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未曾有の災厄(4)



目を覚ますと、そこは真っ白な天井と、ツンとした消毒液の匂いが漂う病室だった。


「……ん」


ゆっくりと身じろぎをすると、全身の筋肉が軋むような痛みを訴えてきた。

(生きてる、か……)


外傷はステータスポイント燃焼のおかげで全快していたものの、とてつもない肉体の疲労で戦闘後に倒れたのだ。


「――湊! 気がついたのね!?」

「天谷さん! よかったです、本当に……っ!」


ベッドの両脇から、弾かれたように二つの顔が覗き込んできた。


右には、疲れ切った顔ながらもホッと胸を撫で下ろす雪乃。

左には、目を真っ赤に腫らして涙ぐんでいる結衣。


「二人とも……無事だったみたいだな。ここ、管理庁の病院か?」

「ええ。あなたが九尾を倒した後、すぐに救護部隊に保護されて、丸二日眠っていたのよ」


雪乃がそっと湊の左手を握る。普段冷静沈着なあまり氷の剣士と呼ばれている探索者の手とは思えないほど、その手は温かく、微かに震えていた。


「湊……ありがとう。あなたが来てくれなかったら、私、あの階層でモンスターの群れに殺されていたわ。また、あなたに助けられちゃったわね」


「気にするなよ。もう見捨てて逃げたくなかったんだ」


湊が笑いかけると、雪乃は嬉しそうに、けれど少しだけ泣きそうな顔で微笑んだ。


「――コホンッ」


その和やかな空気を切り裂くように、左側からわざとらしい咳払いが聞こえた。


結衣が、手に持っていたリンゴの皮剥きナイフをトントンと皿に叩きつけながら、ジト目で湊を見下ろしている。


「あのー、感動の再会のところ申し訳ないんですけど。天谷さん、私のことも忘れないでくださいね。天谷さんの『今の』相棒は、この私なんですから」


「あ、ああ。結衣のバフがなきゃ、そもそもあそこまで辿り着けなかった。本当に助かったよ」


湊が慌ててフォローを入れると、結衣は「えへへ」と得意げに胸を張り、チラリと雪乃の方を見た。


「そういうわけなので、柊さん。天谷さんのサポートは『今の相棒』である私がしっかりやりますから、柊さんはゆっくり休んでいてくださいね?」


「……あら、そう? でも、湊のその強引な戦い方を一番よく知っているのは私よ? 付与魔法バフをかけるだけで精一杯のあなたに、彼の背中を預けられるかしら」


「なっ……! わ、私だって、天谷さんと完璧な均衡バランスで繋がってますし!」


病室の空気が、急激に冷え込んだかと思えば、バチバチと熱を帯びてスパークし始める。

(……また始まった)


湊は天井を見上げ、深くため息をついた。新宿ダンジョンで合流した直後から、この二人は事あるごとにこうして火花を散らしている。


「……元気そうで何よりだな、青年」


その時、病室のドアが開き、低い声が響いた。

黒いトレンチコートに身を包んだ隻眼の壮年――現役最強と名高い七星の筆頭、『天剣』の神代かみしろだった。


「神代さん……」


雪乃と結衣がハッとして道を空ける。神代は湊のベッドの横に立ち、隻眼で湊の全身を値踏みするように見下ろした。


「獅子神に叩き潰された紛い物の石ころが、まさか新宿のパレードの元凶を単独で討ち取るとはな。……どうやら、ただの数字の暴力ではなく、本物の『死線』を越えてきた顔になったようだな」


「……買い被りですよ。運良く勝てただけです」


湊は自嘲気味に笑い、空中に自身のステータスウインドウを展開した。


【保留ポイント:0】。


数ヶ月かけて結衣と貯め込んだ数百万の資産は、完全に底を突いている。もう、以前のようにステータスを際限なくインフレさせてゴリ押しする戦い方は当面できない。


「だが、君が九尾を討ったおかげで、全国のダンジョン内で発生していたパレードは完全に鎮静化された。それは事実だ」


神代の表情が、スッと険しいものに変わる。

「……初めてのことだらけで混乱の最中ではあるが、本当の地獄はこれからだ。テレビを見ろ」


神代が顎でしゃくった先、病室の壁掛けテレビに映し出されていたのは、目を疑うような光景だった。


黒い瘴気の雲に覆われた、廃墟と化した都市。

崩れ落ちたビル群の間に巣食う、無数の強力なモンスターたち。


『――現在も、渋谷区は完全にモンスターの隔離エリアと化しています。推定数十万体のモンスターが独自の生態系を築き上げており、自衛隊および探索者協会による封鎖線も、突破されるのは時間の問題かと……!』


「渋谷……」

湊は息を呑んだ。


「ダンジョン内での異常は収まった。だが、ボスが討たれる前に外へ溢れ出してしまった数十万のモンスターが、渋谷を『地上に現れたダンジョン』に変えてしまったのだ」


神代はギリッと歯軋りをした。


「あのエリアの防衛に当たっていた七星の一角、『金剛』は……一般市民を逃がすための殿しんがりを務め、モンスターの軍勢の波に飲まれて死んだ。あの鉄壁の男が、だ」


病室に、重苦しい沈黙が落ちた。


七星という、人間の規格を超えた絶対的な強者が命を落とすほどの、圧倒的な数の暴力。それが今、渋谷という閉鎖空間で牙を研いでいるのだ。


「国は、これ以上の被害拡大を防ぐため、渋谷に巣食うモンスターの完全殲滅――『渋谷奪還作戦』を発動した。残存する七星を含め、国内のSランク・Aランク探索者を総動員した、人類の存亡を賭けた総力戦だ」


神代は隻眼で湊を真っ直ぐに射抜いた。


「天谷湊。満身創痍のお前に強制はしない。だが……お前のその『力』が必要だ。渋谷奪還に、力を貸してはくれないか」


湊は、ぐるぐる巻きにされた自分の右腕を見つめた。


ステータスを弄れるポイントは、もうほとんど残っていない。バケモノがひしめく戦場へ、素のステータスと結衣のバフだけで挑まなければならない。


だが、恐怖はなかった。

ステータスという数字に依存していた頃の卑屈な自分は、あの九尾との死闘の中で、すべて燃やし尽くしてきたのだから。


「……結衣。また俺と一緒にきてくれるか?」


「はいっ! もちろんです、天谷さん!」

結衣が、迷いなく力強く頷く。


湊は次に、雪乃の方へ視線を向けた。

「雪乃さん、俺から拒絶しておいて今更っていわれるかもですけど....……また一緒に、戦ってくれますか?」


「ええ。もう二度と、私を置いていかないで」


雪乃が、氷の瞳に熱い闘志を宿して微笑んだ。


結衣の『完全均衡の祝福』による規格外のバフ。

雪乃の『銀閃』の異名をとる圧倒的な制圧力。


そして、ステータスを完璧に制御し、真の死線をくぐり抜けて、たしかな力を身につけた湊。


「行きますよ、神代さん。……俺たち三人で、渋谷を奪還へ参加します」


かつてない絶望に包まれた日本の中心地。


人類の存亡を賭けた『渋谷奪還作戦』へ向けて、最強の三人による新たなパーティが、今ここに結成された。


【ステータス】

【名前】天谷 湊

【年齢】20

【HP】30,000 / 30,000

【MP】0

【筋力】120,000

【俊敏】250,000

【体力】150,000

【知力】30,000

【魔力】0

【保留ポイント】0


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