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不遇スキルの真価と、リスタート



結衣と仮パーティを組み、共にダンジョンへ潜るようになってから、あっという間に数ヶ月が経過していた。


現在、俺たちは下層のさらに奥深くでも、息の合った連携で危なげなく狩りを行えるようになってきた。

そして結衣の『完全均衡の祝福パーフェクト・バランス』による全ステータス5倍のバフは、まさに世界のパワーバランスを書き換えるほどのデタラメな威力だった。




――遡ること数ヶ月前。


カフェでの話し合いの翌日、俺と結衣が初めて一緒に立川ダンジョンへ潜った日のことだ。


『……本当に、私なんかの魔法がかかるんでしょうか』


第15階層の安全地帯。結衣は杖を両手で強く握りしめ、ガタガタと小鹿のように震えていた。


『大丈夫だ。条件は完全にクリアしている。俺を信じて魔法をかけてくれ』


『は、はいっ……! い、行きます……!』


結衣が目をギュッと瞑り、杖を掲げて詠唱を紡ぐ。


彼女の持つスキルが発動すると同時に、光の粒子となって溢れ出し、俺の身体を温かく包み込んだ。


『――【完全均衡の祝福パーフェクト・バランス】!!』


その瞬間だった。


俺の全身の細胞が爆発的に活性化し、視界がチカチカと明滅するほどの途方もないエネルギーが体内を駆け巡ったのだ。


(すげえ……!! これが、ステータス5倍……ッ!)


【筋力】350,000 → 1,750,000

【俊敏】315,000 → 1,575,000

【体力】100,000 → 500,000

【知力】53,040 → 265,200


ただ拳を握りしめるだけで、大気が悲鳴を上げてギシギシと軋む。


溢れ出る万能感。


『か、かかりました……! 私の魔法が、本当に……っ!』


結衣が感極まったように涙ぐむ。


付与術師エンチャンターは、自身の魔法をかけた対象のステータス変動をシステム越しに読み取ることができる。


結衣は涙を拭いながら、俺のステータスの上昇値を確認しようとウインドウを覗き込み――ピタリと、文字通り石像のように固まった。


『え……? あ、あれ……?』

結衣の目が、限界まで見開かれる。


『……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……ひゃくまん……? え? 筋力、175万……?』


『ああ、すごいバフだ。これならどんなバケモノにも負けない』


『ま、待って、元の数値が……筋力35万!? HP10万!? Sランク!? いやSランクなんて次元じゃない!?』


結衣はワナワナと震えながら俺の顔とウインドウを交互に指差した。


『あ、あの、Sランクのソロ探索者って……もしかして、最近掲示板やニュースで話題になってた、「無所属の超新星」って……天谷さん、だったんですか!?』


『ん? ああ、一時期騒がれてたな。そういえば素性とか名乗ってなかったっけ』


『Sランク……えっ、私、日本のトップ探索者のお手伝いを……? しかもさっき、タメ口で……!? あわわ、えっと、ひゃくまん、Sランク、おとり、恩人……』


完全にキャパシティを超えた情報量。


結衣の頭から「プシューッ」と漫画のように幻の煙が吹き上がったかと思うと、彼女の目はぐるぐると渦巻きになり、そのままバタンと仰向けに倒れ込んでしまった。


『おい、結衣!?』


慌てて駆け寄ったが、ただ知恵熱を出して気絶しただけだった。


その後、目を覚ました結衣に平謝りされながら、俺たちは試し撃ちとしてこの立川ダンジョンの第15階層に出現するエリアボスを狩りに行った。


結果は、言うまでもない。筋力175万の軽く振ったジャブ一発で、ボスモンスターはダンジョンの壁ごと消し飛んだ。


   * * *


『……すごい、です。本当に、一撃で……』


ボスのドロップアイテムを回収した後、俺たちは安全な岩陰で焚き火を囲んで休憩を取っていた。


パチパチと爆ぜる火の粉を見つめながら、結衣がまだ信じられないというように呟く。


『天谷さん、本当にSランクの凄い人だったんですね……。私、あんな強さ、見たことありません』


『……』


俺は結衣の言葉に、力なく自嘲するような笑みを浮かべた。


『凄くなんかないよ。俺は、ただステータスが高いだけの石ころだ。中身は空っぽで、技術も経験もない。……ただの紛い物なんだ』


『え……?』


結衣が不思議そうに首を傾げる。


俺は焚き火の炎を見つめながら、心の奥底に溜まっていた泥のような感情を、少しずつ吐き出し始めた。


『俺のスキルは、数値を自由にいじれるズルみたいな能力でさ。それで急激に強くなって、自分が最強のバケモノになれたって慢心してたんだ。最高の相棒と一緒に、どこまでも行けるって』


