未曾有の災厄(3)
『コォォォ……』
ステータス撹乱の雷を浴びせ、湊のバフを剥ぎ取った白面の九尾は、余裕の足取りでゆっくりと距離を詰めてくる。
バフが切れた今の湊のステータス――では、このバケモノの動きに反応することすらできない。
(くそっ……数値が戻らない!)
湊は必死にウインドウを操作し、狂わされたステータスの一の位を再び『0』に揃えようとする。
だが、九尾の雷がもたらした「マナの狂化状態」は、システムに強力なノイズを発生させており、数値を変更しても数秒後にはまた勝手にランダムな数字へとシャッフルされてしまう。
「結衣! バフの再展開はできるか!?」
「だ、ダメです! 条件が揃った瞬間に魔法をかけようとしても、発動のコンマ一秒の間に数字がズレちゃって……弾かれてしまいます!」
「……なら、こいつの相手は私が……っ」
満身創痍の雪乃が、ボロボロの双剣を構えて前へ出ようとする。
しかし、その細い脚は激しく震え、立っているのがやっとの状態だ。
「柊さんは下がっていてください! 死にますよ!」
「あなたこそ……っ。ただの後方支援が、Sランクレベルの戦場に出しゃばらないで!」
「私は天谷さんの相棒です! 天谷さんを置いて逃げるわけにはいきません!」
絶体絶命の窮地にあっても、二人の少女は互いに一歩も引かず、火花を散らしている。
だが、九尾の狐はそんな小競り合いを待ってはくれない。
『キアァァァァァァッ!!』
九尾が、雷の閃光となって跳躍した。
狙いは、最も厄介な支援魔法を持つ結衣――ではなく。
「雪乃さんッ!!」
九尾の本当の狙いは、手負いで動きの鈍い雪乃だった。
鋭い黄金の爪が、無慈悲に雪乃の首筋へと迫る。雪乃は咄嗟に双剣を交差させるが、今の彼女の筋力では、紙切れのように両断される結末しか見えない。
(……やらせるかよッ!!)
湊はウインドウを乱暴にスワイプし、体力のステータスへ全振りした防御体制をとる。
【保留ポイント】1,000,195 → 0
【体力】111,998 → 1,112,193
「おおおおおおッ!!」
湊は雪乃を強引に抱き寄せ、自らの背中を九尾の爪へと差し出した。
ガギィィィィィィンッ!!!
雷を纏った九尾の爪が、湊の背中を深々と抉る。
鮮血が宙を舞い、湊は雪乃を抱え込んだまま地面を派手に転がった。
「湊ッ! なんで……私を庇って……!」
雪乃が悲痛な声を上げる。
「ぐはっ……、この程度………また雪乃さんを見捨てるわけにはいかないだろうが……」
湊は血を吐きながら立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
背中の傷は深く骨にまで達しており、視界が赤く明滅し始めていた。HPゲージは一瞬でレッドゾーンに突入し、生命活動の停止が秒読みに入っている。
「天谷さん、回復します!」
結衣が杖を掲げるが、湊はそれを制止した。
「ダメだ。結衣の魔法の発動スピードじゃ、回復する前に次が来る……っ」
その時だった。
血に染まった湊のステータスウインドウのど真ん中に、今まで見たこともない真っ赤な【警告】の文字がポップアップした。
『WARNING:致命的なダメージを検知。生命活動がまもなく停止します』
『緊急プロトコルを作動:ステータスポイントを「燃料(生命力)」として直接消費し、肉体の強制修復を行いますか?』
【 YES 】 / 【 NO 】
(ポイントを、燃料にして消費する……?)
湊は目を見開いた。
本来、ステータスを上げるためのポイントを直接燃やして、命を繋ぐ。そんな使い方が・・・?
