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運命に裏切られた少女と、ルールを破壊するバゲッジキャリア



「シッ! ……とおっとと!」


鋭い呼気と共に放った右脚の回し蹴りが、Bランクの魔獣『マダラ・スパイダー』の側頭部に直撃する。


ゴム毬のように吹き飛んだ魔獣が黒曜石の壁に激突し、緑色の体液を撒き散らして絶命した。一方の湊は、大振りになった蹴りの反動でバランスを崩し、危うく無様に尻餅をつきそうになって腕をぐるぐると回した。


『対象の生命活動停止を確認』

『保留ポイントに【2,500】が追加されました』

「ふぅ……。よし、バランス型、かなり手に馴染んできたな。……まあ、武術の経験なんてゼロの素人だから、どうしても動きに無駄が多いけど」


自身の不格好な体勢に苦笑いしながら、湊は軽く手足を動かした。


未踏破ダンジョン『黒淵のあぎと』の第十六階層。先ほどのレイス・ナイトの群れを極振りで吹き飛ばした後、湊は全てのステータスを2,000前後で均等に割り振る【汎用バランス型】のビルドを構築していた。


このビルドの強みは、あらゆる状況への「対応力」だ。


一点突破のような規格外の破壊力はないが、一歩間違えれば自滅するような危険性もない。思考速度と肉体の挙動にズレが生じにくく、実戦経験に乏しい湊にとっては、戦いの勘を養うための最高の土台だった。


「他人のステータスじゃ、絶対にこうはいかないからな」


湊は空中に展開したステータスボードを眺めながら、この世界の過酷なシステムに思いを馳せた。


魔物を倒して得られるポイントは、システムによって『自動』で割り振られる。剣を振るう前衛職であっても、運が悪ければ「知力」や「魔力」ばかりが上がり、肝心の「筋力」や「体力」が初期値のまま放置されることなどザラにある。


現在、湊が保有しているポイントの総計は約5万5千。世間の基準で言えばBランクに到達した程度の総量だ。Aランクの10万、さらに一握りのバケモノであるSランクの30万以上という領域には、総量ではまだ遠く及ばない。


「でも俺は、敵に合わせてステータスを引き出し、自由に組み直せる。この手動割当マニュアルというスキルは、ダンジョンの絶対的なルールに対する特大のバグだ」


ニヤリと笑い、湊はさらに深い階層へと続く階段を下りていく。


第十七階層。


景色は黒曜石の洞窟から、淡く発光する巨大な水晶が林立するクリスタル・ケイブへと変貌していた。空気はさらに冷たく、肺に吸い込むだけで細胞が凍りつきそうなほど濃密なマナが漂っている。


その時だった。


――ズドォォォォォォンッ!!


腹の底を揺らすような重低音の爆発音と、金属が激しく打ち合う甲高い音が、迷宮の奥から響いてきた。


「うおっ!? ……戦闘音? まだ誰も到達していないはずの未踏破領域でか?」


湊はビクッと肩を揺らして驚きつつも、急いで眉をひそめた。


ここは未だ誰も生還したことのない深層だ。俺を囮にして突き落とした『紅蓮の牙』のエリート気取りどもですら、第十五階層で尻尾を巻いて逃げ帰ったはず。


湊は気配を殺し、俊敏2,010の脚力を活かして音の鳴る方角へと駆け出した。


巨大な水晶の柱の陰から広大な広場を覗き込んだ湊は、そこで繰り広げられている激絶な死闘の光景に息を呑んだ。


「……すげぇ。テレビで見るよりずっと綺麗だ」

思わず素の感想が漏れる。


銀色の長髪をなびかせ、双剣を振るう一人の女性。その顔には見覚えがあった。テレビの探索者特集で何度も取り上げられている、日本トップクラスのSランクパーティ『蒼天の剣』のエース。


【銀閃】の二つ名を持つ天才魔法剣士、ひいらぎ 雪乃ゆきのだ。


血と汗にまみれ、息も絶え絶えな状態でありながら、彼女の氷のような青い瞳には一切の絶望や焦りが浮かんでいない。どこまでも冷徹に、ただ目前の敵の隙を窺う酷薄なまでの冷静さを保っていた。


「……って、見とれてる場合じゃない。なんであんな有名人が、こんな深層でソロで戦ってんだ……?」


慌てて首を振って視線を移すと、雪乃が対峙している絶望的な存在が目に入った。


全高5メートルを超える、全身が鈍色の超硬度金属で覆われた巨兵。


未踏破領域のさらに奥、Sランクのパーティですら相性が悪ければ全滅を覚悟する『災厄級ディザスター』のフロアボス――『オリハルコン・ゴーレム』だ。


あらゆる魔法攻撃を完全に反射し、物理的な硬度も最高クラスという、まさに「歩く要塞」。


「……雷刃、展開」


雪乃の静かな呟きと共に、双剣に紫電が纏い、彼女の姿がフッと掻き消えた。


湊の目から見ても凄まじい速度だった。残像すら残さない圧倒的なスピードでゴーレムの周囲を飛び回り、関節の僅かな隙間を的確に狙って斬撃の雨を降らせている。無駄な動きが一切ない、洗練され尽くした殺人剣。


だが――。


ガキィッ! キンッ! ガキンッ!


