絶望の反転
パキィィィィィィィンッ!!!!
絶対の強度を誇っていたはずのマナの結界が、膨大なな熱量によって、まるで薄いガラスのように粉々に砕け散った。
「アハハハハハハハッ!! どこからでも来いよ、ゴミ共!! 余さず全部、燃やし尽くしてやるからよォォォッ!!」
闘技場の中心。
神代を倒し、獅子神を殺し、五十万人の市民を絶望の底に叩き落としたベルゼたちの前に、真の『地獄』が顕現した。
赤黒いマグマのような炎が全身を覆い、禍々しい装甲を形成する。
【仮想武具:灰燼魔鎧】
背中から吹き出した炎の翼が羽ばたいた瞬間、闘技場を満たしていたドス黒い瘴気が、一瞬にして超高熱の嵐に巻き込まれて蒸発した。
『ギ、ギィィィィッ!?』
『ガァァァァァッ!! アツイ、アツイィィィッ!!』
俺がただそこに「立っている」だけ。それだけで、周囲数十メートルに群がっていた低級のモンスターたちが、自身の体液を沸騰させ、悲鳴を上げる間もなく炭化してボロボロと崩れ落ちた。
闘技場のすり鉢状のアスファルトは、すでにドロドロのマグマの海へと変貌している。
『モンスター421体の討伐を確認』
『保留ポイント:18,500,000ポイントを獲得』
視界の端で、システムのアナウンスが滝のような速度でスクロールしていく。
モンスター一体につき、およそ2万から15万ポイントという破格の経験値。それが、秒単位で何百体と消滅していくのだ。
俺は狂ったように嗤いながら、空中に展開しっぱなしのステータス画面に触れた。
獲得したばかりの1850万ポイント。
それを、一切の迷いなく、「炎の鎧」へとスワイプする。
肉体が、ミシミシと悲鳴を上げた。
圧倒的な出力に、細胞が耐えきれずに引き裂かれそうになる。だが、全身を覆う炎の装甲が、強引にその崩壊を押し留め、莫大なエネルギーを俺の四肢へと無理やり定着させていく。
「オラァッ!!」
ドンッ!!
俺が地を蹴った瞬間、闘技場の中心に「クレーター」が生まれた。
音速などという次元ではない。
俺の身体は、赤黒い一本のレーザー光線と化し、数万のモンスターが密集する巨大な群れのド真ん中へと突き刺さった。
ズバァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!
拳を振るう必要すらない。
俺が音速の数十倍で「通過」した軌道上のすべてが、極大の運動エネルギーと絶対的な熱量によって、文字通りチリ一つ残さずに消し飛んだ。
『モンスター1,250体の討伐を確認』
『天谷 湊:65,000,000ポイントを獲得』
「足りねえ!! もっとだ!!」
六千五百万ポイント。
それを炎の鎧に加算していく。
【もはや、ウインドウに表示される桁がおかしくなっていた。七星ですら数百万で頂点を極めているというのに、俺のステータスは、戦いの中で文字通り「無限」に肥大化していく。
『な、なんだあのバケモノは……!? 陣形を組め! 魔法部隊、一斉射撃だ!!』
ベルゼが、恐怖に顔を引きつらせながら命令を下す。
数千発の高位魔法――氷槍、雷撃、酸の雨が、全方位から俺へ向けて一斉に放たれた。
「……ハッ」
俺は立ち止まり、両腕を広げた。
降り注ぐ数千の魔法。だが、それらが俺の『灰燼魔鎧』に触れるよりも早く、俺の周囲を取り巻く数万度の超高熱の領域に進入した瞬間、すべてが「気化」して無効化された。
『ば、馬鹿な……我らの魔法が、届く前に消滅しただと!?』
「熱量が足りねえんだよ、ゴミ共」
俺は右腕を真横に振り抜いた。
ただの裏拳。だが、五百万近い筋力と魔力が乗ったその一振りは、巨大な「炎の津波」となって闘技場のすり鉢を駆け上がった。
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!
