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海洋型ダンジョン2



午前四時。太平洋上、小笠原諸島近海。


うねる黒い波の上で、防衛省管轄の強襲揚陸艦から、深海探査型潜水艇が次々と暗い海へと投下されていく。


船内。


俺たちは、ダンジョン由来の特殊素材で編まれた『魔力駆動潜水服ダイブ・スーツ』に身を包んでいた。


水圧を相殺し、小型の魔石から酸素を生成する最新鋭の装備だが、それでも深海という絶対的な死の気配を完全に遮断することはできない。


「……息苦しいわね。水の中なんて、私の性に合わないわ」


御琴が不快そうに首元のバルブを調整する。


「ガハハ! 俺は雷が封印されちまってるからな。ただの力自慢のオッサンとして暴れるしかねえぜ!」


東が豪快に笑うが、狭い船内ではその声も少し籠もって聞こえた。


獅子神は腕を組み、目を閉じたまま無言で殺気を練り上げている。


雪乃は静かに双剣の刃を布で拭い、結衣は緊張で顔を青ざめさせながら杖を握りしめていた。


『――まもなく、水深三千メートル。目標ポイントへ到達する』


操縦席からのアナウンスと共に、艇内の照明が赤色に切り替わった。


分厚い耐圧ガラスの向こう。

光の届かない永遠の暗闇の中に、それは不気味な青白い光を放ちながら鎮座していた。


巨大なサンゴ礁と、ギリシャ神殿を思わせる石柱が混ざり合ったような、おぞましくも美しい構造物。


マナの奔流によって海底の岩盤が無理やり書き換えられ、隆起した『海洋型ダンジョン』。


周囲の海水は、高濃度のマナによってゼリーのように粘り気を帯び、ゆらゆらと歪んでいる。


「これが……海のダンジョン……」


俺が息を呑んだ直後、艇内のレーダーが鋭い警告音を鳴らした。


『後方より熱源接近! 距離三千! ……他国の潜水艇です! 識別信号、アメリカ合衆国!さらに別方向から、中国の部隊も接近中!』


「チッ、嗅ぎつけるのが早えな。……だが、無理もねえか」


東が腕を組み、険しい表情でモニターを睨んだ。


海洋型ダンジョンの暴走は、決して日本だけの危機ではない。


もし高濃度のマナによる海洋汚染が海流に乗れば、アメリカ西海岸も中国の沿岸部も甚大な被害を受ける。万が一、海中でダンジョンブレイクが起きれば、巨大な水棲モンスターたちが津波と共に世界中の港湾都市を飲み込む恐れもあるのだ。