「……やはり、私の『筋力値』ではオリハルコンの装甲を貫けませんか」


無数の斬撃を叩き込んでも、ゴーレムの装甲には薄い擦り傷が一筋つくだけだ。雪乃は後方へバックステップを踏みながら、冷静に状況を分析していた。


湊は知力2,008の演算能力をフル稼働させ、雪乃の現在のステータスをおおまかに逆算した。


「なるほどな……あれが『運任せ(ガチャ)』の悲劇か」


彼女の俊敏は、おそらく15万を超えている。魔力も10万以上はあるだろう。Sランクと呼ばれるに相応しい、総計30万近い莫大なポイント総量だ。


しかし、彼女の「筋力」は、おそらく1,000にも満たない。


魔法剣士として魔法と速度ばかりが異常に成長してしまい、硬い敵の装甲を力ずくでブチ抜くための『筋力』と、敵の攻撃を受け止めるための『体力』が致命的に欠落しているのだ。


卓越した技術と冷静な判断力があっても、ステータスの絶対値が足りなければダメージは通らない。


『ガガガガガガッ……!』


ゴーレムが無機質な駆動音を鳴らし、丸太のような両腕を高く振り上げた。


広範囲の地盤ごと敵を粉砕する、回避不能のグラウンド・スマッシュ。


雪乃は咄嗟に圏外へと跳躍しようとしたが、長時間の限界機動で酷使された足の筋肉が悲鳴を上げ、ガクンと膝を突いてしまった。


巨大な金属の鉄槌が、彼女の華奢な身体を肉片に変えようと振り下ろされる。


Sランクの天才であっても、ステータスの相性が最悪であれば、運命に見放されてここで死ぬ。どんなに足掻いても覆せない、残酷なルール。


だが、雪乃は悲鳴すら上げなかった。


ただ静かに双剣を交差させ、迫り来る死の質量を冷徹に見据える。


「……ここまで、ですか。ソロでの深層踏破は、やはり無謀でしたね」


死を受け入れつつも、決して目を逸らさない凛としたその姿。


湊は、システムに縛られた彼女の不公平さを、自らの手で壊したくなった。


「――ステータス、全リセット。からの、再構築!」


湊は空中にウインドウを展開し、目にも留まらぬ速度でスワイプした。


全てのステータスからポイントを完全に引き出し、保有している5万5千のポイントを【筋力】という一つの項目に全ツッパする。


【HP】2,015 → 15 (-2,000)

【筋力】2,012 → 32,032(+30,020)

【保留ポイント】28,020→ 0


総量ではBランク相当程度の湊だが、すべてを筋力に注ぎ込んだこの瞬間だけは、Aランク上位の重戦士に匹敵する極大の火力を叩き出せる。


「悪いが、その理不尽な現実、俺が覆させてもらう!」


ズンッ! と足元の水晶が粉々に砕け散る。


湊の身体は弾丸となって飛び出し、振り下ろされるゴーレムの鉄槌と、死を覚悟した雪乃の間に滑り込んだ。


そして、両腕を頭上で交差させ、災厄級の全力の叩きつけを真正面から受け止めた。


――ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!

耳をつんざくような大音響。


「ぐっ、ぎぃぃぃぃぃぃっ!?」


湊の口から、悲鳴に近い声が漏れる。Aランク上位相当の筋力を持ってしても、オリハルコン・ゴーレムの質量は完全に規格外だった。足元の分厚い岩盤が陥没し、湊の膝がガクガクと震える。体力初期値の腕の骨が、メキメキと嫌な音を立てていた。