炎の津波に飲み込まれたモンスターたちが、断末魔の悲鳴すら残せずに灰へと変わっていく。
一振るいごとに、数千万のポイントが俺に流れ込み、それがさらなる暴力へと変換される。
死の永久機関。命を燃料にして燃え盛る、最悪のバグ。
『――調子に乗るなよ、人間風情が』
その時、炎の津波を真っ二つに切り裂いて、一つの巨大な漆黒の影が俺の頭上へと跳躍してきた。
神代迅の白銀の長刀を素手でへし折り、彼を瀕死の重傷に追いやった、漆黒の騎士。
【名称:虚無の魔将・アスタロト】
アスタロトは、身の丈を優に超える漆黒の大剣を上段に構え、その刀身に、空間すらも歪める極大の『重力』と『虚無』のマナを凝縮させていた。
『貴様も、潰して――』
「遅えよ」
アスタロトが大剣を振り下ろすより早く。
俺は、炎の翼で空気を叩き、瞬きすら許されない速度で、空中の中空にいるアスタロトの真正面へと「転移」していた。
『なっ……!?』
兜の奥の虚無の闇が、驚愕に揺らぐ。
アスタロトは咄嗟に大剣を盾のように構え、自身の前面に絶対的な重力の断層を展開した。神代の神速の斬撃すらも弾き返した、難攻不落の防壁。
「それが、神代さんの剣を折ったオモチャか?」
俺は、炎の装甲に包まれた右手を、その漆黒の大剣の刀身へと、無造作に伸ばした。
ガキィィィィィィィィンッ!!!!
世界が軋むような激突音。
アスタロトの放つ極大の重力嵐が、俺の右手を押し潰そうと乱気流を生み出す。
だが。
「……軽いな」
俺が右手に力を込めた瞬間。
重力そのものを物理的に「握り潰した」。
メキッ、メキメキメキッ……!!
『ば、馬鹿な!? 我が虚無の剣が……素手で……!?』
「こんなモンで、みんなを傷つけやがって……ッ!!」
バキィィィィィィィィィンッ!!!!!
アスタロトの漆黒の大剣が、俺の握力と超高熱によって、中央から飴細工のように無惨にへし折られた。
折れた刀身が空を舞う中、俺はそのまま右腕を突き進め、アスタロトの漆黒の甲冑――その胸部のド真ん中へと、炎の拳を深々と突き刺した。
ズボォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
『ガ、ゴ、ァァァァァッ!?』
絶対の強度を誇っていたはずの甲冑が、濡れた紙のように容易く貫通される。
俺の右腕は、アスタロトの背中まで完全に突き抜け、その手には、黒く脈打つマナの核が握られていた。
『や、やめろ……我は、魔将……こんな、人間の……』
「死ね」
俺が手の中のコアを握り潰した瞬間。
俺の右腕から、アスタロトの体内へ向けて、凝縮された火属性魔法の爆炎が直接流し込まれた。
ドッパーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!
内側からの極大の爆発。
虚無の魔将アスタロトの巨体は、上半身と下半身が泣き別れることもなく、打撃の熱量と爆発によって、細胞レベルで『完全消滅』した。
『虚無の魔将アスタロトの討伐を確認』
『保留ポイント:5,000,000ポイントを獲得』
「……ハァ、ハァ……アハハハハハ!」
降り注ぐ黒い灰の中で、俺は狂ったように嗤い、再び500万ポイントをステータスへと注ぎ込んだ。
止まらない。俺の怒りも、この狂気的な力も。
闘技場のアスファルトに着地し、ゆっくりと顔を上げる。
視線の先、すり鉢の最奥。
そこには、先ほどまで余裕の笑みを浮かべていた大悪魔ベルゼが、自身の軍勢が瞬く間に消し炭にされ、最高戦力であるアスタロトが秒殺された光景を前に、完全に顔を引きつらせて硬直していた。
『ば、バケモノ……。あり得ん、なんだその力は!? 貴様、本当に人間か!?』
ベルゼが、後ずさりしながら絶叫する。
「……どの口が言ってんだ。てめぇらが始めた『戦い』だろ。最後まで、特等席で楽しんでいけよ」