彼らもまた、自国を守るために、そして地球の海を死の海にしないために、この極限環境へと各国のトップ探索者を送り込んできたのだろう。


『これよりハッチを開放し、ダンジョン内部へと突入する。各自、死ぬなよ』


プシューッという排気音と共に、潜水艇のエアロックが開き、俺たちは冷たく重い深海の懐へと放り出された。


「……ッ!」

全身を軋ませるような水圧。


特殊スーツを着ていても、鉄の塊を背負わされたような重圧がのしかかる。


足が海底の砂を蹴るが、地上の半分以下の速度しか出ない。


『――ギルルルルルッ!!』


俺たちがダンジョンの入り口である巨大な石門へ近づいた瞬間。


青白いマナの光に群がるように、岩陰から無数の巨大な影が姿を現した。


鋼鉄のような硬い鱗に覆われた半魚人『ディープ・サハギン』と、体長十メートルを超える巨大なサメのモンスター『アーマー・シャーク』の群れだ。


「さっそくお出迎えかよッ!!」


獅子神が海を蹴り、アーマー・シャークの鼻先へ向けて拳を振り抜いた。


だが。


「……チッ、水圧のせいで威力が乗らねえ!」


普段なら一撃で粉砕できるはずの剛拳が、水の強い抵抗によって著しく失速し、サメの分厚い装甲に弾かれる。


逆に、サメの巨大な尾びれが獅子神を強かに打ち据え、彼の巨体が海中で錐揉み回転しながら吹き飛んだ。


「獅子神さんッ!」


雪乃もまた、サハギンの群れに飛び込み双剣を振るうが、水中の抵抗が『銀閃』の速度を殺し、致命傷を与えるに至らない。


「環境適応の差がデカすぎる。……結衣!」

俺は通信機越しに叫んだ。


「は、はいッ!」

「俺にバフをくれ! 速度と筋力を、水の抵抗ごとねじ伏せる!」


「【完全均衡の祝福パーフェクト・バランス】!!」


黄金の光が俺のスーツを包み込み、ステータスが5倍へと跳ね上がる。


俺は海底を爆発的に蹴り上げ、獅子神に襲いかかろうとしていたアーマー・シャークの側面に回り込んだ。


(雪乃の言葉を思い出せ。環境に文句を言うな)

俺は右腕の『崩星の籠手』に、5倍に跳ね上がった【魔力】を極限まで圧縮した。


だが、今回はただの炎ではない。


海中という環境で炎を維持することは不可能だ。ならば、熱そのものを「圧力」に変える。


(海水を蒸発させるほどの熱量を、拳の先端に集中させろ!)


「消し飛べェェェッ!!」


俺の右拳が、アーマー・シャークの鋼鉄の鱗に叩き込まれた瞬間。


圧縮された火属性の極大魔力が解放され、拳と鱗の間に挟まれた「海水」が、一瞬にして数千度の熱で沸騰した。


ボボボボボボォォォォォンッ!!!


海中特有の、くぐもった爆発音。

水が一瞬で気化することによって発生する凄まじい体積膨張――『水蒸気爆発キャビテーション』。


その爆発的な衝撃波と水圧のハンマーが、サメの装甲を粉々に粉砕し、内臓を完全に破裂させた。


『ギィィィィィィィッ!?』


巨大なサメが断末魔と共に真っ二つに千切れ、血の代わりに大量の青いマナの粒子を海中に撒き散らして消滅する。


「す、すげえ……! 海ん中で爆発を起こしやがった!」


東が通信機越しに目を見張る。


(いける。これなら、海の中でも戦える!)

「ボーッとしてる暇はないわ! 次が来る!」


雪乃の叱咤が響き、俺たちは再び迫り来る群れへと迎撃態勢をとった。


水の抵抗を物ともしないバフによる突進と、水蒸気爆発を利用した魔法打撃。


俺の新たな戦術が、深海のバケモノたちを次々と木端微塵に砕いていく。


獅子神も強引に力任せでサハギンの首をねじ切り、御琴はダンジョンのマナを利用して水流を操り、敵の動きを封じていく。


数十分の激闘の末、入り口のモンスターの群れは完全に光の塵と化し、俺たちの前に巨大な石門がその口を開いた。


門の奥には、海水が完全に排除された「エアポケット」のような、巨大な空洞の回廊が続いていた。


「どうやら、ダンジョンの内部は水没していないみたいね。マナの膜で海水を弾いているのよ」


御琴が分析しながら、石門をくぐる。


俺たちもそれに続き、濡れたスーツから水を滴らせながら、暗い回廊へと足を踏み入れた。


だが、安堵の息を吐く暇はなかった。


回廊の床には、俺たちが倒したものとは別の、奇妙な形をしたモンスターの死骸がすでにいくつも転がっていたのだ。


切り口は鋭く、刃物や大剣によるもの。そして、死骸の周辺には、英語や中国語の刻印が入った空の特殊弾薬のものと思われる薬莢が転がっている。


「……どうやら、先客はかなり優秀らしいな」

獅子神が、落ちていた薬莢を拾い上げて鼻を鳴らした。


アメリカの『ヴァルハラ』か、中国の『神龍』か。


目的は同じ「海を守る」こと。

だが、彼らも自国の威信と誇りを懸けて、最強の精鋭たちをこの死地に送り込んできているのだ。


人類生存を懸けた深海迷宮の踏破は、同時に、世界最高峰の探索者たちがその実力を競い合う、過酷なレースの始まりでもあった。


見上げる回廊の奥は、どこまでも深く、暗い。

俺は水蒸気爆発の手応えが残る拳を握りしめながら、仲間たちと共に、深淵の底へと歩みを進めた。


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