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柔なる龍



防衛省・地下特別訓練室


外界から完全に隔離された分厚い特殊装甲の壁に囲まれた空間で、俺と中国『神龍』の部将・趙雲蘭チャオ・ユンランは、互いに数メートルの距離を空けて対峙していた。


「湊、ダメよ! 今のあなたの体調で、彼女みたいな対人戦のスペシャリストと戦うなんて……!」


壁際まで下がった雪乃が、悲痛な声を上げる。


先ほどの自壊検証による火傷と、ポーションで回復させたとはいえ、まだ万全とはいえない。

対するチャオは、一分の隙もない完全な戦闘態勢だ。


だが、俺は引かなかった。


彼女の言う通り、俺は戦闘の素人だ。莫大なステータスの火力を力任せに振り回しているだけの、ただの暴力の塊。


あの九尾に勝つためには、俺はどうしてもこの「壁」を越えなければならない。


「心配ない、雪乃。……俺は、俺の技を完成させる」


俺の言葉に、チャオは嬉しそうに口角を吊り上げた。


「いい目ね。男はそうやって、意地を張るくらいが可愛げがあって好きよ。……さあ、いらっしゃい」


チャオが青龍刀を片手で軽々と弄び、挑発するように指をクイッと曲げた。


「――行くぞッ!」

俺は床を蹴った。


音を置き去りにする速度の爆発的な踏み込み。


俺の姿は完全にブレて消失し、次の瞬間にはチャオの背後の死角へと回り込んでいた。そのまま、炎を纏わせた右回し蹴りを、彼女の首筋へと容赦なく放つ。


当たれば、鋼鉄の柱すらも飴細工のようにへし折る一撃。


だが。


「……直線的すぎるわ。あなたの攻撃は、『殺意』が溢れすぎてるのよ」


ヌルリ、と。


チャオの身体が、まるで重力に逆らう柳の枝のように、不自然な軌道で沈み込んだ。俺の超音速の蹴りは、彼女の黒髪の毛先を数本焦がしただけで、完全に空を切る。


「なっ……!?」

「速さと重さだけの攻撃なんて、当たる『場所』と『時間』さえ分かっていれば、避けるのは造作もないこと。……『化勁かけい!』」


俺の蹴りの勢いを、チャオの添えられた柔らかな手が、一切の抵抗なく絡め取った。


俺の全力の攻撃が彼女の『氣』の誘導によって完全に方向を捻じ曲げられ、俺自身の身体を空中で錐揉み回転させる。


「しまっ……!」

「隙だらけよ、坊や」


体勢を崩し、完全に無防備になった俺の胸板へ、チャオの掌底が吸い込まれるように触れた。


打撃というよりも、ただ「置かれた」だけのようにも見えた。


しかし、次の瞬間。

「――『発勁はっけい』」


ドゴォォォォォォォォォンッ!!!


「ガ、ハァァッ……!?」


皮膚や筋肉といった外部の防御を完全に無視し、俺の「内臓」そのものを直接爆破されたかのような、次元の違う激痛と衝撃。


俺の身体は砲弾のように弾き飛ばされ、訓練室の特殊装甲壁に深々と叩きつけられた。


メキメキと背後の壁が陥没し、口から大量の血が吐き出される。


ステータスのHPゲージが、一撃で大幅に削り取られた。


「……ゴホッ、ゲホッ……! なんだ、今の……攻撃は……」


俺は床に這いつくばりながら、信じられない思いでチャオを睨みつけた。


彼女の筋力値は、俺の半分にも満たないはずだ。それなのに、あの一撃には、俺の防御力を完全に無効化するほどの「異質な威力」が込められていた。


「驚いた? これが『氣』よ、湊」


チャオはゆっくりと歩み寄りながら、青龍刀の切っ先を床に滑らせた。


「ステータスという『外側』の数字をいくら鍛えようと、人間の内側……臓腑や魔力回路は無防備なまま。私はそこへ、自分の氣を直接流し込んで内側から破壊したの。……あなたがさっき、自分の右腕を内側から焼き焦がしたのと同じ理屈よ」


チャオの言葉が、俺の脳裏に閃光のように突き刺さった。


(俺が、腕を焼いたのと同じ理屈……?)


