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問われる存在理由




新宿ダンジョンの完全踏破から数日が経過した。


日本のトップ探索者たちが血眼になって探し求めていた「次なる脅威への対抗策」。その一片を掴むため、俺は防衛省の地下にある特別訓練室に連日篭りきりになっていた。


「――ふぅ」


息を吐き出し、精神を極限まで集中させる。


俺の意思に呼応し、全身の毛穴から赤黒い魔力が噴き出した。それはただの「炎」ではない。


まるで意思を持った水飴のように、俺の四肢に滑らかにまとわりつき、灼熱の装甲となって肉体を覆っていく。


『炎神の加護』。


この数日間、血反吐を吐くような検証を繰り返した結果、俺はこの加護の特性を理解しつつあった。


火属性魔法Lv.3に到達したことによる純粋な威力向上に加え、この加護は炎に「物理的な形」を与えることを可能にする。炎を鞭のように振るい、あるいは盾として固め、さらには俺自身の身体能力を熱エネルギーで強制的にブーストさせることもできる。


だが、それだけでは海洋ダンジョンで対峙した「九尾」には届かない。


あの理不尽な暴力に対抗するには、俺の全て――ステータスと、魔法を何段階もレベルアップさせる必要がある。


俺は右腕に極限まで高圧縮した炎を纏わせた。

赤黒く輝く、灼熱の刀身。俺の意思と魔力で形作られた、純粋なエネルギーの刃。


俺はその炎の刃を見つめたまま、心の中で強く念じた。


(これは炎じゃない。これは、俺の魔力で作り上げた、俺だけの『武器』だ……!)


すると。


視界の端で、ステータス画面の端に「タブ」が出現し赤く発光し始めた。


【条件クリア:魔力による仮想武具の形成を検知】

武装強化エンチャント・オーバードライブ機能を解放します】


「……出た。やっぱりだ!」


展開されたのは、俺の右腕に纏った炎の刃のステータス画面だった。


【仮想武具:炎神の刃】

【攻撃力】5,000

【防御力】0

【耐久値】0

【相性値】10



自分の魔力で作ったのだから当然だ。どんな国宝級のレア武具よりも、俺自身との親和性が高い。


俺は震える指先で、保留ポイントの中から「100,000」ポイントを、その仮想武具の攻撃力へとスワイプして流し込んだ。


【仮想武具:炎神の刃(攻撃力)】5,000 → 105,000


ブォォォォォォォォンッ!!!


瞬間、俺の右腕に纏っていた炎が、爆発的な輝きを放ち、周囲の空間を物理的に焼き切るような悍ましい熱量を放ち始めた。


訓練室の耐熱ガラスが熱でひび割れ、空気が悲鳴を上げる。


「すげえ……。俺のポイントを、そのまま火力のステータスに変換して定着させてる……!」


だが、その歓喜は一瞬で激痛へと塗り潰された。


「ぐっ……ッ!?」

俺の右腕の皮膚が、急激な温度上昇に耐えきれず、真っ赤に焼け爛れ始めたのだ。


仮想武具自体は壊れない。だが、その規格外の火力を「保持」している俺の肉体が、自身の放つ圧倒的な熱量に耐えきれず、深刻な火傷を負い始めている。


「しまっ……!」

俺は慌てて仮想武具の維持を解除し、炎を霧散させた。


「……ハァ、ハァ……っ」


右腕は赤黒く腫れ上がり、水ぶくれが弾け、激痛が全身を駆け巡る。HPがごっそりと削られていた。


俺は急いで備え付けのポーションを腕に振りかけ、荒い息を吐きながら床に座り込んだ。


(……ダメだ。長くは持たない)


