渋谷奪還作戦(2)
「おらぁっ!!」
湊の放った筋力75万の拳が、空気を圧縮し、目に見える衝撃波となってスクラップ・ゴーレム・マリスの巨体に叩き込まれた。
ガアァァァンッ!! という、鐘を乱打したような甲高い金属音が渋谷の交差点に響き渡る。
分厚い鉄の装甲が紙屑のようにひしゃげ、ゴーレムの姿勢が大きく崩れた。
「いける! 雪乃さん!」
「ええ、貰ったわ!」
崩れた巨体の隙を縫うように、青白い軌跡を描いて雪乃が飛翔する。
『銀閃』の双剣がゴーレムの関節部である「継ぎ目」を正確に斬り裂き、機動力を完全に奪い去った。
「トドメです、天谷さん!」
後方からの結衣の叫びと同時に、湊は跳躍。限界まで引き絞った右の『崩星の籠手』を、がら空きになったゴーレムの頭部コアへと叩き込んだ。
――ドゴォォォォォンッ!!
周囲のビル群のガラスが一斉に吹き飛ぶほどの爆音と共に、A+ランクの変異種は内部から木っ端微塵に粉砕され、ただの鉄屑の山へと変わった。
『対象の生命活動停止を確認』
『保留ポイントに【12,000】が追加されました』
「……よし。連携は完璧だな」
(だが、これまで倒したモンスターと比較するとA+なのに経験値が少ないような……)
湊は着地し、ふとそんなことを考えた瞬間
その「異常」は突如として現れた。
『――ほう。我の作った玩具を、いとも容易く壊すとは。最近の人間は随分と面白い動きをする』
「ッ!?」
背筋が凍るような、低く、そして知性を感じさせる『声』だった。
声のした方向――破壊されたゴーレムの残骸の向こう側、センター街の暗がりから、ゆっくりと「それ」が歩み出てくる。
漆黒のローブを身に纏い、二足歩行で歩く人型のシルエット。
しかし、その頭部には山羊のような禍々しい二本の角が生え、赤い双眸が爛々と輝いている。
【ランク:測定不能】
【名称:特異知性体・魔将】
「人語を、話すモンスター……!?」
雪乃が驚愕に目を見開いた。
モンスターとは本来、破壊衝動のみで動くような存在だ。だが、目の前の存在は明らかに高度な知性と、周囲の空間そのものを歪めるほどの絶大な殺意を有していた。
『さて、我の余興を邪魔した罰だ。……吹きトベ』
魔将が、無造作に指を鳴らした。
その瞬間。
「え……?」
結衣の足元から、黒い泥のような巨大な槍が音もなく突き出したのだ。
「結衣ッ!!」
湊が叫ぶよりも早く。
雪乃が、結衣を突き飛ばすようにして彼女の前に割り込んだ。
ガギィィィンッ!!
交差させた双剣で黒い槍を受け止める。だが、魔将の放った魔法の威力は、雪乃の武装をいとも容易く粉砕した。
「あ……がっ……!」
「柊さんッ!?」
砕け散った刃の破片が雪乃の身体を切り裂き、そのまま黒い衝撃波が彼女を背後のビルの壁へと吹き飛ばした。
ズドォォン! と壁が陥没し、雪乃は血を吐いてそのまま崩れ落ち、意識を失った。
「雪乃さんッ!! ……てめぇッ!!」
湊の瞳に、激怒の炎が灯る。
俺は高速で踏み込み、魔将の顔面めがけて拳を振り抜く。
だが――。
『フン』
魔将は、湊の拳を「片手」でいとも容易く受け止めてみせた。
「なっ……!?」
『なかなかやるようダガ。力とは、こう使うノダ』
魔将の掌から、黒い雷が爆発した。
「がぁぁぁぁっ!?」
湊はトラックに撥ねられたように吹き飛ばされ、アスファルトを削りながら数十メートル先まで転がった。
「天谷さん!!」
結衣が悲鳴を上げ駆け寄ってくる。
(強え……! 九尾クラス、いや、それ以上か……!?)
湊は血を吐きながら立ち上がった。
バフを込めた渾身の一撃が、完全に防がれた。
ステータスウインドウを開く。先ほどのゴーレム討伐で得たポイントを合わせても、現在の保留ポイントは【12,845】。
HPの回復や、相手の速度を上回るための数百万クラスの強化を行うには、あまりにも足りなすぎる。
『どうした? その程度で終わリカ?』
周囲には、魔将の圧倒的な力に呼応するように、数千体のオークやゴブリンがワラワラと集まってきて、円陣を組むように湊たちを取り囲んでいた。
(……ポイントが足りない。このままじゃ、ジリ貧でやられる)
湊は、意識を失っている雪乃と、涙目で杖を構える結衣をチラリと見た。
絶対に、二人を死なせるわけにはいかない。
(足りないなら……狩って、奪うしかねえッ!!)