「魔力も氣も、生命エネルギーの形が違うだけで根源は同じ。あなたは、自分の中に生まれた巨大なエネルギーを、ただ外へ『放り放出』しようとしている。だから、それに耐えきれずに器(肉体)が壊れるの」


チャオは己の青龍刀をすっと持ち上げ、その刃に静かな、しかし恐ろしいほど高密度な氣を纏わせた。


「本当の技術とは、力を『循環』させること。放つのではなく、体内で完璧に巡らせ、必要な瞬間に、必要な場所へ、必要な分だけを導く……。それができない限り、あなたは一生、そのステータスの数値を振り回すだけの一般人よ」


「……循環、させる……」


俺は痛む身体を無理やり叩き起こし、荒い息を吐きながら立ち上がった。


チャオの言葉の真意。


あの柔らかな動き。攻撃を受け流し、威力を増幅させて叩き返す、淀みのないエネルギーの流れ。


俺はこれまで、保留ポイントという名の膨大なエネルギーをただ強引に仮想武具に『押し込んで』いただけだった。


制御できていない炎が俺の肉体から漏れ出し、自壊を引き起こしていたのだ。


なら、どうする?


漏れ出す熱を、どうすればいい?

(……外に漏れるなら、内側に『道』を作ればいいのか…?)


俺は目を閉じ、自身の体内を巡る魔力回路を深く、深く意識した。


心臓から全身へ血管が張り巡らされているように、俺の身体には火属性魔法の魔力が流れる『道』がある。


これまでは、その道を一方通行で「外」へ向けて全開にしていた。


それを、変える。


俺は右腕に意識を集中させた。

燃え盛ろうとする炎を『炎神の加護』と目に見えない何かで懸命に外へ逃がさないようイメージした。


(押し込むな……巡らせろ……! 外へ逃げようとする熱を、俺の魔力回路で吸い上げ、体内で回して、再び腕の表面へと戻すんだ……!!)


チャオの『氣』の循環。


それを、俺は力技で『魔力』に置き換えようとしていた。


右腕の表面で、赤黒い炎が明滅を繰り返す。


まだ完全な形(武具)にはならない。だが、熱が外へ逃げず、右腕の表面に極めて高密度な「膜」として定着し始めている『感覚』があった。


「……ほう?」

チャオが、面白そうに目を細める。


俺は空中にステータスウインドウを展開し、あの「仮想武具」のタブを呼び出した。


形は定まっていないが、システムは俺の右腕を覆う炎の膜を『武具』として認識している。


【仮想武具:未定(右腕部)】

【攻撃力】0

【耐久値】0

【相性値】10

相性値の最大は「10」。


そして、俺の脳内に、このスキルの使い方がアナウンスのように木霊する。


『《注意》(武具のステータス × 相性値) + 自身のステータスがあなたのステータス値になります。ただし、その恩恵を受けられるのは『武具を纏っている箇所のみ、武装を解除すると武具へ割り振ったポイントはそのまま消滅します』


にやりと下を向いて笑う湊


「まだやる気? 付け焼き刃でどうにかなるほど、私の技は甘くないわよ」


チャオが地を蹴った。


先ほどとは打って変わった、圧倒的な殺意を伴う踏み込み。氣を限界まで纏った青龍刀が、俺の首を刎ねに迫る。


俺は、保留ポイントから「100,000」ポイントを、不完全な炎の腕へスワイプした。


【仮想武具(炎の小手)】

【筋力】0 → 100,000

【防御力】0

【耐久値】∞(411,000 / 496,160)

【相性値】10


(武具100,000 × 相性10) + (湊の筋力350,000)= 1,350,000


(耐久値の横にMPと同じ数値……?MPが続く限り壊れないってことか……?)


そんなことを考えながら湊は力強く踏み込む


「オラァァァッ!!」


俺は、高密度な熱の膜で覆われた右腕を、迫り来る青龍刀の側面へと全力で叩きつけた。


ガキィィィィィィィィィンッ!!!