俺が一歩、ベルゼへ向けて歩みを進めると、身体がビクッと震え上がった。
圧倒的なステータス差がもたらす、生物としての本能的な「死の恐怖」。
ベルゼは、恐怖で完全に発狂したように、周囲に残っていた数万のモンスターたちへ向けて金切り声を上げた。
『殺せ!! 奴に構うな!! 後ろの檻だ!! 人質を皆殺しにしろォォォォッ!!』
卑劣極まりない、最後の足掻き。
ベルゼの命令を受け、生き残っていたモンスターたちが、俺を避けるようにして、背後の巨大な骨の檻――五十万人の市民たちへ向けて一斉に殺到し始めた。
「きゃあああああっ!」
「来るな! 来るなぁっ!!」
檻の中から、悲鳴と絶望の嗚咽が上がる。
モンスターの数は、まだ数万。いくら俺のステータスが異常でも、広大な闘技場に散らばった数万体を一体ずつ潰していては、確実に檻への到達を許してしまう。
『ヒャーッハッハッハ! どうだ! 貴様がどれほど速かろうと、この数を同時には防げまい! 家畜どもが肉片になる絶望の音を聞きながら、無力に泣き叫ぶがいい!!』
ベルゼが、狂ったように嗤う。
だが。
俺は、焦ることも、振り向くこともしなかった。
ただ、ステータスウインドウの【MP】の項目を、静かに見つめた。
【MP:150,000 / 496,160】
全身の炎装を維持し、さらに常識外れのステータス出力を固定するために、俺のMPは毎秒凄まじい勢いで削り取られている。
タイムリミットは、あと数分。
その前に、すべてを終わらせる。
「……人質の命が、俺の足枷になるとでも思ったか?」
俺は、両腕を大きく広げ、天を仰いだ。
「――燃え尽きろ、『灰燼の城壁』」
ドンッ!!!!!
俺の足元から、マグマのような赤黒い炎が、地を這う大蛇のように四方八方へと一斉に走り出した。
それは、五十万人の市民が閉じ込められている無数の檻の「前面」を、完全な円形に囲い込むようにして疾走し――次の瞬間、数十メートルの高さを持つ、絶対的な『炎の防壁』となって天高くそびえ立った。
「なっ……!?」
『ギャアアアァァァァァァッ!?』
檻へと殺到していた数万のモンスターたち。
彼らが、その『炎の防壁』に触れた瞬間、いや、数メートル以内に近づいただけで、超高熱によって一瞬にして蒸発し、灰となって消えていった。
どれほどの群れが押し寄せようとも、その炎の壁は、アリ一匹の侵入すら許さず、すべてを等しく灰燼へと帰していく。
椿が己の血と魔力で作った防壁を、俺は力任せの出力と『灰燼魔鎧』の熱量で、さらに巨大に、より暴力的に再現したのだ。
『ば、馬鹿な……。数万の軍勢が、ただの「炎の壁」に触れただけで……全滅、だと……!?』
ベルゼが、信じられないものを見るような目で、ポツリと呟いた。
「これで、おわりだ」
俺の背後で、数万のモンスターだったモノが、キラキラと光る灰となって九州の空へと舞い上がっていく。
闘技場の中心に立っているのは、俺と、大悪魔ベルゼの二体だけ。
【MP:80,000 / 496,160】
防壁を展開したことで、MPの減少速度が跳ね上がった。
俺の肉体も、限界を超えた熱量によって、内側から焼け焦げるような激痛が走り始めている。
だが、その痛みすらも、今の俺にとっては心地よい「殺意の起爆剤」でしかなかった。
「……さあ、どうしたベルゼ。絶望の時間の始まりだろ?」
俺は、赤黒い炎を揺らめかせながら、ゆっくりと、ベルゼへ向けて歩みを進めた。
その一歩ごとに、闘技場のアスファルトが溶け、悪魔の心臓を物理的に掴み取るような絶望の足音が響く。
『ヒッ……く、来るな……バケモノめ……!』
五十万人の人間を家畜と呼び、俺の仲間を笑いながら無惨な姿にかえたモンスターが。
今、腰を抜かし、無様に這いつくばりながら、必死に後ずさっていた。
狩る者と狩られる者の立場が、完全に「反転」した瞬間だった。