この数日間、俺は何度もこの『仮想武具のオーバードライブ』を試してきた。


形を剣から籠手に変えたり、流し込むポイントを減らしてみたりと、様々なアプローチを模索した。


だが、結果はすべて同じだった。


ポイントを流し込めば流し込むほど、炎の熱量は俺の肉体を容赦なく焼き焦がす。


現状の俺の肉体と魔力制御では、この最大火力を維持できるのは、せいぜい「10秒」が限界だ。それ以上使えば、俺の右腕は完全に焼き切れて使い物にならなくなる。


一撃必殺の切り札にはなるかもしれない。だが、長期戦や複数のモンスターを相手にするような状況では、あまりにもリスクが大きすぎる「欠陥品」だった。


「……またそんな無茶をして。本当に、少し目を離すとすぐ自分を壊すようなことをするのね、あなたは」


不意に、訓練室の扉が開く音がし、涼やかな声が響いた。


顔を上げると、そこには私服姿の雪乃が立っていた。


まだ完治はしていないのか、その足取りは普段より少しだけ重く、顔色も青白い。だが、その氷のような瞳の奥には、確かな熱が宿っている。


「雪乃さん。もう出歩いていいのか?」

「ええ。おかげさまでね。……それより、あなたのその右腕の火傷。また無茶な検証をしていたんでしょう」


雪乃は俺の隣にしゃがみ込み、冷たいタオルを額に押し当ててくれた。


「ありがとう。……でも、まだ足りない。俺の身体が、自分の魔力に追いついてないんだ。九尾に勝つには、この炎を完全に制御しなきゃいけないのに……」


俺が悔しげに呟くと、雪乃はタオルを持つ手を止め、まっすぐに俺の目を見つめた。


「……ねえ、湊」

静かで、ひどく冷たい声。


雪乃は俺の目の前まで来ると、その両手で、俺の火傷だらけの右手をそっと包み込んだ。


ひどく優しい感触。彼女の体温が、熱を持った俺の肌にじんわりと伝わってくる。


「あなたにとって、私たち……私と結衣さんは、一体何なの?」


「え……」


「足手まとい? 守るべき『お姫様』? それとも、あなたが一人で自己犠牲のヒーローを気取るための、ただの『観客』?」


雪乃の言葉は、鋭い刃のように俺の胸の奥を抉った。


「違う! 俺は、そんなつもりじゃ……」


「じゃあ、どうして私たちを信じてくれないの! どうして、横に立って一緒に傷つくことを許してくれないの!!」


雪乃が、初めて俺の前で声を荒げた。

その美しい瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。


「あの海で……あなたが一人で残ると言った時、私がどれだけ絶望したか分かる? 私の目の前で、あなたが死んでいくかもしれない恐怖が分かる!?」


「雪乃さん……」


「私だって……一人前の探索者よ。あなたと同じ、この世界を守るために命を懸けて戦う探索者なの。……だから、お願い」


雪乃は俺の手を握りしめたまま、その額を俺の胸元に押し当てた。


「もう、私を置いていかないで。私を……あなたの背中をただ見送るだけの、無力な女にしないで」


嗚咽交じりのその声に、俺は言葉を失った。

俺は強くなりたかった。


大切なものを、もう二度と失わないために。九尾のような理不尽な絶望から、彼女たちを守り抜くために。


だが、その「一人で何とかしようとする」傲慢さが、誰よりも彼女を深く傷つけていたのだ。


「……悪かった」


俺は、火傷の痛みを堪えながら、残った左手で雪乃の華奢な背中をそっと抱きしめた。


「俺は、馬鹿だ。……雪乃さんが隣にいてくれるから、俺は強くなれたのに。一人で勝手に背負い込んで傷つけて……本当に、悪かった…」


雪乃の身体がビクッと震え、そして、俺の胸の中でさらに強く泣きじゃくった。


俺は彼女の温もりを感じながら、静かに、しかし確かな決意を胸に刻んだ。


もう、一人で命を捨てるような戦い方はしない。彼女と共に。結衣と共に。この不格好で、狂っていて、それでもどうしようもなく愛おしい『日常』を守り抜くために。


「……一緒に、海を終わらせよう。雪乃」

「……ええ。当たり前よ、バカ湊」


