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最適解の暴力、ステータス【極振り】で未踏破領域を蹂躙する



アビス・パンサーの巨体が、まるで濡れた紙くずのように弾け飛び、血の雨となって未踏破ダンジョンの冷たい岩肌を濡らしていく。


「……すげぇな、本当に」


自身の右拳にこびりついた赤黒い血を拭いもせず、天谷湊あまや みなとはただ呆然と、しかし口元には隠しきれない獰猛な笑みを浮かべながら呟いた。


今まで、毎日狂ったように自己管理を徹底してきた。


鳥胸肉とシーチキンを貪り、炭水化物である米は「炊いたあとのグラム数」までキッチンスケールでミリ単位で計量して摂取した。生身の人間として最速で動けるよう体重を60キロジャストに絞り込み、西東京市の市営ジムに毎日通い詰めて限界までバーベルを上げ続けた。


血を吐くような努力の末に辿り着いた生身の限界は、ベンチプレス60キロ、バーベルスクワット100キロ。


常人からすればアスリート並みの肉体美と筋力だったが、ダンジョンという超常の空間では、そんなものはゴブリン一匹の膂力にすら劣る無力な数字でしかなかった。


他人が「運」だけで自動で得ていくステータス補正の前に、俺の努力はただの自己満足だと、鼻で笑われてきたのだ。


だが、今はどうだ。


右手に宿る、山をも砕けそうな圧倒的な暴力の予感。


そして、重力など最初から存在しないかのように、羽より軽い肉体。


湊は試しに、その場で軽く跳躍してみた。


――ドゴォンッ!


「うおっ!?」


足元の分厚い岩盤が、まるで爆薬を仕掛けられたかのように陥没し、湊の身体は弾丸のような速度で真上へと射出された。数十メートルの高さにあったダンジョンの天井に危うく頭から激突しそうになり、空中で慌てて手足をバタつかせ、不格好に壁を蹴ってなんとか着地する。着地の衝撃だけで、再び床がクレーターのように凹んだ。


「……なるほど。俊敏『5,010』に筋力『5,012』ってのは、こういうことか。ちょっと力を入れただけでこれじゃあ、まともに歩くことすら一苦労だな」


苦笑しながらも、湊は自身のステータス画面を見つめ、冷静に現状を分析し始めた。


世間一般の探索者の基準で言えば、Cランクに昇格するための目安となる総ステータスポイントは、およそ1万〜2万だと言われている。Bランクで5万、一流と呼ばれるAランクともなれば、総ポイントは10万を優に超えてくる。


俺が今持っている未割り当てポイントは、先ほどのアビス・パンサー討伐分を合わせても約2万4千ほど。総量だけで言えば、ようやく中堅のCランク探索者に毛が生えた程度のレベルに過ぎない。


だが――他人のステータス成長は完全に『運任せ(ランダム)』だ。


10万のポイントを持っていようと、剣士なのに知力や魔力に無駄なポイントを吸われたり、全ステータスに中途半端に分散して器用貧乏になっている者が大半だ。


俺のように、不要なステータスを完全に切り捨て、筋力と俊敏『だけ』に5,000ものポイントを極振りできるような極端な『最適解』を組める奴は、この世界には存在しない。


だからこそ、ポイントの総量ではCランク相当でも、一点突破の特化型ビルドを組めば、格上のAランク魔獣すら一撃で粉砕が可能である。


「さて、と……」


完全に原型を留めず、床の染みと化したアビス・パンサーの残骸を一瞥し、湊は踵を返した。


自分を囮にして見捨てたAランクパーティ『紅蓮の牙』の連中への復讐。それは必ず果たす。俺を未踏破ダンジョンの第十五階層にあるクレバスへと突き落としたあの時の、リーダー恭平の醜悪な笑みは絶対に忘れない。


だが、今はそれよりも優先すべきことがあった。


ここは未だ誰も生還したことのない、『黒淵のあぎと』の未踏破領域――おそらく第十六階層以降の中層だ。


周囲の空気は重く冷たく、発光苔の光すら届かない完全な暗闇が支配している。俊敏と筋力に連動して強化された湊の五感には、暗闇の奥に潜む無数の「死の気配」がはっきりと感じ取れた。