雪乃は、自分の身に何が起きたのか即座には把握できなかった。


完全に圧殺されるはずだった自分の頭上に、いつの間にか見知らぬ青年が立ちふさがり、ゴーレムの鉄槌をその身一つで食い止めている。


「な……っ」


常に冷静沈着な雪乃の鉄仮面が、初めて驚愕にひび割れた。


「ボーッとしてないで!」


湊は歯を食いしばりながら、背後の雪乃に向かって叫んだ。


「俺一人じゃ、この硬さはブチ抜けない! 俺が装甲になんとかヒビを入れるから、君のその凄く速い剣で、そこへ魔法を叩き込んでくれ!」


突然の闖入者からの、必死だがどこか気遣うような口調の指示。


雪乃は一瞬目を丸くしたが、一流の探索者としての本能が即座に最適解を弾き出す。一瞬の逡巡もなく、双剣を構え直して重心を沈めた。


「……了解しました。合わせます!」


雪乃の返事を聞いた湊は、受け止めていた両腕の拘束を強引に押し返し、そのまま渾身の力を込めて、下から上へとアッパーカットを放った。


ジムで限界までバーベルを上げ続けた中で培った、完璧な体重移動と骨格の連動。それに筋力のすべてが乗った絶撃。


――ピキッ。


世界で最も硬いとされるオリハルコンの装甲に、蜘蛛の巣状の小さな亀裂が走る。


「今だぁっ!」


湊の叫びと同時、雪乃の姿が紫電と共に消失した。


俊敏15万という圧倒的な速度。彼女は湊が作り出した僅かな亀裂に、迷うことなく雷属性を限界まで纏わせた双剣を突き立てた。


「はああああああっ!」


雪乃の魔力10万を超える雷撃が、装甲の隙間からゴーレムの内部へと直接流し込まれる。


次の瞬間、内側から爆発したかのように、全高5メートルの巨兵が数万の金属片となって跡形もなく四散した。飛び散る金属片は弾丸となって周囲の水晶を粉砕し、広場一帯を更地へと変えていく。


『対象の生命活動停止を確認』

『経験値の還元を実行します』

『保留ポイントに【300,000】が追加されました』


「さ、三十万……!?」


降り注ぐ金属の雨の中で、湊は必死に耐えていた先ほどの痛みをすっかり忘れ、思わず素っ頓狂な声で叫んだ。


災厄級のボス、とんでもない大盤振る舞いじゃないか! これで俺の総ポイントも30万超え、ステータス総量だけでもSランクの仲間入りだ!

溢れ出る歓喜に無邪気なガッツポーズをしていると、背後から衣擦れの音がした。


振り返ると、雪乃がふらつく足で立ち上がり、付着した土埃を軽く払っていた。全身傷だらけであるにも関わらず、彼女の纏う空気は先ほどまでの驚愕をきれいに隠し去り、再び氷のような冷徹さを取り戻していた。


「……信じられません。私では傷一つつけられなかったオリハルコンの装甲を、無詠唱の魔法バフもなしに、徒手空拳で砕くなど」


雪乃は警戒の色を隠さない鋭い視線で、湊の全身を舐め回すように観察する。


「助太刀、感謝します。あなたの一撃がなければ、私の魔法を通すことは不可能でした。ですが……あなたは、一体何者ですか? 国内のSランクやAランクの重戦士の顔は全てデータとして記憶していますが、あなたのような探索者は記憶にありません」


怯えるわけでも、手放しで喜ぶわけでもない。ひたすらに事実を分析し、目の前の未知なる強者を値踏みするような凛とした態度。


圧倒的な「本物のトップランカー」のオーラを前に、湊は少し気圧されそうになりながらも、慌てて咳払いをして自身のステータスボードを素早く操作した。


戦闘用の極振りから、再び安全な【汎用バランス型】へとポイントを戻す。先ほど得た30万ポイントの恩恵により、ベースとなる全ステータスを一気に6,000へと引き上げる。


「んんっ。……別に、大したことじゃない」


湊は、荷物持ちとして虐げられてきた5年間の鬱憤を晴らすかのように、わざと視線を逸らしながら、ずっと言ってみたかったセリフを口にした。


「俺はただの底辺の『バゲッジキャリア(荷物持ち)』さ。たまたま、状況に合わせて『最適解』を選んだだけだ」


決まった。絶対にカッコいい。


そう内心でガッツポーズをした湊だったが、雪乃の細い眉はピクリと不機嫌そうに動いた。彼女の氷結したような青い瞳が、さらに温度を下げて湊を射抜く。


「……命の恩人に対して失礼を承知で申し上げますが、冗談のつもりですか? 到底、笑える状況ではないのですが」


「えっ」

湊は思わず間抜けな声を漏らした。


(うわっ、めちゃくちゃ怒ってる!? せっかく助けてカッコつけたのに、なんでこんなにガン飛ばされてるんだ俺……!)


額にジワリと冷や汗が浮かぶ。

強敵に立ち向かう悪魔のような力と、年相応のどこか抜けた素顔。


ステータスを自在に操る青年は、一切の冗談を許さないクールなSランク剣士を前に、タジタジになりながらも次なる弁明を必死に考え始めていた。


【ステータス】

【名前】天谷 湊

【年齢】20

【HP】6,000 / 6,000

【MP】6,000 / 6,000

【筋力】6,000

【俊敏】6,000

【体力】6,000

【知力】6,000

【魔力】6,000

【保留ポイント】300,090

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