには獲得率100%という、システムの前提を根底から破壊するような異常な現象。……あなた、本当に何者ですか」


「だから、ただの底辺荷物持ちだってば……!」

「証明してください」

「え?」

「あなたが本当にただの荷物持ちだと言うのなら、冒険者ライセンスを提示してください。そこには現在の職業、スキル、そしてステータス総量が記録されているはずです」


雪乃はスッと右手を差し出した。


探索者にとってライセンスの提示を拒否することは、やましいことがあると自白しているようなものだ。湊は観念して、ポケットの奥底で埃を被っていたくすんだ銅色のカードを取り出し、彼女の手に乗せた。


雪乃はライセンスの券面を読み上げる。


「天谷湊。ランク:最下級。職業:バゲッジキャリア。スキル:【ポイント保留】。……ここまでは、あなたの言う通りです。ですが」


雪乃の瞳が、限界まで見開かれた。


「最新のステータス合計値……『0(成長停滞)』。ポイントの獲得履歴、一切なし……? これが、あなたのライセンスですか?」


「あー、いや、それは数年前からライセンスの更新をしてなくて……」


「あり得ません! ゼロポイントの人間が、どうやってオリハルコンを素手で砕くというのですか! 偽造カード……いえ、カードの魔力印は本物。となれば、このライセンスに情報が反映されないほどの『バグ』があなたの身に起きているということです」


雪乃は湊のライセンスを握りしめたまま、自身の双剣を腰のホルダーにガチャンと納めた。そして、湊の腕をガシッと力強く掴む。


「地上に戻ります。今すぐに」

「へっ!? いや、俺はまだこの先の階層を探索して……」

「却下です。これ以上、あなたのような規格外の存在を未踏破領域で野放しにはできません。それに、オリハルコン・ゴーレムの討伐報告も義務付けられています」


雪乃の力強い瞳には、有無を言わせぬ圧があった。


「国が管理する『ステータス鑑定所』へ同行してもらいます。そこで専用の魔道具を使えば、ライセンスの偽装やシステムの不具合すらも貫通して、あなたの現在の『正確なステータス』が全て暴かれるはずですから」


「いやいやいや! ちょっ、引っ張んなって!」


かくして、戦闘狂として深層を蹂躙するはずだった湊の計画は、生真面目すぎるSランク剣士によって一時中断され、強制的に地上へと連行されることになってしまったのである。


   * * *

数時間後。


西東京市にそびえ立つ、ガラス張りの巨大な近代建築。ダンジョン管理庁の支部ビル内にある『国のステータス鑑定所』は、異様な喧騒に包まれていた。


「おい、見ろよ……『蒼天の剣』の柊雪乃だぞ!」

「一人でダンジョンの調査に行ってたんじゃなかったのか? なんであんな薄汚い装備の男の腕を掴んでるんだ……?」


周囲の探索者たちがざわめく中、雪乃は一切意に介する様子もなく、Sランクの特権を行使してVIP専用の特別鑑定室へと湊を引っ張っていった。


白を基調とした無機質な特別鑑定室。


部屋の中央には、人間の背丈ほどもある巨大な透明の『ステータス鑑定水晶』が鎮座しており、白衣を着たベテランの鑑定官が緊張した面持ちで待機していた。


「ひ、柊様! お戻りになられたのですね。本日の鑑定対象は……そちらの方で?」


「ええ。彼のステータスを、最高精度の深層スキャンで鑑定してください。ポイントの隠蔽や偽装の可能性も考慮して」


「承知いたしました」


鑑定官に促され、湊は水晶の前に立たされた。

(ヤバい……どうしよう。ステータスボードの秘密がバレたら、国にモルモットとして解剖されるんじゃ……)


湊は冷や汗を流しながら、頭の中で必死に言い訳を考えていた。


現在のステータスは、道中で【汎用バランス型】に再調整し、各項目を『6,000』で均等に設定してある。総量は上がってしまったが、何か一つの項目が飛び抜けているわけではない。


(そうだ! バランスが良いってことは、器用貧乏なビルドに見えるはずだ。ちょっと運良くポイントが貯まっただけの平凡な冒険者です〜って言い張れば、なんとか誤魔化せるはず……!)


意を決して、湊は巨大な水晶にそっと右手を押し当てた。


直後、水晶の中心から強烈な光が放たれ、室内に設置された大型モニターに、湊の現在のステータスが次々と弾き出されていく。


『鑑定完了。対象者の深層ステータスを表示します』


モニターに映し出された数値を見た瞬間。


白衣の鑑定官が「ヒュッ」と息を呑み、持っていたタブレットを床に落とした。


雪乃は一歩前に出てモニターを見上げ、そのまま石像のように硬直した。

「……あり得ない」


雪乃の口から、震える声が漏れる。


「保有ポイントの総計……『約35万』。これは、現役のSランク探索者と同等の、正真正銘のバケモノの数値です」


「あはは……なんか最近、運良くポイントがいっぱい入って……」

「そんな言い訳が通用するとでも!?」


雪乃は血相を変えて、モニターの『内訳』を指差した。


「総量も異常ですが、問題はそこではありません! あなたのステータス……HP、MP、筋力、俊敏、体力、知力、魔力。全ての項目が、一桁の狂いもなく『ピッタリ6,000』で揃っています!!」

「あっ」

「人間の行動や生まれ持った天性によって、ランダムに割り振られるのがステータスの絶対法則です。すべての数値がミリ単位で均等に成長するなど、数学的に、いや物理的に絶対に不可能です!! しかも保留ポイントとは!?あなたは一体、自分のステータスに『何をした』のですか!?」


普段のクールな鉄仮面を完全にかなぐり捨て、鬼気迫る表情で詰め寄ってくる雪乃。


鑑定官に至っては、規格外の数値を前に泡を吹いて気絶してしまっている。


「いや、その……たまたま綺麗に揃ったというか、奇跡的なバランス感覚の賜物というか……」


「ふざけないでください! あなたの存在そのものが、ダンジョンの法則に対する重大なバグです! 今日という今日は、絶対に逃がしませんからね!」


雪乃に胸倉を掴み上げられながら、湊は天井を見上げて深い溜息をついた。


(……あーあ。こりゃもう、平和な底辺ライフには戻れそうにないな)


他人が運任せで成長する世界で、たった一人、ステータスを自在に弄る最適解を手に入れた男。


その異常すぎる力が白日の下に晒された今、天谷湊というバグの存在は、国を、そして世界を巻き込む巨大な渦の中心へと引きずり込まれていくのだった。


【ステータス】

【名前】天谷 湊

【年齢】20

【HP】6,000 / 6,000

【MP】6,000 / 6,000

【筋力】6,000

【俊敏】6,000

【体力】6,000

【知力】6,000

【魔力】6,000

【保留ポイント】300,090

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