恐怖は微塵もなかったと言えば嘘になる。荷物持ちとして後ろを歩いていただけで、まともに魔物と命のやり取りをした経験などないのだ。


だがそれ以上に、5年間底辺として抑圧され続けてきた鬱憤を晴らすための、狂気にも似た戦闘への渇望が湊の背中を押していた。


湊が暗闇の奥へと進んでいくと、周囲の景色が徐々に変化し始めた。


ただの岩肌だったダンジョンの壁面が、まるで磨き上げられた黒曜石のように滑らかになり、不気味な紫色の光を放つ巨大なクリスタルがそこかしこに群生している。


そして、広大なドーム状の空間に出た瞬間、湊の歩みがピタリと止まった。


空気が、完全に凍りついた。

『……ォォォォォォォ……』


地の底から響くような、怨嗟の声。


黒曜石の床から湧き出す紫色の霧が集束し、徐々に人間の形を成していく。


現れたのは、ボロボロに朽ちた中世の甲冑を身に纏い、実体を持たない半透明の青白い肉体を持つ騎士たちだった。その数、ざっと二十体。


アンデッド系魔物――『レイス・ナイト(怨霊騎士)』の群れだ。


「実体のない幽霊系か……しかもボス級が二十体……冗談キツいな」

湊はゴクリと生唾を飲み込んだ。


レイス・ナイトの一体が、スッと音もなく氷上を滑るように接近し、錆びた大剣を無造作に振りかぶる。


「っ……!?」


速い。常人であれば反応すらできない、殺意を持った不可視の一撃が首筋に迫る。


死の気配を間近に感じ、実戦経験の乏しい湊の思考は完全に真っ白に染まり、恐怖で足がすくんだ。


だが、脳がパニックを起こしてフリーズするよりも早く、俊敏5,010という異常なステータスを与えられた肉体が「勝手に」生存本能に従って作動した。


ブンッ! と耳元で凄まじい風切り音が響く。


湊の身体は反射的に大きくのけぞり、鼻先数ミリのところを大剣の冷たい刃が通り過ぎていく。ギリギリの回避。冷や汗がどっと背中を濡らした。


「あ、ぶねぇ……っ!」


腰を抜かしそうになりながらも、湊は恐怖を怒りで塗り潰し、がむしゃらに拳を振り抜いた。


武術の型もクソもない、ただの素人の大振りだ。


しかし、筋力5,012のステータスが乗ったその右ストレートは、空気を極限まで圧縮し、大砲のような絶撃となってレイス・ナイトの胸倉に直撃した。


――バキィイイイイイイイイイッ!!


けたたましい破砕音と共に、レイス・ナイトが纏っていた強固な魔法甲冑が粉々に吹き飛んだ。


だが。


『……ギィィィィィッ!!』

「いっ……!?」


甲冑を砕かれたレイス・ナイトの実体――半透明の怨霊部分は、湊の拳をすり抜けてそのまま残り、無数の冷たい腕となって無防備な湊の右腕に絡みついてきた。


瞬間、右腕の細胞が急速に凍りつき、生命力が直接吸い取られるような強烈な悪寒が走る。


【HP】 10 / 15 (5ダメージ)


「嘘だろ!? 物理無効の上に、触れただけでHP削ってくるのかよ!」


湊は悲鳴に近い声を上げ、慌てて後ろへ大きく飛び退き、レイス・ナイトの群れから距離を取った。


通常の探索者であれば、ここで完全に詰みだ。


筋力特化でステータスが固定されてしまった剣士にとって、物理攻撃が一切効かない怨霊系の魔物は天敵中の天敵。魔法使いの強力なサポートがなければ絶対に勝てない相手だ。それが二十体も群れているとなれば、一目散に逃げ出すか、全滅を覚悟するだろう。


だが、湊は違う。


彼は、この世界で唯一の【完全手動ビルド】の持ち主だ。


「落ち着け、俺……物理がダメなら、ステータスを書き換えればいいだけだ!」


湊は震える手で、空中に半透明のステータスボードを展開した。


この【手動割当マニュアル】の真の恐ろしさは、ただ未割り当てのポイントを振れることではない。


一度割り振ったポイントを、いつでも自由に『引き出してマイナスにする(=リセットする)』ことができる点にある。


湊はウインドウを素早く操作し、「筋力」と「俊敏」に割り振っていたポイントの数値を、指先で一気にスワイプして減らした。


【筋力】5,012 → 12 (-5,000)

【俊敏】5,010 → 10 (-5,000)

【未割り当てポイント】14,520 → 24,520


身体から、先程までの万能な筋力と神速がスッと抜け落ちていく感覚。再び、ただの脆弱な一般人に戻ったような重力を感じる。


だが、その代わりに手元に戻ってきた2万4千超えのポイントから、今度は「魔力」と「知力」へと一気に1万5千ポイントを流し込んだ。


【魔力】5 + 10,000 = 10,005

【知力】8 + 5,000 = 5,008

「……ふぅっ」


その瞬間、湊の全身から、視認できるほどに濃密な青白いオーラが間欠泉のように噴き出した。


魔力10,000。


それは、高ランクの魔法使いに匹敵する純粋な魔力ステータス。


肉体的な万能感とは全く違う、世界の法則そのものを捻じ曲げられるような、全能の感覚が脳と魂を支配する。


そして、知力5,000という常軌を逸した演算能力が、パニックを起こしかけていた脳を瞬時に沈静化させ、暴走しそうになる膨大な魔力を完璧に制御し始めた。空間に漂うマナの粒子一つ一つの動きすら、手に取るように理解できる。