湊は歯を食いしばり、ウインドウを操作した。
【保留ポイント】12,845 → 45
【俊敏】220,000 → 232,800 (バフ時:1,164,000)
すべての数値を使い切り、速度だけを極限まで引き上げる。
結衣のバフが維持されるよう末尾を0に調整し、
湊は魔将に向かって突進した。
『愚カナ』
魔将が黒い槍を無数に生成し、湊めがけて射出する。
だが、湊の狙いは魔将ではなかった。
「結衣、盾の角度を上へ!!」
「は、はいっ!」
湊は魔将の攻撃を躱さず、あえて「敵の群れ」が密集している方向へ大きく跳躍した。
結衣の展開した光盾が、黒い槍の直撃をコンマ数秒だけ逸らす。
その逸れた魔将の凶悪な範囲魔法が、湊を通り越し、背後に密集していた数百体のオークの群れへと直撃したのだ。
ズドドォォォンッ!!
『対象の生命活動停止を確認』
『対象の生命活動停止を確認』
『保留ポイントに【34,000】が追加されました』
「よし……!!」
湊は群れのど真ん中に着地するや否や、ステータスの暴力を周囲の雑魚モンスターへと撒き散らした。
魔将の攻撃を避けながら、あるいは結衣の盾で防ぎながら、その余波と自身の打撃を利用して、取り囲むモンスターの群れを「狩り」始めたのだ。
『……なんの真似ダ』
魔将が不快そうに顔を歪め、湊の背後に瞬間移動する。
強烈な蹴りが湊の脇腹に直撃した。
「ぐふっ……!!」
骨が数本折れ、HPが大きく削られる。
だが、湊の目は死んでいなかった。空中に展開したウインドウの数字が、猛烈な勢いで増えていく。
『保留ポイントに【12,000】が追加されました』
『保留ポイントに【25,000】が追加されました』
「……まだだ、まだ足りねえ!!」
湊は血反吐を吐きながら、集まったポイントを瞬時に【HP】へと変換して即座に肉体を修復し、余ったポイントをステータスに割り振り、さらに末尾を『0』に揃えるという、神業のような超高速演算(マニュアル操作)を乱戦の中で繰り返した。
敵の攻撃で削られる命を、周囲の敵を殺して奪った命でリアルタイムに補填していく。
結衣もまた、湊の異常な速度のステータス変動に合わせて、一瞬でも末尾が『0』に揃った瞬間に『完全均衡の祝福』をかけ直すという、常軌を逸した集中力でサポートを続けている。
「はぁっ、はぁっ……天谷さん、左!」
「応ッ!!」
魔将の放った巨大な火球を、湊はオーク・ジェネラルを盾にして防ぐ。
爆炎と共にオークが消滅し、ポイントがチャージされる。
(溜まった……! これで、最後だ!!)
数分間の狂気的な死闘とポイント稼ぎの末。
湊の保留ポイントは、再び【150,000】まで跳ね上がっていた。
「結衣! 一秒だけ、すべてを俺の『筋力』に合わせてほしい!」
「はいっ!!」
湊は、稼いだ15万のポイントを、すべて【筋力】へ極振りした。
【筋力】150,000 → 300,000
結衣の杖から、今日一番の眩い光が放たれる。
「――【完全均衡の祝福】!!」
【筋力】300,000 → 1,500,000 (150万)
「な……!?」
湊のオーラが爆発的に膨れ上がる光景をみた魔将の赤い双眸が、初めて驚愕に見開かれた。
湊の右腕に、渋谷の空気をすべて吸い込むような圧倒的なマナが収束していく。
筋力数値への全振り。
「てめぇの理屈は知らねえが……俺たちの街から、出てけッ!!」
魔将が防御の魔法陣を展開するよりも早く。
限界まで圧縮された湊の『浸透破』が、魔将の胸元へ深々と叩き込まれた。
――ピキィィィンッ……ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!
世界から音が消えたような錯覚の直後、魔将の背後にあった渋谷のビル群が、扇状に三棟まとめて消し飛んだ。
魔将の半身は完全に消滅し、残された顔の半分が、信じられないものを見るように湊を睨みつけていた。
『馬鹿な……ワレが、たかが人間ごときに……』
その言葉を最後に、知性体モンスターは黒い灰となって渋谷の風に溶けていった。
『対象の生命活動停止を確認』
『特異個体の討伐ボーナスを獲得しました』
『保留ポイントに【800,000】が追加されました』
「……勝っ、た……」
アナウンスを聞いた瞬間、バフが切れた湊はそのまま仰向けに大の字になって倒れ込んだ。
「天谷さん!!」
結衣が泣き顔で駆け寄ってくる。
「……悪い、結衣。ちょっと、限界……」
湊は朦朧とする意識の中で、遠くで雪乃が身動きし、無事を確認してホッと息を吐いた。
周囲のモンスターを巻き込みながらポイントを奪い、死線を綱渡りするような極限の戦闘だった。
【ステータス(天谷 湊)】
【HP】2,000 / 100,000 (重傷)
【MP】200 / 6,000
【筋力】300,000
【俊敏】232,800
【体力】50,000
【知力】53,040
【魔力】6,000
【保留ポイント】800,000




