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未曾有の災厄(1)



地上へ繋がる転送陣を抜け、立川ダンジョンのエントランス・ロビーへと戻った俺と結衣を待っていたのは――蜂の巣をつついたような、異様なパニック状態だった。


「救護班、外へ急げ! まだ逃げ遅れた一般人がいるぞ!」


「防衛ラインを押し上げろ! これ以上、市街地にモンスターを出すな!」


武装した職員や探索者たちが、血相を変えてロビーを走り回っている。


ガラス張りのエントランスから外を見ると、立川の街のあちこちから黒煙が上がり、数体のオークやガーゴイルがパトカーを破壊している光景が目に飛び込んできた。


「嘘……ダンジョンの外に、モンスターが……?」


結衣が口元を押さえ、信じられないというように呟く。


俺は近くでトランシーバーに向かって怒鳴っていた見知った管理庁の職員を捕まえた。


「おい、一体何があった! 立川ダンジョンの中で起きた異常事態と関係があるのか!?」


「あ、天谷さん!? ご無事だったんですね! 実は今しがた、発生したモンスターパレードでこの立川ダンジョンで抑えきれず外へ数体溢れ出てしまったんです!」


職員は脂汗を流しながら、早口で状況を説明した。


ダンジョンから溢れ出すモンスターパレードを鎮圧する条件は、二つしかない。


一つは、溢れ出したすべてのモンスターを最後の一体まで殲滅すること。


もう一つは、パレードの発生源となっている『中心部のボスモンスター』を討伐することだ。


だが、パレードの規模によっては数万、数十万というモンスターが際限なく湧き出し続けるため、前者の「全殲滅」は現実的ではない。根本的な解決には、命懸けで発生源のボスを叩くしかないのだ。


「でも、天谷さんたちが地上に現れる数分前、ピタリとモンスターの湧きが止まったんです。


今、外に出ている数体の残党さえ処理すれば、立川はなんとか守り切れます。まさか、天谷さんが発生源のボスを……?」


「……ああ。第18階層に湧いた、見たこともない異形のモンスターをさっき潰してきたところだ」


俺がそう答えると、職員はへたり込みそうになるほど安堵の息を吐いた。


「よ、よかった……! ボスがすぐ討伐されたおかげで、立川は周辺の被害だけで済みました。……他の都心部のダンジョンに比べれば、奇跡のような被害の少なさです」


「他のダンジョン……? ちょっと待て、パレードが起きたのはここだけじゃないのか?」


俺の問いに、職員は絶望的な顔でロビーの巨大モニターを指差した。


『――繰り返します。現在、全国のダンジョンで同時多発的に大規模なモンスターパレードが発生しています! 中心部から外れた地方のダンジョンでも防衛線が突破され、甚大な被害が――』


