嵐葬
「天谷湊……よく見ておきなさい。己の力を完全に『定着』させて使いこなした戦いを見せて差し上げますわ」
椿は、自身の魔力のすべてを、その血の防壁へと注ぎ込み、結界として完全に固定した。
これで、攻撃が飛ぼうとも、背後の市民に余波が届くことはない。
「避ければ人質が死ぬ」という相手の卑劣な戦い方そのものを、彼女の圧倒的な魔力量と出血による命の代償で「無効化」したのだ。
『ば、馬鹿な! 人質への射線を完全に塞いだと!?』
エリゴスが初めて狼狽の声を上げた。
「……これで。私は、いくらでも『動ける』ということですわ」
椿の瞳が、冷酷な獣のそれに変わった。
足の傷から大量の血を流しながらも、彼女の纏う威圧感は、先ほどまでとは比較にならないほどに膨れ上がっていた。
ドンッ!!
空間が爆発した。
椿の姿が消え、次の瞬間には、エリゴスの懐に潜り込んでいた。
『舐めるなァァァッ!!』
エリゴスは折れた双叉槍の柄に狂乱のマナを纏わせ、椿の頭部を叩き割らんと振り下ろした。
受け流すのではない。純粋な膂力による迎撃。
だが、椿はその一撃を「避けない」。
彼女は左腕を掲げ、エリゴスの渾身の一撃を、自身の腕の骨が軋むのも構わず真正面から受け止めた。
メキッ、と嫌な音が鳴り、椿の左腕が異常な角度に曲がる。
しかし、彼女の表情は微塵も揺るがない。
「……捕まえましたわよ、害獣」
『なっ――!?』
腕を砕かれながらも、椿はそのままエリゴスの柄を掴んで離さなかった。
逃げ場を失ったエリゴスの腹部へ向けて、椿の右拳が叩き込まれる。
ドバァァァァァァァァァンッ!!!!!
エリゴスの肉体が、背中側へ向けて大きく弾け飛んだ。
絶叫を上げ、大量の黒い血を吐き出しながら後方へ吹き飛ぶ。
だが、エリゴスも底知れぬ生命力で体勢を立て直し、すぐさま反撃の魔法を放つ。
闘技場の地面が隆起し、無数の黒い棘が椿を串刺しにせんと殺到する。
椿はそれを、風を纏った蹴りと鉄扇の斬撃で次々と破壊しながら前進する。
ドレスはボロボロに引き裂かれ、白い肌には無数の切り傷が刻まれ、太ももの自傷跡からは絶え間なく血が流れ続けている。
客観的に見れば、満身創痍の絶望的な状態だ。
しかし、彼女は笑っていた。
「アハッ……アハハハハハハッ!!」
完璧な令嬢としての仮面が外れ、闘争本能を剥き出しにした一人の「戦士」としての狂気
ただ目の前の敵を粉砕することだけに全神経を集中させた彼女の動きは美しさと恐ろしさを秘めていた。
『この、狂人がァァァッ!!』
追い詰められたエリゴスが、残された全マナを解放し、闘技場を覆い尽くすほどの巨大な黒い波動の渦を作り出した。
触れれば肉体と精神を同時にすり潰される、魔将の最後の大技。
「終わりですわ」
椿は地を蹴り、その黒い渦の真っ只中へと自ら飛び込んだ。
圧倒的な気圧の操作によって、彼女の周囲にだけ「完全な真空状態」を作り出し、黒い波動の干渉を強引に弾き返す。
エリゴスが最後の抵抗とばかりに、折れた柄で椿の心臓を突こうとする。
その軌道は、再び椿の攻撃を「化勁」のように受け流し、カウンターを合わせる完璧なタイミングだった。
しかし。
「遅いですわ!!」
椿は、空中に飛び上がった状態から、自ら放った微小な風の爆発を空中で起爆させ、その反動を利用して軌道を強引に「直角」に変えた。
予想外の変則的な軌道。
受け流す瞬間のタイミングを完全に外されたエリゴスの柄が、虚しく空を切る。
『なっ――』
「消えなさい」
エリゴスの死角、完全に無防備となった真上から。
椿の蹴りが、エリゴスの顔面の真中央へと炸裂した。
ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
頭蓋が粉砕される鈍い音。
エリゴスの肉体が、闘技場の床に深々とめり込み、クレーターを作り出す。
だが、椿は手を止めない。
着地と同時に、床に落ちていた鉄扇を拾い上げ、首を失ってなお蠢くエリゴスの胴体へ向けて、残された全魔力を込めた超至近距離の暴風を叩き込んだ。
「――『嵐葬』」
ズババババババババババババッ!!!!!
無数の目に見えない風の刃が、エリゴスの肉体を、骨ごと、マナの核ごと、何千、何万という微塵に切り刻み、肉片すら残さずにただの塵へと消滅させま。
五十万人の檻を守っていた赤黒い血の防壁が、サラサラと砂のように崩れ落ちて消えていく。
「……ハァ、ハァ……っ」
静まり返る砂舞台の中央。
椿は、へし折れた鉄扇を床に落とし、自らの血で染まったドレスを押さえながら、その場にゆっくりと崩れ落ちた。
精神の極限の磨耗、左腕の骨折、そして失血
彼女のHPゲージは危険域に達しており、完全に意識を失っていた。
「西園寺さん!!」
俺はマナの障壁が消滅した舞台へと飛び込み、倒れた彼女の身体を抱き起こした。
泥と血に塗れながらも、その顔には、誇り高き勝利者の安らかな笑みが浮かんでいた。
第二戦、人類の勝利。
だが、これで『七星』の二角が、同時に戦線から離脱したことになる。
「天谷。西園寺を医療班へ運んでくれ」
背後から、神代の静かな声が響いた。
振り返ると、神代がゆっくりと歩みを進め、闘技場の中央へと立っていた。
残る人間側は、俺、神代さん、そして獅子神さんの三人。
敵の残る知性体は、大悪魔ベルゼを含めて三体。
『――素晴らしい。実に見事だ、人間ども』
闘技場の奥で、腕を組んでいたベルゼが、クククと喉を鳴らして嗤った。
その背後から、さらに巨大な、肉の塊のような歪な巨体を揺らして、三体目の魔将が前に進み出てくる。
『だが……余興はここまでだ。……ここから本当の地獄をみせてやろう』
これまでの二体とは、明らかに次元が違うオーラを発している。
俺は、椿の身体を医療班に預けながら、血の匂いが立ち込める砂舞台を見つめ、全身の血管が怒りと緊張で沸騰していくのを感じていた。
【第二戦終了:人類側 残り3名 / 悪魔側 残り3名】