『ォォォォォォォッ!!』


湊の足が止まり、隙を見せたと判断したのか、二十体のレイス・ナイトが一斉に襲いかかってくる。


物理が効かない亡霊の群れ。


「俺は魔法のスキルなんて一つも持ってない。炎を出したり、氷を出したりする便利な能力はない」


湊は右手を前に突き出した。


「だが……これだけ圧倒的な『魔力』があれば、形なんてどうでもいい。ただの力の塊で叩き潰すだけだ!」


湊は、体内で荒れ狂う純粋な「魔力」の塊を、知力5,000の演算能力で極限まで圧縮した。


属性などない。ただ純粋な破壊のエネルギー。


空間が歪むほどの高密度の魔力が、手のひらにソフトボール大の眩い光球となって顕現する。


光球の周囲では、圧縮に耐えきれなくなった空間がパチパチと黒い稲妻を放ってひび割れていた。


「消し飛べっ!」

湊はその光球を、レイス・ナイトの群れの中心へと渾身の力で放り投げた。


――ピカァッ!!


最初は、音すらなかった。


ただ、圧倒的な青白い閃光が未踏破領域の広大なドームを包み込み、すべての影をかき消した。


次の瞬間、鼓膜を完全に破壊するような衝撃波が遅れて爆発した。


ズガァアアアアアアアアアアアアアアアンッッ!!!


ダンジョンそのものが崩壊するような大振動。

圧倒的な魔力の暴風が吹き荒れ、光が収まった後には、二十体のレイス・ナイトの群れは跡形もなく消滅していた。


それどころか、強固な黒曜石の床には直径五十メートルを超える巨大なクレーターが穿たれ、群生していた紫色のクリスタルはすべて塵に還っていた。


ただの魔力の塊をぶつけただけで、地形すら変える大魔術級の威力を叩き出したのだ。


「……さすがにやりすぎたか。知力の制御がなかったら、俺ごと吹き飛んでたかもしれないな」


自身の放った魔法のデタラメな威力に、湊自身も引きつった苦笑を漏らす。恐怖で震えていた足は、いつの間にかピタリと止まっていた。


システムは正確にその討伐結果を弾き出した。

『対象の生命活動停止を確認』


『経験値の還元を実行します』


『未割り当てポイントに【24,000】が追加されました』

「一体1,200ポイントか。」


ウインドウに表示された未割り当てポイントの総額を見て、湊の顔に再び獰猛な笑みが戻ってくる。


これで累計の保有ポイントは約4万8千。Cランク相当から、一気にBランク上位に迫るほどの総量まで跳ね上がった。


魔物を殺せば殺すほど、ポイントは無限に貯まっていく。


そしてそのポイントを、敵の弱点に合わせて完全にカスタマイズできる。


物理が効かない敵には魔力を。速い敵には俊敏を。一撃が重い敵には体力を。


他人が運命のダイスに怯えながら戦う中、システムそのものをハッキングした湊による、一方的な『蹂躙』だ。


「最高だ。この未踏破領域、俺にとってはただの狩りボーナスステージじゃないか」


湊は再びステータスボードを開いた。


先程のように極端に特化させすぎると、歩くだけで床を割り、魔法を撃つだけで地形を消し飛ばしてしまう。先程のギリギリの回避劇を思い返し、湊は今後の探索に最も適した「汎用バランス型」のプリセットを構築することにした。


すべてのステータスに満遍なく数千ポイントを割り振り、どんな奇襲にも対応でき、かつ自滅しない程度の出力に調整する。ステータスの総量が上がった今なら、バランス型でも十分にBランク相当の火力を維持できる。


自分をハメた恭平たち『紅蓮の牙』が、今頃地上でどんな顔をして祝杯をあげているのか。


それを想像するだけで、腹の底からドス黒い笑いが込み上げてきた。


「待ってろよ、エリート気取りのクソ野郎ども。お前らが絶対不可能だと見捨てたこのどん底で、俺は最強の最適解ビルドを完成させてやる」


暗闇の未踏破領域。


他人が運任せで生きる不条理な世界で、ギリギリの死闘を経験しながらもステータスを自在に操る悪魔へと変貌し始めた底辺荷物持ちの青年は、次なる獲物を求めて、さらに奥へと歩みを進めた。


【ステータス】

【名前】天谷 湊

【年齢】20

【HP】2,015 / 2,015 (自然治癒にて回復・最大値上昇)

【MP】2,005 / 2,005

【筋力】2,012

【俊敏】2,010

【体力】2,015

【知力】2,008

【魔力】2,005

【保留ポイント】38,465

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