ニュースキャスターの悲痛な声と共に映し出されたのは、地獄絵図だった。


『特に被害が深刻なのは渋谷です。数万規模のモンスターが押し寄せ、防衛に当たっていた探索者部隊は……全滅。現在、街はモンスターで溢れかえり、完全封鎖されました』


「渋谷が、全滅……ッ!?」


結衣が悲鳴のような声を上げた。


渋谷ダンジョンといえば、都内でも有数の戦力が集まっている場所だ。それが陥落したというのか。


『さらに速報です。渋谷の防衛の要であった、七大ギルドのトップ『七星』の一角……【金剛】の殉職が確認されたとのことです……!』


ロビーにいたすべての探索者たちが、息を呑んだ。


七星。この国の頂点に立ち、数百万のポイントを保有するシステム外のバケモノ。


あの大怪獣のような獅子神と同格の存在が、死んだ。その事実が、今回のパレードの異常性と絶望感を何よりも物語っていた。


「……新宿はどうなってる」

俺は低い声で職員に尋ねた。


日本最大にして最深の魔境、新宿ダンジョン『バビロンの塔』。あそこが崩壊すれば、日本の首都は完全に終わりだ。


「新宿は今、残存している『七星』のメンバーを中心に、総力戦でなんとか食い止めています。

ですが……モンスターの数が多すぎて、防衛ラインがどこまで保つか……っ」


職員がギリッと唇を噛む。

「国は事態を重く見て、全国のSランク探索者を強制的に都心部のダンジョンへ駆り出しました。中心のボスを討伐するための、決死の特攻部隊としてーー」


その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓が嫌な音を立てた。


嫌な予感が、背筋を駆け上がる。

「……柊雪乃は? 双剣使いのSランク探索者は、今どこにいる!?」


俺が胸ぐらを掴むような勢いで問い詰めると、職員は端末を弾き、顔を青ざめさせた。


「ひ、柊様は……数時間前、新宿ダンジョンの深層エリアへ、パレードのボス討伐の特攻隊として突入したようです。ですが……」


「ですが、なんだ!」

「部隊は壊滅……、柊様も行方不明と先ほど報道が…」


頭を、鈍器で殴られたような衝撃だった。

雪乃が、行方不明。


あの、誰よりも速く、誰よりも孤高に戦い続けていた剣士が。俺が隣に立つことを諦め、逃げ出してしまった、初めての相棒が。


『――今の俺は、ただステータスを振り回してるだけの石ころだ。雪乃さんの隣に立つ資格なんてない』


別れ際の自分の卑屈な言葉が、呪いのように脳裏に響く。


もし俺があの時、逃げ出さずに彼女の隣に立っていれば。ステータスの使い方を磨き、結衣という最高のサポートを得た今の俺の力があれば、彼女を一人で死地に向かわせるようなことにはならなかったのではないか。


「……結衣」


俺は、傍らで不安そうに見上げている少女を振り返った。


「悪い。お前を安全な場所に避難させてやりたいが……俺は、行かなきゃならない」


俺の声は、自分でも驚くほど冷たく、そして静かに燃えていた。


「俺の、見捨てたくない人が新宿にいる。俺が前に敗北後に情けなく逃げ出してしまった人だ。……今度は絶対に、俺が助けに行く」


結衣は、俺のその目を見て、すべてを悟ったように小さく頷いた。


「……水臭いこと言わないでくださいって、さっき言ったばかりですよね?」


結衣は両手で杖をギュッと握りしめ、一歩、俺の隣へと踏み出した。


「私を置いていく気ですか? 天谷さんの隣で、一番最高のタイミングでバフをかけられるのは私しかいないんですよ」


「……結衣。相手は下層の比じゃない。七星が死ぬような地獄だぞ」


「知ってます。でも、私は天谷さんのパーティメンバーですから。天谷さんのヒーローっぷり、特等席で見届けなきゃいけないんです」


恐怖で足が微かに震えている。それでも、結衣の瞳には一切の迷いがなかった。


俺は小さく息を吐き出し、そして、不敵な笑みを浮かべた。


「……わかった。俺の背中から、絶対に離れるなよ」

「はいっ!」


俺は空中にステータスウインドウを展開した。

先ほどの異形の討伐で手に入れた100万ポイント。そして、これまでに蓄積してきたポイントを合わせれば、俺の手元には今【1,050,000】もの保留ポイントがある。


(ステータスは、俺と結衣の連携があればいくらでも書き換えられる。もう、力に振り回されるだけの石ころじゃない)


「行くぞ、結衣。……新宿のバケモノ共を、残らず叩き潰す」


崩壊の危機に瀕する首都・新宿。


行方不明となった剣士を取り戻すため。そして、すべてを蹂躙する未曾有の災厄に抗うため。


絶望から立ち上がった規格外の青年と不遇スキルの少女は、最大の決戦の地へとその足を踏み出した。


【ステータス(天谷 湊)】

【HP】100,000 / 100,000

【MP】6,000 / 6,000

【筋力】150,000

【俊敏】220,000

【体力】50,000

【知力】53,040

【魔力】6,000

【保留ポイント】1,000,000


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