俺たちが互いの存在を確かめ合うように抱きしめ合っていた、その時だった。


パチ、パチ、パチ、パチ。


不意に、誰もいないはずの訓練室の入り口から、場違いな拍手の音が響き渡った。


「感動的な絆ね。美しいわ」


ハッとして振り返ると、そこには真紅のチャイナドレス風戦闘衣に身を包んだ、長い黒髪の美女が立っていた。


中国『神龍』の部将、趙 雲蘭チャオ・ユンラン


「チャオさん……!? なんで、日本の防衛省の地下に……!」


俺は咄嗟に雪乃を背後に庇い、警戒の体勢をとった。


ここは日本の最高機密施設の一つだ。いくら同盟国のトップ探索者とはいえ、無断で立ち入れる場所ではない。


「気功による『隠形おんぎょう』よ。あなたたちの国の警備は、魔力や気配探知には優れているけれど、人間の『氣』の流れを隠してしまえば、なんてことのないセキュリティだわ」


チャオは妖艶な笑みを浮かべながら、コツン、コツンとヒールを鳴らして俺に近づいてきた。


「それにしても……酷い火傷ね、湊」


チャオの鋭い視線が、俺の右腕を射抜く。


彼女の目は、ただ火傷を見ているのではない。俺の体内で乱れている魔力の流れそのものを透視しているかのようだった。


「……太陽を、小さなティーカップに無理やり押し込めようとしている。それが今のあなたよ」

「なに……?」


「あなたのその『魔力』と『ステータス』の絶対量は、確かに人類の規格を外れているわ。でも、それを扱う『器』……つまり肉体の使い方が、完全に素人なのよ」


チャオはふっと息を吐き、呆れたように肩をすくめた。


「力任せに魔力を圧縮し、無理やり外へ放出しようとするから、肉体がその負荷に耐えきれずに自壊する。そんな三流の戦い方じゃ、あの九尾には勝てないわよ」


図星だった。


俺自身がたった今、壁にぶつかっていた『10秒の限界』。それを、彼女は一目見ただけで完全に見抜いていた。


「……なら、どうすればいいって言うんだ」


俺が睨みつけると、チャオは嬉しそうに目を細め、両腕を広げた。


「簡単よ。私の国へ来て、私の夫になりなさい。そうすれば、私が中国四千年の歴史が誇る『氣功術』……肉体への負荷をゼロにしてあなたをもっと強くする技術をつきっきりで教えてあげるわ」


「なっ……まだそんなことを言っているの!? 彼は日本を離れないと言ったはずよ!」


雪乃が怒りに声を震わせるが、チャオは全く意に介さない。


「タイムリミットが迫っているのよ、雪乃。日本でちまちまと火傷を作りながらお遊びをしている時間なんて、私たち人類には残されていないの。彼には、私の『技術』が必要よ」


チャオはスッと右足を半歩引き、美しい装飾が施された青龍刀を構えた。


「言葉で分からないのなら、身体で教えてあげる。湊……私と戦いなさい」


「……本気か。あんた、ダンジョンで俺のステータスを見ただろ」


俺の現在のステータスは、全探索者の中でも異常な領域に達している。対するチャオのステータスは、七星と同等以上だが、湊には劣るはずだ。


「ええ、ステータスならあなたの圧勝ね。でも……『人間同士の殺し合い』において、数字が全てじゃないってことを、私が証明してあげるわ」


チャオの全身から、魔力とは異なる、静かで、しかし底知れぬほど深く重い『氣』のオーラが立ち昇る。


「私が勝ったら、あなたは中国へ来て私の夫になる。……さあ、いらっしゃい。日本の英雄」


防衛省の地下訓練室。


圧倒的なステータスと火力を誇る俺と、洗練された対人戦の極致である『氣功術』を操るチャオ。


俺の『炎』を完成させるための、避けられない戦いの火蓋が切られようとしていた。


【ステータス】

【名前】天谷 湊

【HP】176,200 / 300,000

【MP】411,000 / 496,160

【筋力】350,000

【俊敏】380,000

【知力】250,000

【魔力】400,000 (魔法:火属性Lv.3)

【保留ポイント】2,560,000

【特殊加護:炎神の加護】

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