数日前の、巨大訓練場での圧倒的な敗北。


骨が砕け、内臓が破裂し、死の淵を覗き込んだあの絶望の瞬間がフラッシュバックし、俺は思わず自分の両腕を強く抱きしめた。


『でも、本物のバケモノに……数え切れないほどの死線を越えてきた本物の強者に、小細工なしの正面から完全に叩き潰された。俺の攻撃は傷一つつけられず、向こうのたった一撃で、俺は死にかけた』


『天谷さんが、一撃で……』


『俺は怖くなったんだ。俺の薄っぺらい強さじゃ、隣にいてくれた相棒を絶対に守れない。いつか必ず死なせてしまう。……だから、自分からパーティの解消を申し出た。最低の臆病者だよ。ステータスだけが高くて、中身は昔の荷物持ちだった頃の、何もできない俺のままなんだ』


情けなくて、惨めで、涙がこぼれそうになる。


こんな自分語り、今日出会ったばかりの少女に聞かせるようなことじゃない。分かっているのに、一度口を開くと、卑屈な言葉が止まらなかった。


俺は強い力を手に入れた。だが、心がそれに追いついていなかったのだ。


『俺は……』


「――そんなこと、ありません」

ふいに、凛とした強い声が遮った。


顔を上げると、結衣が焚き火越しに、真っ直ぐな瞳で俺を見つめていた。


いつもオドオドとしていた彼女の顔に、今は一切の迷いがなかった。


『天谷さんは、臆病者なんかじゃありません。紛い物でもないです!』


結衣は立ち上がり、俺の隣まで歩いてくると、その小さな手で、俺の震える背中をそっと優しく撫でてくれた。


『私、今日までずっと「役立たず」って言われて、誰にも必要とされなくて、囮にされて見捨てられました。あのオークの群れの前で、本当に死ぬんだって絶望しました』


結衣の声が微かに震える。だが、その手は温かかった。


『でも、天谷さんは助けてくれた。圧倒的な力で、何の見返りも求めずに、私を絶望から掬い上げてくれた。……私の目を真っ直ぐ見て、「お前が必要だ」とも言ってくださいました』


『結衣……でも、おれは結衣のそのスキルを利用しようと……楽して飛躍的に強くなろうとする卑怯者だよ』


『そんなことありません!助けに来てくださったときから私のスキルを知ってたわけじゃないですよね?それに強さの形なんて、きっと一つじゃないんです。死線を越えた経験がない? だったら、これから私と一緒に越えればいいじゃないですか。技術がないなら、二人で少しずつ身につければいいじゃないですか!』


結衣は俺の顔を覗き込み、ふわりと、太陽のように温かい微笑みを浮かべた。


『天谷さんは、私の命の恩人で、私のスキルを世界で唯一認めてくれた、本物のヒーローです。だから……自分を石ころなんて、もう言わないでください』


その言葉が。

その真っ直ぐで嘘偽りのない眼差しが、冷たく凍りついていた俺の心を、ゆっくりと溶かしていくのを感じた。


(……ああ、そうか)


俺は、雪乃にふさわしい「最強」にならなければいけないと、自分自身を勝手に追い詰めていたのだ。


でも、そんなものは初めから持っていなくて当然だった。俺はまだ、探索者として歩き始めたばかりなのだから。


『……ありがとう、結衣』


気がつけば、俺の目から一筋の涙がこぼれていた。


情けない顔を見せまいと乱暴に袖で拭うが、次から次へと涙が溢れて止まらない。


結衣は何も言わず、ただ優しく、俺の背中を撫で続けてくれた。


――この日。

俺は本当の意味で、自分の弱さと向き合うことができた。


そして、この温かくも不器用な少女と共に、もう一度、前を向いて歩き出そうと心に誓ったのだ。


【ステータス(天谷 湊)】

【HP】100,000 / 100,000

【MP】6,000 / 6,000

【筋力】350,000 (バフ時:1,750,000)

【俊敏】315,000 (バフ時:1,575,000)

【体力】100,000 (バフ時:500,000)

【知力】53,040 (バフ時:265,200)

【魔力】6,000 (バフ時:30,000)

【保留ポイント】51,195


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