新宿ダンジョンでの経験値稼ぎ2
重厚なクリスタルの扉を押し開けると、そこは果てしなく広がる純白の空間だった。
床も、壁も、天井も存在しないかのような錯覚に陥る光の世界。
その中央に、そいつは「浮いて」いた。
神々しく輝く、六枚の純白の翼。頭上には黄金の輪が浮かび、神話に描かれる天使そのもののような、神聖で不可侵なオーラを放っている。
だが、そいつがゆっくりと振り返り、俺たちに「顔」を向けた瞬間――俺は背筋に氷をねじ込まれたような悪寒に襲われた。
「……趣味の悪い冗談だぜ、こいつは」
獅子神が、顔を引きつらせて低く唸った。
美しい天使の体躯。だが、その首から上にあるべき「顔」は、悍ましい肉の塊だった。
目鼻の区別もない赤黒い肉腫に、ギョロギョロと無秩序に蠢く何十もの眼球。そして、頭部の半分を占めるほどに裂けた巨大な口には、サメのような何重もの牙がびっしりと生え揃い、黄色い涎を垂らしている。
【ランク:測定不能】
【名称:偽典の熾天使】
知性の欠片もない。ただ、目の前にある生命体を根絶やしにするという、純粋で絶対的な「破壊衝動」だけが、そのバケモノから放たれていた。
『ギギ……アガァァァァァァッ!!』
悍ましい咆哮と共に、六枚の翼から「光の雨」が降り注いだ。
「散れッ!!」
東の叫びと同時に、俺たちは三方向に大きく跳躍した。
ズドドドドドドォォォォンッ!!
光の矢が降り注いだ純白の床が、音もなく「消滅」していく。
物理的な破壊ではない。マナそのものを分解する、純粋なエネルギーの奔流だ。
「ガハハハ! 挨拶代わりにしては派手じゃねえか!!」
東が空中で身を捻り、両手から極太の雷撃を放つ。
「――『紫電竜』ッ!!」
数千万ボルトの雷が龍の形を成し、偽典の熾天使へと襲いかかる。
だが、天使の顔の無数の眼球がギョロリと雷撃を睨んだ瞬間、その雷は不可視の壁に弾かれたように四散し、無害な火花となって消滅してしまった。
「魔法障壁か……! なら、こっちだぁ!!」
獅子神が床を蹴り、弾丸のような速度で天使の懐へと潜り込む。
巨大なオーラを纏った剛拳が、天使の腹部へと深々と突き刺さった。
ドゴォォォォンッ!!
衝撃波が空間を揺るがすが、天使は微動だにしない。
逆に、獅子神の拳を包み込むように肉が変形し、その腕を強引に捕食しようと蠢き始めた。
「チッ、気色悪ィ肉だぜ……ッ!」
獅子神が強引に腕を引き抜くが、その一瞬の隙を突き、天使の六枚の翼が鋼のような硬度を持って獅子神を包み込み、巨大な刃となって斬り裂きにきた。
(間に合え……ッ!)
「――オラァッ!!」
俺は爆発的な速度で割り込み、獅子神に迫る翼の刃を、炎を多重圧縮した右拳で下から殴り上げた。
ガキィィィィィンッ!!
鋼が激突するような甲高い音。
バフなしでもステータスを引き上げた今の俺なら、このバケモノの攻撃を弾くことができる。
「モヤシ、余計な真似を……」
「文句は後だ! こいつ、底が見えねえぞ!」
弾かれた翼が瞬時に軌道を変え、今度は俺の胴体を薙ぎ払いに来る。
俺は姿勢を低くしてそれを躱し、天使の無防備な胸ぐらへ向けて左拳を叩き込んだ。
熱の槍が炸裂し、天使の純白の肉体が焼け焦げる。
だが、ダメージを与えた傍から、異常な速度で肉が再生していく。
『ア、アアァァ……!』
天使の顔面にある無数の眼球が一斉に赤く染まり、その大口が開かれた。
圧倒的なマナの収束。空間そのものが歪み、極太の「光のブレス」が放たれる。
「――避けろォォォッ!!」
東の警告。俺と獅子神は咄嗟に左右に身を躱したが、俺の左肩を掠めた光の奔流は、いとも容易く肉と骨を消し飛ばした。
「ガハッ……」
【HP】300,000 / 300,000 → 180,000 / 300,000
かすっただけで、12万のHPが消し飛んだ。
直撃すれば即死。バケモノの出鱈目な火力に、俺は冷や汗を流した。
「ジリ貧だぞ、このままじゃ……!」
東が息を切らしながら、牽制の雷を放ち続ける。
魔法は通じない。物理攻撃も、異常な再生力で即座に無効化される。
「……獅子神さん、東さん。再生が追いつかないほどの一撃を、あいつに叩き込むしかない」
俺は千切れかけた左腕を押さえながら、二人に通信を飛ばした。
「……ハッ。言うのは簡単だがな。どうやってあのバケモノの隙を作る気だ?」
獅子神が血を吐き捨てながら睨む。
「俺が囮になって、あいつの光線を誘う。その隙に、東さんが雷で奴の動きを完全に縫い留めてくれ。……トドメは、獅子神さんと俺の二人で、同時に叩き込む」
「……上等だ!やってやるよ」
俺たちは無言で散開した。
俺は、ステータスの速度を極限まで引き出し、天使の周囲を円を描くように走り出した。
『ギャアアアァァァッ!!』
天使の眼球が俺を捉え、無数の光の矢と、空間を消滅させる光線が雨霰と降り注ぐ。
俺はそれを、紙一重で躱し続ける。
足が焼け焦げ、頬が裂け、HPが削られていくが、止まれば死ぬ。
(今だ……!)
