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蠢く深淵



「――波形が一致しました。長野の『深緑の迷宮』と、京都の『千本鳥居』、そして先日の渋谷地下……これら主要ダンジョンの最深部から観測されたマナの波長を辿るとダンジョン同士が同期しているものと推察されます」


防衛省・ダンジョン対策局の暗い分析室。


壁一面を覆う巨大なモニターを見上げながら、主任研究員が疲労の色を濃くした声で報告した。


「同期、だと? それはどういうことだ」


腕を組んで報告を聞いていたダンジョン管理庁の長官が、眉間を深く揉み込む。


「これまでのダンジョンは、それぞれが独立した『マナの吹き溜まり』でした。

しかし、各地の一斉モンスターパレード以降、各ダンジョンが目に見えないマナの糸で繋がり、まるで一つの巨大な『神経網ネットワーク』を形成し始めているのです」


研究員はキーボードを叩き、日本地図上に無数の赤い線を描き出した。


「浅い階層に強力なモンスターが出現し始めたのも、生態系が狂ったわけではなく、このネットワークを通じて、意図的に『モンスターの再配置』を行っているものとおもわれます。……長官。モンスターどもはダンジョンという空間を使って、地上を侵略するための『前線基地フロント』を構築しようとしている可能性まで考えられるかと」