「なっ……!?」

チャオの顔が驚愕に歪む。


化勁で受け流す暇も与えない、一点集中の規格外の出力。


俺の右腕と青龍刀が衝突した瞬間、訓練室の空気が破裂し、チャオの身体が後方へと大きく弾き飛ばされた。


だが、俺の右腕を覆っていた炎の膜も、その一撃の負荷に耐えきれずにパキィンとガラスのように砕け散った。


「……ハァ、ハァ……!」


右腕に強烈な痺れが走るが、先ほどのような「焼け爛れる火傷」はない。


完全に制御できたわけじゃない。魔力を循環させる「感覚」を、ほんの一瞬だけ掴んで、無理やり一撃に変換しただけだ。


だが、その一撃は、確かに中国最高の武術家の体勢を崩した。


数メートル後方を滑るように着地したチャオは、自身の青龍刀の刀身を信じられないものを見るような目で見つめた。


そこには、俺の右腕と衝突した箇所から上が消し飛んだ青龍刀の姿があった。


「……嘘でしょう。たった数度、氣を使った攻撃を見せただけで、その感覚を自分の魔法に組み込んだっていうの……?」


静寂が降りた訓練室に、チャオの呆然とした呟きが響く。



「……まだ、全然不完全だけどな。でも、道は……見えた」


湊は汗だくになりながら、痺れる右腕を下ろしてニヤリと笑った。


「……ふふっ」


チャオの肩が震え、やがてそれは大きな笑い声へと変わった。


「あははははははっ! 素晴らしいわ! 最高の才能、最高の適応力! ああ、もうダメ……私、本気であなたのことが欲しくなっちゃった」


チャオは折れた青龍刀を放り捨てると、瞬きする間に俺の目の前まで間合いを詰め、両手で俺の首に妖艶に腕を絡ませてきた。


「チャオさんッ!?」

「いいわ、私の負け。というより、これ以上やったら私が本当に殺されちゃいそうだし」


チャオは俺の胸板に豊満な胸を押し付け、吐息がかかるほどの至近距離で、潤んだ瞳で俺を見つめ上げてきた。


「ねえ、湊。やっぱり私のモノになりなさいよ。中国なら、その不完全な技術、私が夜のベッドの上でも手取り足取り教えてあげるわよ?」


「なっ……ちょ、離れ……!」


ドゴォォォンッ!!


突然、俺たちのすぐ横の床に、極低温の『氷の槍』が突き刺さった。


「……そこから離れなさい」


振り返ると、雪乃が双剣を抜き放ち、絶対零度の殺気を撒き散らしながら立っていた。


その瞳には、これまでに見たことがないほどのドス黒い怒りの炎が渦巻いている。


「あら、怖い。でも残念ね、彼が私に気を持たせるような強さを見せるからいけないのよ?」


チャオはわざとらしく俺の耳元に唇を寄せ、チュッと軽い音を立てた。


周囲の空気が一気に冷たくなる


「わぁっ! 雪乃さんストップ! 室内で魔法は……!!」


俺が慌てて割って入る中、チャオはコロコロと鈴を転がすように笑いながら、俺の拘束を解いて数歩後ろへ下がった。


「決めたわ。私、しばらく日本に滞在することにする」


「「はぁ!?」」

俺と雪乃の声がハモる。


「だって、その技術……まだ『感覚』を掴んだだけでしょ? 魔力の循環による武装化。それを実戦レベルで安定させるには、私みたいな氣功の達人をスパーリングパートナーにするのが一番効率がいいはずよ」


チャオは流し目で俺を見つめ、ペロッと艶かしく唇を舐めた。


「それに……時間をかければ、日本の氷の姫君から、あなたを寝取る隙も十分にあるでしょうしね?」


「ふざけないで!湊は私の大切な仲間よ!」


雪乃が俺の腕をガシリと掴み、自分の胸に引き寄せる。


防衛省の地下深く。


新たな力の片鱗を掴んだ達成感と同時に、俺は別の意味での「凄絶な戦い」の始まりを予感し、盛大に頭を抱えるのだった。


   * * *


同刻。


太平洋上、マナの膜に覆われた海洋型ダンジョンの最深部――


そこは、人類の想像を絶する光景が広がっていた。


海水が排除されたドーム状の巨大空間の中心に、天を突くほど巨大な「世界樹」のような珊瑚の塔がそびえ立っている。


その根元、青白いマナの泉が湧き出す玉座に、一人の男が座していた。


長い銀髪と、背後で揺らめく九本の光の尾。


かつて新宿で俺と死闘を繰り広げ、そしてこの深海で日米中のトップ探索者たちを絶望の淵に叩き落とした特異知性体――『九尾』。


『……忌々しい』


九尾は、俺の限界突破した武具によって引きちぎられた尾の断面を撫でながら、低く不快げな声を出した。


すでに欠損した腕は再生しているが、あの戦闘で負った傷は、このダンジョンのマナをもってしても完全には癒えていなかった。


『あの人間……天谷湊。我のステータスに及ばない全弱な人間風情のはずが、なぜあのような出鱈目な出力を出せる。……変異種か? 否、あれはもっと根本的な……』


九尾の脳裏に、狂ったように笑いながら自分を殴り飛ばした、あの時の湊の顔が過ぎる。


恐怖。


人類という羽虫に対して、自分が「恐怖」を抱いたという事実が、九尾のプライドを酷く傷つけていた。


『……急がねばならんな。この海のマナで完全に回復し、我らが地上を染め上げるその日までに……あのイレギュラーだけは、私がこの手で確実にすり潰す』


深海の玉座で、九尾の銀色の瞳が暗い殺意に染まる。


彼方にある日本列島を睨み据えるその視線は、来るべき最終決戦の凄惨さを静かに物語っていた。



【ステータス】

【名前】天谷 湊

【HP】120,800 / 300,000

【MP】386,000 / 496,160

【筋力】350,000

【俊敏】380,000

【知力】250,000

【魔力】400,000 (魔法:火属性Lv.3)

【保留ポイント】2,460,000

【特殊加護:炎神の加護】

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