天使が、最も巨大な光線を放つために、大口を限界まで開いたその瞬間。
「――ここだァァァッ!! 『天雷縛』!!」
東が全魔力を注ぎ込んだ、紫色の巨大な雷の網が、頭上から天使に降り注いだ。
魔法障壁で弾かれるが、東は雷の出力を限界突破させ、強引にその網を天使の肉体に食い込ませる。
『ギギッ……!?』
「今だッ! 行けェェェ、二人ともォォッ!!」
東が鼻血を噴き出しながら絶叫する。
「消し飛べェェェェッ!!」
「オラァァァァァァッ!!」
俺と獅子神は、完全に同時に跳躍した。
獅子神は全身の筋肉を限界まで膨張させ、全霊の剛拳を。
俺は残された全魔力を右腕に集束し、火属性魔法の『圧縮』の限界を超えた、超高密度の熱量を。
紙一重
放たれようとしていた天使の光線が、俺たちの顔の真横を通り抜け、髪を焦がす。
――その直後。
俺と獅子神の拳が、偽典の熾天使の悍ましい「顔面」へと、左右から同時に、完璧なタイミングで叩き込まれた。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
空間の法則が壊れたかのような、極大の爆発
獅子神の物理的破壊力が天使の顔面を粉砕し、俺の放った極限の熱の塊が、再生しようとする細胞そのものを細胞レベルで焼き尽くし、蒸発させた。
『ア……ガ……ァ……ッ……』
顔面を完全に失った天使の巨体が、ビクンと一度大きく痙攣し。
やがて、純白の六枚の翼がパラパラと光の粒子となって崩れ落ち始めた。
「……やった、か……」
俺が膝から崩れ落ちたその瞬間。
ダンジョン奥の水晶のようなものがとてつもない光を発っして砕けた。
どうやら熱の余波が奥まで届いたようだった。
この階層全てを包み込むように、淡い青白い光が満ち溢れる。
そして、脳内に無機質なシステムアナウンスが鳴り響く。
『対象の討伐を確認。経験値と加護を獲得しました』
新宿ダンジョンのクリアを達成した瞬間だった。
『天谷 湊:1,400,000ポイントを獲得』
「……はは。なんだよこれ……」
俺は仰向けに倒れ込みながら、空中に展開されたステータス画面を見上げた。
140万という、これまでと桁違いのポイント
俺がこれだけのポイントを得たということは、獅子神や東にも、システムを通じた莫大な経験値が流れ込んでいるはずだ。
だが、俺の視線は、そのポイントの数字よりも、ステータス画面の最下部に新しく追加された「表記」に釘付けになっていた。
【ステータス】
【名前】天谷 湊
【HP】5,200 / 300,000
【MP】21,000 / 496,160
【筋力】350,000
【俊敏】380,000
【知力】250,000
【魔力】400,000 (魔法:火属性Lv.3)
【保留ポイント】2,660,000
【特殊加護:炎神の加護】
「魔法のレベルが、3に上がってる……?」
それだけではない。
【特殊加護:炎神の加護】
これはスキルなのか………?
俺は重い右腕を持ち上げ、指先に小さく魔力を込めてみた。
すると、これまでのように「ボッ」と火が灯るのではなく、俺の意志に完全に呼応するように、炎が滑らかな『液体』のように指先に絡みつき、自在に形を変えたのだ。
(なんだ、これ……。炎が、俺の身体の一部みたいに……)
「……おい、生きてるか、モヤシ」
頭上から降ってきた声に視線を向けると、全身傷だらけでボロボロの獅子神が、荒い息を吐きながら俺を見下ろしていた。
少し離れた場所では、東が大の字になって倒れ込み、満足そうにガハハと笑っている。
「……ええ。なんとか」
俺は、指先で踊る炎を見つめながら、静かに笑みをこぼした。
新宿ダンジョンの完全踏破。そして、莫大なポイントと新たな力
この『炎神の加護』と、魔法のレベルアップ
青白い光に包まれた地下深くで、俺は新たに獲得した加護について考えるのであった。