管理庁長官は重く息を吐き出し、手元の極秘ファイルに視線を落とした。


世界中で通信が途絶した都市。知性を持つモンスターの出現。


人類は今、ただの災害ではなく、明確な意思を持った「何者か」との戦争状態に突入しようとしていた。


「……各国の防衛線が崩壊するのは時間の問題か。神代に伝えろ。計画を前倒しにする、と」


   * * *


同刻。防衛省・地下最深部、特別作戦会議室。

重厚な円卓を囲むように、日本が誇る最高戦力――『七星』の面々と、数名のSランク探索者たちが集結していた。


「ガハハハハ! お前が新入りの天谷湊か! いやぁ、いいツラ構えしてんなぁ! 俺は好きだぜ、そういう泥水すすってきたような目はよ!」


円卓の空気を震わせるほどの豪快な笑い声を上げ、俺の背中をバンバンと叩いてきたのは、見上げるほどの巨漢だった。


筋骨隆々の肉体に、バチバチと紫電を纏う特注の軽鎧。


【異名:『雷帝らいてい』 あずま 猛】

七星の一角であり、雷属性の極大魔法と圧倒的な物理防御を誇る豪傑だ。


「い、痛いですよ、東さん……。背骨が折れますって」


「おっと、悪ぃ悪ぃ! なにせ前任の『金剛』のオッサンが死んじまってから、防衛省の中がどうにもカビ臭くてかなわねえ! 若い血が入るのは大歓迎だぜ!」


「……少しは静かにできないのかしら、野蛮人。ここは居酒屋ではなくてよ」


東の豪快な笑い声を、氷のように冷たく、しかし優雅な声が遮った。


円卓の向かい側で、扇子で口元を隠しながら静かに紅茶を啜っている和装の美女。


【異名:『水王すいおう』 御琴みこと 瑠璃】

同じく七星の一角。国内最高峰の治癒魔法と、水を刃に変えて戦場を制圧する広域殲滅のスペシャリストだ。彼女の周りだけ、研ぎ澄まされた静寂な魔力が漂っている。


「ちっ、相変わらず気取った女だぜ」

東が鼻を鳴らして席につく。


俺の隣には、腕を組んで目を閉じている雪乃と、少し緊張した面持ちで控えている結衣がいる。


そして斜め向かいの席には、あの日から変わらず俺を親の仇のように睨みつけている男――獅子神咆牙が、不機嫌そうに足をテーブルに乗せていた。


「……チッ。どいつもこいつもピクニック気分かよ。死に損ないのモヤシ野郎が七星に混ざってるだけで反吐が出るぜ」


「獅子神さん。俺はもう、あの時あなたに手も足も出なかった頃のモヤシじゃありませんよ」


「あァ? 少しはマシな口が利けるようになったじゃねえか。試してみるか、ここでよ」


獅子神から放たれる圧倒的な殺気。


だが、俺はもう萎縮しなかった。自らの内に眠る『炎』の魔力が、獅子神の威圧を静かに跳ね返すのを感じる。会議室の空気がピリッと張り詰めた。


「――そこまでだ」


その一触即発の空気を、たった一言で完全に鎮圧した男が、円卓の上座に姿を現した。


『天剣』の神代。


七星の筆頭にして、この国の探索者たちの絶対的な頂点。


神代が隻眼で円卓を見回すと、東も、御琴も、獅子神でさえも、スッと態度を改めて沈黙した。


「諸君らに集まってもらったのは他でもない。全国のダンジョン内で進行している『ネットワーク化』の阻止と、その中枢の破壊だ」


神代は背後の大型スクリーンに、先ほど対策局が弾き出した赤い波長のマップを映し出した。


「現在のダンジョンは、過去のデータが一切通用しない魔境と化している。敵は我々の想像を超える速度で、地下に『軍事拠点』を構築している。……そこで、七星をリーダーとした特別調査部隊を編成し、国内の主要ダンジョンを同時並行で強襲する」


神代から次々と作戦と編成が読み上げられていく。


御琴と東は、それぞれ東北と九州の巨大ダンジョンへ。


雪乃は、統率された軍隊のような動きを見せていた京都・関西エリアの深層へと再び潜ることになった。


「雪乃。京都のモンスターは、戦術を理解していると思った方がいいだろう。ただの討伐ではなく、敵の『指揮官』を特定し、その目的を探れ」


「了解しました。……最善を尽くします」


雪乃が静かに、しかし強い決意を込めて頷く。


「……そして、天谷。君には、この巨大なネットワークの中心点となっている『渋谷ダンジョン』の再調査を命じる」


「渋谷、ですか。あの魔将を倒した……」


「そうだ。あそこは二次核を破壊したにも関わらず、未だに濃密な瘴気が晴れていない。それどころか、最深部で新たな、そして巨大なマナの脈動が確認されている。……おそらく、まだ『何か』が孵化しようとしている」


神代の言葉に、会議室に緊張が走る。


「極めて危険な任務だ。そこで、渋谷の調査は七星のツーマンセルで行う。……獅子神、天谷と組んで渋谷の最深部へ向かえ」


「「……は?」」


俺と獅子神の声が、見事に重なった。


「ふざけんな神代! 何で俺がこんなモヤシ野郎のお守りをしなきゃならねえんだ!」


獅子神がバンッとテーブルを叩いて立ち上がる。


「獅子神、これは決定事項だ。君の圧倒的な突破力と、天谷のイレギュラーな対応力……未知の深層を探索し、最悪の事態を防ぐにはこれ以上ない布陣だ」


神代の静かな、だが絶対的な威圧感の前に、獅子神はギリッと歯軋りをしてドカッと席に座り直した。


「……足引っ張ったら、モンスターの前に俺がてめぇを殺すぞ、天谷」


「ご心配なく。俺も、自分の身は自分で守りますので」


火花を散らす俺たちを見て、雪乃が「はぁ……」と深いため息をついた。


「湊、絶対に背中を刺されないように気をつけなさいね。……結衣さん、この二人の手綱、しっかりお願いするわよ」


「あわわわ……わ、私ですか!? 頑張ります……っ!」


西東京のダンジョンで過労死しかけた特訓の成果を、今こそ試す時だ。


   * * *


数時間後。渋谷ダンジョン、地下深層部。


厳重な封鎖ゲートを抜け、俺たちはかつて地下鉄のホームだった場所へと足を踏み入れた。


だが、そこはもう見慣れた人工物の姿を保っていなかった。


コンクリートの壁は赤黒い肉腫のようなものに覆われ、地面は歩くたびに「ぬちゃり」と嫌な音を立てて沈み込む。ダンジョンそのものが、巨大な生物の胃袋に変異しているかのようだった。


「……おい、天谷」


先頭を歩いていた獅子神が、突如として足を止めた。


その背中から、いつもの粗暴な威圧感とは違う、研ぎ澄まされた警戒の色が放たれる。


「どうしました、獅子神さん」


俺は敬語を崩さず、しかし即座に臨戦態勢をとって周囲を見渡した。結衣も息を呑んで杖を構える。


「……血の匂いがしねえ。それに、足音もだ」

獅子神の言葉に、俺はハッとした。


モンスターの巣窟であり、マナの中心点であるはずの渋谷地下。しかし、俺たちの目の前に広がる広大な空間には、オークやゴブリンはおろか、蟲一匹の姿さえ見当たらない。


不自然なほどに静まり返った暗闇。

ただ、その奥から。


ゴポッ……ゴポポポッ……という、羊水の中で巨大な「何か」が身じろぎするような、悍ましい水音だけが微かに響いてきた。


果たして、生きた要塞と化した渋谷ダンジョンの最深部で、俺たちを待ち受けているものとは――?


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