『※警告:本プロトコルを実行した場合、使用したステータスポイントは失われます』
警告文の赤文字が点滅する。
だが、この状況で選択肢などない湊は血塗れの指で、力強く【 YES 】をタップした。
『YESを受理しました。ステータスポイントの燃焼を開始します』
直後、湊の体が瞬く間に回復していく。
だが、その代償として湊のステータスポイントがみるみる下がっていく。
「ハァッ……ハァッ……!」
ウインドウに表示されていた各ステータスの数字が、ものすごい勢いで目減りしていきようやく止まった。
【ステータス】
【名前】天谷 湊
【年齢】20
【HP】30,000 / 30,000(-69,999)
【MP】0
【筋力】120,000(-80,001)
【俊敏】250,000(-276,002)
【体力】150,000(-962,193)
【知力】30,000(-23,035)
【魔力】0(-5)
【保留ポイント】0
(……140万もポイントを持っていかれた!?...........瀕死の重傷から全快したと思えば安いか..............ん?.............................................末尾が0で揃ってる・・!)
湊は『崩星の籠手』を構え直し、深く、静かに息を吸い込んだ。
「結衣!いまだ!たのむ!」
「え、、、?あ、はい!!!完全均衡の祝福!」
ステータスが一気に5倍へ膨れ上がる。
【ステータス】
【名前】天谷 湊
【年齢】20
【HP】150,000 / 150,000(+120,000)
【MP】0
【筋力】600,000(+480,000)
【俊敏】1,250,000(+1,000,000)
【体力】750,000(+500,000)
【知力】150,000(+120,000)
【魔力】0
【保留ポイント】0
湊は眼の前の九尾だけに全神経を集中させた。
『コォォォォ……ッ』
九尾が再び、雷の残像となって消える。
(……速い。だが余裕で目で追える!)
「そこだッ!!」
湊は最小限の体重移動で、九尾の爪を紙一重で躱す。
そして、そのカウンターのタイミングに合わせて、全力を込める。
「『崩星』――ッ!!」
九尾の顔面のど真ん中へ。
――ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
空間が、白く染まった。
文字通り自らの命とポイントを燃焼させて放たれた破壊エネルギーは、九尾の雷の防壁を粉々に粉砕し、その神々しい巨体を「消し飛ばした」。
凄まじい衝撃波がこの階層を吹き荒れ、崩落を免れていた遺跡の壁すらも完全に崩れ去る。
『対象の生命活動停止を確認』
『原因個体の討伐により、周辺エリアの異常マナが霧散しました』
(保留ポイントアナウンスがない・・・?)
システムのアナウンスが響き渡った直後。
湊の右腕から力が抜け、そのまま崩れ落ちるように膝をついた。
「湊ッ!」
「天谷さん!」
雪乃と結衣が、同時に駆け寄ってくる。
「……ははっ。どうやら、俺の勝ちみたいだな」
「馬鹿っ……こんな無茶をして……!」
雪乃が涙ぐみながら湊の身体を支える。
結衣もまた、ボロボロ泣きながら回復魔法を必死にかけ続けていた。
「ごめん、雪乃さん……。遅くなって。でも、これで……」
湊が言葉を紡ごうとした、その時。
階層の奥から、けたたましい足音と怒声が響いてきた。
「見つけたぞ! この階層だ!」
「銀閃の反応がある! ……おい、なんだこの惨状は!?」
現れたのは、ダンジョン管理庁の救助部隊と、数名のSランク探索者たちだった。
彼らは吹き飛んだ階層の惨状と、光の粒子となって消えゆく九尾の痕跡を見て、絶句している。
「あ、あれを見ろ! モンスターの群れが……散っていく!」
「パレードが……収束した!? まさか、原因のボスが討伐されたのか!?」
救助部隊の騒ぎを背に聞きながら、湊はホッと息をつき、そのまま二人の少女に支えられながら意識を手放した。
未曾有の災厄を引き起こしたパレードは、一人の青年の文字通りの「身を削る」死闘によって、終わりを告げたのだった。
――だが。
この時の彼らはまだ知らなかった。
ダンジョン内の異常は収束したものの。
すでに外へ溢れ出し、完全に独自の生態系を築き上げてしまった「渋谷」という隔離エリアの奪還作戦が、彼らを更なる地獄へと誘うことになるということを。
【ステータス】
【名前】天谷 湊
【年齢】20
【HP】30,000 / 30,000
【MP】0
【筋力】120,000
【俊敏】250,000
【体力】150,000
【知力】30,000
【魔力】0
【保留ポイント】0




